第六十八話「また来ました」
徹夜で狂った生活リズムも何日もかけてようやく戻り、さらに何日も経ったある日……、それはきた。
『インベーダーが現れました。全校生徒は戦闘準備に入ってください』
いつもの放送……。前回の襲撃から二週間以上、いや、三週間くらいか?俺ももうかなり感覚が曖昧になってきているけど、結構な期間が空いている。そろそろ来てもおかしくないなと思ったらきっちりきやがった。
「おーい、伊織。早く行こうぜ」
「あ……、いや、健吾には言ってなかったか?ディエゴとロビンと待ち合わせをしてるんだ。二人が来るまで待とう」
「ふ~ん……。そうなのか」
俺の言葉を聞いて健吾も教室の端の方で二人を待つ。パーティーのことは言ったけど具体的にどうするとかは言ってなかったっけ?まぁ俺と健吾は同じクラスだしそれほど問題はないけど……、ほうれんそうは大事だよな。報告・連絡・相談で報・連・相だ。
「八坂伊織さん、斉藤健吾さん!」
「お待たせしました」
すぐにディエゴとロビンがやってきた。二組からここに来るだけだからそんなに時間がかかるはずもない。
「揃ったな。そんじゃ行こうぜ~」
何故か健吾が仕切って歩き出す。別に誰が仕切ろうがリーダーだろうがいいけど、ディエゴとかロビンはこの前いきなり入って来た健吾に仕切られて嫌じゃないのかな?
そう思って見たけど特に反応はなかった。別にどうでもいいのか。それとも内心では反発しているけど言わないだけか。あるいは今はただ更衣室に行くだけだから仕切られているという気はないのかもしれない。戦闘中の指揮はともかく、今更衣室へ行こうぜと言うのは何もおかしくはないからな。
そんなわけでいつも通りに更衣室で準備をして、出撃場で兵士に俺達がパーティーだと告げる。俺達は四人パーティーだから二人は他所からランダムで入ったけど、やっぱりというか前衛タイプには見えない。まぁ顔なしモブは皆同じだから全員前衛には見えないけど……。
それにしたってもうちょっとそれらしい者もいてもよさそうなもんだけどな……。ゲームでのグラフィックや設定がそうだから、と言えばそうなのかもしれないけど……、ゲームの世界を現実にするとこんなにも歪なのかと思わずにはいられない。
健吾やマックスは特別に前衛向きに用意されたキャラ設定だったとしても、それ以外にも普通はもう少しそれらしい者もいるはずだろう。それなのに何というか……、モブキャラ扱いの者達は皆貧弱そうというか、体の線も細くてモヤシみたいだ。
まぁ俺も見た目は細いしとても戦えるようには見えないだろう。この世界では見た目や実際の筋肉なんて関係なくステータスが全てだとすら言える。普通に考えたら俺の体格で出せないはずの力が出せたり、出来ないはずのことが出来たりとご都合主義的なことは起こる。
それにしてもなぁ……。せめてもうちょっと見た目で強さがわかるようにくらいしてくれてたらな……。
そうか……。ゲームだったらレベルやステータスが見えるから見た目なんて関係ないけど、現実だったら見ただけではわからないというわけか……。そういう……、相手の強さを感じ取れるようになるのも強さのうち、とかいう台詞を何かで聞いたような聞かないような気もするけど……、こういうことなのか?ちょっと違うか。
まぁそんなことはどうでもいい。今回は久しぶりに健吾と一緒だ。果たしてどうなるか……。
「行け!行け!行け!」
兵士に追い立てられるように出撃場の扉から飛び出す。これも不思議だけど……、それよりも……、出撃した先の景色も微妙に違う。毎回同じ場所に出ているわけじゃないんだろう。それに毎回、前回までの襲撃の痕跡、インベーダー達の死体とかはいつの間にかなくなっている。
勝手に消えるのか。誰かが処理しているのか。それとも一度たりとも同じ場所に出たことがないだけで、今でも前の場所に行けば野ざらしになっているのか……。
「で、作戦はどうするんだ?」
「ああ、俺と健吾が前衛、残りの四人は固まって後衛に徹してもらおう」
健吾の今の強さはわからないけど弱くなってることはないだろう。あまり成長していないとしても敵も普通のインベーダーだとすればそんなに心配はいらない。
「何で一番弱そうなお前が仕切ってんだよ」
「そうだ。お前が引っ込んでろよ」
う~ん……。何かこの件も毎回だな……。今回もランダムで入ったパーティーメンバー達は俺が仕切っているのが気に入らないらしい。俺だって他の誰かが仕切ってくれるなら任せたいよ。本来俺はあまりリーダーとかには向いてない。リーダーシップなんて欠片もないタイプだ。
「じゃあ俺が仕切る。俺と伊織が前衛だ。お前らは後衛で固まってろ」
「「…………」」
健吾がそう言うと二人は黙った。やっぱり体格なのかなぁ?そりゃ実力はわからなくても、でかくて筋肉質の奴に迫られたらビビるよね……。俺って地球の時でもそんなに迫力はなかったし……。
いや、背はもっと高かったよ?世間的に平均くらいはあったよ?体だってこっちの体よりはもっとがっしりしてたさ!いや、太いって意味でもないよ?男らしい筋肉質……、ではないかもしれないけど……、まぁもっとがっしりした男らしい体格だったよ。
こっちじゃ俺は女の体だもんな……。背も小さいし線も細い。若干二の腕とかもプニプニしてるし……。とても強そうには見えない。それは同意する。でも見た目だけでこんなに反発されるのもどうなんだ……?
