第七十七話「荒廃しました」
イケシェリア学園の各クラスには大勢の生徒達が座っていた。空いている席は一つもない。全員が席に着き熱心に授業を聞いている。
『インベーダーが現れました。全校生徒は戦闘準備に入ってください』
放送が響き、若干ざわざわとざわめきが起こった。授業はそこで中止となり生徒達はガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる。
「へっ!弱い旧世代共はここで待ってていいんだぜ?」
「ああ!俺達新世代がインベーダーなんかぶっ殺してやるよ!」
まだ真新しい制服を着ている者達が、少しこなれた感じの制服を着ている者達にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらそう言う。
「…………」
「はっ!ビビッてだんまりか?」
「いこうぜ」
「ああ」
旧世代と呼ばれた生徒達を尻目に新世代と名乗った生徒達は肩を揺らして歩いていった。しかし旧世代達はそれに反応することなく淡々と立ち上がり更衣室へと向かって行ったのだった。
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更衣室では新世代達が偉そうに我が物顔で振る舞い、旧世代達に準備をさせずに自分達の好き勝手に過ごす。そして自分達の準備が終わるとわざと更衣室をぐちゃぐちゃにして出て行った。
それでも旧世代達は何も言わず、ただ片付けながら自分達の準備を進める。旧世代達は知っているのだ。この先どうなるのかを……。だから何も言わない。言う必要がない。その時を待てば良いだけだと黙って見逃す。
何故ならそれは……。
「俺達の初陣だ!」
「おう!」
「インベーダーごときにやられてる旧世代どもに俺達の力を見せてやろうぜ!」
「「「「「おおおーーー!」」」」」
出撃場では新世代達が鬨の声を上げていた。それを旧世代達は冷ややかに見詰める。
「行け!行け!行け!」
兵士達に追い立てられ、扉を潜って出てみればそこは……、荒野の広がる空間だった。しかしそんなことに驚く者は誰一人いない。当たり前のことのように受け取る。それを疑問に思ったり、不思議に思ったりする者はいないのだ。
「あれがインベーダーか」
「へっ!俺達の敵じゃねぇぜ!」
「いけぇ!」
「かかれぇ!」
新世代達が一斉に駆け出しインベーダーに向かっていく。
「おらぁ!」
「くらえ!」
ボコンッ!ベコンッ!
とあちこちで分厚いタイヤを叩いたような音が響き渡る。しかしそんなものでインベーダー達は止まらなかった。
「ピギーッ!」
「うげぇっ!」
「ぐっ、ぐるじ……、ぐぇっ!」
新世代達に殴られたインベーダー達はお返しとばかりに反撃を開始する。インベーダーが触手を振るうと新世代達が千切れ、吹き飛び、肉塊になっていく。首を締め上げられ、引き千切られる。
「うわぁ!」
「たっ、助けてくれぇ!」
最初の勢いは一瞬で消え去り、あとには散り散りに逃げる新世代達の姿があるだけだった。ある者はインベーダー達に囲まれて嬲り者にされ、またある者は人を押し退けて我先にと逃げ惑う。
先に飛び出して行った新世代達は完全に総崩れとなった。このままではほとんど無傷で残っている敵が攻め寄せてくる。
「中央は俺が受け持つ!お前達は左右を絶対に崩すな!」
「マックス……」
「マックスだ」
「「「「「マックス!マックス!マックス!」」」」」
残っていた旧世代の中央に一人の大男が立つ。すると一気にマックスコールが巻き起こり旧世代達がテキパキと布陣を整えていく。先走った新世代達のうちのいくらかは旧世代達がいる場所まで何とか下がって合流出来た。
「くるぞ!迎え撃て!」
「「「「「おおお~~~っ!」」」」」
新世代達がやられている間に前線を構築していた旧世代達は、新世代達を蹴散らし勢いに乗っていたインベーダー達の突撃を受け止めた。
「うおおおっ!」
マックスが鉄の剣を振るうとインベーダー達が千切れ飛びなぎ倒される。一振りで敵の勢いを止めたマックスはそのまま前進を開始した。
「このまま前線を押し上げる!ついてこい!」
「「「「「おおお~~~っ!」」」」」
マックスの言葉に従い全体が前進を開始した。あちこちでインベーダーと旧世代の乱戦が巻き起こる。
「うぎゃぁっ!腕が!俺の腕がぁっ!」
「隊列を崩すな!押し返せ!」
「ピギーッ!」
インベーダーが触手を振るうたびに肉が飛び散り、悲鳴が響き渡る。しかし前進を止めない。どれほど被害が出ようとも止まるわけにはいかない。
「ふんっ!」
ビュッ!
