第八十四話「気付きました」
学園の授業という足枷はなくなったけど、その代わり生活の全てを自分でどうにかしなければならないという足枷がついた。結局の所一人で全て賄って生活していこうと思ったらとてつもない労力がかかるわけで、イケ学で授業を受けていた方がまだお気楽だったという気がしないでもない。
もちろん今からイケ学に戻れると言われても絶対にお断りだ。アイリスがいるイケ学に戻っても次はもっと酷い目に遭わされるだけだろう。
ただ無駄にウロウロと食料集めとかに奔走してももったいないから、もっと色々と有効活用出来ないかと考えて実行してみた。
「ヒャッホーーーーッ!」
まずここの所俺は特訓をしていなかった。当然体も鈍ってくるし体力も落ちてくるだろう。だから食料調達は体力特訓をしながらすることにした。ついでにスキルや魔法の練習も兼ねている。
「ウホホーーーイッ!あっ……、やべ、そろそろ切れるな……」
調子に乗って森の中を駆け回っていたけどちょっとペースを落として広めの場所に向かう。体感的にそろそろラピッドの効果が切れる時間だ。
色々検証してみた結果ラピッドは、一定時間で効果が切れる素早さアップのバフ魔法ということで落ち着いた。俺のいい加減な検証だから確実とは言えないし、まだわかっていない部分もあるけど、大凡の効果と持続時間は大体わかった。
戦闘中にいきなり速くなったり、効果が切れたりしたらかなり大変だ。というか練習してても森で木に激突したり、走っていた木の上から落ちたりした。
なのでまずは体にラピッドの速さを慣れさせるために使いまくり、さらに持続時間が切れるタイミングを体で覚えさせた。まだまだ完璧とは言えないけど、それでも戦闘で使えるんじゃないかと思える程度には仕上がってきただろう。
移動速度が上がったから食料調達の時間も短縮出来るし、走り回って体力特訓の代わりにはなるし……。
でも少し不安がある。俺は夜に瞑想も行なっている。それからラピッドも使いまくっている。そのお陰かラピッドの効果が徐々に上がっている気がする。確かに魔法やスキルを使いまくれば熟練度が上がって色々と利点があった。
例えば、一回の使用MPが減るとか、スキルの使用可能回数が増えるとか、若干効果が上がるものもあった。でもそれはおまけ程度のものでそんな極端な効果はなかったはずだけど……、今は明らかにラピッドの効果が上がっている。
もしラピッドが固定値アップや固定倍率アップじゃなくて、魔力依存で倍率が上がり続けるのなら……、俺が魔力を強化し続ければどんどん速くなる……、かもしれない。理論上は……。
肉体への負荷もあるだろうから限界はあるだろうけど……、っていうか今も俺ラピッドを使ったまま走り回って、飛び回っているけど肉体への負荷とか大丈夫なんだろうな?今の所どこか具合が悪いとか膝や腰を壊したという感じはしないけど……。
「ピギーッ!」
「お?もうそんな時間か」
ラピッドが切れる前に広めの場所に降りていた俺は、近くの白インベーダーに声をかけられて黒い大地へと向かう。
「よーし。今日もやるか!ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!」
俺はひたすら黒い大地に向かって炎を投げ込む。何も意味がないような気もするかもしれないけど一応意味があると思ってやっている。そもそもただ大地に打ち込んでいるわけじゃなくて……、俺がターゲットにしているのは、この前の戦闘で倒した黒インベーダーや、やられた白インベーダーの死骸だ。
別に白インベーダー達の死骸を弄んだり、魔法の的にしているわけじゃない。どうもこのインベーダー達の死骸というのは放っておくとかなり厄介なことになるようだ。
俺があの崖下で散々な目に遭った時に見たように、何か変な腐敗のようなことが起こって辺りを汚染する。この黒い大地がインベーダーによって汚染されたのか。この汚染を何とかしようとしているからインベーダーが徐々に汚染されているのかはわからない。
ただ一つわかるのは、あの戦闘の後のインベーダー達の死骸はなかなか腐らなかった。それなのに酷い臭いを発して、置いていた地面が変色してぐじゅぐじゅになっていた。それを白インベーダー達は黒い大地の方へと放り投げていたので、俺もラピッドなどのスキルや魔法を使いつつ手伝った。
黒い大地に放り込んだインベーダー達はますます変色して、簡単には腐敗せず酷い状況が悪化しているように思えた。
