第九十話「滅びの足音が聞こえてきました」
「くそっ!イケシェリア学園の生徒達は何をしている!」
「もうもたないぞ!」
兵士達の悪態が響き渡る。王都の城壁や城門には、取り付いてきているインベーダー達が群がっていた。その数はみるみる増えてあっという間に辺りを埋め尽くしてしまった。
弓兵が弓を放ち、城壁の上から石でも何でも落とし、槍で突く。城門の裏はつっかえを立てながら大勢の人間で押さえていた。それでもドンッ!ドンッ!という音と共に城門がたわみ鼓動を刻むかのように動いていた。
「たっ、隊長!もうもちません!」
「あと少しだ!もう少し耐えろ!」
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今日もまた、イケシェリア学園の生徒達は戦場へと転送されていた。ここの所毎日のように戦っているような気さえしてしまう。
もちろん本当に毎日戦っているわけではない。いや、本当なら毎日でも戦わせたいと思っている者達はいるが、そんなに毎日戦わせていたらあっという間に全滅してしまう。だから止むを得ず何とか戦力が整ったり、治療や休養を挟んで、出来る限り出撃させるようにしていた。
しかしそうは言っても命懸けの戦いだ。精神的にも肉体的にも負担は重い。一週間に一度戦うだけでも厳しいというのに、最近は五日に一度、四日に一度と徐々に期間が短くなってきている。
戦場に送られたイケ学の生徒達は必死に戦う。別に何のためということはない。この死が溢れる戦場では戦う以外に生き延びる術がない。だから必死に戦うだけだ。
「おら!戦え!下がるな!」
「鉄の槍……」
「鉄の槍の健吾だ!」
「「「「け・ん・ご!け・ん・ご!け・ん・ご!」」」」
鉄の槍を装備した健吾が先頭に立って戦うと生徒達の士気が上がった。鉄の槍を装備出来るほどの者はそうはいない。ほとんどの者はそこにいくまでに死んでしまう。そして稀に装備出来るまでに成長した者がいても、やはり途中で死んでしまう。だから強い武器を装備出来る者は、その存在だけでも味方を鼓舞し士気を高める。
「隊列を崩すな!押せーーー!」
「おおーー!」
インベーダーの攻撃を、危うい均衡のもとで食い止める。ほんの僅か、何か些細な手違いがあれば一瞬で崩壊してしまいかねない。そんな綱渡りな戦いでも続けるしかない。
そんなイケ学の生徒達の戦いを遠巻きに眺めながら兵士達は冷ややかな目でそれを見ていた。
「急げ。生贄どもがもってる間に石を集めろ!」
「わかってるってんだよ!」
別の転送場所へ降りている兵士達は、あちこちを適当に掘って土を出入り口に運び込む。選別している暇はない。とにかく今は少しでも結晶を集めてとっとと撤退するしかない。
扉を超えて王都へと運び込まれた土の中から魔力結晶だけが取り出される。取り出された魔力結晶が一定量を超えた時、兵士がそれをかき集めて王城へと向かった。
「よし!一先ずこれだけあれば起動出来る!俺達はこれを持って行く!」
「ああ、こっちはもう少し予備が必要だ。ガキ共が盾をしている間にもっと確保しておくぞ!」
兵士達が慌しく動く。一部の者は今かき集めた魔力結晶を持って王城にある古代装置の下へ、残りの者達は再び外に出て魔力結晶を掘り起こす。
「結晶だ!結晶が届いたぞ!」
「早く!早く!もう城壁がもたない!」
王城の古代装置に運びこまれた魔力結晶がすぐに用意される。そして……、魔法技師達が古代装置を起動させると……、王都を不可視の結界が覆った。これでまた暫くは結界がもつ。王城の者達は安堵から気が抜けてその場にへたり込んだのだった。
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城壁はすでに突破される寸前だった。もう城壁の上まで到達しそうなインベーダーがたくさん群がっている。外から破城槌のように城門を叩いているインベーダー達ももうすぐ雪崩れ込んでくるだろう。
「もっ、もう駄目だぁ~~!」
「耐えろ!あと少しだ!」
「ひぃっ!」
ドンッ!
