第五十六話「気付きました」
もう敵がかなり接近してきている。一発で一匹倒せるとしても敵がこれだけいたら焼け石に水だ。魔法を詠唱して放つまでの時間を考えたら、接近されるまでに倒せる数なんて知れてる。大勢が一斉に放てばそれなりに効果があるだろうけど、俺一人がいくら放っても大した効果はない。それでも使っておく方が良いけどな。
敵が何匹か減る程度の効果は期待していない。それよりも重要なのは魔法の習熟度を上げておくことだ。体力、MP、武器習熟度は特訓や瞑想でどうにかなる。でも魔法習熟度は実戦で使わないと上げる機会がない。今はまだ魔法が役に立たないとしても、習熟度を上げておけば将来役に立つようになるかもしれない。
範囲魔法がどの程度役に立つのか。それを確認しないことには魔法への判断を下すのは早計だ。少なくともゲームの『イケ学』では魔法はとても便利……、どころか最強クラスだった。
魔法を過信しすぎて魔法ばっかり育ててたら、魔法耐性が高い敵のマップで詰むんだけど、それ以外では魔法がなければ実質クリア不可能というほど重要なものだ。現実となったこの世界でもきっと魔法は役に立つ。むしろ後半になると必須になる可能性が高い。今のうちに出来るだけ鍛えておくべきだ。
まぁそれは出来る範囲での話であって無理に魔法オンリーに拘る必要はない。少なくともこんな集中が必要な魔法は敵に接近されたら使っている暇はないだろう。実際に使ってみて何故魔法職が後衛なのかよくわかった。敵に攻撃されない安全な後方からしか使えない。
「よし……。あとは剣で戦う。後ろは任せるぞ」
「はっ、はい」
インベーダー達が目の前まで迫っている。杖を仕舞って突きたてた木刀を抜くと後衛の皆に声をかける。今回はインスペクターの姿は見えない。それにインベーダーの数も前のような辺り一面を埋め尽くすほどじゃない。今回はまだ戦えそうだ……。
「来たな……。いくぞ!」
迫ってきているインベーダーの一番前にこちらから斬りかかる。先制攻撃を譲ってやる理由はない。こちらから接近して真っ二つに両断する。
インスペクターは一撃で縦に真っ二つにするには俺の力が足りなかった。でもインベーダーなら一撃で真っ二つだ。さらにインスペクターは輪切りにしても傘の部分を斬ってしまわないと中々倒せない。それに比べてインベーダーは特に弱点のような場所がない代わりに、一定のダメージを与えたら倒せる。
「うおぉっ!」
真っ二つに切り裂いたインベーダーを踏み越えて敵の中へと入り込む。周囲を囲まれているけど問題はない。木刀をグルリと横薙ぎに一閃すると数匹まとめて切り裂いた。折角乗ってきた勢いだ。ここで止める理由はない。さらに一歩踏み込んでもう一度横薙ぎに一閃する。
「はぁぁっ!」
ビリビリと……、手に重い感触が残っている。いくらインベーダーがそれほど強くないとは言っても、一纏めに何匹も切り裂き、吹き飛ばしていればその負担は自分の腕に返ってくる。でもどうにもならないほどのものじゃない。
「八坂伊織さん!」
「――っ!ああ、すぐ戻る」
後ろからのディエゴの声で俺はすぐに後方に下がった。一人突出しすぎだ。それに俺一人で敵を倒していたら意味がない。適当にダメージを与えてディエゴとロビンに回すんだ。今のうちに……、まだ敵が弱いうちに後衛を育てておかないとこの先絶対に詰む。それは俺の経験からはっきりわかる。
「少しずつそちらへ任せる」
「はっ、はい!」
チラリと後ろを見てみればいつの間にか皆俺の指示に従ってくれるようになっていた。俺一人が少し前で前衛を張る。いくらか敵を留めておきながらダメージを与えて死に掛けのインベーダーをちょくちょく後ろに流す。弱ったインベーダーを後ろの皆で倒してもらう。
あと俺は正面全てを引き受けているけど、さすがに側面や後方から迫る敵まで引き受けることは出来ない。そちらは五人で何とか対処してもらうしかないだろう。チラチラ後ろの状況を確認しているけど、今の所の敵の攻勢くらいなら耐えられるようだ。伊達にここまで生き残ってきたメンバーじゃないということだろう。
槍を鍛えるように言っておいたディエゴは中々の槍捌きをしている。後方から俺への槍の支援もしてくれているからかなりの腕前だ。もしかしたら元からある程度槍を鍛えていたのかもしれない。ロビンの方の剣も中々様になっている。HP以外は前衛向きとそうステータスが変わらないから十分戦力になっていた。
いい感じだ。これまでにないほど順調だと言える。今までこんなに順調に経験値を稼ぎながら安定して戦えたことがあるだろうか。
理由はいまいちわからない。健吾とマックスが揃っている方が絶対に安定するはずだ。確かに二人が揃った時はうまくいっていた。でもあの時は……、敵が多すぎたのか。それに比べて今回は敵の攻勢がそれほどでもない。こちらのメンバーもベストとは言い難いけどどうしても耐えられないほどではない。
「ディエゴ、こちらの援護をしてくれるのは助かるけど後衛も交代で休んでおけよ」
「でも休んでる暇がなくて……」
確かに……。前のような大攻勢でもないし、インスペクターのような強力な個体がいるわけでもない。でもずっと攻勢が止まない。ずーっと同じ調子で、ずーっと同じだけの敵に常に襲われる。
…………まさか、これが今回の敵の戦法か?
