第六十話「また手紙が届きました」
前までのように健吾と二人で食堂で昼食を済ませた俺達は、ディエゴとロビンを呼び出しておいた空き教室に向かった。今回もディエゴとロビンは先に待っていた。この二人はちゃんと昼食を食べているんだろうか?
「二日連続になって悪いな」
「いえ。昨日呼び出したのはこちらですし」
口でそう言いながらディエゴはチラチラ健吾を見ている。『こいつは誰だ』とか『何でいるんだ』とかそういう視線かな?
「早速本題に入ろうか。こいつは斉藤健吾。俺のルームメイトでディエゴが来る前までパーティーを組んでいたんだ」
「斉藤健吾だ。よろしく」
「ディエゴです」
「……ロビンです」
三人が挨拶しているけど二人は健吾のことをまだ胡散臭そうに見ている感じかな。まぁ二人も割りと人見知りというか、周りから爪弾きにされてたタイプだし健吾みたいなタイプは苦手かもしれないな。でもそうは言ってられない。これからそれなりに親しくしてもらう必要がある。
「それで……、二人がよければ健吾もパーティーに入れたいと思ってるんだけどどうだろう?」
今のパーティーは俺一人で何でも決められたゲームの時とは違う。所属者皆のパーティーなんだからメンバーを加えたりする時は皆の合意が必要だろう。
「僕は構いませんよ」
「僕も反対はないです」
「そんな簡単に受け入れていいのか?」
ロビンは少々健吾のことを胡散臭そうに見ているけど、それでもあっさり受け入れると答えた。でもそんなに簡単に受け入れていいんだろうか?もう少し疑うとか悩むとか、何かあっても良いんじゃないだろうか?
健吾をパーティーに入れようと言い出したのは俺だ。だから俺にとっては都合の良い展開ではあるはずだけど、あまりに都合良すぎるとそれはそれで疑うのが人間ってもんだ。
「僕達とパーティーを組もうと言ってくれる前衛はほとんどいないと思います。その中で屈強な前衛が入ってくれるなら断る理由はありません」
「八坂伊織さんが入れたいというのなら受け入れるだけです」
ディエゴとロビンの意見は若干違うようだ。ディエゴは使える前衛が入るなら文句はない、という感じかな。ロビンのは俺が言うから受け入れるっていうのはどうなのかと思わなくもない。俺がどうこうじゃなくて自分の意見を出して欲しいというのが本音だ。
ただ二人は受け入れると言っているんだからこれでもう答えは決まった。全員賛成で受け入れることになった。
「こっちはオッケーみたいだ。健吾……、どうする?」
「もちろん入れてもらえるなら入る!よろしく頼む!」
健吾がディエゴとロビンに向かって頭を下げた。こういう所はずるいよな。こんな風に言われて、されたら断れない。
「こちらこそよろしく」
「……よろしく」
こうして俺達のパーティーに四人目が加わったのだった。
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無事に健吾もパーティーに入ることになって解散した俺達は午後の授業も受けた。放課後になったから俺は図書館に向かってる最中だ。
帰りに健吾に声をかけられたけどこれから図書館に行くつもりだと言ったらそのまま別れることになった。前からいつも思ってたけど健吾って絶対に図書館に近寄らないよな。一度俺の跡をつけてきたことがあったけど、あれは俺が本当に図書館に行ってるのか確かめようとしてただけだし……。
そんなことを考えながら図書館へ向かっていると……。
「伊織君、伊織君」
「え?」
いつもの空き教室の前を通りかかった時、中から声をかけられた。見るまでもなくもう声でわかってたけど空き教室の中から俺を呼んだのは舞だ。
「どうして舞が?」
「いいから!早く入って!」
俺が廊下から問いかけていると空き教室に引っ張り込まれた。ここはいつも舞と密会をする空き教室だ。わざと狙ってるわけじゃないだろうに、何故かいつもここで舞と密会している。
もちろんディエゴやロビンと会議している空き教室とはまったく違う。この空き教室は図書館へ向かう途中にある空き教室で、いつも会議に利用しているのはクラスの教室から少し離れた所にある別の教室だ。