モブ達の反応もわかるよ?これは遊びじゃなくて命懸けだ。命懸けの時に頼りになりそうなでかいマッチョと、いかにも頼りなさそうなチビガリとどっちの言うことを聞く?考えるまでもないよな?つまりはそういうことだ。
「来たぞ」
「ふ~……」
考え事は後だな。まずは目の前のことに集中しよう。健吾はずっと槍のようだ。次々武器を持ち換えていないのならそれでいい。槍一本でいくつもりなら槍を極めてもらおう。
「嘘だろ……」
「マジかよ……」
後ろのモブ二人が絶望の声を漏らす。理由はわかる。何故なら今回は……。
「またインスペクターが……」
ディエゴの呟き通り、今回はインベーダーだけじゃなくてまたインスペクターがついてきている。しかも敵の数が圧倒的に多い。これは正直……、かなりヤバイかもしれない……。
「なんて数なんだ……」
「こんなの無理だ!下がろう!」
モブ二人が健吾や俺の服を引っ張ってくる。勝手に逃げずにそう言うということは、やっぱりパーティー行動にはある程度制限がかかっているのかもしれない。もしパーティーなんて関係なく離れられるなら俺達に下がろうなんて言わずに勝手に逃げ出すはずだろう。
ある程度距離を取ったり、単独行動は出来るはずなのに、こいつらは俺達から離れたり逃げたりしない。何か基準とかでもあるのか?
いや……、そう言えば皆毎回誰が仕切るかで、というか俺が仕切っているのを見て不満を漏らすよな。もしかしてだけど……、仕切っている者、リーダーの考えや指示が通るのか?
そう考えれば色々とそういう気もするな。俺がリーダーをしたり、健吾やマックスにリーダーを任せていた時も俺の作戦を伝えてそれを全体に守らせてもらっていた。俺がリーダーだったり、リーダーが俺の作戦通りに指示すればそれがパーティーの方針というか決まりになるのか?
俺だけが前に出て他の者は後ろで固まってろとか、皆は下がれとか、そういう指示がないことにはこのモブ二人も勝手に下がれないのか……。
でも健吾やマックスがいなくなってから俺が指示しようとしたけど守られないこともあったしな……。いや、だからそれは俺がリーダーとして認識されたり認められていなかったということか。その後で、戦闘が始まって俺がリーダーとして認識されるようになってからは指示が守られていた。そういうことだな。
「どうするんだ伊織?」
「敵が何であれ変わらない。他のパーティーは多少下がるだろう。俺達はここで、最前線で食い止める」
「わかった。というわけだ。俺と伊織が前に出る。お前達は後衛で固まって援護しろ」
「くっ!」
「いやだぁっ!」
今回のモブ二人は何かやばそうだな。ここまで生き延びてきたんだからそれなりの能力はあるんだろうに……。
「ディエゴ、ロビン」
「何ですか?」
俺が二人を呼ぶとすぐに近寄って来た。ある程度察してくれているんだろう。でも注意しておく方がいい。二人だけに小さな声で注意しておく。
「今回のパーティーメンバーはどうもあまり良くない。何があるかわからないから十分注意しておいてくれ」
「…………そうですね」
「はい」
二人もチラリと向こうの二人を見て微妙そうな顔をしていた。そろそろ人数も減ってきたし、もしかしたら顔見知りとか、前にもパーティーになったことがあるのかもしれない。
「くるぞ!」
「よし!迎え撃とう!」
健吾の声で立ち位置に戻る。ディエゴとロビンも戻った。まずは先制攻撃だ。
「ロビンも矢を!」
「はっ、はい!」
俺は木刀を置いて杖に持ち替えると魔法を唱えた。
「アースアロー!アースアロー!アースアロー!」
ファイヤー系やウォーター系は火や水がない所に火や水を発生させる。それって何か魔力の無駄のような気がしてしまう。実際には魔力消費量は大差ないのかもしれないけど、アース系やウィンド系はその場にある物質を利用するから楽な気がして選んだ。
でもあれか。アース系は実際にある地面の土を利用するとしても、それを魔力で動かすという労力が必要になる。そうなると結局魔力消費量が増えると……。自力で火を発生させるのも、実際にある土を動かすのもそう変わりないというわけだな……。じゃあやっぱりこれは好みの問題か。