インベーダーが考えているのかどうかは知らないけど敵は毎回それなりの工夫をしてきている。最初の頃は単純な力押しだった。工夫も戦法もなくただひたすら正面から力押ししてくるだけで、体力や腕力は必要だけど相手をするのは難しくなかった。
単純な力押しじゃ無理だと思ったのか、その次は大攻勢、あり得ないほどの数を揃えての一斉攻撃を仕掛けてきた。これも大変ではあったけど当時のパーティーがよかったこともあり凌げた。正面から攻めてくるだけだったら実力さえそれなりにあれば凌ぐのは難しくない。
そしてここ最近になるとインスペクターという上位個体を投入してくるようになった。数で押し潰せないのなら数を絞って単体の性能を上げて攻めるという発想だろう。インスペクターはかなりの脅威だけど数がそれほどいないのが救いだ。むしろ小物でも大攻勢の方が大変であり強い個体を少数投入というのは失敗だった。
奴らは段々手の込んだことをしてきている。学習しているのか?それとも指示を出している奴がいるのか?インベーダーやインスペクターが考えているのか、その裏にいる奴がやらせているのかはわからない。ただ確実に、徐々に、戦闘に関して工夫してきている。今大まかにしか言わなかったけどもっと細かい工夫は他にもあるだろう。
じゃあ今回は?一気に大攻勢を仕掛けるんじゃなくて長く、長く一定の攻勢をかけ続けるつもりだったら?向こうは次々にインベーダーを投入するだけだ。それに比べてこちらは最初に出撃したメンバーしかいない。
人間には体力に限りがある。どんなに体力に自信があるものでも、二十四時間ずっと全力で動き続けろと言われてもそんなことは不可能だ。大攻勢で使ったのと同じだけのインベーダーを、もっと長時間、ゆっくり時間をかけて投入し続けたらこちらは休む暇もなくずっと戦い続けなければならない。
アイリスや王子達がクリア条件を達成してくれれば……。そうは思うけどそれがいつになるかわからない。ここ最近どんどん主人公達がクリアするのが遅くなっている。他人をあてにしていては駄目だ。そもそもアイリスは意図的にこちらが死ぬようにもっていっているかもしれない。
大体今回のクリア条件は何だ?もし……、一定時間経過とかなら早めに終わらせるということは不可能だ。
ゲーム時もいくら戦っても敵は無限湧きで『一定ターン数生き残れ』というようなクリア条件のマップも存在した。主人公達側がゲーム通りに進んでるのかわからないから確認のしようもないけど、今回のクリア条件がそういう類のものである可能性は否定出来ない。
「ディエゴ!ロビン!お前達も!聞いてくれ!これから俺達は体力を温存しつつじっくり戦おう。今までのように飛ばして戦うな」
「え?でも……、いい調子で戦えていますよ?」
俺の言葉に後衛達が反発しているのがわかる。確かに俺達はうまく戦えている。とても順調だと感じているだろう。もしかしたらこれまでこれほど順調だったことはないかもしれない。でもそれが敵の狙いだとしたら……。
「確かに今は良い調子で戦えている。でも今回の戦いは長引くかもしれない。後半にバテて動けなくなったらなぶり殺しにされるぞ。今調子が良いからと頑張りすぎたら体力が尽きてしまう。敵の攻勢が弱いからこそゆっくりじっくり戦えるように体力を温存するんだ」
「「「…………」」」
俺の言葉に皆は顔を見合わせている。どうしたものか悩んでいるんだろう。皆だって経験値は欲しいはずだ。この世界の者達は経験値という言葉は使わないけど、レベルが上がって強い武器が装備出来るようになるということは理解している。
今は非常に良い感じで戦えているんだ。今回の戦いで経験値を稼ぎ、レベルを上げて良い装備に持ち替える。そうしたい気持ちはよくわかる。でもここで調子に乗って体力を使い果たしたらあとは死を待つだけだ。交代も後退も出来ないこの世界の戦いにおいて体力の管理は何よりも重要になる。