会議に使ってる空き教室はそこだと指定しているから毎回同じ所に集まるのは当然だけど、舞がイケ学に入って来てる時にいつもこの空き教室で密会になるのは何故だろう。最初に俺が舞をここに引き摺り込んでからいつもここということになっている気がする。
「舞……、一体どうしたんだ?」
「むっ!せっかく会えたのに最初に言うことがそれ?」
俺を引き摺り込んだ舞は扉を閉めてから振り返って頬を膨らませていた。舞の言いたいこともわからなくはないけどやっぱり最初に用件を聞いた方が良いかなと思うじゃんか……。
「舞……、会いたかったよ」
「嘘!用件だけさっさと聞きたいんでしょ?」
へそを曲げてしまった舞はプイッと横を向いてしまった。どうやら相当お冠のようだ。
「会いたかったのは本当だよ。でも舞がいるってことはもしかしたら何か大変なことでもあったのかと思って心配しちゃうんだよ」
「ん~……。はぁ……。仕方ないね。今回だけは許してあげましょう」
「ありがとうございます」
何故か偉そうに胸を反らした舞に俺はお礼を述べる。
「ぷっ……」
「あはっ!」
「「あははっ!」」
そして二人で笑い合った。さっきの舞の言葉もある程度は本心なんだろうけど本気で怒っていたわけじゃない。用件ばっかりじゃなくて会えたことを喜んで欲しいという舞のアピールだ。
「ごめんな……。本当に舞に会えたのはうれしいんだけど、舞がこんな所まで来てるってことは何か大変なことでもあったんじゃないかと思ってしまうんだよ」
これは嘘じゃない。アンジェリーヌと一緒に取り巻きとして入っているならともかく、舞一人でこうしてイケ学に侵入してると何か大変なことでもあったのかと思ってしまう。実際イケ学に入り込むなんてそれくらい危険なことだ。
「伊織君が心配してくれていることはわかってるよ。ただ……、もう少し会えたことを喜んで欲しいなって思っただけ」
かぁ~!可愛すぎる!何て可愛いんだ!
「舞……、ギュッてしていい?」
「ん……」
俺がそう聞くと耳まで赤くしながら頷いて近づいてきてくれた。俺は舞をそっと抱き締める。力一杯抱き締めたら折れてしまいそうだ。そっと……、大切に、丁寧に、ゆっくり慎重に……。
「もっとギュッてして……」
うおぉっ!舞の方からキュッて俺に抱き付いてきた。何て可愛い生き物なんだ。もうずっとこうしていたい!
「これでよろしいでしょうか?お嬢様」
「ん……」
舞に注文された通りもう少しだけ力を込めて抱き締める。暫く二人っきりでそうして抱き合っていた。
「あまり時間がないから……、これでおしまい」
「ああ……」
舞が俺から離れる。さっきまで感じられていた温もりが急激に消えていく。胸がキュッと切なくなる。もう離したくないのに……。
「えっとね……、今日はこれで来たんだ」
「げっ……。それってまさか……」
少し俺から離れた舞がまた懐から封筒を取り出した。フワリと僅かに漂う香りと封筒の柄からしてあれはアンジェリーヌの手紙だろう。あんな可愛らしくて香り付きの封筒や便箋で、わざわざ舞に預けて手紙を寄越してくる者なんてアンジェリーヌ以外にあり得ない。
「アンジェリーヌ様からのお手紙だよ」
やっぱりね……。他に俺にわざわざ手紙を送ってくる相手もいないしな。
「またすぐに返事が必要か?」
「うん。ここですぐ読んで返事を書いて」
そう言われたので手紙を受け取り内容を確認する。ていうか……、明らかに前回よりもさらに枚数が多いぞ……。持っただけで明らかに便箋の枚数が増えているのがわかる。
…………長い!また長い!最初の挨拶から始まり、前回の俺の返信に一応書いておいたことへ『お気遣いありがとうございます』的なものまではわからなくはない。でもその返事や挨拶がまた果てしなく長い。一言で済むだろうお礼が長文で、しかも聞いてもいない向こうの様子などもつらつらと書かれている。
確かに『いかがお過ごしでしょうか』とか『ご自愛ください』的なことは書いたよ?それに一言『ありがとうございます』とか『気をつけます』と返せば良いんじゃないのか?
