第六十五話「知ってました」
今更誤魔化しは効かない。舞がくれる花束は毎回同じ花だし、外の包みにはデカデカと『伊織君へ』と書かれている。それがまた特徴的すぎて一目見てすぐにいつもの同じ物だとわかるようになっている。これを渡されていつも渡してくれているのが舞じゃないと言うのは無理があるだろう。
「おい!立ち止まるな!」
「へ~い。伊織、行こうぜ」
「あっ、ああ……」
兵士に急かされた俺達は舞から離れて歩き始めた。健吾は舞を確認したはずだけど特に何も言わない。ただ最初に『モテモテだな』と言ったっきりだ。
やっぱり考えすぎだったのか?俺と舞の関係を探ろうとしていたわけじゃなくて、ただいつも花束を貰っているのを見てそう言っただけか?
わからない……。疑いだせばキリがなく、俺が考えても確証はない。全ては想像でしかなく本人に聞く以外に答えを知る術はない。だけどこちらから健吾に聞くのは自爆だ。そんな間抜けなことが出来るはずもない。
モヤモヤした気持ちのままさらに歩いていると先の方にやたら派手な一団がいることに気付いた。沿道には民衆が詰め掛けているのに、その一団の一角だけ警備兵のような者達に囲まれていた。
「伊織様!こちらですわ!」
「え~っと……、こんにちは、アンジェリーヌ様……」
「御機嫌よう伊織様!」
そこに居たのはアンジェリーヌ達だ。取り巻き達も少し離れた場所にいる。その周りを囲うように警備兵達が立っている。これはアンジェリーヌの護衛とか、場所の確保なんだろう。こういうのを見せられると改めてアンジェリーヌがただの庶民ではないことを実感させられる。
「あの……、伊織様……、こっ、これを、受け取ってくださいまし!」
「え?あっ、ありがとうございます?」
そう言うとアンジェリーヌは何かの包みを俺に差し出した。ここにもデカデカと『伊織様へ』と書かれている。これは流行っているのか?それとも嫌がらせの一種なのか?
滅茶苦茶目立つ。それはもう包み一杯に『伊織様へ』と書かれている。いくらなんでもここまで大きく書く必要はないだろうってくらいだ。
包みの大きさの割に持った感じは軽かった。それにちょっと何かガサガサいっている。いや、変な物が入っているって意味じゃないよ?こう……、揺すったら中でガサガサと何かが動いている感じだ。それに甘い匂いがしているからもしかしてクッキーとかそういうものが入っているのかもしれない。
「へ~……。伊織ってアンジェリーヌ様とそういう関係なのか?」
また……、健吾がそんなことを言ってきた。一応アンジェリーヌを様付けで呼んでるのは周りに警備兵がいるからだろう。健吾はアンジェリーヌに対しても別に様付けとか畏まるとかいうつもりはないはずだ。
「おい!お前は立ち止まるな!行け!」
「ちぇ~……。じゃあ伊織、先行ってるぞ」
「ああ……」
俺達について来ている兵士は健吾だけ先に行けと促した。俺は見逃されるらしい。たぶん俺の前にいるのがアンジェリーヌだからだろう。やっぱりアンジェリーヌの力はすごい助けになる。それがはっきりわかった。
「あら?伊織様……、その花束は……」
「え?あ~……、はは……。ファンの子にもらいました」
何と言っていいのかわからないからそう答えた。王子達宛ての荷物はたくさん持っている。だけどその中で一つだけ、舞からの花束だけは『伊織君へ』と書かれている。それはアンジェリーヌから見れば一目瞭然だろう。だからこれは俺用じゃないと言い訳することは出来ない。
「ふふっ、良いのですよ。伊織様ほどのお方ならばファンの百人や千人はおられるでしょう。私はそのようなことは気にしません」
「はは……、いや~……、百人どころか三人もいないと思いますけどね……」
俺にこんなことをしてくれるのは舞とアンジェリーヌだけだ。三人目すら存在しないだろう。自分でも言ってて悲しくなってくるけど……、それが現実だから仕方がない。こんな俺でも二人も好意を寄せてくれている相手がいるだけでも感謝すべきだろう。
「あら?伊織様が気付いておられないだけで、きっと伊織様のことをお慕いしている女性はたくさんいますわ」
「一度くらいはそうしてモテてみたい気もしますね」
何の話をしているんだ……。どんどんパレードが進んでいるから抜かされていっている。あまりゆっくりしていたら最後尾になってしまう。というか最後尾になったらどうなるんだ?さすがに最後になったら兵士に殴られて行けと言われるのかな。
