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第六十九話「イレギュラーが発生しました」


 どうする?飛び出したモブ二人を助けに行くか?


 あんな奴らでも戦力の足しにはなる。いつものパターンからして戦力は一人でも欲しい。長時間無制限に湧いてくる敵と戦い続けるには猫の手も借りたい。


 でも……、今更助けられるプランが浮かばない。まだ近くにいるというのなら手もあったかもしれない。でももうあの二人は敵の奥深くまで走りこんでいる。俺とロビンが近づいて来る敵を倒していたのが仇になった。


 俺とロビンは射程距離の問題もあって自分を中心とした円形に攻撃を放っていた。つまり真正面が一番奥まで敵を倒している。それに比べて側面は多少なりともこちらに近い位置の敵が残ってる。


 立ち止まっている俺やロビンから見ればどれも同じ距離以上離れているけど、真ん中に突き進んでいけば当然左右の敵が反応して集まってくる。そうなると退路を絶たれるように包囲されてしまうというわけだ。


 モブ二人は前しか見ていないから気付いていないのかもしれないけど、こちらから見ていればもう完全に包囲されているのがはっきりわかる。あいつらが周囲の状況に気付いた時にはもう手遅れだ。


 それに突出しすぎたせいでインスペクターがあいつらに向かって動き出している。あの二人だけで切り抜けられるとは思えない。


 だけどあいつらを救おうと俺が飛び出せばこちらの残ったパーティーが手薄になる。半々に別れるわけだからな。そうなるとこちらの後衛が危うい。あのモブ二人を救うために俺が飛び出し、結果前の俺達は包囲され、手薄になった後衛が攻撃されてディエゴやロビンまで失ったら目もあてられない。


 何も手を打たないのは後味が悪いから出来るだけのことはするけど、助けられるとは思えないな……。あいつらのことは半分諦めるしかない。せめて途中で自分達の愚行に気付いて引き返してくれたらまだ可能性はあるけど……。それももう厳しそうだ。


「ロビン!飛び出した馬鹿の退路が塞がれないように包囲に動いているインベーダーを狙ってくれ!俺はあの馬鹿どもの先にいるインスペクターを中心に狙う!健吾とディエゴは俺とロビンの援護を頼む!」


「わかりました!」


「へ~い」


 皆即座に動いてくれる。飛び出したモブ二人も一応それなりに戦えている。インスペクターとさえ当たらなければまだ脱出の可能性はあるだろう。包囲されないようにロビンに退路を少しでも確保してもらって、俺がインスペクターを減らす。


「ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!ファイヤーアロー!」


 自分達の周りに迫ってくるインベーダーは気にしない。健吾が必ず阻止してくれる。そう信じて任せる。俺はとにかく最速で魔法を連発した。とにかく一発でも多く、一匹でも多く倒せるように……。


「ファイヤーアロー!……くそっ!」


 いくら倒してもキリがない。次から次に押し寄せてくる敵にモブ二人もそろそろヤバイと気付いたようだ。


「俺は詠唱で声がかけられない。健吾!あの二人を呼び戻してくれ!」


「わかった。おい!お前ら!下がれ!囲まれるぞ!」


 俺は魔法詠唱中はしゃべれない。これも魔法の欠点だな。特に指揮官にとっては指示が出来ないというのは致命的だ。俺は別にリーダーでも指揮官でもないけど、後衛だからと指揮官を任せたら、魔法の詠唱で指示が出来ないから意味がない、なんてことになりかねない。


「――ッ!」


「うわぁ!助けてくれぇ!」


 やばい……。ようやく自分達が出すぎて囲まれていることに気付いたらしいけど、もう手遅れだ……。


 俺もロビンも必死に援護を送ってる。でも間に合わない。まるで手数が足りない。やっぱり範囲魔法がないのは致命的だ。いくら一発で一匹を倒せても詠唱している時間が空いてしまう。所詮単発魔法なんて一人で撃ってても弾幕にもなりはしない。


 やっぱり俺が剣を持って助けに行くか?でもそれで後衛が襲われたら……。


「ひっ!インスペクター!」


 あぁ……、駄目だ。もう間に合わない……。


「がっ!」


 メキメキと……、俺のいる場所にまで人間の体が壊れる音が聞こえてきた。インスペクターの一撃を防ごうと防御した一人は、その腕ごと吹き飛ばされる。受けた腕は一瞬でひしゃげ、骨が飛び出し、ぐちゃぐちゃに曲がる。