そこで俺は試しに黒インベーダーの死骸にファイヤーアローを打ち込んでみたというわけだ。そしたら火葬されたのか、黒インベーダーの死骸は吹き飛んで燃えてちょっとその辺りの大地がマシになったように見えた。
それからはこうして定期的に黒い大地に来てはファイヤーアローで残っている死骸を焼いたり、たまにはただ地面を狙ってみたりしている。何か効果があるのかはわからないけど、俺が乗り気じゃなくてサボってると今日のように白インベーダーが呼びに来るというわけだ。いや、本当に呼びに来てるのかは知らんけどね……。
これは俺の魔法の練習にもなっているから俺としても意味がある。図書館にあった負荷の高い魔法陣がない現状では俺は十分な瞑想が出来ていない。その代わりに実際に魔法を使いまくっているというわけだ。効果があるのかはわからないけど、MPが空になるほど魔法を使いまくるのは良いと思う。
そんなわけで俺は剣を振ったり、スキルを使ったり、体力特訓や瞑想したり、魔法の練習をしたり、日中は大忙しで動き回っていた。
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暗くなってくると読書の時間だ。夜に駆け回るのは危ない。夜の戦闘もあるかもしれないと思って、ちょっとくらいは闇に慣れる練習もしているけど、慣れないうちに派手に動くと大怪我をする。決して夜行性の猛獣がいたらどうしようとか、幽霊が怖いとかそういう理由ではない。
そんなわけでちょっとは夜に活動もしているけど、基本的には夜は大人しくブレスレットを読んでいる。今はもう新しく覚えられるスキルや魔法がないから魔法応用ばかりだ。そして俺はようやく魔法応用Ⅱを読み終わった……。
「これは……、やばいぞ……」
魔法応用Ⅱを読み終えた俺の感想は……、これは凄いということだ。魔法応用Ⅱには魔法陣について詳しく書かれていた。これを読んだ今、俺は一応図書館にあった魔法陣を再現可能だ。理論上はな……。
実際にあれだけ複雑で効果的な魔法陣を、本を読んだだけのズブの素人の俺がいきなり作れるはずがない。ただ基本はわかったからあとは俺の慣れとセンスの問題だ。魔法陣の設計には知識と経験と慣れの他にセンスも必要になる。
もしあの魔法陣をディオが描いたのだとしたら相当深い知識と経験、そして何よりもすごいセンスを持っていたんだろう。でなければあれほどすごい魔法陣を描けるとは思えない。
そして俺はこれを……、例えば紙とか、布とか、何かに描いて持ち歩けないかと思っている。つまり……、魔力を込めただけで魔法陣の回路が働き、そこに描かれた魔法の効果が発動する。所謂お札とか、スクロールとか、言い方は色々だけど、使い捨ての魔法の効果を発動するアイテムが作れないかと考えている。
しかもこの考えがうまくいけば使い捨てにする必要がない。図書館の魔法陣を見てわかると思うけど、魔法陣は使ったからって消えたり効果がなくなったりはしない。魔法陣が消えてしまったら発動しないけど、魔法陣が残っている限り繰り返し使える。
なら、破れにくい布とかに、消えにくい、もしくは消えない方法で魔法陣を描くことが出来れば……、それをかざして魔力を流すだけで魔法撃ち放題になる……、かもしれない。
前にも言ったと思うけど、この程度の素人でも考え付く方法はとっくの昔に誰かが考えているだろう。それなのに魔法陣が発達していないということは、そんな簡単にはいかない、もしくは出来ない、ということだと思う。出来るならとっくに実用化されてるはずだ。
でもだからって諦めて何もしないのは違うだろう。他の人も試したかもしれない。それでも出来なくて実用化されてなかったのだとしても……、自分でも試してみる価値はある。特にこんな状況だ。もし魔法の詠唱を省略して撃ち放題になればとんでもない火力アップに繋がる。それを自分で試しもせず諦める手はないだろう。
問題なのは魔法陣の触媒だな……。何でも魔法陣は魔力の高い者の血液と魔力結晶という触媒が必要らしい。その魔力結晶というものを俺は知らない。魔力が高いかどうかは知らないけど血は俺のを使うしかない。問題は未知の物質である魔力結晶だ。
ブレスレットには一応簡単なイラストと共に特徴なども書かれている。そして手に入る場所は古い森の奥や山奥の鉱山らしい。幸い俺は森の中にいますよ?でもこの森や山にその魔力結晶というものがあるかどうかはわからない。しかも山の中にあったとしても俺一人で坑道を掘るのか?何年かかるんだ?
