表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/130

第七十八話「生きていました」


「う……、あ……?」


 寒い……。とても寒い……。俺は……、ここは……。


「うぐぁっ!」


 少し体を動かそうとして……、走った激痛に体がビクビクと動く。その刺激がまた痛く、痛いために反射が起こりいつまで経っても治まらない。


 痺れた足を動かしたら痛いからなるべく静かにしていようと思うのに、一度動いてしまったらその痛みに反応してまた勝手に動いてずっと動いて痛いを繰り返してしまうようなあれだ。それを何倍も、何十倍もの痛みに増幅させたような痛みに襲われる。


「あっ……、がっ……」


 それでも何とか這いずって『水』から出る。水から出ると痛みのあまりまた動けなくなった。


「こ……こ……は?」


 どうやら俺は川縁に引っかかっていたようだ。見える限り両側は切り立った崖になっている。とても深い谷の底にいるようだ。


「そう……、か……。俺は……」


 ぼんやりとした頭で思い出す。俺は健吾達に裏切られて……、いや、向こうからすれば最初の予定通りだから裏切ってなんていないのか。ともかく健吾達に不意打ちを食らって、重傷を負って、荒野に置き去りにされたんだ。


 戦闘が終わって戻りかけていたインベーダー達も、俺が取り残されていることに気付くと引き返してきていた。何とか逃げようと思って……、這いずった先にあったのは深い谷……。


 あのままあそこでインベーダーになぶり殺しにされるくらいならと崖に飛び込んだんだったな……。どうやら崖の下は川になっていて助かったようだ。尤も……、崖から落ちても死んでいなかったという意味で助かっただけで俺の状況は何一つ好転していない。


「あぐっ!あ゛あ゛っ!」


 少し体を動かすだけでも激痛が走る。主に足と胸……。あまり見たくないけど、たぶん足と肋骨を骨折していると思う。川に落ちた時の衝撃で骨折したのか。骨折しただけで済んでよかったと言えるかもしれないけど……。


 崖の下にあった川に落ちたショックで気絶していたようだ。その間にどれくらい流されたのかわからない。川に流されている間に血を流しすぎたのか、とても寒い。もうこのまま死んだ方が楽になれるんじゃないかとすら思える。


 こんな状況で……、これだけの重傷を負って……、動けもしないし助けも来ない。もう死ぬだけだ。それならいっそ何もわからないうちに死んでおいた方が楽だったのに……。


 でも……、それでも……、死んでやるもんか!あのクソ女の顔面に一発ぶち込まないことには死んでも死に切れない!それに……、舞が……、アンジェリーヌが待ってるんだ……。こんなところで死んでたまるか!


「はぁ……はぁ……」


 再び這いずって水辺から離れる。このままあそこにいても死ぬだけだ。まずは安全な場所を確保しなければ……。それに寒い……。もっと暖をとらなければ死んでしまう……。


「これは……」


 川縁にうろがある。何かの生物の巣穴だったらやばいけどそうも言ってられない。まずはどこか安全で温かい場所を……。


「何も……、いない?」


 中を覗いても見える範囲には何もいない。火を起こしたいけど燃料がない。木でも草でも燃やすものがあればいいけど、こんな谷の底では燃やせる物は何も落ちていなかった。


「ぁ?俺……、まだこんなものを……」


 うろに入った俺は腰に提げていた鉄の剣を外す。杖は手放せない。これがなくなったら今の俺は何も出来なくなる。でも剣を持っていても振れない。邪魔になるだけだ。うろの中でうずくまりながら考える。


 どうする?どうすればいい?普通に考えたらもう詰みだ。こんな状況では救助がなければ生き延びる方法はない。誰かが探しに来てくれるのなら生き延びながら粘る手もあるけど、救助がないのならば粘っても苦しみが長引くだけだ。これだけの重傷を負って一人ではどうしようもない。


 何か……、何かないのか?せめて傷さえどうにかなれば……。このままじゃ失血死か、止血がうまくいっても傷が癒える前に飢え死にか、病気や怪我が原因で死ぬことになるだけだ。