「いつもお手紙ありがとうございます。伊織様のお返事を読むことだけが今の私の唯一の楽しみですわ。それではあまり長くお引止めしてはいけませんので……、お体にお気をつけください伊織様」
「あっ……、えっと……、俺……、じゃなくて私、もアンジェリーヌ様との文通、いつも楽しみにしています。もう行かなければならないので……、えっと、それでは……」
何て言えばいいのかわからない。こういう時に優雅に振る舞える男は格好良く映るんだろう。俺みたいにそういうことに慣れていない者は何だかバタバタしていて無様に見えるに違いない。それでも……、これが俺だ。取り繕おうと思っても取り繕う方法すら知らない。
アンジェリーヌがこんな俺を見て幻滅するのならそれまでだ。俺は俺にしかなれないし、今更突然そういうマナーや教養が出来るようにもならない。勉強して練習すれば今からでも身に付くだろうけど、生憎俺にはそんな暇はない。そもそもイケ学でそんなことを習う方法はないだろう。
最後に少しだけ振り返って、まだ少しだけ空いてる手でアンジェリーヌに小さく手を振る。
ずっとこちらを見ていたアンジェリーヌはそれに気付いて、顔を赤くしながら向こうも小さく手を振り返してくれたのだった。
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パレードが終わってから自分の部屋に戻ってきた。王子達へのプレゼントは置いてきたけど今回は俺宛てに二つの贈り物がある。一つは舞から。もう一つはアンジェリーヌから。
パレードが終わってから放課後までにまだ時間があったからプレゼントを置きにきたついでに少し休む。健吾はいない。まさかアイリス達に報告に行った……、なんてこともないと思うけど……。いや、思いたいけど……、正直なところわからない。
それはともかく舞の花はいつも通りに生けて飾っておく。こちらは特に何もなくただ花を包んでいるだけだ。手紙を忍ばせているとか暗号が……、とかそういうことはない。問題はアンジェリーヌの方だろう。
まず慎重に包みを開ける。紙袋のような袋にデカデカと『伊織様へ』と書かれており、その中に綺麗に包まれた箱状の物が入っていた。取り出した箱の包みを開けていく。包みの中身は缶と手紙だった。手紙が一緒に同封されている。
缶は特に柄などもなくただの無地無柄の缶だ。蓋を開けてみたらやっぱり中身はクッキーだった。どこかの店で買ってきた物じゃないだろう。いかにも手作りという感じだ。
いや……、そりゃこの世界では機械化とか工場生産とかされてないから全部手作りといえば手作りなんだけど……、そうじゃなくて……。店で売っている物を買ってきたとか、ここに詰めただけという感じじゃなくて、恐らくアンジェリーヌの手作りだろうと思われる。
クッキーに手をつける前に手紙にも目を通す。これがまたいつものように分厚い……。でもさすがにちょっと枚数は減らしてくれているようだ。いつもの十枚ほどにもなる手紙の束と違って六枚ほどだった。
……うん。俺もかなり毒されているな……。びっしり六枚にもわたる手紙を『たった六枚だ』と感じている。慣れというのは恐ろしいものだ……。アンジェリーヌの手紙なら十枚で普通だと思ってしまっている。とても怖い……。
読んでいくと前文や後文はいつも通りの定型文とか挨拶が大半だったけど、本文部分は俺の戦闘での活躍を讃えたり、苦労や疲れを労ったりというものだった。そしてやっぱりこのクッキーはアンジェリーヌの手作りで、これを食べて疲れを癒して欲しいと書かれていた。
何だろう……。何ていうか……。アンジェリーヌって可愛いな……。
いや!断じて違うよ?情に絆されたとか、物に釣られたとか、そういうんじゃない。それに俺が一番好きなのは舞だ。それは変わらない。
ただ……、何ていうか……、こういう女の子らしいアンジェリーヌの気遣いが可愛いなと思ってしまう。
これはあれか?童貞がちょっと女の子に話しかけられただけですぐ勘違いして好きになってしまうような類のものか?
いや……、いやいや……。落ち着け。落ち着け俺。俺には舞がいる。舞がこの世で一番可愛い。大好きだ。それは天地神明に誓って言える。
……でもアンジェリーヌも可愛いよね。
ってだから違う!余計なことは考えるな!
