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第六話「育成方針を考えました」


 今朝もまだ最悪のまま一向に気分が晴れない。ノソノソと起きて朝食の準備を始める。


 健吾はまだ眠っているようだ。今日は昨日の轍を踏まないために健吾より遅くに寝て早くに起きた?違うな。体は疲れていたのにあまりのショックで中々寝付けず、眠ったと思ったらすぐに目を覚ましていた。


 ぼんやりした頭で考える……。


 お風呂でこの体にある痕跡が全て地球での八坂伊織と同じだったことを確認した俺はこの体が地球での八坂伊織そのものの肉体じゃないと証明出来る方法を必死で考えた。傷痕やシミみたいな痕跡だけじゃなくて色んな体の癖とかそういうものだ。


 例えば人によっては特定の指とかの関節がガックンってなる人とかもいるだろう。あるいは特定の場所だけポキポキと音が鳴るとか、変な方向に異常に関節が曲がるとか、色々とその人なりの特徴があるはずだ。


 俺は思い出せる限り自分の特徴を思い出して全て試してみた。結果……、試すんじゃなかったと後悔した……。


 この体は……、この体の特徴は間違いなく俺、『八坂伊織』そのものだった……。心なしか顔つきも元の俺に似ている気がする。


 イケ学の世界に八坂伊織なんてモブがいるはずがない。だってそれは俺自身なんだから……。もうわけがわからない。ここはどこなんだ?本当にイケ学の世界なのか?じゃあ俺は誰だ?本当に八坂伊織なのか?どうやったら元の世界に戻れる?


 そんなことがぐるぐる頭の中に繰り返し繰り返し思い起こされて結局あまりゆっくり眠れなかった。そして起きた今ですらまた同じようなことを考えている。


 ……もうやめよう。考えてもわからないことをグダグダと考えていても進まない。


 まず第一に俺はこの体が自分自身だと認めよう。本当は違うかもしれない。違うと思いたい。だけどそんなことで悩んでいても時間の無駄だ。それにこれを認めるのは何も悪いことばかりじゃない。


 俺はこの体が見ず知らずの他人の体だと思って遠慮していた。だけどこの体が俺自身だっていうのなら何も遠慮することはない。別にやらしい意味じゃないぞ。むしろその逆だ。


 俺自身の体だっていうなら例えば多少無茶な特訓をしたっていい。何故ならこれは俺の体なんだから。風呂やトイレも気兼ねなくすればいい。俺の体なんだから。そして大事にしよう。俺の体なんだから。


 他人の体だったならば多少傷つこうが痛もうがそれほど気にしなかったかもしれない。だけどこれは俺の体だ。だから無茶をせず大事にする必要がある。無茶な特訓をするのと無茶をせずに大事にって矛盾しているようだけどそうじゃない。


 これから生き残るためには無茶な特訓をしてでも強くならなければならない。そして無茶な戦闘を生き残らなければならない。だけど、いや、だからこそ体のケアも大事だし不用意に無用な怪我や故障をしないように気をつける必要がある。生き残るためには無茶な特訓や戦闘を潜り抜けてきちんと体調を万全に管理しておく必要がある。


「ふぁ~……、ぁ?うまそうな匂いだな」


「おはよう。顔くらい洗ってこいよ」


「あいよ~……」


 起きてきた健吾が眠そうな顔をしながら顔を洗いに洗面所に向かう。それにしても……、うまそうか?ただ食パンを焼いて目玉焼きとベーコンを焼いただけだ。


 前までの八坂伊織がどんな朝食を用意していたのかはわからない。ただ俺の料理スキルじゃ用意出来るのはこんな程度のものだけだ。これ以上の料理を俺に要求されても無理なものは無理と言うしかない。


 そもそも俺は朝食は簡単に済ませる方だったし本格的なものが食いたければ食堂にでも行けば良い。食堂にも朝食が用意されている。がっつり食いたかったり色々な物が食いたければ食堂で食うしかない。俺にそこまで求められても知らん。


