第七十五話「あの日に来ました」
今日はニコライの特訓に来ている。舞やアンジェリーヌとお互いの気持ちを確かめ合えたし、とても充実した毎日だ。これが恋愛ゲームで、ただヒロイン達とイチャイチャするだけのゲームだったらどれほどよかっただろう。それなら俺はこんな大変な思いをしなくてよかったのに……。
「今日は……、これを持ちたいと言っていたな」
「はい……」
ニコライが持ってきた物を真っ直ぐ見詰める。今の俺なら装備出来るはずだ……。この、鉄の剣を……。
俺が覚えているスキルや魔法から考えて今の俺は絶対にLv20を超えている。だからLv20の鉄の剣と反逆の杖が装備可能なはずなんだ。
この世界の者は何故かレベルの概念がないのにそれを装備出来るレベルをクリアしていると理解している。本能的にわかるのか、何かお告げのように通知でもあるのか、詳しいことはわからない。
この世界の者はそれがわかるのに俺はわからない。俺がわかっていないことを周囲に知られたらまた面倒なことになるだろう。でもステータスがわからなくてもレベルがある程度わかる方法がある。それがスキルや魔法を覚えることだ。
スキルや魔法にはレベル制限がかかっていて、そのレベルを超えていないと覚えられないものがある。それがわかっている俺からすれば、特定の魔法やスキルが覚えられるようになっていれば、最低限そのレベルをクリアしていることがわかる。
だから絶対に俺はこれが装備可能なはずなんだ!
でも持つのが怖い……。もしこれで装備出来なかったらどうしようという気持ちも湧いてくる。この世界は微妙にゲームの世界とは違う。だからもし武器の装備やスキルや魔法の制限に関しても変わっていたら……、俺が絶対にこれを装備出来るという根拠は何もない。
ええい!ままよ!
「――ッ!」
グダグダ考えていても始まらない。意を決した俺はニコライが持つ鉄の剣を持って……。
「装備……、出来た……」
間違いなく、今俺は鉄の剣を装備している。ただ持っているだけじゃない。絶対に、明らかに、間違いなく、装備している。
「はっ……、ははっ!装備出来た!」
「当たり前だろ……。ともかくそれじゃ今日からは鉄の剣で修行するか」
何故俺が鉄の剣を装備可能なのが当たり前なのか……。まさかこの世界の者は他の……、自分以外の相手も何を装備出来るかわかるのか?
まぁそんなことはどうでもいい。それよりも今は……。
「って、えっ!?これを振れってのか!?」
はっきりいって鉄の剣は今までの木刀より遥かに重い。これを振り回すだけでも相当な負荷だ。これで……、今までの木刀と同じだけ特訓をするとなると……。
「ばかやろう!お前はこれからそれを振り回して戦うんだろう!だったらそれに慣れないでどうする!」
「あぁ……、まぁ……」
言ってることはわかる。確かに今後鉄の剣で戦おうと思っているのなら特訓の時から鉄の剣に慣れておくべきだ。この重さに慣れてないといきなり実戦でこれを振り回そうとしても自分が振り回されてしまう。
……あれ?でも待てよ?
俺って別に木刀でもインベーダーやインスペクターを真っ二つにしてるよな?じゃあわざわざ重い鉄の剣を装備しなくてもいいんじゃないか?武器が重くなって取り回しが悪くなるほうが不利なんじゃ?
