第八十八話「目標を決めました」
まだ他にも部屋がある。次の部屋に行こう。
「ピーッ!」
別の部屋に入れば、やっぱりというべきか、このクリーンルームの内側はあちこちにチビインベーダー達がいる。そしてこの部屋の培養槽の中には剣が……、浮かんでいた。
何で剣が培養槽の中に?それにこのデザインは見覚えが……。
『よく来たねぇ。まず先に結論から言うとこの剣は私から未来の人類への贈り物だよ』
「おぉ……」
培養槽に近づくとまた自動でホログラフィーが映し出された。どこかにセンサーでもあって、人が近づいたら自動で再生されるように設定されているのかもしれない。
『その剣は持ち主の魔力を登録し、他の者には使えなくなる。持ち主の体内にあるエネルギー量に反応してその力を解放する謂わば持ち主と共に成長する剣だ。そして……』
説明を聞いて何となく……、その説明に覚えがあった。それは……、ゲームの『イケ学』において課金アイテムであった……。
「魔剣『終末を招くモノ』」
『終末を招くモノ……、とでも名付けよう』
この研究者は厨二病だったか……。でも……、ゲームの課金アイテムと同じ名前とは……、偶然の一致……、なわけないな。デザインも、名前も、説明文も、全て一致している。ただ一つ違うのは、この研究者が言うにはこの剣は持ち主の魔力結晶の量に反応してその力を解放するらしい。
だから装備可能レベルというものが設定されておらず、誰が持っても持っている時のレベルに合わせて剣の強さ、解放されている力が変わる。
じゃあ剣の力の限界以上に持ち主が強くなったら?と思うところだけど、どうやら説明によるとこの剣自身も成長するらしい。仮に今この剣の限界がLv30だったとしても俺がレベルを上げている間にこの剣も成長していけば、Lv50、Lv70、と剣の力も上昇していく。
成長速度がどの程度なのか。それがわからないから何とも言えないけど、実質的にこの剣が一本あればもう他の武器はいらないことになる。木刀から鉄の剣に持ち替え、鉄の剣からさらに……、と繰り返していくよりも、この剣一本を鍛えた方が効率が良い。
ちなみに成長させる方法は人間と同じだ。人間は魔力結晶を持つ相手を倒すとその相手の魔力結晶の一部を奪っているらしい。ゲーム風に言えばそれが経験値になるわけだな。別に相手の魔力結晶を取り込んだりしているわけでもないのに、何故相手を殺したらそれが吸収出来るのかはわからない。そこはゲームだからと思うしかない。
ただ戦って敵を倒せば相手の魔力結晶の一部を奪い取り込み、その分だけ成長出来る。
じゃあ魔力結晶を持っている相手ならば人間でもいいのかといえばその通りだ。人間同士で殺しあっても経験値が入る。ただ高純度、高濃度の魔力結晶を持たない人間を多少殺してもほとんど経験値は得られない。魔力結晶から出来ているインベーダーのような高濃度の相手を倒しても中々レベルが上がらないんだからな。人間を倒してもどの程度かは推して知るべしだ。
この魔剣は戦闘によって魔剣自身も倒した相手の魔力結晶を吸収し、少しずつ成長していく。成長限界とか成長速度はわからないけど、武器としてはロマンがあるだろう。そしてそれは……、反逆の杖も同じだった。
もしかしてだけど……、反逆の杖もかつての魔法科学文明が作った成長する武器なのかもしれない。いや……、それで言えばゲームの課金アイテム全てが?