……でも舞もアンジェリーヌと付き合えって薦めてるよね。
だからってそんなこと許されるはず……!
許されるはず……、ない……、のか……?
舞はアンジェリーヌと三人でと言っている。俺は舞のことが一番好きだ。でもアンジェリーヌのことだって『イケ学』の時から嫌いじゃなかった。いや、もうはっきり言おう。アンジェリーヌというキャラクターは好きだった。そして今のアンジェリーヌは俺が好きだという。
じゃあ三人で付き合ってしまっても良いんじゃないか?誰も不幸にならないじゃないか。むしろ皆が望んでいるなら良いことじゃないか。何を拒否する必要がある?
いや……、いやいや、待て待て……。何かおかしいぞ……。俺ってそんなに簡単に気持ちを割り切れる性格だったか?いつもならもっとウジウジ悩むのが俺だろう?
俺はどうしたらいいんだ?舞が言うように……、アンジェリーヌを引きこんで三人で一緒になればいいのか?俺にはもう……、わからない……。
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パレードが終わってから結構な日数が経過している。でも最近俺は特訓や瞑想で怒られてばかりだ。全然集中出来てない。それは勉強の方もだ。ブレスレットの中身を読むこともあまり進んでいない。
あれからも毎日毎日アンジェリーヌから手紙が届いている。毎回舞と会って、二人でちょっとだけイチャイチャして、アンジェリーヌの手紙にもいかにも気があるかのように返事を書く。こんなことでいいのか?俺はそれで誠実だと言えるのか?
隣に恋人を立たせて、アンジェリーヌの手紙を二人で読んで、返事を書いて……、それはアンジェリーヌを騙していることにならないか?それに舞だって……、舞の気持ちだって裏切って踏み躙っているんじゃないのか?
俺はどうしたらいいんだろう……。
俺が一番好きなのは舞だ。それは今もこれからも変わらない。舞が好きだ。舞が好きだ。舞が大好きだ。
「舞が大好きだ!」
「えっ……。きゅっ、急にそんなこと言われても困るよ……」
「…………え?」
いつもの教室の前の廊下で……、舞とばったり会う。いや、違うけどね……。舞はいつも俺を待ち伏せしている。……それもおかしくないか?何故舞はいつも正確に俺が図書館に行く日と体育館に行く日を把握していて先回り出来ているんだ?
「舞が好きだ!」
「やっ、あの……、だから……」
俺はいつもの空き教室に入って扉を閉めながら舞の方に迫りつつそう口にする。自分で自分の気持ちを言葉にして確認するかのように……。
「俺は舞が大好きだ!」
「あぅ……」
シューと音がしそうなほどに真っ赤になった舞が小さくなっている。とても可愛い。やっぱり俺は舞が好きだ。その気持ちは裏切れない。
「なぁ舞……。こういうのは不誠実じゃないかな?俺と舞はお互いに好き合っている。それなのにアンジェリーヌにはそれを秘密にして、二人でこうしてこっそりアンジェリーヌの手紙を見て、返事を書いて……、アンジェリーヌを騙しているも同然じゃないか?それに舞の気持ちだって踏み躙ってると思う!」
「え?そんなんことないよ?私と伊織君は前から付き合ってますってアンジェリーヌ様にはお伝えしてるし」
…………え?
「………………え?」
「だから、アンジェリーヌ様は、私達が付き合っていて、ここでこうして二人の時間を楽しんでいるのを知っているよ?」
…………ん?
「知ってるの?」
「うん」
…………。
「それなのに何も言わないの?」
「え?二人で楽しんでいらっしゃいっていつも言われてるよ?」
たっ、楽しむって何をだよ!?いや、いやいや、落ち着け……。二人の時間を楽しんでこいって意味だ。いやらしい意味じゃない。落ち着け……。
「アンジェリーヌは俺達の関係を知っていて、それを許容して自分も俺達の仲間に加えて欲しいって言ってるの?」
「そうだよ。ただまだ伊織君が伊織ちゃんだっていうことは秘密ね。それはまだ早いよ」
いや……、俺が男とか女とかが早いか遅いかはいいけど……、もうアンジェリーヌに俺達のこと言ってたんだ?それなのにアンジェリーヌもそれでもオッケーだったんだ?じゃあ俺が悩んでたのは何だったの?
「これでいいの?」
「これでいいの」
あそう……。そうなんだ……。




