第六十三話「お友達を目指すことにしました」
昨日はバタバタしていて舞の言っていたこともあまりちゃんと考えられなかったけど……、今日は授業中に昨日の話について考えてみる。
俺は知らなかったとはいえアンジェリーヌと文通することになった。その文通が付き合うということだとも知らずに……。
もう今更なかったことには出来ない。それはわかる。付き合ってみてやっぱり合わないから別れるとか、アンジェリーヌの実家が平民である俺とアンジェリーヌの付き合いを許さず別れさせた、ということなら良いけど、一昨日付き合い始めて昨日や今日で別れますということは出来ないだろう。
それに舞も言っていたけどアンジェリーヌを味方に引き入れるというのは良い案だと思う。
ゲームの『イケ学』ではアンジェリーヌは噛ませのライバル令嬢でしかないけど、この世界ではアンジェリーヌは強い権限を持つ高位貴族のご令嬢だ。しかもパトリック王子を巡ってアイリスと対立して失脚するというルートもなくなった。
もしこのままアンジェリーヌが高位貴族として権勢を握ってくれれば、その後ろ盾を得ることが出来れば……、俺のこの状況も変えられるかもしれない。
だからアンジェリーヌを味方に引き入れるというのは賛成だ。ただ舞が言うようにアンジェリーヌを俺にメロメロにさせてどうこうというのはどうなんだろう……。少なくとも友人としてでも何でもいいから信頼関係を築いて、俺が女だって教えても大丈夫なくらい親しくなって、どうにか手助けしてくれるような関係は目指したい。
そうだな……。確かに俺はアンジェリーヌのことが嫌いじゃない。ゲームの時は不憫だとも思った。救えるのなら救ってあげたかった。でも今はもうアンジェリーヌはゲームの時とは違うようになっている。この世界ではもうパトリックを巡ってアイリスと争うこともない。
俺が好きなのは……、愛しているのは舞なんだ。だからアンジェリーヌとは良いお友達になって、舞と二人でイチャイチャラブラブしよう。そのためには舞が言うように俺がアンジェリーヌを落とすとかメロメロにするんじゃなくて、もっとラフな……、女の子同士のお友達のようになることを目指すべきだ。
よし!昨日は頭が混乱していて考えが纏まらなかったけど大体方針が決まってきたぞ。結局の所は基本的に俺のすることは変わらない。
特訓や瞑想や本を読んで強くなって、自分が死なないように、そして出来ることなら主人公や王子達にゲームをクリアさせつつ、舞とイチャイチャする。そこに少しだけアンジェリーヌとも友達になろうね、という項目が増えただけだ。
何てことはない。俺は人付き合いとか苦手だけどアンジェリーヌと友達になろうと頑張ることくらいは出来るだろう。実際に友達になれるかどうかはわからないけど……。
そう思えば今までと大して変わらない。ただ新しい友達候補が増えただけだ。さぁ!また今日から頑張ろう!
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放課後、俺はいつものように図書館へ向かう。昨日はニコライ流の特訓だったから今日は瞑想の日だ。でも何だろう……。何故だか知らないけどいつも舞と会っているあの空き教室から見慣れた手が出ている。
クイッ、クイッ、と俺を手招きしているようだ……。
そーっと扉に近づいて中を覗いてみる。そこには扉から手の先だけを出している舞の姿があった……。
「あの……、舞さん?」
「いいから早く入って!」
扉から中を覗き込んでいる俺を掴むと空き教室へと引き摺り込んだ。そして扉を閉める。
あれ?おかしいな……。俺はここの所毎日舞に会っている気がするな……?
「え~っと……、舞さん?」
「はいこれ!」
俺が何か聞く前に舞はその懐からいつもの物を取り出して押し付けてきた。柄も付けられている香りも全て覚えがある。ここ最近何度も見たものだ。厚みまでよく似ている……。そんなに毎回毎回これだけ文字を書く方が大変じゃないですかね?書く内容もなくなってくるだろうし……。
「あの……」
「早く読んでお返事書いて!」
何か舞さんのキャラがおかしくなっている。舞ってこんな性格だっけ?
