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第五十七話「やりすぎました」


 流れるように、舞うように、力を入れず、自然に……。


 目の前のインベーダーを斬り捨てた所を狙っていたかのように真後ろのインベーダーが襲いかかってくる。でもまるで後ろにも目があるかのように見える。少しだけ首を傾けるだけでインベーダーの攻撃が空を切る。逆手に持ち替えた木刀を後ろに突き立てると『ピギーッ!』と耳障りな叫びが聞こえた。


 木刀を引き抜くと同時にグルリと周りを一薙ぎする。するとバタバタとインベーダー達が真っ二つになって転がった。すかさずその間に移動する。ずっと同じ場所で戦っていたらインベーダーが山積みになってしまって身動きが取れなくなる。


 何も考えていないのに、何も見ていないのに、体が自然に動く。そこには無駄な力みはまったくない。全てが自然に、流れて……。


 あれ……?もしかして今なら……。


 特に意識していたわけじゃないのに俺は無意識に腰に差していた木の杖を引き抜いていた。


「アースアロー」


 接近戦をしながらなのに自然に魔力を集中して詠唱を行い魔法を行使する。アースアローにした理由も特にない。後から考えれば、ファイヤーアローだと敵が近いから自分も熱いかもしれないとか、ファイヤーやウォーターなら何もない場所に自力で火や水を起こさないといけないからとか、何かあったのかもしれない。


 でも俺は何か考えているという自覚もなく、自然に、無意識にアースアローを使っていた。次々に地面から突き出してくる矢に貫かれてあちこちでインベーダーが倒れていく。目の前に迫るインベーダーは右手一本で扱う木刀で真っ二つになる。


 今頃になってふと『ああ、接近戦をしながらでも魔法を使っているじゃないか』と他人事のように思い至った。そういえば俺はいつの間に魔法を使っていたのか。何故魔法を使おうと思ったのかもわからない。ただ気がついたら杖を抜いて魔法を使っていた。ただその事実があるだけだ。


 インベーダーの攻撃をかわし、木刀で切り裂き、遠くの敵は魔法で貫く。


 いつまでも戦っていたい。まるで舞うように、踊るように、自分が世界になったような、自然に溶け込んで一つになったような……、そんな不思議な感覚がする。しかし終わりは唐突に訪れる。


 キュピピーーンッ!


「ぁ?」


 酷く癪に障る音が鳴り響いたかと思うとインベーダー達はゾロゾロと下がり出した。


「終わり?」


 もう終わり?もっと……、もっと舞いたい……。せっかく何か掴めそうだったのに……。


 いや、あれは何も掴めないだろう。それはそうだ。人間は普通の方法で空気を掴めない。地球を掴めない。それと同じこと。掴めそうで掴めない。極めるとか掴むとかそんなものは人間の驕りだ。でも……、ただ一体となって共に舞うことは出来る。だからもっと舞っていたかった。それが……。


「八坂伊織さん!」


「ああ……」


 振り返ってみれば……。


「……え?」


 ディエゴもロビンも、今回一緒だった他のパーティーメンバーも、いや、もっと他の、周囲にいた他のパーティー達も全員が俺を見ている。その目は……、困惑、焦燥、疑惑、猜疑、恐怖、様々ではあるけどどれも一つの方向性を孕んでいる。


 すなわち否定。


 誰も戦闘が終わったことを喜んでいない。生き残ったことを喜んでいない。いつものように片付けも始まらない。ただ負の感情を孕んだ視線が俺に突き刺さるだけだった。


「あ……、俺は……」


「ひっ!」


 パーティーメンバーの所へ戻ろうとしたら、三人は逃げ出した。戦闘が終わったからもうパーティーの縛りはない。どこへ行こうとも自由だ。ディエゴとロビンは立ち去りこそしないけど俺を見る目は他の者達と同じだった。