『寝苦しい夜が続いて』どうこうとか、『対策に薄着で寝て』どうこうとか、艶かしいわ!アンジェリーヌがシルクのネグリジェで、ベッドの上で寝返りをうつ姿を想像してしまいそうになるほど細かく書いてある。
これはあれか?俺は寸止めの官能小説でも読まされているのか?滅茶苦茶生々しいし艶かしい。
いや……、そう思って、そんなことを想像するのは俺の心が汚れているからなのかもしれないけど……。アンジェリーヌはただ普通に残暑?の中自分の過ごし方や俺はどうかということを書いているだけだ。それが妙に生々しいだけで……。
そんな挨拶が長々と四枚にも渡って書かれ、ようやく本題らしき所に辿り着いた。やっぱり前回より枚数が増えている。
本題も長いので要約すると『四日後に王子達の慰安訪問に訪れるからその時にどこかで会いたい。いつどこでどうやったら会えるか返事で知らせて欲しい』ということのようだ。
その後にまた四枚分くらい俺を心配するような文や、最近の出来事のようなことが長々と書かれて、十枚目にしてようやく終わった。前よりも明らかに増えている。前文、本文、後文にそれぞれ一枚ずつ増やした感じか?これだけの内容なら一枚で足りるだろうに、十枚も手紙を書いてくるなんてちょっと狂気すら感じるぞ……。
「アンジェリーヌ様がこれほど書くなんて……。やっぱり伊織君とアンジェリーヌ様は……」
「いや……、舞が何を疑っているのか知らないけど俺とアンジェリーヌには何もないし、そもそもこれって嫌がらせの一種じゃねぇの?」
なんなら一文でも書けるような内容を便箋十枚にも渡って書かれた手紙を読まされてるんだ。これはもしかしたら壮大な嫌がらせなんじゃないかとすら思える。
「そうは言いながら伊織君は隅から隅まで全部きちんと読んでるよね。それにアンジェリーヌ様はパトリック様にだってこんな熱心な手紙は書かれないよ?」
「……え?そうなの?」
俺の確認に舞は頷く。どうやらこんな狂気にも似た手紙は俺にだけ出すらしい。やっぱり俺何か嫌がらせされてるんじゃないのかな?
「まぁいいや。返事だな……。今回も便箋を預かってきてるのか?」
「うん。……はい、これ」
舞が懐から出した便箋を受け取る。まだほんのり温かい……、気がする。舞の温もり……。それに舞の香り……。
「アンジェリーヌ様からの便箋をそんなに大切そうにしてるなんてやっぱり……」
「違う違う!これは舞の温もりや香りがするから……、あっ……」
しまった。余計なことを言ってしまった。舞の方を見てみれば……。
「もう!馬鹿……」
顔を赤くしてモジモジしている!可愛い!もうこのままずっと舞と二人っきりでどこかへ行ってしまいたい!
「そんな便箋なんかじゃなくて……、本物がここにいるよ?私も伊織君……、ううん、伊織ちゃんの温もり、感じたいよ」
「舞……」
また二人で抱き締めあう。こんなことをしてたらどんどん時間が過ぎてしまうとわかっているけど止められない。二人でお互い抱き締めあって、温もりを感じ合って、舞の鼓動が聞こえる。きっと俺の鼓動も舞に伝わっているんだろう。暫くそうしていたけど……。
「……手紙、書いてもらわなくちゃ」
「そう……、だな……」
名残惜しいけど離れる。いつもこの離れる瞬間の切なさは何とも言い難い。離れたくない。離したくない。でもそういうわけにもいかず、とりあえず受け取った便箋に向かい合う。
四日後ってことは瞑想の日だな。ならディオには少し遅れるかもと伝えておいて、図書館付近でアンジェリーヌと会おうか。
でもこの教室は舞との密会の場だから他の人には荒らされたくない。アンジェリーヌとは人気はない別の場所で会うことにしよう。
「この教室じゃないの?」
「だってここは舞との密会の場所になってるし……、他の人に入り込んで欲しくないだろ?」
俺の返事を覗き込んで読みながら舞が聞いてくる。書きながらだからうっかり本音をそのまましゃべってしまった。
「伊織ちゃん……」
「あっ……、いや……」
舞がまた赤くなっている。可愛い。でもこの繰り返しだと進まないから我慢しよう。こちらも用件だけしか書かないと怒られるかもしれない。便箋の枚数も予備だとしてもかなりの枚数を渡されているし、向こうがあれだけ挨拶とか、気遣いとか書いてるのにこっちは用件だけだと冷たいだろう。
アンジェリーヌが書いていたことへの返信等を適当に書いて文字数を稼いで、ついでにまたいくらか相手への労わりや気遣いを書いてから封筒に仕舞った。
「はい」
「うん……」
俺から返事を受け取った舞はそれを懐に仕舞って、最後に再び俺達は抱き締めあってから別れた。舞はそのままイケ学を出て、俺は図書館へと向かう。
いつまでこんな生活を続けなければならないのかわからないけど……、いつか……、いつか周りも時間も気にすることなく舞と過ごせる日々を……。