と風を切る音を残してマックスの鉄の剣が振り抜かれる。三匹、四匹とまとめてインベーダーが真っ二つになり、道が出来る。その道を押し広げるように進んでいく。
「進め!」
「うおおっ!」
「ピギーッ!」
あちこちで悲鳴と怒号が響き渡る中、長い戦いの幕はまだ上がったばかりだった。
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「ハァ……、ハァ……」
一体どれほど戦っていただろうか。ほとんどの者の息は上がり、手足は鉛のように重い。体は自由に動かず、一度へたり込んだらもう立てないのではないかと思うほどに足がだるい。
「もう一踏ん張りだ!押せ~!」
「「「おお~~っ!」」」
鬨の声も最初に比べて小さくなっている。疲れて声も出ないというのは確かにある。士気が下がっていて出す声が減っているのもある。しかしそれよりも根本的な原因がある。それは死傷者が多数で人数が減っているからだ。人が減ればそれだけ声が小さくなるのは当然だった。
「うおおっ!」
それでも先頭に立つマックスは鉄の剣を振り続ける。マックスの手が止まれば途端に総崩れになりかねない。そう思わせられるだけのギリギリの戦いだった。
キュピピーーンッ!
いつもの、人の感情を逆撫でするかのような音が鳴り響き、インベーダー達はその動きを止めた。そして振り返ると元来た方向へと戻り出す。今日の戦闘も何とか終わった。
「おっ……、終わった……」
気が抜けた生徒達はその場にへたり込んだ。もう動くのも億劫だ。いっそこのまま寝転がってしまいたい。しかしそれはマックスが許さなかった。
「負傷者以外は救助活動を開始しろ」
「「「……」」」
ここで逆らって寝転がっていても自分が酷い目に遭うだけだ。だから全員が渋々動き出す。どうせインベーダーの攻撃をまともに受ければほとんど即死だ。負傷者なんてそんなにいない気もするが、マックスが言うのだからやるしかない。あちこちで負傷者の救助活動が開始された。
戦闘が終わって動いている者を見てみれば……、生き残ったのはほとんど旧世代と呼ばれた者達だった。
旧世代達は長い戦いの中で経験を積み強くなっている。そしてただ単純に強くなっているだけではない。強いだけではなく、生き残る術に長けているからこそ今まで生き延びてこれたのだ。ここではただ強いだけでは生き残れない。自分より強いと思った者達が何人も死んでいる。ここはそういう場所だ。
旧世代達は知っていた。ここが地獄だと。人間などインベーダーから見たら紙くず同然だと。
だから新世代達の傍若無人な行いを許していたのだ。どうせすぐにほとんど死ぬのだから……。そしてその予想通りの結果になった。
何も旧世代に予知能力があってこの結末を予知したというわけではない。今まで何度となく同じことを繰り返してきた。補充要員が入る度にその次の戦闘で同じことが起こった。
補充要員達は敵を侮り、旧世代が弱いのが原因だと思い込む。自分達ならばインベーダーなど簡単に撃退出来ると根拠もなく無邪気に信じている。そして最初の一戦でほとんどが死に、運良く一戦目を生き延びた者は次からは自分達もまた次の者達に旧世代だと呼ばれることになる。
旧世代とて被害が出ていないわけではない。むしろ多くの犠牲を出している。
毎回毎回新世代達は言うことを聞かず、勝手に突撃してその大半が死んでいく。運良く生き残った者は旧世代となって力をつけてくるが、一戦目を乗り切る者と、旧世代になってから死ぬ者がほぼ釣り合う。
運良く生き残り、強くなっても、二戦目、三戦目と生き残れる者は減っていく。徐々に死んでいき、その分だけまた新世代が生き残り旧世代に入ってくる。戦力的には常に綱渡り。いつ何があって戦線が崩壊するかもわからない状況が続く。
一組の戦闘に参加しなかった一部のエースが二組・三組の戦闘を支えているお陰で辛うじて持ち堪えているのが現状だった。
今日はたまたまマックスが来て指揮を執ったが、毎回必ずマックスが二組・三組の方に来て指揮を執るわけではない。他の者が来ることもあるし、それどころか何人かがやってくることもある。
二組・三組の状況を見に来た少女が右手親指の爪を噛む。
「役立たず達……、またこんなに死んだの?本当に役に立たないわね……」