 それで止まらない攻撃はさらに体にまで当たると体も歪な形へと変えていく。スローモーションのようにはっきり見えた。人間の体がありえない形にひしゃげられ、皮膚が破れ、骨が飛び出し、中身がぶちまけられる。たった一発で一人目は空中でバラバラになりながら吹き飛ばされた。


「ひぃっ!いっ、いやだぁっ!たっ、たすけ……、ぶびゃっ!」


 一人目がバラバラに吹き飛ばされたのを見て二人目も泣きながら必死でこちらに走ろうと振り返る。その顔は恐怖に歪み涙に濡れていた。でも……、インスペクターが振り下ろした触腕に頭から潰されて地面に血溜まりを作った。その変わり果てた姿に根源的な恐怖が呼び戻される。


「――ッ」


 俺達だってインスペクターの一撃を受けたらああなる。それは不可避の現実だ。あいつらだけが特別じゃない。いくら俺が鍛えていようと、前より強くなっていようと、人間である以上は人間を超えることは出来ない。


 人間なんて重量挙げで精々二百数十キロしか持ち上げられない。それは人間であるが故の限界だ。どれほど鍛えようとも一トンどころか三百キロすら挙らない。今後もっと記録が伸びていけばいつかは三百キロに届く日もくるかもしれない。でもそれは少しずつ伸びていく僅かな記録の更新に過ぎない。それが人間の限界だ。


 俺が多少強くなっていようとも何トンもの衝撃には耐えられない。ゲームならHPが残っている限り戦えるだろう。でもここはゲームじゃない。HPが無制限に増え続けて、いくら攻撃を食らってもHPさえ残っていればずっと戦えるなんてこともない。


 これまで暫く俺のパーティーからは死人は出ていなかった。だから忘れていた。人は死ぬんだ。俺だってちょっとインスペクター、いや、インベーダーの攻撃を食らったって一撃でボロボロにされている。人はあんなに簡単に死ぬという事実を忘れていた。いや、忘れようとしていた。その恐怖が呼び覚まされる。


「伊織!そろそろもたねぇぞ!あいつらはもう死んだんだ。こっちの作戦に集中しようぜ!」


「――ああ。そうだな……」


 健吾に怒鳴られて正気に戻る。そうだ……。ここで呆けていても意味はない。生き残りたければ戦うしかない。抗って抗って生き残るしかないんだ!


「よし……。ロビンはこのまま援護を、ディエゴはロビンの護衛を中心に頼む。俺は今から剣を使う」


「おう」


「「はいっ!」」


 よし……。いつもの俺だ。冷静になれ。落ち着け。泣いても喚いても何も変わらない。それは最初に嫌というほど思い知っただろう。だったらすることは一つだ。


 杖を腰に差して木刀を引き抜いた俺は正眼に構える。ここからは一発も食らってはいけないサバイバルの始まりだ。生き残りたければ集中しろ……。


「はぁっ!」


「うおおっ!」


 俺達前衛に迫ってきたインベーダーを俺の剣と健吾の槍が捉える。モブの二人がインスペクターまで釣ってしまったせいでこちらに向かってきている。その前にまずはここに到達しているインベーダーを減らしておかなければならない。


 剣で殴るけど……、やっぱり前のようにスッパリ斬れたりはしない。繊維を無理やり引きちぎるような、雑な切れ方だ。前のように綺麗に斬れた方が無駄な力をかけずに流れるようにたくさん斬れる。でも出来ないものは仕方がない。


 あの時も随分集中していたし、今回も戦っているうちに集中力が高まればまた出来るようになるかもしれない。今はそんなことを気にするよりもどうやってこの場を切り抜けるか。それを考えて立ち回る。


 インスペクターが来る前にインベーダーを減らしたい……。でも減るわけがなかった。何故なら次から次へとやってくるからだ。俺達の処理能力を上回るほどに次々と押し寄せてくる。今回はやばい……。今回はいつかと同じような物量攻撃で押し切ってくるつもりのようだ。これが一番きつい。


 あのモブ二人が早々にインスペクターを大量に釣ってくれたのが問題だ。あの二人に向かっていたインスペクター達は、タゲが死んだことで次に対象内にいた俺達に向かって一斉に動いてきている。それに釣られてインベーダー達も一緒に動いているからその数が半端じゃない。