「せめて回復出来れば……、あ?回……復……?」


 俺は自分の言葉でふと止まる。そうだ。回復出来ればいい。まずは服を破って止血しながら考える。


「ふっ……、ふっ……、ふぅっ!ぐぁっ!」


 矢を抜いて傷口を塞ぐ。抜くのも危ないだろうけど刺さったままというのも危ない。とにかくしばらく止血でもてばいい。


「そうだ……。ブレス……、ブレスレット……」


 薄暗い中で何とかブレスレットを開く。ぼんやり光っているから暗い中でも何とか読める。あるはずだ。いや、あってくれ!でなければここで終わってしまう……。


「あっ……、あった……。ははっ!あった!うぐっ!」


 はしゃいで動いたせいで自分で痛い目に遭ってしまった。ソロリソロリと静かに動く。


「ある……。あるぞ……。これさえ覚えれば……」


 俺のレベルは20を超えている。だからさっきの戦闘でそれなりにレベルが上がっていれば覚えられるかもと思っていたんだ。


「回復魔法『キュア』……」


 ゲームの『イケ学』には所謂回復要員ヒーラーという概念がない。魔法職は一つだけであり、全ての魔法は魔法職が一人で行使する。攻撃も回復もバフもデバフも全て魔法職が持っている。後半に行くほど魔法職が重要な理由もこれだ。


 ただ、だったら魔法職がいれば他はいらないのかと言えばそんなことはない。前衛の壁がいなければ紙装甲の魔法職は一瞬で蒸発するし、回復は魔法よりアイテムの方が優れている。専門のヒーラーではない魔法職の回復魔法は抑え気味に作られている。ないよりはいいけどそれを使っている間に他のことをさせた方が有意義だ。


 『イケ学』の運営は魔法職を一職しか用意しなかった。だから全ての魔法要素を魔法職に詰め込んでしまった。結果出来上がった魔法職はよく言えば器用貧乏……。悪く言えば中途半端になってしまった。


 回復魔法を作ったはいいけど、魔法職に効果の低い回復魔法を使わせるくらいなら、手の空いている者に回復アイテムを使わせた方が効率がいい。効果も高い。バフ・デバフも魔法職にやらせるより課金アイテムでそういう効果のある消費アイテムを使った方がいい。


 魔法職の仕事は範囲魔法で敵をさっさと殲滅することだ。だから他の魔法はほとんど重視されていなかった。俺も今まではそう思っていた……。だけど……、この状況をどうにかするにはこの回復効果の低い魔法でも頼るしかない。でなければ俺はここで死ぬことになる。


 俺が今覚えられるのは回復魔法『キュア』……。効果は小回復って所だ。戦闘では一切役に立たない。絶対に、完全に、何があろうと役に立たない。一ターン使って魔法職の手を止めてこの程度の回復量なら前衛の盾にでも回復アイテムを使わせた方がまだマシだ。


 でも……、今はこれだけが俺の命を繋げる可能性のある唯一の方法……。今、すぐにこのブレスレットの魔法を読んで覚えるしかない。


 俺の体はそう長く持たないだろう。それまでに読み切って、魔法を覚えて、死ぬ前に回復する。それもどの程度効果があるかもわからないのに……。それでも……、このまま黙って死ぬくらいなら、やってやる!




  ~~~~~~~




 どれくらいの時間が経ったのか。ずっと薄暗いこの場所では時間の流れが曖昧でわからない。イケ学に居た時も時間の流れが曖昧だったのにここはさらに曖昧だ。


「よし……。覚えた……」


 読み終えたブレスレットを一度片付ける。これまでで魔法を覚えるのに最短だったんじゃないだろうか。もともと低レベルのスキルや魔法はそれほど覚えるのに時間がかからなかったけど、それより遥かに早い。命がかかっている分だけ集中力も高かったということか。


「まずは……、どの程度効くのか……」


 俺は反逆の杖を抜いて詠唱を開始する。ぼんやりと魔力が光っていた。ブレスレットがぼんやり光っていて読めるのも魔力で表示しているからか……。そんなことを考えているうちに詠唱が完了した。


「キュア!」


 まずは矢を受けた脇腹にかけてみる。出血しているのはここだ。止血しているとはいっても完全に止まっているわけじゃない。これが止まらないことには早晩死ぬことになるだろう。


「お?おおっ!?」


 パァッ!


 と光り輝いたかと思うと脇腹の痛みが消えていく。さっきまでの痛みが嘘のようだ。確かめるように止血のために巻いていた服の残骸を外してみる。


「傷が……、消えている……」


 矢傷は消えていた。跡形もない。たださっきのキュアでは他の部分は治っていないようだ。ゲームなら一定量のHP回復だけど、こちらではかけた傷に対してしか効果がないのか?回復量をオーバーしている分が他にまわるということはないのかもしれない。


「よし……。それなら……、キュア!」


 今度は健吾の槍にやられた場所を回復させる。プロテクターの上から木の槍で突かれただけだから突き刺さらなかったようだ。もし突き刺さっていたらもっと大怪我だっただろうからな。衝撃で骨や内臓にダメージはあったけどプロテクターは突き抜けていなかった。


「次は……、うっ!」


 自分の足を見ただけで痛みが脳まで駆け巡った。今まで見ないようにしていたけど……、ひどい状態だ。ぐちゃぐちゃに曲がっている。このままキュアをかけたらまずい気がする。まずは骨を治さないと……。


「ふーっ……、ふーっ……、ふっ!うぐぅっ!あががっ!」


 ひん曲がった足を手で掴み、曲げ直す。折れている骨もちゃんと揃うように動かす。


「~~~~っ!あ゛あ゛あ゛っ!」


 目から涙がボロボロと落ちてくる。でもやめるわけにはいかない。気を失いそうなほどの痛みを堪えて上から触って骨がちゃんと並んでいることを確認する。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!んぐっ!……キュア!」


 本当にこれで大丈夫かどうかわからない。でもずっとこのままにしておくわけにはいかないだろう。出来る限り元の状態に近いように直した足にキュアをかける。やがて……。


「治った……。動く!ははっ!うっ!」


 まだ胸、あばら?も折れてる。足も片方しか治していない。俺は何度も悶絶し、涙を流し、苦しみのた打ち回りながら回復魔法をかけ続けた。




