第五十八話「出戻りました」
今日は早めに昼飯を食べて空き教室へと向かった。これでも俺はかなり早く来たつもりなのに、もうディエゴとロビンが待っていた。もしかしてこの二人は昼食を食べていないんじゃないかとすら思える。でなければあまりに早過ぎるだろう。
「こんにちは八坂伊織さん」
「ああ、ディエゴもロビンも早いな」
「ええ」
それとなく聞いてみたけどやっぱりというべきかはっきりとした答えは返ってこなかった。それともこれが終わった後で食べるつもりなんだろうか。まぁそれは俺が気にすることじゃない。自分達の体調管理は自分達でするだろう。今食ってないのなら二人なりに理由や根拠くらいあるはずだ。
「まずは何だっけ?ロビンのこれからの鍛え方か?」
「はい……。正直どうすれば良いかわからなくて……」
もしこれがゲームの『イケ学』で俺がプレイヤーだったら、先に一定値を超えるまでは体力特訓を集中的に行なう。戦闘に出ても全体攻撃を耐えられるくらいHPがなければ後衛でも使えないからだ。だから最低でも全体攻撃を耐えられるくらいにはHPを上げる。
その後で余裕があれば武器特訓をしても良いかという所だ。だけどあくまで優先はHPで、それが終われば他にもしなければならないことが一杯あるから、一キャラの特訓ばかりしていられない。多分ゲームなら武器特訓はさせずに習熟度は実戦で戦わせて上げるんじゃないだろうか。
ただ半分現実となったこの世界でもそれがセオリーだとは言いきれない。この世界でも体力やHPは重要だと思うけど武器特訓も重要だ。ニコライ流剣術を習って剣習熟度が上がっているからこそわかる。ちゃんと鍛えるなら武器習熟度を上げるのは一番の近道だ。
ゲームだったらステータスを確認しながら、コマンド実行可能回数や費用対効果を考えて体力特訓や武器特訓に振り分けられる。でもここではそれは非常に分かり難い。俺がずっと付きっ切りで管理しているのなら出来なくはないかもしれないけど、ロビンに任せたままでバランスよく鍛えられるとは思えない。
それなら下手なアドバイスをするよりも確実なアドバイスをした方がためになるだろう。というわけで俺がロビンに言えることは決まっている。
「俺がアドバイスするなら体力特訓と武器特訓を交互にするか、何なら当分の間は体力特訓を二回する間に武器特訓一回でも良いかもしれないと思う」
「なるほど……」
ロビンは真剣に聞いていた。弓を使ったこともない、ロビンのことだって大して知らないであろうはずの俺の言葉をそんな簡単に信用していいんだろうか。
俺からすればロビンのステータスはゲームの時に知っているし、これまで何度もたくさんのキャラクターを育ててきたから育て方もわかっているつもりだ。でもそれは俺の言い分であって、ロビンやディエゴからすればそんなことはわからないはずなのに……、それでも俺の言うことを真剣に聞いて、参考にしてくれている。
本当にどの程度俺の言う通りにしているのかはわからないけど……。
「僕はこのままでいいんでしょうか?」
「ディエゴは……」
ロビンはもう自分の得意武器が装備出来るから体力と武器習熟度を上げていけばいい。それに比べてディエゴは説明が難しいな……。ゲームでなら俺ならもう槍は鍛えない。ディエゴの槍捌きは十分だった。あれだけ使えればもう上げる必要はない。
魔法職であるディエゴならあとは体力特訓と知力を上げたり魔法を覚えたりしていけばいい。ゲームならそうする。でもこの世界ならどうだ?俺もステータス的には後衛魔法職向きだと思うけど、剣を鍛えてきたお陰で剣でもそこそこ戦えるようになってきた。
戦闘では何が起こるかわからない。だから魔法職や弓でも剣や槍が使えた方が良いというのは間違いない。メインじゃないとしても腰に剣でも佩いて、それからメイン武器を持っておくくらいはした方が良いはずだ。
武士だって腰に刀を差しているけど刀はメイン武器じゃない。戦争になれば主力のメイン武器は槍だ。サブマシンガンやアサルトライフルを装備する兵士達だってサブウェポンで拳銃も持っている。この程度の護身や予備の武器を装備するのは当然の配慮だろう。
だけどこの世界の者は何故か武器は一つしか装備しようとしない。元がそういうゲームだからと言うのは簡単だ。でも普通命がかかってる殺し合いでそんなことがあるか?
