第九話「瞑想してみました」
翌朝目が覚めた俺は動けなかった。何を言ってるかわからないと思うけどそのままだ。体中が痛くて動けない。
「うぅ……」
何とかゆっくり体を動かして起き上がる。少し動くだけでも体中が痛くて重い。これが何なのか俺は知っている。そう、筋肉痛だ。昨日の体力特訓が原因だろうな。全身が筋肉痛で痛いし力が入らない。ぐっすり眠ったつもりなのに疲れも取れていないかのように体力も戻っていないような感じがする。
「はぁ……」
何とか顔を洗って朝食の準備に取り掛かる。一応動けるけどいちいち少し動くだけでも大変だ。今日は体力特訓は無理だな…………。
そうか……。これもゲーム世界が中途半端に現実になった弊害か。
ゲームなら疲労も筋肉痛もない。それに特訓をすれば一定のステータスが必ず上がる。だけど現実はそんな単純じゃない。運動すれば疲れもするし一晩時間が経過したからって体力が全快するとも限らない。疲労だけじゃなくて筋肉痛や怪我も一晩で完治とはいかないし病気にもなるだろう。
ステータスだって絶対上がってるとは限らない。体力や力は特訓を繰り返していればある程度つくだろうけどそれこそ武器の習熟度なんてのは一回特訓をしたから絶対一定数値上がるなんてことはない。どんな達人も長い時間をかけて訓練を繰り返してようやく身につけてきた。それを何回かコマンドを選択したからって達人並になるなんてのはゲームの中でしかあり得ない。
これはますますまずいな……。ゲームみたいに単純で確実じゃない以上はどれくらい特訓をすればどれほど能力が上がっていると計算出来るものじゃない。隙間時間で本を読んで学習すれば特訓時間を多く取れると思ってたけど思わぬ落とし穴があったものだ。特訓何回したからいくらステータスが上がってると言えるものじゃないなんて考えが抜けていた。
「ふぁ~……、お~、今日もうまそうだなぁ」
「おはよう。顔洗ってこいよ」
「ふぇ~い……」
起きてきて洗面所へ行った健吾を見送りながら俺はまた今後について考えを巡らせたのだった。
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体が重くて痛いけど何とか今日一日の授業を乗り越えた。休憩時間や昼休みを利用して魔法基礎初級を読み進めているけど中々進まない。とはいえ焦ることはないだろう。これは四則計算も知らない子供に算数を教えているようなものだ。基礎の部分さえ分かれば後は理解するのも楽になるだろう。これについては焦ることなくじっくり基礎を覚えれば良い。急がば回れだ。
それより今日の放課後の予定を考える。とてもじゃないけど今日は体力特訓は無理だ。歩くのもやっとなのに昨日と同じ体力特訓のメニューなんて到底出来るわけがない。なので今日は図書館へ行く。もちろん昨日借りた魔法基礎初級はまだ読み終わっていないし新しい本を借りるつもりはない。今日図書館でするのは瞑想だ。
ゲーム時なら知能を上げる『魔法基礎シリーズ』を読むか、スキルや魔法を覚えるための本を読むか、瞑想をするかの三択になっている。現実で言えば魔法基礎シリーズもスキルや魔法を覚えるのも同じ本を読むという動作には変わりない。ただ読む本の種類が違うというだけのことだ。
それに比べて瞑想というのは図書館に併設されている瞑想部屋で瞑想をすることによって最大MPを増やす。何で瞑想部屋で瞑想したらMPが増えるのかはよくわからない。ゲームだからそういう設定だと思うしかない。
図書館に入るとディオと目が合った。温和そうな笑顔のディオに見られている気がする。まぁディオが本当に笑っているかどうかは微妙な所だ。普段から笑顔っぽい表情に見えるだけで本心から微笑んでいるわけじゃないだろう。
「瞑想部屋を利用したいのですが……」
「そうですか。それではこちらへどうぞ」
俺が話しかけるとニコニコと営業スマイルのような顔で立ち上がって先導してくれるのでついて行く。部屋の場所はわかっているから話しかけなくても勝手に行けるのは行けるけど、利用するのに伝えておいた方が良いのかと思って声をかけたら先導してくれた。
別に案内してくれなくても利用して良いと許可をくれたら勝手にこっちで行くんだけど……。
「声をかけておいて何ですけど瞑想部屋は利用する際に司書の方に許可を求めたりどこを利用するか決まりがあるんでしょうか?」
「いえ、特にありませんよ。利用したい時に声をかけていただければ利用していただく部屋番号をお伝えします」
は?じゃあ何であんたは俺の案内をしているんだ?俺が『利用したい』って言った時に『じゃあ何番へどうぞ』と一言言えば済んだんじゃないのか?