「いただきま~す」


 いつの間にか戻ってきていた健吾が早速パンを頬張っている。俺もさっさと朝食を済ませて授業の準備をしよう。




  ~~~~~~~




 学園の授業を聞き流しながらこれからのことを考える。まず重要なのが次の戦闘はいつかということだ。イケ学ではここら辺りはまだチュートリアルやゲームに慣れるための最序盤という所だ。チュートリアルの戦闘は終わったから次の戦闘までは結構間がある……、はず?


 正確な日数はわからないけどチュートリアルは日数的には結構日を跨いでいたはずだ。色々とゲームシステムを説明するために演出で何度も部屋に帰って就寝していた。それが何日分なのか、本当にこの世界でもまったく同じ流れになるのか、その辺りがわからない。


 次の戦闘はチュートリアルが終わって、いくつか簡単なイベントが済んでそれなりに日数が経ってから……。もしそれがこの世界でも同じになるのならまだ多少は時間があるはずだ。ならばその間にしておかなければならないことがある。


 まず一番最初にしておくことはキャラの育成方針の決定だ。これを決めておかなければこの先何も効率的に進められない。


 イケ学もシステム自体は簡単で標準的なものだからRPG等のゲームをしたことがある人ならほとんどは直感的に理解出来るだろう。敵を倒すと経験値が入り、経験値が貯まるとレベルが上がる。ここまではよくあるシステムでほとんどの人がすぐにわかるはずだ。


 そしてイケ学ではそれ以外にステータスとスキルというものがある。これも比較的メジャーなものだからゲーム好きなら大体わかると思う。それから他に習熟度という要素もある。


 まずレベルが上がるとスキルポイントというものがもらえる。そのポイントを使ってスキルを習得していくわけだ。スキルはスキルツリーと呼ばれるものがあって下位のスキルから取っていかないと上位のスキルを習得出来ないようになっている。


 またステータスはレベルアップとは別にステータス用の経験値のようなものがありそれを消費して上げることが出来る。この辺りまではまだ簡単な説明と直感で大体はわかるだろう。シンプルに言えば敵を倒してポイントを貯めてスキル習得やステータスアップに割り振れ、ということだ。


 そして習熟度だけどこれもそう難しいことじゃない。物凄く突き詰めて言えば特定の武器による攻撃やスキルを何回使用したか、ということに尽きる。


 習熟度は武器の扱いやスキルや魔法についているもので習熟度が上がるほど性能が上がったり再使用時間クールタイムが短くなったり詠唱時間や消費MPが減ったりする。


 まず武器は剣、槍、弓、杖の四種類に大別される。Lv1木刀、Lv5木の槍、Lv10木の弓、Lv15木の杖、Lv20鉄の剣、Lv25鉄の槍……、という具合だ。基本的にその四つが5刻みで順番に出てくると思えば良い。


 ただし当然何事にも例外はあるわけで基本武器はその四種類で木刀の次に剣を装備したければLv20の鉄の剣を装備するしかない。だけどアイテムガチャから出てくる課金武器は必ずしもその法則に当てはまるとは限らず、さらに色々なイベント配布品やコラボガチャのために最早全てを完全に把握出来ているのはコアな廃プレイヤーくらいだろう。もちろんそんな廃プレイヤーの一人であった俺は当然全て記憶している。


 それはさておきこの武器だけどレベルが上がって次の武器が装備出来るようになったからって次々持ち換えると碌な事にならない。Lv1木刀で戦っていたのをLv5木の槍に換えたら攻撃力が上がって強くなるかと言えばそうじゃない。


 確かに一応攻撃力は木刀よりも木の槍の方が高いけどそうしてレベルが上がって装備が換えられる毎に武器を持ち替えていたら武器習熟度が上がらず中途半端なキャラに育ってしまう。剣で行くなら次の鉄の剣まで木刀を使い続ける。槍キャラならずっと槍、弓なら弓を使い続ける方が良い。


 ちなみに杖というのは魔法を使うために必要な装備であって、俺が前に魔法職は序盤の育成が大変だと言ったのはここにある。他の武器にもその武器なりの魔法というのはある。例えば槍ならMPを消費して貫通力を上げた一撃を放つという槍用の魔法がある。だけど普通に皆が魔法と聞いて想像するようなものを使おうと思ったら杖装備でないと使えない。


 わかるだろうか?魔法職向けのステータスに上げていくとどう考えても前衛や物理戦闘は苦手になる。それなのに杖が装備出来るのは最低でもLv15からだ。そのレベルになるまではほとんど戦闘で役に立たない魔法が使えない魔法職のレベルを上げてやらなければならない。それが厳しくて魔法職を育てないかステータスの振りや武器習熟度を物理向けの脳筋魔法使いに育ててしまったら取り返しがつかない。


 その罠に嵌ったプレイヤーは途中でゲームに行き詰るか再び課金してキャラガチャでキャラを引き直してもう一キャラ育てなければならなくなる。


