第八十一話「見つけました」
装備は……、鉄の剣と反逆の杖が腰に差してある。でもプロテクターはボロボロだったから崖下で脱ぎ捨ててきた。健吾達に攻撃を受けた所もひしゃげていたし、崖から落ちた時のショックのせいか全体的にボロボロだった。あのまま無理に着ていても変な場所に当たって痛いから捨ててきたけど……、持ってくればよかったか。
「ピギー」
「――ッ!」
くるかっ!?
「…………」
またいつものように鳴いた?から襲ってくるかと思ったのに、インベーダーはクルリと反転して森の方へと歩き?だした。
何だ?どうなっている?襲ってこないのか?
どうする?背を向けている間に不意打ちで倒した方がいいのか?仲間を呼ばれたら厄介だ。今いる一匹を倒すことならそう難しくない。でも……、本当にそうすべきなのか?何だかこいつからは敵意が感じられない。
「お前……、どこへ行くんだ?」
森の中へと行こうとするインベーダーのあとについて行く。どこへ向かおうとしているのか。何故襲ってこないのか。さっき迂闊な自分を殴り飛ばしたいと思ったばかりなのに、また俺は迂闊なことをしていると思う。でもここで後ろからこいつを倒すより……、今はついて行った方が良いような気がする。
別にこいつは俺を案内しているわけじゃないんだろう。ただ淡々と自分のすべきことをしている。そんな印象だ。俺、つまり人間がいようがいまいが関係ない。こいつは何かの目的や命令に従ってここにいる。
じゃあその目的は何なのか?誰が命令しているのか?それを確かめておくことは今後の戦いに重要じゃないだろうか。
そもそもで言えばインベーダー達は何故襲ってくる?いや、あれは本当に人間が襲われているのか?何故兵士のようなイケ学の生徒達より高レベルの戦える者がいるのに、低レベル初心者である生徒達が戦っている?この世界はわけのわからないことだらけだ。
所詮乙女ゲーだから……、そういう設定だから……、そういうのは簡単だけど、本当にそれだけか?
それにあの異常に発達したかのような医務室。あそこだけ何とも異質だった。まるで地球よりも技術の進んだ医療ポットみたいな感じだったし……。何から何までこの世界はおかしい。
「ピギー」
「ピギー」
「ピギー」
「――ッ!」
やっ、やばい……。あの一匹がやってきたのは森の中……、インベーダー達がたくさん屯している少し開けた空間だった。もしかして俺は誘いこまれたのか?
ここにいるのは十、二十……、三十……、細かく数えていないけどざっとで数えて二、三十匹くらいというところか。倒せなくはないけど戦いになれば倒しきる前に絶対に仲間を呼ばれるだろう。それに体力が戻っていない俺ではこれでも辛いかもしれない。
「ピギー」
「ピギー」
「…………あれ?」
でも……、インベーダー達は俺の存在なんてないかのように気にも留めていない。ただ何かウロウロと動き回っている。俺がうまく隠れているとか見つかっていないという可能性は絶対にない。何しろ俺は隠れもせずに堂々と歩いている。今も堂々と姿を現しているのに向こうが気付いていないはずがない。
「おっ、襲ってこないのか?」
そーっと近づいて、一番近くのインベーダーをツンとつついてみる。
「ピギー?」
指先でツンとつついたインベーダーはこちらを向いたかのように向きを変え、一言そう鳴くと少しこちらを見て、俺が反応しないのを確認してまたウロウロし始めた。
まったく害意が感じられない。いつものインベーダーとは違うのか?それともいつも戦闘になっているインベーダー達も戦闘が終わった後はこうなっているのか?
わけがわからない。俺はどうしたらいいんだ?とりあえず襲われることはないのか?こっちから下手に仕掛けてインベーダー達に狙われることになっても困る。一先ずこちらからは仕掛けることなく様子を見るか?