と一際大きく城門がたわみ、ついに歪む。隙間からインベーダー達がこちらを覗いているのと目が合って一番前の兵士は腰を抜かした。
「こっ、これ以上は……」
「くっ!」
「ピギーッ!」
「「「「「ピギーッ!」」」」」
しかし……、もう駄目だと思った時にブゥンと小さな唸り音が聞こえたかと思うとインベーダー達は一斉に鳴き始めた。そして急いで城門や城壁から離れていく。
「たっ、助かった……、のか……」
「何とか……、間に合った……」
歓声や鬨の声が上がることもなく、兵士達はその場で崩れ落ちる。勝利を喜ぶ余裕などない。いや、そもそも勝利などではないのだ。
今回も何とか凌げた。しかし次はわからない。徐々に、しかし確実に、王都は追い詰められている。もう余裕など一切ない。いつまた結界が切れ、インベーダーの襲撃を受けるかわからない。そして次の襲撃も凌げる保障はないのだ。それどころかあと何回凌げるかもわからない。
「何でこんなことに……」
「クソッ!イケシェリア学園のガキどもがもっと役に立てば……」
滅亡が目の前に迫っている王都の兵士達の士気は最早最低だった。だが戦うしかない。人のためや王都を守るためではなく、自分が生き残るためには、王都の陥落を防ぎ防衛する以外に方法などないのだ。
これだけインベーダーが跋扈する外界に出て無事に過ごせるはずがない。一日どころか数時間もしないうちに死体になるだけだ。輝かしい未来などない。ただ死と滅びを待つだけの空しい戦い。その絶望感に誰もが打ちのめされていた。
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「そうか……。今回もなんとか凌げたか……」
装置の起動が間に合い、何とか今回の危機も乗り切れたことを確認した王は、安堵の溜息と共に玉座に身を沈めた。
「しかし最近のイケシェリア学園の役立たずぶりはどうなっている!」
「そうだ!このような戦果しか挙げられないようでは援助を打ち切ることも検討せねばなりませんな!」
そうだそうだと貴族や大臣達が騒ぎ始める。確かに何ヶ月か前からイケシェリア学園の戦果は極端に落ちている。それ以来人数が減ってきたことも影響しているだろうと、数多くの補充要員を送ったが状況は改善されていない。いや、改善どころかますます悪くなっている。
イケ学の生徒達がインベーダー達を食い止めている隙に、兵士や炭鉱夫達が別の出口から出て魔力結晶を採掘して帰る。そうして古代装置の燃料を手に入れてこの王都は生き延びてきた。
インベーダー達の侵入を妨げる都市を丸ごと覆ってしまう強力な結界。これがなければこの王都もとっくに滅んでいたことだろう。
一体誰が作ったのか、最早この古代装置と同じものを作り出すことは出来ない。王都の各所にある便利な道具も、装置も、全てはそれら古代の遺物を利用しているにすぎないのだ。ある程度の整備は出来ても新しく作ることは出来ない。
その装置を作ったのが現在の王族や貴族の先祖達だということになっている。いや、そういうしかなかった。そしてそれらの使用方法や整備技術を独占することで、王族や貴族は人々を支配したのだ。
このような厳しい環境にあっては強力な王権や支配者というのは必要だった。もし今のような強固な中央集権体制がなければ国はもっと早くに崩壊していただろう。しかしそれももう限界だ。
古代装置を動かす動力源は魔力結晶だ。その魔力結晶がすでに手に入らなくなりつつある。イケ学生徒達がインベーダーを押さえていられる時間も徐々に短くなっているし、採掘に向かう者も犠牲になり減っている。
ここの所は結界の維持も困難なほど魔力結晶が枯渇しており、今日のように結界が切れると一斉にインベーダー達が襲い掛かってくる。今日は凌げたが次はわからない。毎回そんな綱渡りの生活に王侯貴族も、国民も、全てが疲れ果てていた。
「援助を打ち切ってどうする?ならば貴様らが戦うか?」
「いや……、その……」
「それは……」
この期に及んでまだ自分達の利益しか考えない貴族達に王は深い溜息を吐く。今イケ学の援助を打ち切ってどうしようというのか。今は一人でも多くの戦力が欲しいのだ。それを援助資金惜しさにやめて何の意味があるというのか。
イケ学が機能不全に陥り、魔力結晶を採掘してくるまでの壁が出来なくなれば、あっという間に魔力結晶の備蓄は切れ、王都の結界も止まり、自分達が死ぬことになる。それを援助資金が惜しいからと援助をやめて自ら戦力を潰すようなことをして何をしたいというのか。
しかし……、貴族や大臣達の言うこともわからなくはない。ここの所のイケ学の生徒達はあまりに不甲斐無い。どうにかして戦力拡充をしたい所ではあるが、これまで数多くの補充要員を送ってもまるで効果はなかった。ただ闇雲に人を送るだけでは死人が増えるだけだ。