「ではこちらでどうぞ」
「はぁ……、ありがとうございます?」
瞑想部屋は複数用意されている形になっている。ゲーム中じゃプレイヤーが操作して指定したキャラクターが利用するだけで他は誰も利用していないけど現実世界となったここじゃ他の利用者もいるのかもしれない。
「貴方は瞑想部屋は初めてですよね?利用方法はわかりますか?」
「あっ……、あ~……、わかりません……」
そういやそうだな。ゲームでならコマンドを選択すれば後は勝手に選んだキャラクターが瞑想部屋で座っているグラフィックが表示されるだけだ。実際にどうすれば良いのかはまったくわからない。何か方法とかがあるのなら聞いておいた方が良いだろう。
「それではご説明しておきましょう。この瞑想部屋では飲食・喫煙は禁止です。図書館の本などを持ち込んでここで読むのもやめてください。読書スペースは別にありますのでそちらで読むようにお願いします」
「はぁ?」
そりゃそうだろうな。ここは瞑想部屋なんであって読書をするためにここを占拠されたら瞑想したい人が困ることになる。本なら他所で読めってのは正論だ。それに飲食禁止もまぁわかる。俺はわざわざこんなとこに飲食物を持ち込んで飲食したいとは思わないけど……。
禁煙なのも当然だろう。俺達は学園生だけど確か年齢はマチマチだったかな。この学園に集められているのはあくまでインベーダーと戦える能力を持った者だから能力が発現したのが遅いと年上も在籍している設定だったはずだ。だから喫煙キャラも存在している。俺は地球でも喫煙していなかったから関係ない。
でもそうじゃなくてそんな話は求めていないわけだが?利用方法ってそういうやつなわけ?俺が聞きたかったのはもっとこう……、どうすればMPが上昇するかとかそういう話なんだけど……。
「そう急がなくとも瞑想方法もご説明しますよ」
「えっ!?」
何?俺は何も言ってないぞ?何だこの人……。他人の心でも読めるのか?
「顔に書いてありますからね。そんな説明を期待していたわけじゃない、と言われる方も大勢いますので慣れています」
「あぁ……」
そりゃそうか。俺は口では何もいわなかったけど同じことを考える者は大勢いるだろう。その中には口で言う者もいるはずだ。『そんな説明は求めていない。瞑想方法を教えろ』と散々言われてきたんだろう。
「瞑想方法ですが部屋の真ん中にある魔法陣の中央に座り集中してください。自分自身の魔力、そして周囲に流れる魔力を感じられるようになればあとはそれを広げていくだけです。自分の魔力が周囲の魔力と溶け合いこの世界に広がるイメージをしてください」
滅茶苦茶アバウトだな……。そもそもその自分の魔力だの周囲の魔力だのがわからないことにはどうしようもないということか。
「この魔法陣は魔力の流れをより良く感じられるように補助するためのものです。この中で瞑想を行なえば外で行なうよりもより魔力を感じやすくなるでしょう。必ずしも瞑想に魔法陣が必要なわけではなく初心者の方がより魔力を感じやすいようにこのような部屋があるだけです。もし魔力を感じられるようになればここで瞑想しなくともどこでも行なえるようになりますよ」
「なるほど……」
簡単に言えばここは初心者用にアシスト機能がついているだけで、アシストがなくても瞑想出来るようになれば無理にここでする必要もなくなるというわけだ。自室や空き時間に瞑想出来るようになれば読書と併せてより隙間時間の有効活用が出来そうだな。
「今回は部屋までご案内しましたが次回以降は受付で声をかけていただければご利用可能な部屋をお伝えいたしますので一人で来てくださいね」
「わかりました」
今日も別に受付で説明してくれるだけでよかったんだけど……。まぁゲームでここに来たことがあるから知っているだけで普通なら利用したことがない相手なら初回くらいは案内するのも普通……、か?