  ~~~~~~~




 傷はほとんど治ったと思う。あまりの痛みで何度気を失いかけたかわからない。キュアはあまり便利な魔法じゃない。どんな些細な怪我でも一つの魔法で一つの怪我という単位だ。つまり針で突いた怪我もキュア一回。骨折もキュア一回。小さな怪我を治すのに使ったからって、余った分が他の悪い所まで治してくれるなんてこともない。


 それにキュアを使うと体力が減るような感覚がある。これは無から有を作り出しているわけじゃないということだろう。たぶん……、キュアは自己治癒能力を高めるとかそんな効果だ。だからキュアをしすぎたら体力というかそういうものが減る。


 あまりキュアばかりかけていたらクタクタになって動けなくなるか、もしくは体力や抵抗力がなくなって怪我や病気とは別の理由で死ぬことになりそうだ。


 それでも今の俺はキュアをかけるしかない。それで体力がなくなって死ぬ可能性があったとしても、このまま治療もせず放置しておく方が確実に死ぬことになる。


 ただ……、一つ気になるのはキュアの効果が高過ぎるということだ。ゲームのキュアは本当に回復小、という感じの使えない魔法だ。この魔法を覚えられるレベルに比べて効果があまりに低すぎる。RPGのイメージで言えばそこそこレベルが上がってきた時点での初期の薬草、というくらいに使えない。


 それがどうだ?今かけたキュアは骨折まで治してしまった。失った血まで戻すことは出来ないみたいだけど、内臓の損傷や骨折ですら一発で治っている。これはゲーム時のキュアから考えたらあまりに効果が高過ぎる。


 キュアは他の魔法と同じで魔法攻撃力というか何というか……、まぁ『イケ学』では魔力という項目なんだけど……、によって効果が上乗せされる。最低限の効果は誰が使っても一緒だけど、それは魔法を覚えられる時点でクリアしている前提条件の最小値という意味だ。


 例えばファイヤーアローは基本ダメージ値+魔力×攻撃力倍率というような値になる。アロー系の基本ダメージが十だとすれば十。そこに魔力が五十だとすればアロー系の攻撃力倍率をかける。攻撃力倍率は魔法によって固定値が設定されている。アローが0.8倍だったとすれば10+50×0.8=50ダメージとなるわけだ。


 キュアの基本値や倍率は相当低い……、はずだ。少なくともゲームの時の『イケ学』なら、だけど……。


 それなのに骨折まで治るほどの効果が出るということは俺の魔力が相当高いということか?そういえば最弱のアロー系でもインベーダーが爆散したりインスペクターも一撃だもんな……。


 そうか……。今俺が何とか命を繋げたのは……、魔力のお陰か……。ディオに言われる通りにきちんと瞑想していてよかった……。恩師達の顔を思い浮かべながら……、俺はいつの間にか眠りに落ちていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[気になる点] 伊織ちゃんの嫁入り前の女の子の体なのにズタボロ(゜ω゜) [一言] 伊織君のこれからの行動指針に注目ですね!
[一言] 生きてた! そしてあって良かったブレスレット。
[良い点]  良かった……  本当に良かった……  メタ的な視点で言えば生きてはいるだろうとはわかってたけど、本当に生きてて良かった…… [気になる点]  良く言うのであれば、『万能』とかでは?  『…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