「誰ぞ、何か良い案はないのか?」
「「「「「…………」」」」」
王にそう尋ねられても誰一人答えなど持ち合わせていない。人のすることの足を引っ張ることには長けているが、自らが率先して事態を打開するような能力など持ち合わせてはいないのだ。
「まずは……、何故突然イケシェリア学園の戦力が下がったのか……。それを調査すべきではありませんか?原因がわかれば対処法もわかるやもしれません」
「おぉ……。ウィックドール公爵の言う通りだ!」
「そうだそうだ!」
ウィリアム・ウィックドール公爵の言葉に他の貴族達もそうだそうだと声を揃える。しかし誰も本気でそれで何か良くなるとは期待していない。ただ人に何かやらせて、失敗したらそれを責め立て失脚させてやろうと狙っているだけだった。
ウィックドール公爵家の娘は少し前までパトリック王子と婚約していた。そう、ウィリアム・ウィックドール公爵の娘こそが、アンジェリーヌ・ウィックドールなのである。
今でこそ婚約は解消されているが、いつまたウィックドール公爵家が勢いを取り戻すかわからない。だからここでウィックドール家に何かさせ、それを失敗させればそこを責め立て完全に失脚させることが出来るかもしれない。
真に国を憂う者などおらず、この小さな檻の中で自分の利益のことしか考えていない。最早王都も安全とはいえず、いつ陥落するかもわからない状況でも権力闘争に明け暮れる者達に溜息しか出ない。
「うむ……。ではウィックドール卿にイケ学の調査を命じる。何か分かり次第報告するように」
「はっ!」
王の指示を受けてウィリアムは王の間をあとにする。廊下を歩きながらウィリアムも溜息を吐いた。
「このままでは……、この国もそう遠くないうちに滅ぶな……」
暢気な貴族や大臣達を見ていれば、この国の未来がそう長くないことは想像に難くない。今は権力闘争や足の引っ張り合いをしている場合ではないだろう。普通の者ならそれがわかるはずだ。
しかし貴族や大臣達は外で何が起こっているかわかっていない。だから自らの保身や勢力拡大、富を手に入れることにしか興味がない。今地位や富や名声を手に入れて何の意味があるというのか。国が滅べばそんなものに価値などなく、王都が落ちれば全ては無意味だ。その王都を守ろうとする者の足を引っ張ろうとする精神が理解出来ない。
「これまでのイケシェリア学園の戦闘履歴を見せろ」
「はっ!」
これまでの履歴を保管している書庫に辿り着いたウィリアムは、まずはこれまでの履歴から洗い直そうと記録を読む。
戦闘時間、犠牲者の数、戦果、出撃者の名簿、様々なものを見比べていくと、数ヶ月前の戦いの後から一気に戦果が落ちていることがわかった。むしろこれほどはっきりしているというのに、何故今まで誰もこのことを指摘しなかったのか。誰も情報の確認や整理を行なっていないとしか思えない。
「徐々に戦闘時間も、戦果も伸びてきていた。ここがピークだ。そして……、このピークを過ぎた途端に明らかに戦果が激減している。つまり……、この時に誰か一番戦力になる者が死んだ……、のか?」
一番わかりやすいのはそういうことだろう。この時まで頑張って戦っていた戦力の要が、この戦闘で死んだ……。そのためそれ以降の戦闘ではそれまでのような戦果が挙げられなくなった。実にわかりやすい。
それが正しいかどうかはともかく、少なくとも普通はそれくらい考えるはずだ。それなのに情報官達は何も指摘しなかった。むしろ今でもわかっていないだろう。誰一人まともに仕事をしていないのかと疑ってしまう。
あるいは……、数字しか見ていないのだろうか。何人が死に、何匹倒したか、ただそれだけしか見ていなければ気付かないのかもしれない。強い者がいて、その者が踏ん張ってくれていたお陰で戦果が挙っていた、などとは考えもつかないのだろう。
机の上で数字だけを見ている者は全てを平均して均一に考えてしまう。五十人が出撃して十匹のインベーダーを倒したら五人で一匹倒せる、そんな簡単な計算に置き換えてしまうのだろう。だが人とはそんな単純なものではない。四十九人が敵を押さえている間に、たった一人で十匹倒してしまうような者もいる。それがわからない者がいくら情報を精査しても何の意味もない。
「この時に死亡した者の名簿を割り出せば……」
もし一人の英雄がこれまで戦線を維持し、戦果を挙げ、そしてこの時に死んだのなら……、打つ手はない。その英雄と同等の力を持った者が現れない限り状況は好転しないだろう。しかし……、それでもウィリアムは情報を集めるために過去の履歴の調査を続けたのだった。