ならウィンド系はどうだろう?地面にある土を持ち上げてきて動かすわけじゃない。目の前にある空気を操作するだけならそっちの方が楽そうだ。
「ウィンドアロー!ウィンドアロー!ウィンドアロー!」
う~ん……。やっぱりあまり魔力消費量に差は感じないな……。何故……。あっ!そうか……。ただの風や空気でダメージを与えるほどに鋭く攻撃しようと思ったらそれだけ大量の魔力が必要というわけだ。そよ風を送るだけなら大して魔力も消費しないだろうけど、ただの風で相手を切断したり貫通したりしようと思えばそりゃ大変だよな。
……うん。検証した結果、やっぱりどれを使っても魔力効率は大して変わらない。目の前の物質を利用したから楽になるとかそんなことはないようだ。まぁそんなことがあるならどれが優れているとか情報が出ているはずなわけで、それがなくどれも初級として同じように扱われているということはそういうことだな。
「伊織お前……」
「え?」
俺が魔法で接近される前に敵を倒していると健吾が変な顔でこちらを見ていた。何かおかしかったか?
「伊織……、魔法が使えたのか……?」
「え?ああ、まぁ……」
何かおかしいか?誰でも訓練すれば使えるようになる。何もおかしくはない。得手不得手はあるとしても、前衛タイプだって魔法を覚えること自体は可能だ。威力が弱かったりMPが少なくてすぐ切れたりはするだろうけど、覚えること自体は誰でも出来る。
「それに……、木刀を持っているのに杖まで……?」
「あ~……」
前は俺に突っ込みを入れてくる者がいなかったけど……、やっぱりこれってバレたらやばいことなのかな……。健吾は物凄い形相で俺を見ている。でも今はそれどころじゃない。
「その話は後にしよう。今は目の前の敵をどうにかしないと……」
「……そうだな」
納得はしてないだろう。顔にはそう書いてある。でも今はこれ以上突っ込んでこないようだ。まずはこの場を切り抜ける。
……ところで、インスペクター達はまた今回も後ろで待機していて動いてこないけど……、例えば接近せずに遠距離攻撃を加えたらどうなるんだろう?
今までの経験からインスペクターは一定距離に近づいたらそいつをターゲットにしてくる性質があることはわかった。でも、例えば接近せずに遠距離攻撃を加えたら?
もちろんダメージを受けたら攻撃した相手にヘイトが溜まって反撃してくるだろう。でもこれをうまく利用したら一匹ずつ釣れないか?
インスペクターを釣ろうと近づいたら、他のインスペクターの感知範囲にまで入ってしまって複数匹がまとめてついてきてしまう。でも遠距離攻撃なら一匹ずつ釣れるんじゃ?もしかしたら攻撃にも反応して周りも一緒に動いてくるかもしれないけど……。試してみる価値はあるんじゃないだろうか?
「ちょっとインスペクターに攻撃してみる。皆は敵の動きに注意しておいてくれ。……ファイヤーアロー!」
何となくきのこっぽいから火の方が苦手かと思ってファイヤーアローを打ち込んでみる。さぁ、どうなる!?
ドサリと……、実にあっけなく……、ファイヤーアローを食らったインスペクターは倒れた。そして周りも何も反応しない。
「一撃……?」
ダメージは与えられるだろうと思ったけど一番初級レベルのアロー系で一撃で倒せるものなのか?確かに急所らしき場所には当てたけど……、そんなに弱いものだったっけ?
まぁいい。それはいい。ただわかったことは遠距離攻撃で攻撃しても他の周りのインスペクターは反応しないということだ。一匹ずつ釣れるのなら前のように大量のインスペクターに囲まれるリスクが減らせる。これならまだ戦いようは……。
「おい、なんだよ。あいつら見掛け倒しかよ!」
「へっ!だったら俺達が倒してやるぜ!」
「あっ!?おい!」
後衛に控えていたはずのモブ二人が前に飛び出す。ここまで生き残っていただけあってインベーダーとはそれなりに戦えるようだ。だけど……、不用意に近づきすぎた二人に向かってインスペクターが一斉に動き出した。
「やばい!戻れ!」
「はん!」
「お前みたいなよわっちいやつでも倒せる敵なんて怖くねぇんだよ!」
俺の声も空しく……、モブ二人はそのまま突っ込んでいく……。この先の展開が幻視出来た俺は息を吐き首を振ったのだった。