「あの一団のケリがつけば少しは状態が落ち着く!皆それまで頑張れ!」


「おう!」


「――はい!」


 モブ二人が減ったのも痛い。手数が圧倒的に足りない。それでも……、あの釣れた敵の一団さえ殲滅できれば少し余裕が出来るはずだ。


「貴様らぁ!貴様らのせいで敵が一匹王子達の方へ行ってしまったぞ!この愚か者がぁ!」


「……え?」


 ドフッと……、後ろから背中に衝撃が走った。振り返ってみれば……、兵士が石突を突き出している。どうやら俺は背中から兵士に石突で突かれたようだ。


「ガフッ!」


 倒れこんだ俺は背中の痛みに空気を搾り出されて呼吸が止まった。やばい……。止まってる場合じゃない。動かなければ……。でも痛みと無呼吸のせいですぐに動けない。


「伊織!」


「かはっ……(健吾……)」


 倒れた俺の方に健吾が駆け寄ってくる。もう一匹一匹倒している余裕はない。とにかく槍をバットのように振り回して敵を吹き飛ばし、なぎ倒す。


「くぅあ……(くるな……)」


 今こっちにきたらやばい……。もう俺の前にはインスペクターが……。


「うおおっ!」


 健吾の槍がインスペクターに突き刺さる。でもそれだけだ。ちょっと突かれただけのインスペクターはその太い触腕を振り回す。


「けっ、けんごっ!」


 ようやく吸い込めた空気をすぐに吐き出す。まだカヒューカヒューと肺が変な音をたてているけど気にしている暇はない。


「げがっ!」


 また……、ゆっくりと……、スローモーションのように、健吾が吹き飛ばされようとしているのがはっきり見えた。この先の未来が幻視される。このまま吹き飛ばされたら一人目と同じように空中で健吾はバラバラにされて飛ばされるだろう。そんなこと……、そんなことさせるか!


「ああぁぁぁぁぁああああッ!」


 転んだ状態から木刀を拾ってすぐに振るう。健吾に向けて振るわれているインスペクターの触腕を、正面から受ける形で振った剣が捉える。


 普通ならミシミシとインスペクターの触腕の力が伝わってくるはずのその木刀には……、何の手応えもなかった。


「……え?」


 スッパリと斬れた触腕が先にドサリと落ちる。


「がはっ!げほっ!」


「――はっ!けっ、健吾!無事か!」


 一瞬呆けていた俺は我に返って健吾の方を見てみる。少し吹っ飛ばされて地面を転がった健吾だけど呼吸をしている。一人目のようにバラバラにもならず、特にどこか中身が飛び出しているということもない。まともに衝撃を受ける前に触腕を切断したから少し吹っ飛ばされただけで済んだようだ。


「がふっ……」


 でもさすがに無傷とはいかなかったようで血反吐を撒き散らす。このままじゃまずい。


「ロビン!健吾を連れて下がってくれ!ここは俺が食い止める!」


 色々と考えなければならないことがある。後ろを振り返ってロビンに呼びかけてみれば、どうやら俺を突いたらしい兵士はもういつもの出入りの門まで下がっていた。俺を突くためだけに出てきて、突き終わったらさっさと戻ったらしい。


 言いたいことは色々ある。何故戦闘中に、あんな危険な場面でわざわざあんなことをしたのか。敵が王子達の方に抜けてしまったからと言いながら、こちらの戦闘の邪魔をしたらますます敵が流れてしまうだろう。言ってることとやってることが矛盾しまくっている。


 でも今はそんなことを考えている場合じゃない。まずはこの状況をどうにかして、何とか立て直さなければならない。このままだったら全滅してしまう。今回はあまりに何もかもが酷すぎる。


 正直イラッとする。皆が俺の言う通りに動いていればこんなことにはならなかった。勝手に死んだモブ二人もそうだ。後ろから突いてきた兵士もそうだ。何でどいつもこいつも足を引っ張ろうとする?本当に目的を達成したいと思っているのか?それなら何故仲間の足を引っ張り邪魔をするというのか。


 いや……、だから今はそんなことを考えている場合じゃない。今はこの状況をどうするか。この完全に崩壊してしまったパーティーをどうやって立て直すのか。それを考えなければ生き残れない……。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] もう意図的に大量に後ろに流して嫌がらせしてやろうぜ
[気になる点] 大戦中、戦闘中前にいた上官を味方が撃ち殺すとか、ある日船から居なくなるという事があった。 そんな風に兵隊殺せないでしょうか。 どうせ戦いには参加しないんだから、敵の津波が一段落したら魔…
[一言] それが人間
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