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第七十話「迷いました」


「うおおおっ!」


 とにかく止まることなく木刀を振るう。さっきインスペクターの触腕を切り落としたようにスパスパと斬れる。これなら戦いやすい。


 木刀で無理やり力ずくでブチブチと引き千切るように戦っていたら剣筋が遅くなってしまう。剣の一振りが遅くなり、一匹倒すのにもそれだけ時間がかかる。それに比べてナイフで紙を切るようにスパスパ斬れれば剣速も落ちることなく次々に敵を斬れる。


 ほんの些細な違いに見えるその差も、これだけ逼迫した戦いの中では大きな差だ。ちょっとでも敵を倒す効率が上がれば生存率も変わってくる。


 チラリと見てみればロビンが健吾を引き摺って下がり、その二人をディエゴが援護していた。他のパーティーと連携出来そうな位置まで下がれたようだ。


「よし……。ならば俺は……」


 健吾達を確認した俺は周りの敵を倒していく。インベーダーもインスペクターも関係ない。目に見えるもの、手の届くもの全てを斬る。俺の方の痛みはもうそれほどない。元々少し石突で突かれただけだから怪我という意味では大したことはなかった。ただ倒れこんだことと呼吸が止まったことが問題だっただけだ。


 時々確認のために見てみるけどディエゴとロビンはまだうまく立ち回っている。健吾も立ち上がれないまでも体を起こして槍で戦っていた。ボロボロでありながらも膝立ちになってディエゴとロビンの援護をしている。


 俺は馬鹿だ。俺は健吾を疑っていた。まだアイリスの影響があるんじゃないか、アイリスに言われて戻ってきたんじゃないか、そんな風に疑っていた。でもどうだ。健吾は命を懸けて戦ってくれているじゃないか。


 健吾がインスペクターの一撃から助かったのは偶然だ。偶然俺がまた木刀で斬れるようになった。あの姿勢からたまたま健吾に向かってた触腕を根元から切り落とせただけだ。全ては偶然であり、健吾が『絶対に助かる』とわかっていて割り込んでくれたわけじゃない。むしろ普通に考えたら『絶対に死ぬはずだった』ということになる。


 あれが全て計算で、アイリスに言われてそうしたとでもいうのか?アイリスに言われているのならあんな危険な真似なんてしないだろう。


 健吾は……、健吾はアイリスに操られてなんていない。操られていたらアイリスの意思に反して自ら死ぬようなことは出来ないはずだ。


 俺は本当に馬鹿だ……。命を懸けて戦ってくれている友達を疑うなんて……。


 だから……、絶対に生き延びよう……。皆で……、生き延びるんだ。こんなところで、こんなことで死んでたまるか。そして生き延びられたら健吾に謝ろう。それからお礼も言わなければならない。だから……、だから絶対に生き延びる!


「はああぁっ!」


 グルリと木刀で辺りを薙げば、真っ二つになったインベーダー達がバタバタと倒れる。一振りで何匹もを一気に切り倒す。今までより何倍もの効率で敵を葬っていく。


 でも……、足りない。手数が足りない。敵が多すぎる。勢いが止まらない。このままじゃまずい……。


 何か……、せめて状況を立て直すだけの時間でもいいから稼ぐ方法はないのか……。健吾の応急処置をするとか、崩れたパーティーを立て直すだけの余裕が欲しい……。


「誰か!他のパーティー!そっちの!そっちのパーティー、少し手を貸してくれ!このままじゃもたない!」


 俺は、とにかく周りにいるパーティーに助けを求めた。でも……、チラリとこちらを見る者はいても手を貸してくれる者は誰一人いなかった。


 今でも……、今でも俺達が前に突出して敵を引き受けているから他のパーティーも戦えているというのに……、俺達が敵を引きつけているから他に流れる敵が減っているというのに……、誰一人俺達に手を貸してくれる者はいない……。


 何なんだ……。何なんだよこれは!この腐れの世界は!いい加減に腹が立つ!誰も協力してくれない。この腐った世界に腹が立つ!