「利用終了時にも受付にて声をかけてください。部屋が空くのを待っている人がいる可能性もありますので、利用前と利用後の声かけは必ずお願いします」
それはそうだな。ゲームならそんなことは関係なかったけど現実ならその通りだ。別におかしなこともないし反論したり逆らったりする理由もないので従っておけば良い。
「わかりました」
「それでは私は受付に戻ります。わからないことがあればまたいつでも聞いてください。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
最後にニッコリ営業スマイルで出て行ったディオを見送ると俺は早速瞑想してみようと魔法陣の真ん中に座ってみた。だけどここまでの所まだ何も感じない。ちょっとだけ目を瞑ってみたり自分の中にある魔力や周囲にあるという魔力を感じようとしてみるけど何も感じない。
そもそも魔力を感じろって言われても魔力がどんなものかもわからないのに無理な話じゃね?
もしかしたら魔法が使える人にとっては魔力を感じるのなんて当たり前のことなのかもしれないけど、普通どころか元々ただの地球人な俺には魔力自体がどんなものかもさっぱりわからないぞ。
それでも頑張って色々と試してみる。この魔法陣の中にいれば魔法陣の効果で魔力が感じやすいらしい。わざわざ何度も魔法陣から出てみたり入ってみたりを繰り返して違いを感じ取ろうとしてみたり、落ち着いて瞑想してみたり、色々と思いつく限り試していく。
散々思いつく限りを試してみて……、わかった。
魔力がわかったわけじゃない。こうやって瞑想してみても魔力なんて感じられないということがわかっただけだ。
俺ってやっぱり才能ないのかなぁ……。ゲームでならばこの体は絶対魔法向きだと思う。だけど現実のようになったこの世界じゃゲームのようにコマンドを選択したらすぐにステータスが上がるなんて単純な話じゃない。
体力もそう簡単につくものじゃない。一日特訓したからって毎回必ず一定のステータスが上がるわけでもなければ瞑想したからって魔力が増えるわけでもない。まだ武器には手を出していないけど武器特訓だって同じだろう。
結局一朝一夕にはそういったものは身に付かず長い年月をかけて怠けることなく鍛え続けた者だけがそういうものを身につけることが出来る。
それはわかる。わかるけどそうも言ってられない。こっちは命がかかってるんだ。今はまだ敵が弱い。だけどこれからイケ学通りに進むならゲームクリア難度は激ムズになってくる。その中で俺が生き残るだけじゃなくて主人公や王子達にクリアまでさせなければならないとすればとんでもなくハードな難易度になるだろう。
こんな調子で進めていて大丈夫なのか?もっと良い方法はないのか?近道でも裏技でも何でも良いから何かに縋りたい。課金ガチャで有利になるなら課金だってしまくる。だけど残念ながらこの世界には簡単にステータスを上げる方法もなければ有利になる課金ガチャもない。
一つ一つ……、積み重ねていくだけだ。出来なければ死ぬ。死にたくなければやるしかない。
「…………お?」
今……、一瞬何か感じた気がする?もしかして今のが魔力か?
「熱心なのは良いですがもう閉館時間ですよ、八坂さん」
「うわっ!」
いきなり声をかけられてびっくりした。声をかけられたから驚いて入り口の方を見てみればディオがこちらを見てる。どうやら長居しすぎたようだ。図書館と体育館の閉館時間は決まっている。そんなに時間が経った気はしていなかったけど、この中にいると時間の経過がわからなくなるようだ。
「すみません。もう出ます」
「それでは私は閉館準備を進めますので出る前に受付で声をかけていってください」
ディオはそれだけ言うと出て行った。いつから見られてたんだろう……。折角良い感じで集中出来はじめたと思ったら終了か。まぁ何となくわかったかもしれない。続きはまた今度だ。
それにしてもディオが俺の名前を覚えていたのは驚きだった。本を借りたから学生証を一度提示している。ディオが手続きをしたんだからその時に学生証の名前を見て覚えていたんだろう。だけどわざわざ俺の名前を覚えるなんてな。ゲームの時は主人公が何回か本を借りて知能のステータスが一定値を超えないと名前で呼ばれない。
主人公イベントならディオが名前呼びに変わるのはある程度信頼関係が出来たような証となるイベントだ。それからはディオは何かと主人公を助けてくれるようになる。ここはゲームじゃないし俺は主人公じゃないから関係ないけど現実のようになったこの世界でも結局は同じような台詞になるんだな。
「それでは帰ります。ありがとうございました」
「はい。お疲れ様でした」
片付けを済ませて瞑想部屋を出て図書館を出る前に受付でディオに声をかけていく。本も頑張って残りを読んで早く次にいかなければな……。