「舞!」
「え?きゃっ!?」
舞が何か変だからギュッと抱き締める。もしかして何か無理させているのかもしれない。それに舞にこんな態度で接されるのは辛い。俺はもっと舞とイチャイチャしたい。
「折角会えたんだ。もっと舞と触れ合いたい……」
「…………」
大人しくなった舞が俺を抱き締め返してくれた。やっぱり舞はとてもやぁらかい……。良い匂いがする。もうずっと離したくない。
「俺とアンジェリーヌのことで舞が辛い思いをしているのなら、アンジェリーヌに付き合えないってはっきり言うよ」
「待って!違うの!それは駄目!」
俺がそう言うと舞が急に少し離れて俺を真っ直ぐに見詰めてきた。まぁ瓶底眼鏡のせいで目は見えてないけど……、多分真っ直ぐ見詰めてると思う。
「今のアンジェリーヌ様とっても可愛いの……。何をしててもうれしそうに笑っているし、伊織君のことを想って丁寧に手紙を書いてるんだよ。だからそんなことしちゃ駄目!アンジェリーヌ様を振るんだったら私も伊織ちゃんと別れる!」
えぇ……。何で……。
「わっ、わかったから……。アンジェリーヌに別れるって言わないから落ち着こう?な?もう言わないから」
「絶対だよ!アンジェリーヌ様を悲しませるようなことをしたら許さないんだからね!」
その結果舞さんが悲しんでるんじゃないんですか?もうわけがわからん……。
女の子ってちょっとそういう所あるよな……。感化されやすいというか同調してしまうというか……。人が泣いていたら自分も泣いたり、人が喜んでいたら自分も喜んだり、元男である俺にはいまいちわからないことではあるけど……。
「それじゃどうして舞さんは態度が変だったんでしょうか?」
どうしても気になってそれを聞いてしまった。それがまずかった……。
「ここには、……がないから……」
「え?何?」
舞がゴニョゴニョと言うから問い返す。何て言ったのか聞こえない。
「だから!お花を摘みに行きたいの!だから早くお返事を書いて!」
「あぁ……、ここは女子トイレなんてないもんな……」
どうして舞の態度が変だったのか……。これは聞いてはいけなかったことのようだ。その後ずっと怒りながらソワソワしている舞にさっさと返事を書けと散々催促されることになったのだった。
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瞑想を終えて寮に戻ってから物思いに耽る。ここの所毎日舞はイケ学に入ってきている。果たして大丈夫なんだろうか?
いくら入る許可を貰っているとはいってもこれだけ連日入ってきていたら相当目立っているに違いない。もしかしたら舞の後をつけている者とかも居たりしないだろうか?特にアイリスやパトリックの関係者や手下が舞を調べる可能性は高い。
舞がアンジェリーヌの取り巻きをしてることは向こうにはバレているだろう。そんなアンジェリーヌの取り巻きが連日イケ学に侵入してきていたら、不審に思って調べるくらいはするはずだ。舞が調べられたら何か都合の悪いことが出てきたりしないだろうか。
俺と会っていて手紙のやり取りをしているというのもバレたら面倒なことにはなるだろう。その手紙の内容が文通だと知っている俺やアンジェリーヌやその取り巻きにとってはどうってことはないけど、アンジェリーヌを敵視している者や王子達からすれば、善からぬ企みでもしているのではと勘繰ってくる可能性はある。
それにこちらの世界の俺は手紙で舞を守れと俺に言っていた。舞を守るということが何を意味するのかはわからない。それに誰からどう守れば良いというのかも書かれていなかった。
もし舞の素性なんかを調べられたらまずいというのならこれほど目立つことを続けさせるのはまずい。それに素性を調べられても大丈夫だとしても、これほど連日侵入してきていて目立てば舞まで注目されてしまう。今後のことを考えたらもっと手紙の頻度を下げて、舞以外の人に持ってきてもらった方が良いんじゃないだろうか。
あとアンジェリーヌの手紙が重い……。毎回毎回便箋十枚ほどにびっしりと書いてある。読むだけでも一苦労で、そこからさらにこちらもそれなりに返事を書こうと思ったら大変な労力だ。
俺はもしかしたらあれは高度な嫌がらせなんじゃないかという気すらしている。実はアンジェリーヌは俺に嫌がらせをしているんじゃ……。
「なぁ伊織」
「ん~?どうした?」