 ここまでの説明でわかる通りイケ学をクリアするつもりなら一芸特化の尖ったキャラを作らなければならない。あれもこれもと全て中途半端に上げると途中からほとんど役に立たない足手まといが完成する。剣持ちの前衛盾役ならとことん剣と盾役向けに育てなければ役に立たない。すぐ死ぬ紙装甲のタンクなんていらないのはわかるだろう。


 イケ学なら六人パーティーなわけで後衛配置にして前衛がきちんとスキルを習得していればまず滅多に攻撃を食らうこともない。全体攻撃とか特殊な敵からダメージを受けることはあるけどそれも決まりがある。ほとんどの戦闘では前衛が敵の敵愾心ヘイトを集めてくれるから前衛が死なない限りはターゲットにされることはないというわけだ。


 なら俺はどう成長させれば良い?魔法タイプなんだからLv15までは剣か槍で辛抱しつつ魔法特化にステータスを上げて杖装備後は魔法一本に絞るか?


 もしこれがゲームで俺がプレイヤーなら俺自身このキャラはそう育てる。前衛は物理向きのキャラを育てれば良いし後衛物理として弓も育てれば良い。メニューがないから正確なステータスはわからないけど『八坂伊織』という『キャラ』なら絶対に魔法特化に育てることだろう。


 だけどここはゲームじゃない。微妙に現実が入り混じったようなゲームとも現実とも言えない奇妙な世界だ。後衛にいるからって絶対攻撃されないなんて保障はない。


 それに何より……、ここでは俺がプレイしているわけじゃないということだ……。


 俺がゲームをプレイしていれば一点特化で良い。出撃時にフィールドや敵の特性を考えて出撃メンバーを選び俺が操作して最も効率良く攻撃しダメージを与え、防御し味方の損害を減らして戦う。俺が全て指示を出し、全てが俺の指示通りに動くのならば特化型が間違いない。だけどここはどうだ?


 パーティー分けも戦闘指示も俺が決めているわけじゃない。パーティーは勝手に決められて、戦闘中に俺が指示を出しても誰も聞かないだろう。そもそもゲームシステム通りに戦闘が進まない。戦闘はターン制でもなければ後衛だから攻撃を食らわないということもない。


 この状況下で果たして『八坂伊織』が『魔法向けキャラ』だからってただ単純に魔法特化に育てて大丈夫なのか?


 健吾がいる間は良い。健吾は良い前衛だ。だけど前回の感じからして必ずしも同じパーティーになれるとは限らない。健吾がいなくて前衛職不在のパーティーに編成されたら?それでなくとも後衛だからって狙われないわけじゃない。不意に敵に襲われた時にどうする?


 中途半端は良くない。イケ学ではあれこれ全て中途半端に上げるのはゴミキャラになる典型だ。だけど……、このまま魔法特化に育てたら……、万が一の時にアクシデントに対応出来ない可能性が高い。


 ゲームなら良い。不慮の事故で戦闘不能になっても復活させれば済む話だ。だけどこれはゲームじゃない。俺が死んだらどうなるのかはわからないけど少なくとも実際に死んで試してみようという気にはなれない。


 ゲームとは違う。だからやり直しは利かない。どうする?俺はどうしたら良い?俺がイケ学でこんなに迷うことなんてなかった。現実のようになったこの世界だからこそ悩む……。


 だけどずっと悩んでいるわけにもいかない。早急に育成方針を決めて育て始めないとイケ学と同じように展開するとしたらすぐに詰んでしまう。


 そもそも……、俺が死ななかったとしてもパトリック王子達や聖女である主人公が負けたり死んだりしたらどうなるんだ?まさか……、それもゲームオーバーになるんじゃ?


 ゲームの時はゲームオーバーなんてなかった。負けて死んだら復活させれば良かっただけだ。デスペナルティを受けたり課金アイテムが必要だったりはしたとしてもそれはゲームオーバー……、終わりじゃない。だけどこの世界なら?


 もし……、もし聖女が死んだら……、イケ学では聖女がいなければラスボスは倒せないことになっている。もしかしたら聖女抜きでも何らかの方法でラスボスを倒せるのかもしれない。だけどとんでもない労力が必要になる。イベントで聖女にラスボスを弱体化させなければ到底勝てないような設定だ。


 じゃあ……、この世界でもそうなんじゃ……?聖女……、主人公アイリスが死んだらラスボスを倒せなくなる?


 やばい……。やばいやばいやばい!俺は自分のことを考えるだけで必死だったけどそんな場合じゃない。あのクソの役にも立たない王子達と聖女アイリスを死なせるわけにはいかない。


 俺は……、自分一人が生き残るだけじゃなくて王子達と聖女にこのゲームをクリアさせなければならない…………。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] ゲームの意図的な不公平がこのような地獄のような世界を作る方法が大好きです。 専門性とミスのないことが前進するために必要な、古典的な容赦ない戦略ゲームの 1 つのように感じます。
[一言] 最悪王子だけは見捨てた方が良い説
[一言] 主人公も聖女なんじゃ?
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