「ああ、そうかよ……。だったら!」


 頭に血が昇った俺はいつの間にか腰から杖を抜いていた。手数が足りないのなら増やせば良い。


「ファイヤーアロー!ウォーターアロー!」


 唱える魔法は何でもいい。どうせMPの消費量もそう大差はない。どの道一発で敵を倒せる。だったら魔法の種類は何でも同じだ。


 そして今の、スパスパ斬れるようになっている木刀なら片手で振り回しても十分だ。片手で振り回すだけでもバッサバッサと敵が斬れる。だから片手で木刀を振り回し、片手で魔法を使う。これなら手数が増える。多少の遠距離も攻撃可能だ。あまりに遠いと魔法の制御が甘くなるけどちょっとくらいなら問題ない。


 もっと……、もっと手数を……。もっと効率的に……、もっと多くの敵を倒すんだ。


 どう斬る?どう倒す?もっと効率的に、もっと早く!




  ~~~~~~~




「ハァ……、ハァ……、ハァ……、んぐっ」


 喉が張り付く。唾も飲めない。そもそも口も喉もからからで唾も出ないけど……。


 一体どれだけ時間が経ったのか。辺り一帯にはインベーダーとインスペクターの死体が山のように転がっている。ついでに学園生達の死体も……。


 俺がこれだけ喉が渇いたと感じるくらいだから相当経ってるんじゃないだろうか。時間の流れはもうわからない。周りを見てみればほとんどのパーティーは死んでいるか動けなくなっているようだった。うちのパーティーは……、まだ生きてはいるな……。


 インスペクターの一撃を食らって以来健吾はほとんど動けていない。それでも無抵抗にしていたら殺されるだけだから必死に槍を振るっている。ディエゴとロビンも体力の限界ながらまだ生きていた。ロビンは出入りの扉付近から補給される矢があるから弾切れの心配はない。


「まだ生きてるか?」


「ああ……」


「生きてます……」


 俺の問いかけにも返事が返ってくる。ちゃんと生きていることが確認出来たので俺はまた前に出た。斬って斬って斬り続ける。その間も魔法は忘れない。


 長く戦っていて……、俺はぼんやりわかってきた。何故木刀でこんなにスッパリ斬れるのか。それは木刀に魔力が纏われているからだ。


 普段の力ずくで引き千切っているかのような時は実際に木刀で力ずくで裂いているにすぎない。でも今のようにスパスパ斬れるのは木刀に魔力が薄く纏われているからだとわかる。


 極端に言えば、今の状態だと木刀は直接敵に触れていないとすら言えるだろう。その周りに纏われている魔力が先に敵に触れて切り裂いている。木刀の外側に物凄く鋭利な刃が付いているようなものだ。それによって切り裂いているからあんなにスッパリと斬れる。


 これは何かのスキルなのか?それとも魔法の一種か?


 少なくともゲームの『イケ学』をプレイしていた限りではそんな魔法やスキルはなかった。剣に魔力を纏わせて威力が上がるとか、その手の魔法は一切存在しない。またそういったバフの類もない。


 じゃあ現実に今起こっているこの現象は何だというのか。それは俺にはわからない。予想することは出来ても正解だと言い切る術はないからだ。ぼんやりとそんなことを考えつつも手を止めることなく動き続ける。魔法も放ち続ける。


 もうどれくらい魔法を使っただろうか。そういえばMP残量はどれくらいだ?ゲームの時はステータスが見えるからすぐにわかるけど、この世界に来てからはステータスが見えないから残量もわからない。今この瞬間にもMP切れで魔法が使えなくなるかもしれない。


 息は上がるし、腕は上がらないし、体もだるい。喉は張り付いているのかと思うほどに渇いていて、何でもいいからとにかく水を口に含みたい。もう一体どれほど戦っているのか。時間もわからないしいつ終わるのかもわからない。もういっそ全てを諦めてしまいたくなる。


 キュピピーーンッ!


「――!」


「おっ……、終わった?」


 いつもの音が聞こえても、まだ信じられない。インベーダー達がゾロゾロと引き上げていくのを見てようやく体の力が抜ける。それと同時にへたり込み立ち上がれなくなった。


 足がガクガクして、手も上がらず、まともに動けない。今急に動けなくなったわけじゃない。今までずっとこんな状態だったのに無理やり動いていたんだ。


 今回侵攻してきていたインスペクターはほとんど倒した。引き上げている敵のほとんどはインベーダーだ。ほとんどは俺達のパーティーが倒しただろう。


「あ……、健吾……、健吾っ!」


「ああ……」


 何とか這ってパーティーの所まで戻る。健吾もディエゴもロビンも生きている。無事……、と言えるかどうかはわからないけど確かに生きている。


「健吾は医務室だろう。連れて行こう!」


「すみません……。もう動けません……」