よくよく考えてみれば……、ゲームの課金アイテムも基本的にはこの終末を招くモノと反逆の杖に似ていた。もしかして設定上は、これらの武器が成長した姿がもっと上のレベルの課金アイテムという設定だったのかもしれない。
俺はゲームは効率的にプレイしていたけど、設定とか説明文とかを考察したりはしていなかった。所詮乙女ゲーと思って侮っていたというのもある。ゲームシステムや検証によって効率プレイをすることには意義を感じていたけど、設定だの説明だのをあれやこれやと議論しても無意味だと思っていたからな……。
ここでは剣を貰い、かなり崩れている白骨死体に手を合わせる。
これで俺は剣、杖、防具が揃った。ただ……、少し気になることがある……。それは……。
「このスーツ恥ずかしい……」
ガラスのようなものに映った自分の姿を改めて見てみれば、ボディラインがくっきり出ていてとても恥ずかしい。いくら俺があまり巨乳じゃなくて、女性らしい体型をしていないとしても、それでもやっぱりこんなボディスーツを着れば女性だと一目でわかる。
それほど大きくないながらも膨らんだ胸。細い腰に丸いお尻。それはもう見るからに女だ。こんな体をした男がいるはずがない。
「このままは……、まずいよな」
今後俺が王都やイケ学に戻るかどうかはともかく、それでも人に接触する可能性は高い。というより俺は絶対に舞とアンジェリーヌに会いに戻る。その時にこの格好で町に入るのはあり得ない。何とかカモフラージュする必要がある。
このスーツは汚れも自動で綺麗になるらしい。破れても自動で修復されるし、汚れも自動で落ちるのならこんな良いものはない。問題は俺が前までのように体を隠せないということだ。どうすればいい?
「とりあえず、当面の間はこの上からイケ学の制服を着るか」
結局これを下着のように下に着て、その上からイケ学の制服を着ることにした。これでボディスーツでラインくっきり!というのは避けられる。
その後も探索を続けたけどこれ以上は何もなかった。期待した食料や着替えがあるはずもない。食料があればここの研究員達が食べるだろう。というよりは恐らく備蓄を全て食べて、飢えて死んだに違いない。食料だけじゃなくて日用品とか着替えも何もなかった。
まぁ着替え代わりにボディスーツは手に入ったし、武器も手に入った。これ以上望むのは罰が当たる。
食い物は森で探すしかない。ここの研究員達が生きていた頃は外は完全に汚染されて何も食えなかった状態だったようだ。それに比べたら俺は随分恵まれている。なら人の物を頼りにしないで自分で努力しなくちゃな。
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ボディスーツのお陰か、物凄く動きやすくなっている。それに移動速度も力も上がっているようだ。このボディスーツも着用者の魔力に反応して色々と補助してくれるらしい。ただ防御効果があるだけじゃなくて、所謂パワードスーツみたいな?
さて……、ボディスーツの性能確認は終わったけど……、これからの食事をどうするか……。
敵を倒して魔力結晶の一部を取り込むことで、ゲーム的に言えば経験値となって自分が成長出来る。ならば魔力結晶を多く取り込むほど成長も早いし、レベルも上がるということだ。
じゃあ……、その魔力結晶そのものを取り込んだらどうなる?例えば……、魔力結晶を多く含みその体を構成しているらしいインベーダーを食べたら?
やっぱり俺はクラゲを食う運命なのか?このクラゲを食えば強くなれるのか?
「うぐっ!やっぱり生臭ぇ!」
黒インベーダー達の死体をあさりに来たけど、やっぱり生臭くて食えたものじゃない。顔を近づけただけで吐き気を催す。死んでから時間が経ってるから余計にか?じゃあまだ生きている白インベーダーはどうだ?
「ピギーッ!」
「……お前らも臭いな」
まだ生きている新鮮な白インベーダーも同じだった。生臭くて食えたもんじゃない。これを口に入れる根性は俺にはない。そもそも本当に食って強くなるのか?そんなことが出来るなら研究所の職員達がインベーダーを食って凌いでたはずじゃないか?
でもたぶんだけどあそこの職員達はインベーダーを食べたりせず、飢えて死んだんだと思う。それは食ったら体に悪いとか、別に食っても強くならないとか、メリットがないから食わなかったんじゃないか?