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崖下から出られてから数日、俺はあの川を拠点にして森の中をウロウロしていた。あの後も森にいたインベーダー達は俺に襲いかかってくることもなく何かをしているようだ。
俺が見えていないとか気付いていないということはありえない。あいつらの前に立っていたらきちんと避けていくし、触ったら反応される。手でツンツンして、向こうも振り返っているのに俺に気付いていないわけがない。それでも特に襲われることもなく……、あいつらは一体何をしているのか。
もっとあいつらに関して調査したい所ではあるけど、どうやらここはあいつらの活動範囲のギリギリ、キワに近い場所らしい。この川の近くまでやってくることは稀で、ほとんどは俺が最初に出会った一匹がいた辺りまでしかこない。こちらから近づかない限り行動範囲に入ることはない。
あいつらの様子を見に行くのは簡単だけど、どこへ行って何をしているのかはわからない。それを調べるには準備が足りない。
今俺の腹を支えているのは川の魚だ。魚なら内臓を抜いて、きちんと焼けばそうそう危険なものはいないだろう。フグだって肝さえきちんと処理すれば食える。身を食っただけで死ぬ毒を持つ魚がいるのかは知らないけど、大抵は針とか内臓が危険であって身は大丈夫だろう。実際ここの魚を食べている俺はまだ無事だ。
それに比べて植物はリスクが大きい。一見味や匂いが大丈夫そうでも、いざ食べたら毒という可能性も高い。専門の知識がない者がそこらの野良生えの植物を口にするのは危険だ。
俺が地球でそういう知識が十分だったとしても、こちらの世界でも同じ知識が通用するかもわからない。一見地球の植物に似ていて食べたらこちらでは毒でしたという可能性もある。
そんなことを言い出したら何も食えないというわけだけど……、実際俺はビビって食えない。だから大丈夫そうな魚ばかり食べている。魚ばかり食べていたら栄養の偏りとかが心配だけど、毒を食って体調不良や死んだりするのとどちらがマシかという話だ。
俺が川から遠くに離れられない理由がまさにこれというのがおわかりいただけるだろう。万が一にも森の奥深くに入っていって迷ったら、水はどうにかなるとしても食料の魚が手に入らなくなる。下手に植物を食ってあたったら目も当てられない。
あと女の子の日が完全によくなるまで下手に動き回るのはやめようというのもあった。もうとっくに治まっているけど念のためだ。何日も食べなかったり、女の子の日だったり、戦闘であれだけダメージを受けたりと色々体調面で心配だったからな。
そんなわけで今までは最初の川の近くを拠点にして森を探索しつつインベーダー達の様子も探っていた。その結果わかったことはあのインベーダー達には本当に害意がなさそうだ。体調も良くなったし思いきって川から離れてインベーダー達を探ってみるか?
いつまでもここにいるわけにもいかない。魚だって俺が毎日毎日食べていたら食べつくす可能性もある。今までは手付かずの自然だったからかそれなりに魚もいたけど、いつまでも魚もいるわけじゃないだろう。
「よし……。行ってみるか」
どちらにしろ永遠にここにいられるわけじゃないのなら……、ちょっとインベーダー達を調べてみよう。
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相変わらずここのインベーダー達は暢気だ。俺がこいつらの間を歩いていてもまるで気にも留めていない。今俺がいきなり不意打ちしたらかなりの数を倒せるんじゃないだろうか。
まぁ折角襲われないのに、こちらから喧嘩を売って敵対する理由もない。俺だって戦いたくて戦ってたわけじゃないしな。
というよりそもそも王都はなぜあんなにインベーダーに襲われるんだ?あの行動は本当に人間を襲いに来ているのか?ここの奴らを見ていたらとてもそうは思えないけど……。
「ピギッ」
「ピギー」
インベーダーはインベーダー同士で挨拶……、じゃないだろうな。何か意思疎通のようなことをしている。何をしゃべっているのかは知る由もないけど、明らかにこれはコミュニケーションの一種だろう。
「え~……、ぴぎー」
「ピギー」
