第七十六話「終わりました」
敵は……、インベーダーだけか?数もそんなにいないような気がする。前回の襲撃はほんの一週間少々前の話だ。あの時は大量のインベーダーにインスペクターもいた。それがあれだけ撃破されたんだから向こうの被害は相当だっただろう。それなのにたった一週間少々で再度攻めてくるには向こうも準備が追いつかなかったんじゃないのか?
敵は数も少ないしインスペクターもいない。これなら何とかなるかもしれない……。
まぁ数が少ないと言っても見渡す限りのインベーダーの波だ。こちらの感覚がおかしくなっているだけで普通に考えたらこれだけでも物凄い数の敵だと思うはずだよな……。
そういえば……、確か前回が初めてアイリスや王子達の方にインスペクター、中ボス一体が出てくるマップだったんだっけ……。ゲームではその次はまるでボーナスステージのような普通のインベーダーが出てくるだけのマップだったはずだ。
初めてインスペクターと戦って、次も強い敵が出てくるかもしれないと気合をいれて、強化アイテムとかを使って、いざ戦いに出たらただのインベーダーだけで強化系の消費アイテムが無駄になっただけだった、という運営の罠マップだった。
普通に考えたら楽に戦えるボーナスマップでありがとう、という所だけど、『イケ学』の運営は底意地が悪いからそれすらも事前情報を調べていない者にとっては、強化系の消費アイテムを無駄遣いさせるための罠かと思えるような設定だと言われていた。
もしゲーム通りにマップが進んでいるのなら今回の襲撃はそういうことになる。じゃあ……、この最悪の体調でも何とかなるか?見えている限りの敵もいつもの敵くらいしかいない。大攻勢の時ほどじゃないからまだ相手にすることも可能だろうか。
「動き出したか……。いくぞ……、ファイヤーアロー!ウォーターアロー!アースアロー!ウィンドアロー!」
反逆の杖の性能を確かめるために一通り魔法を使ってみる。ランス系の魔法も覚えているけど今回ランス系を使う意味はない。ただのインベーダーが相手なら反逆の杖を装備したアローだけでも十分すぎる。ランスを使っても詠唱時間が延びるだけ手数が減ってリスクが上がるだけだ。
「うおっ!」
「はぇ……」
俺が放った魔法を見て健吾が声を上げる。俺も少し呆然としてしまった。反逆の杖を使ってアロー系を使ったらインベーダーが吹っ飛んだ。いや、当たった箇所から弾け飛んだと言うのか?バラバラに爆散してしまった。
正直……、単体威力は必要ないんだけど……。
俺としては出来れば範囲魔法が使いたい。一発で一匹しか倒せないならいくら威力が上がっても意味はない。オーバーキルもいいところだ。
とはいえこれより弱い魔法は存在しない。詠唱時間もこれが最短だし、消費MPも一番少ない。木の杖に換えても威力以外は何も変わらないのなら反逆の杖を使う方がいいだろう。連射性能でも上がるのなら威力が低くてもいいけど、ただ威力が下がるだけで他に何のメリットもないんじゃ弱い武器にする理由はない。
「ロビン、出来るだけ接近される前に減らそう」
「はい」
確かに敵の勢力は少ないけど今回は俺も体調が最悪だ。あまり動けそうにない。とにかく敵が近づいてくる前に出来るだけ減らす。今回の最善策はそれしかない。
でも……、いつも通り撃っても撃っても、倒しても倒しても、まるで敵の数が減らない。一度に出てくる敵という意味では少ないけど、相変わらず無限湧きかと思うほどに減った気がしない。
「くそっ……。健吾……」
「ああ!いくぜ!」
結局敵が間近に迫ってもまるで減らなかった。遠くにはインベーダー達の死体が大量に転がっているというのに、目の前まで迫っている敵の勢いは止まらない。これじゃ遠距離攻撃はまるで意味がないと言われているかのようだ。
「うおおっ!」
「たぁ!」
健吾が槍で突き、俺は鉄の剣で切り払う。お腹が痛くて集中出来ない。それに体がうまく動かない。すぐにでもその場に蹲ってしまいたくなる。でも止まっている暇はない。いくら敵の攻勢が弱いとはいってもこちらは一発もらっただけで即死しかねない。
とにかく動け……。止まるな……。今回はアイリスや王子達の方も楽なはずだ……。ここまで勝ち進んできた主人公達ならそう遠くないうちにクリア条件を満たしてくれるはず……。
~~~~~~~
「はぁ……、はぁ……、まだ……なのか……?」
クラクラする。もう動きたくない。
「伊織、お前今日は随分精彩を欠いてるな」
「あぁ……、悪い……」
隣に立つ健吾に注意される。健吾はまだ息が上がっていない。それに比べて俺はもう息が上がっていた。動きたくない。体が重い。お腹が痛い……。
それなりに時間が経っているはずなのに……、何でまだ戦闘が終わらない?