「敵はある程度そちらに回す。後ろの皆は交代で休みつつそれを倒してくれたらいい。でも今回の戦いは長引くと思ってある程度体力は温存しておいてくれ。皆だって体力が尽きて動けない所をインベーダーになぶり殺しにされたくはないだろう?」
「…………わかりました」
本当にわかったのか渋々なのかは知らない。でも皆無理な戦闘は避けてなるべく体力を温存しつつ立ち回ってくれるようになった。これで長期戦になるというのが俺の杞憂ですぐに決着したりしたら怒られそうだけど……。その時は俺は素直に怒られよう。それでも無理するよりはこうしてじっくり戦う方が良い。
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「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ」
「く……、そ……」
「いつまで続くんだ……」
後衛の皆の呼吸音が聞こえてくる。やっぱり長い……。もう何時間戦っている?こんな変化に乏しいバトルフィールドで戦っているから時間の感覚がない。でも体力的に考えてもう相当長い時間戦っているはずだ。
辺り一面にはインベーダーの死体が山積みになっている。味方のパーティーもあちこち体力切れで押されているようだ。最初のうちは安定して押さえられていたから余計に今の崩れかかった前線が目立つ。
どうする?下がるか?
いや……、駄目だ……。俺達が下がったら前線が完全に崩壊してしまう。でも俺以外のパーティーメンバーはもう限界が近い。このまま前線に留まっていたらうちのパーティーが全滅することになる……。
「少しの間正面の敵は俺が全て受け持つ。後衛はその間に交代で休め!」
「八坂伊織さん……」
今まではいくらか後衛に敵を流していた。でもこれから少しの間は後ろに流さない。さすがに側面や後方から来る敵まで全て俺だけで押さえるのは無理だ。正面からの敵だけは俺が全て押さえる。あとは後衛にどうにかしてもらうしかない。
「はぁっ!」
また最初の時のように少しだけ前に出て敵をなぎ倒す。今までのようにチマチマ倒すんじゃなくて一振りで何匹も切り裂き吹き飛ばす。派手に暴れる俺に引き寄せられるように敵が徐々にこちらに集まってくる。やっぱりインベーダー自体はそれほど頭が良くない。もしくは判断する能力はそれほど高くないんだろう。
突出して目立つ者がいればそちらに引き寄せられやすい。もちろんイレギュラーな動きをする個体もいる。そういうものは後衛で対処してもらうしかない。ただこうして出来るだけ目立って敵をおびき寄せることしか出来ない。
「ふぅ~~~っ!」
もっと力を抜け……。力ずくで叩き斬るんじゃない。もっと力を抜いて……、自然に……、無理なく……。
「ふぅ~」
スッと……、木刀を振りぬく。今までのように力一杯振り回していないはずなのにインベーダーが豆腐のようにスパッと斬れる。木刀なのにこんなに斬れるとかおかしいけどそんなことを気にしている暇はない。
次の敵にまた木刀を当てる。思い切り振り回すんじゃない。ゆらゆらと、ひらひらと、まるで力が入っていないかのような柔らかい軌道。でもスパッと斬れる。
もっと力を抜け。力むな。体力を無駄遣いするな。自然に、流れるように、俺がここで敵を止めなければディエゴもロビンも死んでしまう。でも焦るな。落ち着いて……、ただ流れに身を委ねて……。
何だろうこの感覚は……。今まで戦ってきた時とはまるで違う。何かわかりそうな……、何かが感じられそうな……、でも結局わからない。でもわからなくても良い。ただ今はこの感覚に身を委ねて……。