「…………負傷者を救助する」


 パーティーの下へ戻ろうとした俺は戻るのはやめて周辺の生き残りを探し始めた。




  ~~~~~~~




 寮の自室に戻った時にはもう夜中を過ぎていた。バトルフィールドは日も暮れないし時間の流れが分かり辛い。だけど救助活動でイケ学に戻ってみればもう夜も遅い時間になっていた。そして全てが終わって部屋に戻った時はもう夜中だ。


 風呂に浸かりながらぼんやりする……。


 今日の戦闘中俺は不思議な体験をした。今までの戦いとはまるで違う。自分が世界そのものになったような、世界と溶け合って一体化したような、何でも出来るんじゃないかと思うほどの万能感に包まれていた。


 あれが一体何だったのかはわからない。剣を極めていけば、いや、剣に限らず戦いを極めていけばああなるものなんだろうか?ならばニコライやディオに聞けば何かわかるかもしれない。


 そして……、戦闘の後の周囲の目……。まるで化け物でも見るような……、信じられないものを見るような目……。


 あれは間違いなく俺に向けられていた。敵意、恐怖、疑惑、あらゆるネガティブな意思が混ざり合った負の視線……。思い出すだけでも震えてくる……。


 別にあいつらに襲われても負けるとは思わない。インベーダーよりも数も少ないし一撃で倒してしまわなくても、人間が相手ならある程度ダメージを負わせるだけで無力化出来る。


 でも……、こんなことを考えている時点で俺はもう人間じゃないんじゃないのか?


 人を、仲間を、ただ殺せるか殺せないか。相手の方が強いか俺の方が強いかでしか判断していない。これは化け物の発想じゃないのか?


 ブクブクと沈めた顔から空気を吐き出す。俺は一体どうしたらいいんだ?明日学園に行って……、俺は普通でいられるのか?周囲はまた俺を化け物を見るような目で見るんじゃないのか?俺はどうしたらいい?


 怖い……。またあんな目で見られることが怖い……。


 俺はどうしてあんな目立つことをしてしまったんだ。もっと静かに、大人しく過ごしていればよかったんじゃないのか?ただ自分の身を守って、舞だけ守っていればよかったじゃないか……。何故あんなことをしてしまった?


 調子に乗ったのか?ちょっとインベーダーに勝てるからって?俺が皆を救ってやろうとでも?あんな……、化け物を見るような目で人を見てくる奴らを?


 それに目立ちすぎたらまたアイリスや王子達に目をつけられる可能性が高い。ただ一組に編入されて共に戦うくらいならまだしも、あの気味の悪いアイリスが何をしてくるか予想もつかない。場合によっては殺されるかもしれない。


「はぁ……」


 顔を上げて空気を吸い込み、吐き出す。


 一人で考えてたらドンドンネガティブな方に考えてしまう……。俺ってこんな性格だったっけ?インドアなオタク寄りだったけどここまでネガティブでもなかったはずだけど……。


 まぁこんな世界で何ヶ月も殺伐とした生活を送っていればこうもなるか。鬱くらい発症していてもおかしくない。


「こんなに細い腕なのに……」


 自分の腕を見てみる。男の頃のゴツゴツした腕とは違う。ちょっとプニプニしている女の細腕だ。こんな腕でインベーダーを真っ二つにする……。確かに化け物かもしれない……。


 湯船からあがって鏡の前に立ってみれば腹筋も多少は割れているけど男ほどムキムキじゃない。スリムな体型だ。そもそも体重が軽すぎる。こんなウェイトや筋力でどうしてあれほど力が出せるのか……。


 ゲームだから……、か?


 ゲームなら見た目に変化がなくてもステータスが上昇していればそれだけ強くなる。HPもMPも力も知力も、ただステータスを上げればそれだけ成長する。


 ここは一体何だ?俺は一体何だ?アイリスは?舞は?


 もうわけがわからない。どうすればいいのかもわからない。


「…………寝るか」


 嫌なことがあったらとりあえず寝る。一度落ち着いて、疲れをとって、時間を置いて冷静に判断した方がいい。こんな気分のままじゃ碌な答えには行き着かない。


「ぁ……」


 風呂からあがろうかと思っていると……、つつつーと垂れてくる感覚があった。


「あ~ぁ……」


 そういえば『女の子の日』が始まる前は鬱な気分になったりするんだったっけ……。俺の気分がおかしかったのもその影響かな……?


 この体は不便すぎる。女の子の日のせいで気分が激しく上がり下がりしたりするし、生理痛で体調が悪くなったりする。筋力も本当についているのかわからないし……。もういっそどうせゲームなんだったらもっと都合が良い体だったら良かったのに……。


「愚痴ってても仕方ないか……。片付けて寝よう……」


 何もする気がしない。とりあえず汚したままじゃ寝られないし渋々片付けだけ済ませて今夜は寝ることにしたのだった。




