第八十三話「勝鬨を上げました」
体が軽い。思い通りに動く。こんなに自由に戦えるのは久しぶりのような気がする。
「うおおっ!」
魔力を纏った鉄の剣は一薙ぎで何匹もの黒インベーダーをまるで豆腐のように切り裂く。やっぱり切れ味、一撃の攻撃力というのは大事だ。これがもっと力ずくで引き裂くように斬っていたら手間取り隙が出来ることになる。それもなくまるで棒を振り回して豆腐を叩いているような今の状況ならいくらでも敵を斬って立ち回れる。
「ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!」
ついでに余裕があればあちこちに魔法の援護射撃を放つ。何か黒インベーダーは燃やした方が良いようなイメージだから使うのはファイヤーアローだ。アースアローでこのどす黒い大地の土を使おうとは思えない。むしろ余計悪いような気がする。いや、別に理由も根拠もないけどね?
まさかこの黒い大地でアースアローを作って攻撃したからって敵が強化されるとか、何かを吸収するとかそんなことはないと思うけど、ただイメージとしてあまり使いたくない。
魔法というのはイメージというか、構想というか、構成というか、がとても大事だ。だから直感で気に入らないと思ったらしない方がいい。別に教科書にそんなことは書いてないけど俺の持論だ。
「ピギーッ!」
「おう!助かった!」
俺の背中を守るように白インベーダーが迫っていた黒インベーダーにタックルして止めてくれた。俺達は今間違いなく共闘している。お互いに意思疎通出来ている。お互いが味方で仲間だと思っているはずだ。
「はぁっ!」
また横に剣を薙ぎ払う。縦に斬っても一匹しか倒せない。だからどうしても横薙ぎの攻撃で単調になってしまう。俺の場合はその隙を魔法でカバー出来るけど、戦い方としては非常にまずいものだろう。
「くそっ!キリがないな……」
やっぱりと言うべきか、いつも通りと言うべきか……。
倒しても倒しても黒インベーダーは無限湧きかと思うほどに湧いてきて攻勢が途切れることがない。今はまだ俺も体力十分だけど、これがいつまで続くかわからないとなると先が不安だ。
単体の性能は白インベーダーも黒インベーダーも互角なのかもしれない。多少の差はあるのかもしれないけど、そこまで見ている余裕はない。ただざっと見た感じではお互いに互角の戦いを演じているようだ。
でも黒インベーダーは数が違う。黒い大地を埋め尽くすかと思うほどに次から次に攻めてくる。一対一で互角なら二対一なら必ず負けることを意味する。白インベーダー達は数に押されて劣勢だ。俺が先頭に立ってかなり敵の勢いを食い止めているけど、それでもこのまま戦い続ければ勝ち目があるようには思えない。
「ははっ!それもいつものことか!」
「ピギッ?」
自嘲気味な俺の笑いに周りを守る白インベーダー達が首を傾げる。
俺はこの世界に来てから絶対勝てる、絶対大丈夫なんて戦いはしたことがない。常に、毎回毎回命懸けで、ギリギリで、自分でもよく今まで生き残ってきたものだと思う。
今回だけが特別じゃない。こんなものいつも通りだ。むしろ体調は良いし、武器も良くなった。魔法も撃ち放題。味方もイケ学のモブ達よりよほど頼りになる。今までより条件が良いくらいじゃないか。
「やあぁっってやるさ!」
「ピギーッ!」
「ピギーッ!」
「ピギーッ!」
吼えた俺に呼応するかのように白インベーダー達が鬨の声を上げる。
いや、そんなつもりで鳴いてるのかは知らないけど、俺としてはそう思った方がテンションも上がるし、連帯感とかも生まれるからそう思っておく。
「死にたい奴からかかってこい!」
~~~~~~~
「はぁ……、ふぅ……」
もうどれくらい戦ったのか……。俺も若干肩で息をしている。まだまだ動けるけど……、何ていうんだろう?ちょうど体があったまってきた所だぜ?みたいな?
「ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!」
MPもまだ切れそうな感じはしない。数は多いけど今更ただのインベーダーに苦戦することはそうそうないだろう。油断するのはよくないけど、必要以上に悲観することもない。問題は敵が退くまで体力がもつかどうか、敵が一体どれだけいるのかだな……。
「ピギーッ!」
「「「「「ピギーッ!」」」」」
「え?」
俺がそんなことを考えている間に黒インベーダー達は一斉に鳴きはじめたかと思うと退却を始めた。
「終わり……、なのか?」
「ピギッ」
隣の白インベーダーに聞いても答えはわからない。だってこいつらピギーって言うだけで何言ってるかわからないし……。
「ピギーッ!」
「ピギーッ!」
「お?お?何だ?何だ?」
だけど……、暫くすると白インベーダー達も鳴きはじめた。もしかしてこれは勝鬨か?だったら俺も乗るしかないな。
「うおおおっ!ぴぎーっ!」
「「「「「ピギーーーーッ」」」」」
何か妙な一体感となって白インベーダー達と一緒にピギーピギーと叫びまわる。ちょっと俺の頭もどうかしていたのかもしれない。
「ピギーッ!」
「なんだ?」
「ピギーッ!」
「ははっ!」
白インベーダー達が俺の周りに集まってきてぺしぺしと叩いてくる。これはあれか?ハイタッチみたいな?
「あははっ!うぉっ!くせっ!お前らくせぇぞ!はははっ!」
「ピギーッ!」
戦いの後でアドレナリンが分泌されていたからか、変なテンションのまま俺は白インベーダー達と戯れながら勝利の鬨を上げていたのだった。
~~~~~~~
「はぁ……」
溜息しか出てこない。あの廃墟の近くで焚き火をしながら落ち込む……。
「俺何やってんだろ……」
インベーダー達と一緒になってピギーピギーと叫んで……、もし誰かに見られたら相当変な人だと思われただろうな。幸い俺以外に生きている人間の痕跡なんて欠片もないけどな。
あの時の俺はどうかしてたんだ。何か変なスイッチが入って、変なテンションで……、あんなことをしてしまった……。あぁ……、ブルーだ……。
あっ……、もしかしてこれって躁鬱かな?戦闘で躁になったから、今その分鬱が押し寄せてきてるのかな……。
「あ~……、穴があったら入りたい……」
あんなハイテンションでピギーピギー言ってた自分が恥ずかしい。
インベーダー達はここには近寄ってこないようだ。そんなに遠く離れた場所じゃないから、あいつらの行動範囲に入っているはずなのに、まるでここだけ避けるように近づいてこない。
やっぱりあいつらはここで作られて、何らかの命令なりがあるからここに近づいてこないのかな?今は鬱な気分だからあいつらが来ないのは助かる。
「何か気分転換しよう……。このままじゃずっとうじうじ同じことを考えてしまう……。そうだ!ブレスレット!ブレスレットを読もう!」
そうだ!そうだよ!今の俺は学園の授業もないし自由だ!前まで時間がない、ないと言ってたけど、今は授業なんていう縛りもない。自由に時間が使える。
敵が襲ってくることもわかったし徹夜して寝不足で満足に戦えないとかは間抜けすぎるけど、この辺りの調査以外にもブレスレットの魔法やスキルを覚えよう。そういえば魔法応用シリーズもまだ読み終わっていない。
何だ。状況に追われてすっかり忘れてたけどすることも、しなければならないことも山積みのままじゃないか。今までも時間を無駄にしすぎだったな。
先の戦闘でレベルも上がってるかもしれない。また一層取れる魔法やスキルが増えていたら覚える時間が足りなくなるくらいだぞ。それにスキルを取ったら体に馴染ませるために使いまくらないと、いざという時に咄嗟に使えない。
ゲームじゃないんだから読んで、覚えて、あとはコマンドで好きな時に選ぶだけ、というわけにはいかないだろう。
「よーし!やるか!」
やることを思い出した俺は昨日から食べている木の実を食べてから、ブレスレットの内容を必死に読み始めたのだった。
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昼間は森を探索したり、廃墟を調べたり、食べ物を確保したり、そして夜になると拠点にしている廃墟でスキルや魔法を覚える。