 ディエゴもロビンもその場に倒れた。それにロビンは手がボロボロだ。ずっと弓を引いていたからだろう。よくもあんな手で頑張っていたものだ。


「ロビンも医務室に行かなければならないだろう?健吾は俺が連れていく。ディエゴは後でいいからロビンを頼む」


「わかりました」


 ディエゴとロビンにそう伝えて健吾を担ぐ。とはいえ俺の体格で健吾なんて担げるはずは……、え?


「健吾……、何か前より軽いな?縮んだか?」


 肩を貸して立たせただけだけど、思ったよりも軽く感じる。まぁ今は俺も足はガクガクだし力なんてまともに入らないはずだけど、それでも思ったよりは軽く感じた。健吾が自力で立ってくれているからだろうか?


「縮むか!むしろおっきくなったつうの!いてて……」


「ははっ、それだけ軽口が叩けたら十分だな」


 最初は健吾も死んだかと思ったけど、こうして生き残れた。それだけでも十分だろう。


 途中からは無言で健吾に肩を貸して医務室に向かう。俺は特に外傷はない。兵士にやられたのも怪我というほどでもない。ただ全身の筋肉や体力を使いすぎてまともに動けないけど……。


 他のパーティー達も医務室に向かっている中を移動していると……。


「あれがインスペクターか。大したことはなかったな」


「パトリック様の手にかかればあの程度など敵ではありません」


 一組の出撃場から王子達がゾロゾロと出て来た。扉の向こうを見てみれば敵はインスペクターが一匹倒れているだけだ。


 これはあれだな……。中ボスとして初めてインスペクターが一匹出てくるステージということだろう。たったこの一匹のインスペクターを倒すのにあれほど時間がかかって……、それに一組の生徒達があちこちに倒れている。一組全員で寄って集ってインスペクター一匹を相手にしたんだろう。


「マックス……」


「…………」


 ボロボロになっている者の中にマックスの姿もあった。こちらと目が合ったのに何も言わず、ただ黙って歩き去る。ボロボロとはいっても自力で歩ける程度だから自力で医務室に向かったんだろう。


 王子やアイリス達は一瞬俺達に視線を向けたのに何か言うでもなくそのまま歩き去った。そもそもあの顔は俺達のことすら覚えていないという顔だった。王子達にとっては俺や健吾なんて覚えてもいないんだろう。


 それがアイリスの影響によるものなのか。最初からそういう者だったのか。それは俺にはわからない。ただあの王子達に思う所はある。俺が何か言っても無意味だけど……、文句の一つも言ってやりたい。とはいえ折角向こうが忘れてくれているのにこちらから絡むなんて愚をおかすつもりはない。


 王子達は俺のことなんて忘れているのかもしれないけど……、アイリスは覚えているんじゃないのか?それなのにわざと無視しているのか?


 まぁ……、王子だって散々俺を殴りまわしてくれたんだ。それなのに忘れているとしたら相当な馬鹿としか言いようがないけど……、それはアイリスの影響のせいだ、という可能性もある。でもその元凶たるアイリスが俺や健吾のことまで忘れているとは思いにくいけど……。


「お~い……。早く連れていってくれ……」


「ああ、悪い……」


 健吾も死に掛けてたんだったな……。ここまで生き延びてこんな所で手遅れになって死んだんじゃ死んでも死に切れないだろう。我に返った俺はまた健吾を担いだまま歩き出した。


 医務室についたけどやっぱりマックスはいない。健吾を重傷者の方に預けた俺は一人で寮に帰る。戻る前に負傷者の救護に行ったけどもう終わっていた。それは俺達が遅かったとか、他の者が迅速に救護したという意味じゃない。救護の必要がある者がもうほとんどいなかったということだ……。


 今回も生き延びた……。でもこんな場当たり的な、その場凌ぎで生き残ったからってどうなる?次はもっと厳しくなる。段々イケ学の生徒は減ってきている……。


 ストーリーの進展具合はまだまだ中盤にも入っていないくらいだろう。今回初めて王子達が中ボス扱いのインスペクターと戦ったのだとすれば……、この先はまだ相当長い……。


 もうこれ以上もつとは思えない。いつこちらが崩壊してもおかしくない状況だ。このままでいいのか?ただ黙って、このまま今まで通り捨て駒として戦わさせられていて俺達に未来はあるのか?



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] 斬鉄剣みたいな剣術とは違ったのか。 とりあえず、健吾を信じられるようになって良かったね。 …良かったよね?
[一言] (・ω・)じー 本当に大丈夫でござるか~
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