お?俺がこいつらの鳴き声を真似したら鳴き返してきた?何か面白い……。ちょっと可愛く思えてきたぞ。最初に見た時はなんて醜悪な奴らだと思ったけど、こいつらしかいないこの環境にずっといるとこんなグロテスクなクラゲもどきでも可愛く見えてくるんだな。
はっきり言ってインベーダー達はグロテスクだ。地球で見たら絶対可愛いなんて思わない。しかもこちらを殺そうと襲ってくるんだから恐怖の対象でもあるだろう。
でもこうしてずーっとインベーダーに囲まれて、襲われもせず一緒にいると何だか平気になってくる。人間の慣れとは恐ろしいものだ。
「と……、今まではここ辺りまでしか来たことはないな」
川からかなり離れた場所までやってきた。いつもはこれ以上離れたら戻れなくなるかもしれないと思って引き返していた。徐々に行動範囲は広げていたけど、一気にあまり遠くに行ったら迷って戻れなくなる可能性が高い。俺は山や森に慣れてないしね。
でも今日はこの先に行ってみようと思う。インベーダー達もこの先の方にウロウロと向かっている。インベーダー達に混ざって俺も先へと進んでみた。
「こっ、これは……?」
どれくらい森の中を進んだだろうか。インベーダー達について一緒に歩いていると森の端かという所に近づいてきた。でもそこは……。
「なんだ……?この臭いは……」
異臭……、悪臭……、何と言っていいかわからない酷い臭いが立ち込めている。この臭いは……、あの崖下の臭いとも似ている。でもそれだけじゃなくて、もっと色々な酷い臭いが混ざっている。
森の端の方に近づくほどその臭いは強烈になり鼻を覆っていても我慢するのがきついくらいだ。そして徐々に見えてきている森の切れた先……。そこは……。
「なっ、何なんだここは……?」
真っ黒な大地。腐ったように形の崩れたナニカ。異臭と煙のようなものが立ち込めるそこはまさに腐敗と毒が蔓延した地獄のようだった。
「ピギー」
「ピギー」
「ピギー」
そこへ……、インベーダー達が一つまみずつ、森のどこかから持って来たのであろう砂を撒いている。何匹も何匹も、こんなにいたのかと思うほどの数のインベーダー達が、それぞれ一つまみずつ砂を撒く。
じーっと見ていると散々時間がかかって、ようやくほんの少しだけ腐ったような大地に森の砂が盛られていた。それが延々と繰り返されている。
インベーダー達があちこちをウロウロしていたのは同じ場所から大量の砂を取ってきたら、その場所だけ砂がなくなってしまうから?あちこちからほんの一握りずつ集めているのか?
それにしても手間すぎるだろう。いくらたくさんいるとはいっても一つまみずつしか運ばないのではキリがない。それでもインベーダー達はどこにこれほど居たのかと思うほどの数が砂を持ってきては撒いている。
このインベーダー達の行動が理解出来ない。いや、したくない。もしかしてこのインベーダー達は……。
「ピギー」
「ピギー」
「ピギー」
「…………」
ずーっと、いつまでも途切れることなくずーっとインベーダー達の往復が続いている。少し頭を冷やしたくて俺はその場から離れた。
少し森の方へ戻った場所をあてもなく歩く。もし俺が考えた通りだとすれば俺達は一体何のために戦っていたというのか……。
「はぁ…………」
溜息しか出ない。ただフラフラと森の中を歩く。どこをどう歩いたのか、方向も距離もわからずただ歩き回っていると俺は森の中である物を発見した。
「あれは……、人工物?」
深い森の中であるはずのここで、何か人工的に造られた建物のようなものが見えた。近づいてみるとそこは……。
「廃墟……、か……?」
明らかに人の気配はなく朽ちている。でも森の中には不釣合いな人工の建造物だった。パッと見た感じは……、何かの工場か?
地球でよく見るような下町の工場とかそんな物とは違う。もっと先進的で大掛かりな、地球で最先端の工場よりもさらに先進的で、洗練された、設備の充実していたであろう精密な工場……、だったんじゃないかと思われる。
ただしそれも今は昔の話であり、目の前にあるのはすでに廃墟になってから長い時を経たであろうボロボロの建物があるだけだった。
「何かあるかもしれない……。調べてみるか?」
今にも崩れてしまいそうなボロボロさだけど……、こんな所に不自然にある人工物だ。これが何の関係もないただの町工場の成れの果てということはないだろう。
「……よし。いくか」
覚悟を決めた俺は廃墟に足を踏み入れたのだった。