ここ最近に比べればまだそれほど時間は経っていない。でも雑魚を倒すだけなら十分な時間が経過したはずだ。前までならもう戦闘が終わってるくらいには時間が経った。それなのにアイリス達はまだクリア条件を達成していないのか?
今日の俺は魔法と剣の両方を使えていない。あの状態は異常に集中力が高まっている。逆に言えば集中していないと出来ない。剣に魔力を纏うようなあの攻撃もそうだ。集中しなければ出来ない。だけど今日の俺は全然集中出来ていなかった。
「伊織!ぼーっとするな!」
「――ッ!うわっ!」
健吾に言われてギリギリ身を捻った俺の顔のすぐ真横をブォンという音が通り過ぎる。インベーダーの触手だ。いくらインベーダーがもう雑魚扱いとはいっても、こちらは一撃食らっただけで即死しかねない。
ゲームならこちらのレベルが上がってHPが増えたら多少攻撃を受けても平気なのに、ここじゃ一発で即死なんてこともあるんだ。理不尽だろ……。
そりゃゲームみたいに瀕死でもHPさえ残っていれば戦える方がおかしいのはわかる。でもここがゲームを元にした世界なんだとしたらそういう所も真似ておけよ。こっちは一発も食らえない。相手は多少ダメージを受けても平気。こんなのそれだけで大きなハンデじゃないか。
アイリスやパトリックは何をしているんだ……。さっさとクリアしろよ。もう終わってくれ……。もう動けない。今にも蹲りたくなる。お腹が痛い……。泣きたい……。
もう嫌だ。もう戦いたくない。
「伊織……、お前……、泣いてるのか?」
「……え?あっ……」
いつからだろう……。健吾に言われて気付いた。ポロポロと涙が流れる。俺はいつから泣いていたんだろう。
違う……。これはあれだ……。女の子の日だから情緒不安定になってるだけだ。だから……、大丈夫。何でもない。ただちょっとお腹が痛いだけだ。でもそう言うとまるでお腹が痛くて泣いてるみたいで格好悪いな。
「はは……」
「伊織……」
「敵は待ってくれない……。いこう」
涙を拭って、敵を見据える。泣いてる場合じゃない。こんな程度の敵を相手に泣いていると思われるのは癪だ。戦え!戦え!
何も考えず、ただ無心に鉄の剣を振るう。魔力を纏わせなくても一振りで切り裂ける。これなら手間取ることもない。斬れ!何も考えるな!斬れ!斬って斬って斬りまくれ!
~~~~~~~
遅い……。あまりに遅すぎる……。
確か中ボス戦の次である今回はボーナスステージ並の簡単なマップだったはずだ。それなのに何故こんなに時間がかかる?あまりにおかしい……。
いつもなら……、この程度の敵ならもうクリアしているはずだ。何か……、何かおかしい……。
キュピピーーンッ!
「――あ」
おっ、終わった……。よかっ……。
トスッ
と……、間の抜けたような音が脳内に響き渡った。それから衝撃を感じて二歩、三歩とヨタヨタと押されたようによたつく。そして突然……。
「――ッ!?ぐあっ!」
猛烈な痛みに襲われる。脇腹を見てみれば、そこには矢が突き刺さっている。何で……?痛い。痛い痛い痛い!何で俺に矢が……。インベーダーが矢なんて使うはずがない。それに戦闘は終わった。もう攻撃が飛んでくることはないはずだ。それなのに何故……。
「ファイヤーアロー」
「――ッ!あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!あづい!」
俺の顔目掛けて飛んできた火の矢を手と腕で顔を覆って防ぐ。だけど火の粉が舞い散り顔を焼かれる。目が猛烈に痛い。目に火の粉が入ったのか。左目が開けていられない。火の矢を受けた左手も痛い。じんじん、じゅくじゅくと変な痛みで力を入れることが出来ない。
「ふぅっ!」
「!?!?」
火に焼かれてもがいている俺に大きな人影が近づいてきたかと思うと……、腹に強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「がはっ!げぼっ!」
吹っ飛び転がった俺は喉の奥から上がってくるものをボトボトと地面に吐き出した。真っ赤だ。それに……、腹が焼けるようにジンジンする。
「なっ……、なんで……?ロビン……、ディエゴ……、何でこんなことをするんだよ!健吾っ!ゲホッ!ゴボッ!」
口から血が溢れてくるのも構わず叫ぶ。俺の脇腹にはロビンの矢が突き刺さっている。顔はディエゴの魔法で焼かれ、腹を健吾の槍で突かれた。ディエゴがもう魔法が使えたのかとか、そんなことを考えている余裕もない。
「「「…………」」」
「ぁ……」
何とか目を開けて、ロビンを、ディエゴを、健吾を見てみれば……、その顔は虚ろで……、どこかで見たことがあるような……、まるで意思のない操り人形のような顔をしていた。
「あ……、あぁ……」
「『なんで』でしょうね?」
「――ッ!」
女の声が聞こえて……、俺は出撃場の出入り口を見る。そこにいたのは……。
「ア゛イ゛リ゛ス゛~~~~っ!!!」
俺は精一杯の怨嗟を込めてその名を呼ぶ。ニヤニヤと笑っているその女の名を……。