いくら弓兵だったとしても、接近された時のために剣の一つでも持っているはずだろう。そういう備えや考えが一切ないというのは不自然極まりない。だけどこの世界ではその不自然が常識になっている。そして俺が白い目で見られている原因の一つはその常識を破ったからかもしれない。
俺は前回の戦闘で剣と杖の、一種の二刀流で戦った。それがこの世界の人達にとっては異常であり、俺が白い目で見られている原因の一つである可能性はある。
「俺がディエゴだったら本来ならあとは体力特訓と、魔法の勉強にする。でももしディエゴが武器も鍛えたいなら他の訓練や特訓の間に武器特訓も入れても良いかもしれない」
少なくとも俺は武器特訓をするなとは言えない。ゲームなら魔法職は魔法だけ鍛えていればいい。後衛が即死しない程度にHPがあればあとは魔法を鍛える。ゲームの『イケ学』では満遍なく全てのステータスを上げたキャラは役に立たない。一芸特化の尖ったキャラの方が使える。
でも実際に俺は自分を魔法と物理、前衛と後衛の両方が出来るように鍛えている。自分はやっているのに人にはするなとか使えないとは言えない。
ただ……、俺は長い時間をかけてやってきたし、他に一切時間を使わないほどに鍛えることに集中していた。どちらも中途半端に鍛えるくらいなら一芸に特化した方が良いかもしれない。きちんと前衛がいる前提でゲームだったなら確実に一芸特化で良いんだけど……。
「わかりました。僕もそう遠くないうちに杖が装備出来るようになりそうですから、魔法の勉強と体力を鍛えておきます」
「僕も体力と弓を交互にやってみます」
「ああ」
俺の意見を聞いて二人も方向性を決めたようだ。俺自身でもはっきり自信を持ってお薦め出来ているわけじゃないのに、この話し合いで二人の将来が決まったも同然で責任を感じる。
もし間違っていたらどうしよう……。これが二人のためにならなかったらどうしよう……。そういう思いは拭えない。
これがゲームだったなら俺が操作して決められるなら確実に一芸特化にする。でもそれがこの世界でも正しいとは限らない。それに全て俺が管理しながら鍛えるなら良いけど、鍛え方は本人に任せるのにこんないい加減なアドバイスだけで、果たしてうまくいくのかという心配もある。
とはいえ俺が二人に付きっ切りで管理するというわけにもいかない。それにゲームと違ってステータスで目で見てわかるものでもない。俺のアドバイスと二人の判断、そしてこれからの鍛え方が間違っていませんように……、そう願うしかない……。
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放課後は体育館に特訓にやってきた。いつもの『何で昨日来なかったんだ』的なやり取りをしてから特訓に入る。昨日は終わって寮に戻ったらもう夜中……、どころか明け方すら近かったくらいなんだから特訓なんて出来るわけがない。このくだりは毎回のようにやってるけど必要なんだろうか……。ニコライもディオも察してもらいたいもんだけど……。
「ああ、そうだった……」
「ん?」
準備運動を終えて基礎訓練をしながらニコライに話しかける。会ったら是非聞いてみたいと思っていたことがあったんだ。
「ニコライは……、世界と一体になるっていうか……、後ろも見てないのに全周囲のことがわかったり、まるで俯瞰しているみたいに敵の動きが全て見えているような感覚とか、自分の動きがまるで自然の流れと一体化したみたいな感じになったことはあるか?」
何か……、何を聞いているかいまいちわからない感じになってしまったな。でも俺もうまく説明出来ない。自分でもよくわかってないのにそれを言葉にして聞くというのは非常に難しい。何がわからないかわからないけど教えてくれとか言われても説明しようもないのと同じだろうけど……、でも他に言いようもないしなぁ……。
「ほう?八坂伊織……、お前そうなったのか?」
「え~……、あ~……、まぁ……」
俺が聞いたんだからそういうことになるよな。自分からそんなことを聞いたということは自分がそうなった、もしくはそういう話を誰かから聞いたということになる。自分が知りもしない情報を話すことは出来ない。