「今敵を倒せてるから攻撃力が上がらなくてもいいんじゃないか、って顔に書いてあるな」
「え゛っ!?」
考えてることがバレてる……。
「でもな……。考えてみろ。今でも敵を倒せるからってそれ以上の攻撃力は必要ないのか?もっと強い敵が出てきたらどうする?一発で与えるダメージが増えたらそれだけ楽に戦える。敵を倒すのが楽になればそれだけ生き残れる。今は木刀でも十分だったとしてもこれから先はわからねぇ。なら今のうちから鉄の剣に慣れておくべきじゃねぇのか?」
「はい……。まったくもってその通りです……」
俺はぐうの音も出ない。ニコライの言っていることは正論だ。あの魔力を纏った斬撃になって楽に斬れるようになるだけで戦闘がぐっと楽になる。それが魔力を纏わせなくても鉄の剣で、武器だけで出来るようになればそれだけ楽になるのは当然だろう。
今インベーダーやインスペクターの相手が簡単だからって、こちらが今のままでいいという理由にはならない。ゲーム『イケ学』は先に進むほどプレイヤーの心を折りにきているのかと思うほどに高難易度になってくる。今の……、まだ余裕があるうちに鉄の剣に慣れておく方がいい。
「わかったらさっさと走れ!」
「はいぃっ!」
相変わらず竹刀で追い回された俺は木刀より重くなった鉄の剣を持っていつものメニューをさせられたのだった。
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翌日は予想通り全身筋肉痛だった。木刀での特訓に慣れていた俺には鉄の剣による負荷はきつかったようだ。
木刀だってかなりの重量がある。あれは真剣の練習用の、重く作られた木刀だと思う。普通の剣に似せた軽い木刀とは違った。それでも本物の鉄の剣に持ち替えたら重さが堪える。
ランス系の魔法は習得が終わったし、スキルもある程度覚えるだけは覚えられた。体に擦り込んでないから頭で覚えているだけで咄嗟には出せないだろうけど……、使えるスキルも限られているから何でも体に染み込むほど練習しなければならないということはない。
瞑想部屋でちょっとだけ反逆の杖を装備してみる。魔法を使うつもりはない。ただ杖がちゃんと装備出来るかの確認だ。寮の部屋だと健吾もいるし落ち着かないからな。それに何か杖を持って、万が一にも魔法が……、なんてことになったら大変だ。
じゃあ図書館の瞑想部屋なら魔法を発動してしまってもいいのか?という話にはなるけど……。部屋で暴発するよりは良いだろう。
反逆の杖も装備出来ることが証明された。ゲームの時と同じLv20の杖だからだろう。木の杖と反逆の杖では攻撃力はかなりの差だ。レベルが少ししか変わらないのに何故かと言えば課金アイテムだからだ。反逆の杖は課金ガチャのアイテムだから相当強力に作られている。
木の杖でアロー系を使うだけでもインスペクターも一撃だったけど、それでも攻撃力が上がるのは良いことだ。消費魔力が変わらないのならより強い方が良い。
「いつまでも遊んでないで早く瞑想を始めてくださいね」
「うひっ!」
俺がいつまでも杖を振り回しているとディオに声をかけられた。もしかしてディオっていっつも俺が瞑想している間中見張ってるのか?でなければあまりに的確に来すぎだろう。どこかで監視しているとしか思えない。
そんなことを考えて寄り道しているとまた怒られるからさっさと瞑想に入ろう……。
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全てが順調だ。特訓も瞑想もうまくいっている。より強い武器も装備出来るようになった。鉄の剣を使った特訓にも慣れてきた。
今も毎日舞が来てアンジェリーヌの手紙を届けてくれている。手紙を読んで返事を書いて、時間いっぱいまで舞とイチャイチャして特訓に行く……。なんて充実して素晴らしい日々なんだろう。こんな毎日がずっと続いて欲しい。
でも……、何でも思い通りに、全てが平穏無事に進むわけじゃない……。俺は今あることに非常に悩まされていた。
「うぅ~~っ……、あぁ~……」
お腹が痛い……。
別に拾い食いをしたわけじゃない。そろそろ一ヶ月くらい経つしここ最近段々兆候が出ていたからそろそろかなとは思っていた。思っていたけど……。
「あ~~……」
お腹が痛い……。『女の子の日』だ……。トイレに行きたくて、出したらすっきりするタイプの腹痛とは違う。本当にテンションが最悪で動きたくない。でもこれから学園の授業だ。学園を休んで寝ているというわけにはいかない。
「ふぁ~~……、おはよう」
「あっ、あぁ……、おはよう……」
健吾が出て来たけど返事をするのも億劫だ。前のケーキ事件の後から一週間以上も経ってるんだからもうとっくに健吾のことは許している。普通に話すようになってるし、特に無視したりもしていない。
だけど……、今日は駄目だ……。お腹が痛い……。怒ってるとか相手をしないとかじゃなくて俺の体調が悪すぎる。
「おい伊織?どうしたんだよ?顔色が悪いぞ?大丈夫か?医務室行くか?」
「いや……、大丈夫だ……」
原因はわかってるし医務室には行きたくない。鎮痛剤でもくれるのならそれがあればいいけど、医務室に行っても『女の子の日』は治せないし、下手に医務室に行って俺が女だってバレるのも困る。
今までだって毎月あったんだ。今回だって大丈夫だろう……。何か今回はいつもより症状が重いような気がするけど……、敵が出てからまだ一週間と少しくらいしか経ってないし……、大丈夫大丈夫。
「片付けは健吾がやってくれるか?」
「ああ、わかった」
でも流石に体調が悪すぎるから片付けは健吾に頼む。っていうかいっつも何もせずただ飯を食ってるだけなんだから後片付けくらいしろよ。むしろ普段からしろよ……。
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何とか学園には着いたけどますます具合が悪くなってきた……。やばい……。本当にやばい……。今までで一番症状が重い……。
何でだ?ここの所慣れてきていたから大丈夫だと思ったのに……。もう帰りたい。地球だったら絶対保健室に行くか帰ってる。でもイケ学でそれをするのは憚れる。どうしたらいいんだ?本当にもう帰りたい……。
早退とかあるのかな?してるやつ見たことないけど……。それとも医務室に行くか?あの医療ポットみたいなのに入るのは嫌だけど鎮痛剤を貰うだけなら……。
あ~~~っ!考えがまとまらない。どうしたらいいんだ?