  ~~~~~~~




 翌朝、今日も気分は優れない。体調が悪い。っていうか女の子は体調が良い時なんてあるのか?始まる前も最中もあれやこれやと、気分や体調が悪い状態ばかりだ。本当に気分も体調も良い日というのは限られている。


 まぁ……、気分が優れないのはそれだけじゃないけど……。昨日のあの視線……。今日学園に行けばまたあの視線に晒されるかもしれない。そう思うとそれだけで怖い。行きたくない。


 でも行かなければ行かないで大変なことになりそうな予感がする。嫌でも何でもとにかく行くしかない。


 気分が乗らないせいかノロノロと準備をして部屋を出る。教室には向かっているけど足取りは重い。いつもより遅めに着いた教室では……。


「――ッ!」


「あいつ……」


「ああ……」


「あれが?」


 ヒソヒソと……、話し声が聞こえる。俺の方を見ながら……、明らかに俺の話だろう。その視線は嫌な視線だ。好意的な視線など一つもない。


 今すぐ逃げ出したい。ここから離れたい。何で俺がそんな目で見られなければならないのか。


「ああ!八坂伊織さん!おはようございます!昨日はありがとうございました!」


「ディエゴ……」


「昨日はお疲れ様でした。おかげさまで昨日で弓が装備出来るようになりました」


「ロビン……」


 俺が扉の前で立ち止まっていると廊下から、二組の方から声をかけてくる二人がいた。この二人も昨日戦闘終了直後は俺のことを化け物を見るように見ていた。何を調子の良いことを、と思わなくもない。でも俺はこの二人にそう声をかけてもらって救われた。すーっと気持ちが楽になったのがわかる。


「俺は何もしていない。二人が頑張ったからだろう。ロビンは今日から弓の特訓をするのか?」


「そのことで八坂伊織さんとも相談したかったので……、今日のお昼にまた集まれませんか?」


 そうか……。ロビンは致命的に体力とHPが足りない。ゲーム時は体力はHPとほぼ同じ意味だったけど、現実となったここでは戦闘中のスタミナという意味がある。体力がないと戦闘中にスタミナ切れで動けなくなる。これからの育成では弓だけ育てるのではなく体力も鍛えた方が良いだろう。


「わかった。それじゃまたお昼に集まろう。詳しい話はその時にするよ」


「はい。お願いします」


 ディエゴとロビンはそれだけ言うと去って行った。たぶん……、昨日俺をあんな目で見た償い、贖罪だったんじゃないだろうか。


 二人も昨日のことを少なからず気にしていたんだろう。だから……、俺に謝る代わりにああしてくれたんだ。ただ謝罪の言葉を言ってもますます相手を傷つけることもある。特に今がそうだ。


 『昨日は化け物を見るような目で見てすみませんでした』なんて言いに来ても止めを刺すだけだろう。それは謝罪になっていない。ますます相手を抉る行為だ。だから露骨に言葉にして謝罪せず、代わりに今までと変わらず接してくる。そうすることで自分達は俺を恐れていない、化け物のように思っていないと示してくれた。


 それだけで心が落ち着いた。誰か一人でも味方がいてくれると思えるだけでこれほど心が落ち着くなんて知らなかった。まだ教室のクラスメイト達の俺を見る目は変わっていないけど、ディエゴとロビンのお陰でそれほど気にせずに済む。


 そう思いたい奴は思えばいい。ただ一人でも二人でも俺にも味方がいるのだと、そう思えるだけでいい。


 周りもディエゴとロビンのせいで白けたのか、こちらを見てヒソヒソ言うことはなくなった。俺のことを受け入れてくれているわけじゃないだろうけど、こちらを見ながらあれこれ言われないだけでもストレスは下がった。


 今日は早めに飯を食って、ロビンにこれからは体力と武器を交互に鍛えるように言おう。そんなことを考えながらお昼休みを待っていたのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] あなたは殺しを楽しみ始めていますか? それは確かに恐ろしい考えです。 しかし、そのダンスは魅惑的でした。
[一言] 悟りだ( ˘ω˘ )
[一言] 飛び抜けた力を持つと大変だな
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