そもそも俺が聞いてる方だし嘘をついたり黙ってる必要もないだろう。本当にニコライが味方なのかもよくわからないけど、ニコライが鍛えてくれていなければ俺はここまでこれなかった。それは間違いない。
「そうだな……。確かに達人と呼ばれる域まで達した者の中にはそういうことを言う者もいる。だがそれは全員ではないし、そう成った者が成らなかった者より強いとも限らない。実際ただひたすら力ずくで戦う者が、流れるように戦う者を力で圧倒して勝つこともままある話だ」
「どんな小細工も粉砕する力こそが最強……、みたいな話ですか?」
自分で言うと自慢みたいに聞こえるかもしれないけど、前の戦闘での俺の状態はいわば技巧派のような感じだろう。それに比べて今ニコライが言ったのは全てを粉砕する力を極めるということだと思う。
俺が技巧派で戦うのがうまいとか、腕前が凄いという話じゃない。俺は女の細腕のせいか単純な力なら健吾やマックスに敵わない。だから弱い力でもうまく戦える技術が必要だった。
それに比べて健吾やマックスのように体格にも恵まれ、力で全て粉砕出来るのならそちらに集中して鍛えるのも一つの手だろう。相手に受けられても受けた相手ごと両断出来る力があれば小細工は必要ない。相手を倒すということにおいては防御も貫く圧倒的パワーというのは、単純にして最適解であるとも言える。
「もちろんどんなすごい力も当たらなければ意味がない。正面から激突すれば相手を粉砕出来る力でも、正面から当たらず受け流されたり、そもそも当たらなければ相手を破壊することは出来ないからな」
「そうですね……」
確かにその通りだ。正面から剣で受けたら、剣ごとへし折って相手を切り裂けるとしても……、受け流されて威力を発揮出来ないとか、当たりもしないとか、そうなればどんなすごい力も意味はない。
「どちらが優れるというものじゃない。人それぞれ事情も才能も違う。その中で自分に合ったものを見つけて極めるしかないな」
「なるほど……」
結局わかったようなわからないような……。それに俺の質問はニコライがそうなったことがあるか?だったはずだ。どっちが優れるということは聞いていないはずだけど……。答えそのものははぐらかされたような感じだな。
「わかったらしゃべってないでさっさと次に行け!」
「はいっ!」
いきなり竹刀でバシンと床を叩いたニコライに追い立てられてまた今日も特訓に明け暮れたのだった。
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今日も酷い目に遭った。どれだけ鍛えても楽にならない。まぁニコライがそれだけ徐々に特訓の内容を多く、難しくしているということだろう。少しは強くなってきた気もするけどまだまだだな。それに思いあがりは良くない。所詮俺一人の力なんて知れている。思いあがらず堅実にいくべきだ。
「…………え?」
寮の部屋の鍵を開けようとしたら開いていた。鍵を回したのに手応えを感じない。俺が開ける前から開いていたということだ。
俺は毎日絶対ちゃんと鍵を閉めている。俺の部屋には色々と見られたら困る物がある。だから絶対に忘れることなく鍵を閉めているはずなのに……。
まさか泥棒?それとも……、アイリスや王子達の手の者が俺を調べに?
色々と考えられる。前回のことで俺は目立ちすぎた。変な奴が俺を嗅ぎ回っている可能性もあるし、アイリスや王子に命令されて何かしてくる者もいるかもしれない。鍵が開いているということはまだ敵が中にいる可能性もある。もしこっそり俺を探るつもりだったら鍵を開けて侵入してもまた閉めて出て行くはずだ。開いているということは……。
慎重に扉を開ける。そーっと中を覗いてみれば……。
「けっ、健吾っ!?」
「あ~……、よう……。出戻っちまった……」
扉を少しだけ開けて中を覗いてみれば……、部屋の中に健吾がいた。驚いた俺は扉を開けて中に入る。こちらに気付いた健吾が気まずそうな表情でそんなことを言う。って、え?
「…………は?出戻り?」
「ああ、一組も、パーティーも追い出されちまってさ……」
パーティーを追い出される?……ゲームの『イケ学』の解雇のことか?え?じゃあ健吾は主人公パーティーを解雇されてきたのか?