「何故あなたがそのような目に遭うのか。おわかりでしょう?」
今までとまるで違う。今までこんな声で、こんな話し方をしたことがない。何より……、その表情がこんなに動いたことはなかった。俺が知る限りではいつも笑っていない笑顔を浮かべていた。それが……、今はまるで愉悦に歪んだように口が裂け吊り上がり嘲笑するかのように笑っている。
「いつから……」
「あはっ!あははははっ!いつから?いつから?最初からに決まっているでしょう?あはははははっ!!!」
俺が漏らした言葉に、アイリスは気が触れたかのように笑い出した。蔑み、あざ笑うかのように、笑い続ける。アイリスの後ろにはパトリック王子達攻略対象が、そしてマックスが……、イケ学の生徒達が、虚ろな表情で立っている。
誰も何も言葉を発しない。表情一つ動かさずただ虚ろな表情のまま立っているだけだ。
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ」
立ち上がろうとするけど立ち上がれない。足に力が入らない。
不意に、ふと……、俺がいつも感じていた強烈な違和感の正体に気付いた。そうだ……。ディエゴが階段から転げ落ちてきた時、あの時から俺は違和感があった。その理由がわからなかったけど……、今わかった。
俺は食堂でディエゴの姿を見たことは一度もなかった。顔ありのユニークキャラである健吾やマックス、ディエゴやロビンを俺が気付かないわけがない。ディエゴは一度も食堂で見たことがない。それはつまりディエゴは食堂を利用したことがないということだ。
それなのにディエゴは食堂の近くの階段から転げ落ちてきた。まるで俺が通りがかるタイミングを見計らっていたかのように……。
「ディエゴが落ちてきたのは……」
「私の命令よ」
「はっ……、ははっ!ゲホッ!ガハッ!」
そうか……。最初から……、最初から俺は踊らされていたのか。
「健吾が戻ってきたのも……」
「ええ」
全部予定通り……。俺だけがまんまと踊らされて……。
「今まで何度もあなたを始末しようと思っていたのだけど……、あなたが強すぎたから殺せなかったのよ。でもまさかそんな体調で愚かにも出てくるなんてね。それがあなたの命取り」
ああ……、そうか……。いつも……、皆後ろから俺を狙っていたのか……。道理で……、今までの戦闘で何だか妙に感じていたわけだ……。ディエゴが魔法を使えたのに隠していたのは俺の隙を窺って殺すためか。
「ここは私の世界。私のための世界。だから貴女はいらないの。ここには私だけがいればいい。精々……、苦しんで死ぬといいわ。さようなら。あははははははっ!」
「あっ……、あぁ……!うぐっ!」
ゾロゾロと、皆が出撃場の出入り口に入って行く。そして……、扉が消えていく。俺を……、俺を置き去りにするつもりか……。
「……だ。い゛や゛だ!死に……、死にたくない……!まっ、まって……」
足に力が入らない。ズリズリと這うけど間に合わない。どんどん扉が消えていく。こちら側から見たらこんな風に見えるのかと、ぼんやり俺じゃない俺が考える。
「ウジュルルル」
「ひっ!」
一度引き下がっていたはずのインベーダー達が、ピタリと止まって俺の方に向き直る。戦闘が終わったら手出ししてこない。だけどイケ学の生徒達が引き上げた後は?ここに取り残されたらどうなる?
「ピギーッ!」
「ひいっ!いやだ!くるな!くるなぁ!」
必死で這いずっているのに進まない。最後に一つ残っている扉まであと十メートル以上ある。その扉の前には……。
「貴女との遊び、楽しかったわよ。それじゃあね」
「あああぁぁぁっ!」
アイリスが中に入ると同時に……、扉が消える。後に残っているのは見渡す限りの荒野……。イケ学に帰還する方法はもうない。そして後ろからはインベーダー達が迫っている。
戦う?無理だ……。体に力が入らない。健吾達から受けたダメージが大きすぎる。まともに動くことも出来ない。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!助けて!誰か!助けて!
何で……、何で俺がこんな目に……。
「いやだ……、いやだ……。死にたく、死にたくない……」
とにかく這いずる。一歩でも離れる。インベーダーから……。一秒でも生き延びようと足掻く。目の前に見えるのは……、崖?
戦闘中は出入り口の扉のせいで見えなかったけど、その向こうには崖がある。あそこまで……、あそこまで行くんだ……。
「ピギーッ!」
「――ッ!くるな!くるなぁ!」
あの崖に辿り着けば……。
「ぁ……?」
這いずり、ようやくたどり着いた崖は……、越えられない。幅がありすぎる。橋もない。そして底が見えない。落ちたら助かるとは思えない……。
「もう……、終わり……?」
前は崖。後ろはインベーダー……。体は重傷を負って満足に動かない。
「あはっ!あっはははははははは!」
もう……、死……。
「舞……、アンジェリーヌ……」