俺が考え事をしていたら健吾から声がかけられた。衝立というか間仕切りというかカーテンというかがあるから向こうから声をかけてきたようだ。
「俺風呂上りにジュースを飲もうと思って置いてたはずなんだけど知らないか?」
「いや、知らな……、ってお前さっき自分のスペースに持っていってただろ?枕元かどこかに置いてるんじゃないのか?」
俺が風呂に入る前に健吾が自分のスペースにジュースを持っていっていたのを思い出して言ってみる。
「あっ……、あ~……。そうだっけ……。あ!あったわ!サンキュー!」
「ああ、あったならよかったな……」
どうやらあったらしい……。人騒がせな奴だ。俺は結構そういう所に細かいから人の物を勝手に飲み食いしたりはしない。されたら結構怒る。その辺りはきっちりしたいタイプだ。だから健吾のジュースを俺が飲むことはない。
何だったかな……。何か考えていたような気がするけど……、集中力が切れてしまった。また今度でいいか。この後はいつもの日課としてブレスレットの中身を読んでから眠りについたのだった。
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朝食の準備をしていてもいつもの時間になっても健吾が起きてこない。ピピピピッ、ピピピピッとアラームが鳴っているのに出てこないところを見ると寝坊かな。
「おい健吾。もう時間だぞ……。って、げっ!なんだこれ!?」
「うぅ~ん……」
健吾のプライベートスペースに行ってみれば……、物凄い寝相で寝ていた。服は肌蹴まくっているし、足を壁にかけてやや逆さまみたいになりながら眠っている。よくこんな姿勢で眠れるものだ。
それに引き締まって筋肉質な腹筋や大胸筋が見えている。俺はどんだけ鍛えてもプニプニだというのに羨ましい奴め……。俺だってこういう男らしい体にそれなりに憧れはある。ムキムキマッスルというほどじゃないとしてもそれなりに引き締まった格好良い体になりたい。
でも残念ながら俺はニコライ流で地獄のような特訓をしているというのに、未だにプニプニのままだ。太ってたり弛んでたりはしない。でもお腹も柔らかいし大胸筋なんておっぱいでポヨンポヨンだ。二の腕もムニムニと柔らかい。
くそぅ……、くそぅ……。羨ましい奴め……。恵まれた体格をしやがって……。このっ!
「んがっ!」
ペチンと額を叩いてやったのに一瞬顔を顰めただけでまだ寝ている。こいつ……、起きないつもりか?そっちがそのつもりなら……。
「起きろ!」
「んぁ~~……」
ボスッと鳩尾辺りを軽く叩いたのにまるで効いていない。確かに手加減はしているけどこうも効いていないと何だか負けた気がする。いっそ本気で一発入れてやるか……。
「んがぁ……」
「ちょっ!ばっ!どこ触ってんだ!離せ!寝ぼけるなよ!起きろ!」
健吾の近くに立っていたせいだろうか。半分くらい逆さまになった健吾が俺の腰に抱き付いてきた。逆さま向きだから健吾の頭は下向きだ。ということは健吾の顔は俺のかっ、下半……、の近くに……。
「いっ!いやぁっ!離せ!離せぇ~~~っ!」
「ぐぼぉっ!」
つい鳩尾に一撃を入れてしまった。当然寝ていて無防備だった健吾はゲロを吐いた……。俺のこっ……、股間付近に……。
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「あ~……。酷い目に遭ったぜ……」
「馬鹿野郎!酷い目に遭ったのはこっちだ」
結局俺は朝からシャワーを浴びることになり、健吾はゲロ塗れの自分のスペースを朝から掃除することになった。いつも朝それなりに余裕がある時間に行動しているから遅刻は大丈夫だけど、これが時間ギリギリだったら終わってたな……。
「寝坊したからって鳩尾を殴ることはないだろ……」
「だから違うって言ってるだろ。ただ寝坊しただけならそんなことはしない。健吾が俺の股間に抱き付いてきたからついやってしまっただけだ」
あのまま股間に顔を……、と思うとぞっとする。もしかしたら俺に息子さんがないことも気付かれたかもしれないし、早めに手を打っておいてよかったはずだ。
「そうだとしても普通そこまでするか?」
「じゃあ健吾は男に自分の股間に顔を突っ込まれて黙ってるのか?」
「…………それはぶっ飛ばすな」
「だろ……?」
それは男とか女とか関係なく嫌なはずだ。朝から散々な目に遭ったけど何とか遅刻せず教室に辿り着いた。今日は朝からブルーな気分だ。