食っても強くならないくらいなら良いけど、食ったら体に悪いのなら大変だ。それに戦って相手を倒したら成長出来るのに、口から摂取したからって成長出来るという話にはならないだろう。俺もちょっとどうかしていたらしい。
あの研究所は今もずっと稼動して白インベーダー達を生み出し続けていた。ただそのペースは非常にゆっくりしたものだ。魔力結晶を使いすぎないようにあえてゆっくりしたペースで作っているように思う。
施設の維持やインベーダー生産のために使われている魔力結晶……。その入手先や入手方法がわかれば俺も欲しい。あまり使いすぎるのはよくないのはわかっているけど、魔法陣研究のためには魔力結晶が必要だ。
これから俺がするべきことは、まず食料確保。生きていかなければならないからこれが最優先。
次に研究所の調査。研究所にはまだ俺の知らないものが眠っている可能性がある。それにこの世界を救うためのヒントが隠されている可能性もあるだろう。それを調べて今後俺が、俺達がどうすればいいか考えなければならない。
そして俺のレベルアップ……。イケ学に居た頃は特訓と黒インベーダーの襲撃で勝手にレベルアップ出来ていた。でもここでは特訓をつけてくれるニコライもディオもいない。それに黒インベーダーが定期的に襲ってくるかも不明だ。
強くなるためには自力で特訓しつつ、どうにかして経験値を稼いでレベルアップする必要がある。俺がこうしている間にもイケ学の生徒達は戦闘に明け暮れて強くなっている……、かもしれない。俺だけ置いてけぼりになったら、王都やイケ学に戻った時に簡単に殺されてしまう。
それから、食料調達にも関連するけど研究所だけじゃなくてこの近辺の調査も必要だな。食料確保のための調査だけじゃなくて、どこかに魔力結晶があるかもしれない。いや、確実にあるだろう。それを少し手に入れておきたい。
とりあえずそんな所かな……。また何か思いついたり変更があればその都度修正していけばいい。ここはイケ学と違って俺の思い通りに過ごすことが出来る。
「ピギーッ!」
「ピギーッ!」
「――ッ!?」
森をウロウロしているとまた前のような緊迫した白インベーダー達の鳴き声が響き渡った。この感じは……、たぶんまた来たんだ……。黒インベーダー達が……。
「どれくらい定期的に来るのか知らないけど……、随分早いじゃないか……」
イケ学に比べて襲撃のサイクルが早いのか?前の襲撃からまだそれほど経っていないというのにもうきやがったか。
「まぁいい。イケ学の奴らやアイリスは今も成長しているかもしれない。俺ものんびりしてたら次の戦いでまた負けることになる。次はあいつらに負けないためにも……、黒インベーダーには俺の経験値になってもらおう!」
ラピッドを使って森を駆け抜けて黒い大地との境まで向かう。今回も見渡す限りのインベーダー……、だけじゃないな。今回はインスペクターまでいる。数はいつも通り。大攻勢ほどじゃないけどそれなりで、インスペクターまで混ざっている。
そう言えば研究所ではインスペクターのことは何も言っていなかった。もしかしてだけど……、インスペクターはインベーダー達が長い年月をかけて自己進化した姿か?
考えられるケースとしては、インベーダーはここの研究所で作られたもので、インスペクターは他の研究所で作られたものか。あるいは前述通りインベーダーが進化してインスペクターになったのか……。少なくともここでインスペクターは作られていなかった。
細かいことはどっちでもいいかもしれないけど……、ここの研究所の施設が今もインベーダーを生み出していることを考えれば、増えるペースは遅くとも、何百年と作られ続けたインベーダー達が物凄い数であることは想像に難くない。
この森は限られた広さしかないのに、それ以外の場所は死の大地が広がっている。その死の大地に多くの黒インベーダー達がいるとすれば、それが一体どれほどの数になるのか考えただけでも恐ろしい。
「はぁ……。考えると鬱になるな……。わからないことを考えて悩むより……、まずは目の前のことから片付けていくか!」
「ピギーッ!」
何か……、今回は自然と俺が死の大地との境目で先頭に立って、その後ろに白インベーダー達が控える形になっている。こいつら体良く俺を盾に使ってるんじゃないだろうな?白インベーダー達にうまく使われている気がしないでもない。
「とはいえそうも言ってられないか……。もはや俺達は運命共同体だもんな」
「ピギッ!」
こいつら俺の言ってることがわかってるのかな?何か妙に返事っぽく鳴き返してくる。白インベーダー達は星の再生に必要だ。研究所も守らなければならない。そして黒インベーダーが白インベーダーや人間を狙ってくる以上は戦うのみ。
黒インベーダー達には黒インベーダー達なりの考えや理由があるとしても……、こっちだって黙って殺されるわけにはいかない。
「よーし!終末を招くモノとこのボディスーツのお披露目といくか!」
今回も準備は万全。体調も悪くない。これなら普通の攻勢なら十分戦える。出来るだけ経験値を稼ぎたい俺には願ったりの展開じゃないか。