イライラをぶつけるかのように自らの爪をガリッ!と噛んだ。
生き残ったのは精々全体の半分ほどというところだろうか。しかもその大半は旧世代だ。新世代はほとんど死んでいる。旧世代も死んでいるのでもしかしたら徐々に旧世代の程度も下がってきているのかもしれない。何かあったら突然戦線を支えられなくなる可能性が高い。
しかし有効な手段は存在しない。ただひたすら新世代を補充して戦わせ、一戦目を潜り抜けた者がうまく育ってくれることを願うだけだ。
「前まではもっと楽だったのに……」
少女はさらにガリガリと爪を噛む。イライラがピークに達しそうだ。
何をやってもうまくいかない。昔はもっと楽に戦えていたはずだ。二組・三組が敵を押さえているから一組の方に流れてくる敵ももっと少なかった。それなのに今では一組も全員が死闘を演じるほどにギリギリの戦いが続いている。
「あんた達が間抜けの役立たずだからこっちまで苦労するのよ!一匹も敵を通さず始末しなさい!」
「「「「「はい…………」」」」」
少女にそう言われて男達は虚ろで無表情になってそう答える。しかし言葉とは裏腹にどうせ次もまた二組・三組は敵をボロボロと通すのだろう。今まで何度も同じことを繰り返している。だから少女、アイリスも最早期待などしていない。
「何で……、何でこううまくいかないの……」
アイリスの苛立ちはピークに達していた。
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町は完全に活気を失っていた。人の姿もまばらで開いている店も少ない。そもそも今この町の人口は急激に減っている。毎回毎回戦闘がある度にイケ学への編入だと言われて人が連れて行かれる。それにあちこちでインベーダーの攻撃によると思われる被害が続発している。
高い城壁に囲まれ、兵や、神に選ばれた戦士であるイケ学の生徒達が守っているはずのこの町は今、滅亡の足音が聞こえてきていた。
誰もが理解している。このままでは未来はない。しかしだからといって取れる手段は何もない。ただ敵を倒し、粘り、一秒でも滅びの時を先延ばしにすることしか出来ない。だからこそ町には活気がなかった。
今街を支配しているのは絶望だ。もう自分達はいつ滅ぼされるかわからない。そんな空気が町を覆っている。
「舞!今日はここでしたね?」
「はい、アンジェリーヌ様」
しかし……、諦めない者もいる。他の全ての者が絶望していようとも、何があっても最後の最後まで絶対に諦めない者達もいるのだ。
「さぁ!それでは炊き出しの用意を始めましょう」
「「「「「はいっ!」」」」」
アンジェリーヌとアンジェリーヌが連れて来た者達は今日の予定場所で炊き出しの準備を始めた。皆が絶望に染まり、何もする気がなくなっている。そのため経済活動も鈍り、食料も中々手に入らない。あちこちで飢えて死ぬ者も増え、それがますます町の滅びを加速させていく。
だからアンジェリーヌは私財を投じて炊き出しを行い、少しでも状況を改善しようと努力していた。
もちろんその場限りの炊き出しなどいくらしても根本的解決にはならない。根本的な解決をしようと思ったら、働く気のなくなっている者達を働かせ、食料や必需品を生産させ、商売をさせて経済を回すことだ。それが出来ないのならばいくら炊き出しを行なってもその場凌ぎでしかない。
アンジェリーヌ一人では全てを変えることは出来ない。いくらアンジェリーヌやその周りが人に働けと言っても、こんな状況で真面目に働く者などほとんどいない。
結果いつまで経っても状況は良くならず、止むを得ずその場凌ぎとわかっていても炊き出しをして何とか食いつながせるしか出来ることはない。
それでも舞もアンジェリーヌも諦めない。何故ならば……。
「あのお方がいつ戻ってこられても良いように……、戻ってこられた時に怒られないように……、しっかりあのお方の戻るべき場所を守りましょう」
「はい。アンジェリーヌ様」
舞とアンジェリーヌは笑顔を絶やさない。大変な時だ。人々の表情から笑顔は消えて久しい。だからこそ二人は負けるかと歯を食いしばって、意地でも笑って過ごしていたのだった。
死んだはずはない。あの人はきっと生きている。そう思って、いつか想い人が帰ってくる時のために、町を守り、笑顔を絶やさないと心に誓ったのだった。