もしかしたらこの魔力結晶が簡単に手に入らないから魔法陣が発展しなかったのかもしれない。そう考えれば色々と納得がいく。これは少し棚上げだな……。魔力結晶が手に入らない限りは手のつけようがない。
「次は魔法応用Ⅲでも読むか……」
夢は広がったと思うけど、結局すぐに出来ることはなく……、新しく出て来た項目の魔法応用Ⅲに目を通しつつ今日も夜を明かしたのだった。
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「困った……」
困った……。ここに来て何日経ったのかももうよくわからないけど……、困った……。
まず食料だ。今は川に行って魚を獲ることと、いくらかの木の実などを食べて凌いでいる。でも非常に食料が少ない。お腹が空く。腹一杯食えるわけもなく徐々に痩せてきている気がする。笑い事じゃなくて、本当に餓死したり、栄養失調になりかねない。
それに魚だってずっと同じ所で獲っていたらいなくなる可能性もある。なるべく違う場所で獲ったり、他の川を探したりしているけど……、成果が出ているかどうかは疑わしい。木の実を食べるって言っても大しておいしくない上に栄養も少なそうでボリュームもないものをボソボソと食べているだけだ。
このままここに留まるつもりなら早晩食料が尽きて餓死することになる。餓死する前に栄養失調でまともに動けなくなるだろうけど……。
この森にはインベーダー以外に野生の獣なんかを見たことはない。魚はいるけど……。動物を獲って食べる手もないし食料は喫緊の課題だ。
そして何よりも……。
「服がボロボロで……、下着が汚い……。しかも全身臭い……」
そう……、致命的な問題……。俺は今全身が汚いしボロボロでそのうち半裸になってしまうかもしれない。特に下着の汚れが酷い。あの日の後にまともに洗えもせずずっと穿きっぱなしだからな……。
一応川で洗ってるけど、あまり洗うとボロボロになってしまう。石鹸や洗剤もないから汚れもあまり落ちない。もちろんそれは衣類だけじゃなくて俺自身も……。
前までのように温かいお湯に浸かって、石鹸やシャンプーを使って綺麗に洗うというわけにはいかない。毎日水浴びしている暇もないから洗うのもたまにだ。それで良い匂いがするわけがない。女性が良い匂いがするとか嘘だ。女性だって洗ってなければ臭くなる。当たり前だ。
「何とか着替えの服と食料を調達しなければ……」
葉っぱとか植物を体に巻きつけておくだけというのは無理だ。俺が女だからとかじゃなくて……。そんなの不便なだけで効果がない。それならいっそ裸の方がマシかもしれない。
「やっぱり……、文明の利器といえばここだろうな……」
俺は再びインベーダーの研究所か工場かという施設にやってきた。あの後も何度も調査に入っているけど今まで何の成果もなかった。でも俺は一つだけ疑問というか確信というかがある。
普通建物というのは上の大きさに比例して、ってもちろん計算式があって正比例しているわけじゃないけど比喩的に、大きな建物ほど大きな地下がある。上が大きくなる分だけ下も大きく作るのが基本だ。
それは地下階として利用していなくても必ずある。別にビルのように地上何階、地下何階建て、という意味じゃなくて……、大きな建築物を建てれば基礎や地下部分が大きくなるし、そこに絶対設備があるはずだ。
例えば二階の下水がどこを流れているかわかるだろうか?簡単だ。一階の天井の上だ。人間が室内から見ている天井と建物のスラブの間には空間がある。天井は吊られているだけで、二階の床が直で一階の天井ではないというのはわかるだろう。
じゃあ一階の下水はどこを通るのか?当然地下部分だ。水が低い所から高い所へ流れるわけがない。だから一階の下水は最低でも半地下、地下室の天井の上か、半地下の暗渠があるはずだ。それなのにこの施設には地下部分へ降りる場所が見当たらない。
普通これだけの施設を作れば地下部分があるはずだし、暗渠などのメンテナンスのために中に降りれる場所がある……、はずだ。ここは地球じゃないから絶対とは言えないけど……。それでも普通に考えたらそういう設備があるはずだ。場合によってはポンプとか貯水槽とかそういうものも地下にあるかもしれない。
これだけ探しても地下への入り口が一切見当たらないということは……、どこかに隠されている可能性が高い。そして隠してるのだとすればそれは何故か?上下水や電気の配管があるのならメンテナンスのために降りるはずだ。その降り口を隠す理由は?
それは……、知られてはいけないから……。地下部分がシェルターになっているとか、秘密の研究をしているとか、何かがあるに違いない。だからあるはずだ。この施設のどこかに秘密の降り口が……。