たまに白インベーダー達に混ざって意味もなくウロウロしたり、白インベーダーのしていることをじーっと見ていたり、一緒に一つまみ砂を持って行くと何か怒られたり、色々とやってみる。
森ライフを満喫していると思ったら大間違いだ。食料確保が難しいし、その日暮らしだけど、それはつまり何かあればいきなり死に直結しかねない。そんな中でレベルが上がっていて新しく覚えられた魔法は非常に助かる。
俺が覚えた魔法は二つ。一つは『アンチドーテ』、そしてもう一つは『ラピッド』。どちらも俺の望む範囲攻撃じゃないけど『アンチドーテ』は非常に助かっている。
アンチドーテは言葉通り解毒魔法だ。ゲームの『イケ学』において状態異常の毒を解除出来る。ただしこれも魔法使いにさせる理由は何もなく、他のキャラにアイテムで解毒をさせる方が効率がいい。ゲーム時には死に魔法だった。
でも今の俺には非常に助かる。解毒ということは食あたりとか、何か毒物を食べた時にも効く!……かもしれない。いや、実際今の所アンチドーテを使ったことがないから正確な所はわからない。でも恐らく効く!……と思いたい。
だから俺は今結構大胆に食べ物を探せている。もし毒物にあたってもアンチドーテでどうにかなるかもしれないという思いで、正体のわからない物も口に出来ているからな。そのお陰で食える物が増えた。
例えば毒物でも蓄積して将来的に影響を及ぼすようなものだったら、今少量食べても影響はないように見えているだけかもしれない。でもそんなことまで気にしていたら何も食えないわけで、今はとりあえず木の実などで何種類か食べられるものを確保した。
もちろん中には食えない物もあったけど……、それは毒というより味や臭いの問題だ。毒にあたってアンチドーテのお世話になったことはないと言った通り、今の所何かの毒にあたった様子はない。
それからもう一つの『ラピッド』。こちらも名前の通り素早く行動出来るようになる魔法だ。ただ『イケ学』には素早さというステータスがない。そもそも戦闘がコマンド選択式のターン制であって、素早さとか何も意味がないからな。
じゃあラピッドが何の意味があるのかと言えば、ターンの行動順が早くなる……、可能性が上がる、という魔法だった。使ったからといって絶対に行動が先になるわけでもなく、貴重な魔法使いに一ターン使わせてまで使う意味のない死に魔法だったのは言うまでもない。
でも魔法の説明文には確かに、素早さを上げて行動順を早くする、という説明が添えられていた。『イケ学』の検証プレイヤー達の報告によると、確かにステータスでは素早さはないけど、内部的に何か行動順を選ぶ際に影響すると思われる数値が設定されており、ラピッドを使うとそれが上昇するらしい、といことは報告されていた。
ただそれもその数値の順番で固定ではなく、例えば物凄い数値の高い方と低い方がいても、ある程度ランダムというか運によって行動順が左右する。ただ数値が高い方が先に選ばれる可能性が上がる、という程度のものだ。それを%上昇か、固定値か、魔力依存かわからないけど、少し上げてくれると言ってもはっきり言って無駄魔法だろう。
でもこの魔法はもしかしたら現実世界となったこちらでは使えるかもしれない。俺はこのラピッドにちょっと期待していた。だって説明文には確かに素早さを上げる、と書かれているんだから……。
そしてようやく先日ラピッドを覚え終わった。覚えたらすぐ確認したかったけど、でも確認して期待した効果と違ったらどうしようと思って数日悩んで寝かせていた。でもずっと確認しないわけにもいかないので、今日ついに確認してみようと思う。
「よし……。いくぞ……。……ラピッド!」
ラピッドを唱えるけど当然何も起こらない。それはそうだ。これは唱えたからって何かが起こる魔法じゃない。所謂バフ魔法の一種に分類されるであろう魔法であり、唱えた後で実際に行動してみないことにはその効果のほどはわからない。
「ゆっくり……、ちょっとだ……けぇぇぇぇぇえええ~~~~っ!」
ちょっとだけ走ってみようと思った俺は、物凄い加速で木に激突しそうになってぎりぎりそれを回避して止まった。速い……。速過ぎる……。
「あぶねぇ……。この魔法……、やばすぎるんじゃ……?」
ラピッドの効果を確認した俺は……、とんでもない魔法を覚えたかもしれないことを悟って慄いた。