こんな時にインベーダー達の襲撃とかあったら最悪だ。今日だけは、いや、何から明日、明後日くらいまでは絶対に来ないでくれ。とてもじゃないけど戦える状態じゃない。病気や体調不良で力を出せずに死にましたなんて間抜けすぎる。
『インベーダーが現れました。全校生徒は戦闘準備に入ってください』
「――ッ!?」
嘘だろ……。マジで……、こんな時に襲ってきやがった……。
何でだよ!まだ前の襲撃から一週間少々しか経ってない。それなのに何でもう来るんだよ!せめてあと何日か待ってくれれば……。
「伊織行こうぜ……、って本当に大丈夫かよ?」
「八坂伊織さん、大丈夫ですか?」
「ああ……、そんなに大丈夫じゃないかな……。でも行くしかないんだろ?」
体調不良だから休んでいいというのならいくらでも休む。俺だって無理に戦いたいわけじゃない。寝てていいなら寝ていたい。でもそうはいかないんだろう?どうせ強制的に戦わさせられるのなら……、行くしかないじゃないか……。
「「「…………」」」
三組の教室に来て合流したディエゴとロビンも健吾と顔を合わせて黙り込んだ。俺の体調が悪いことは一目瞭然だろう。さすがにこれで体調が悪くないと言い張るつもりはない。でも出撃しなければならないのなら……、やせ我慢だろうが無理だろうが行くしかない。
更衣室でプロテクターをつけて準備をするけど素早く動くことが出来ない。本当に辛い……。
何とか準備を終えて、出撃場で俺達四人がパーティーだと告げて、いつも通りに俺の指示を聞いてくれそうにないモブが二人パーティーに組み込まれる。
前の反省から今回は早めに俺の指示に従ってもらえるようにしようと思ってたけど無理だ。今回は俺の体調が悪すぎる。今回俺が突出する作戦は使えない。そんなことをしたらすぐに死んでしまう。
折角鉄の剣と反逆の杖を装備して初の出撃だっていうのに……、何とも締まらない話だ。
でもこれは俺自身ではどうしようもない。毎月必ず嫌でもやってくる。お腹が痛くなるのはもちろん、頭や腰まで痛くなる。気分もテンションも最悪でブルーというかカリカリするというか……。何とも言えない不快感だ。
「悪い……。今回俺はいつもみたいに前に出て敵を引きつけるのは無理だ。出来れば後衛で魔法攻撃に専念したいけど……、それは無理だろうから健吾とツートップでやや下がって防御陣形ってことでいいか?」
「「「…………」」」
また三人は黙って顔を見合わせていた。やっぱり無理かな?俺がいないと!なんて自惚れを言うつもりはないけど、こんな命のかかった戦いで、こんな肝心な時に体調不良とか言ったら怒られても当然だよな……。
「ああ、いいぜ。それじゃ今日は俺と伊織で前衛だ。何だか前を思い出すよな」
「悪い……。そうだな……」
健吾が了承してくれたから頼ることにする。今日は本当にどうしようもない。そして健吾の言っていることもわかる……。初期の頃は俺と健吾が前衛の二枚看板だった。そうして敵を押さえていたのに……、後衛はすぐにやられてたっけ……。
でも今は違う。俺達はあの時の俺達から成長している。犠牲者も極力出さないように押さえてきた。だから……、だからきっと大丈夫だ。
この……、わけのわからない不安感は……、女の子の日だからに違いない。きっと大丈夫……。




