第五十五話「魔法を使ってみました」
もう前のインベーダー襲撃からどれほど経っているだろうか。本格的にやばいな……。俺まで日付の感覚がなくなってきている。
毎日仕事や学校に追われる生活をしていたら曜日や日付をよく意識して覚えているだろう。だけど、例えば突然無人島にでも流されて一人で過ごしていたら……。もちろん漂着から何日目、と毎日刻んで日を数える人もいるだろう。でもほとんどの場合、次第に曜日や日付がわからなくなってくるんじゃないだろうか。
俺も毎日毎日同じ生活の繰り返しでそうなりつつある。イケ学には土曜日も日曜日も祝日もない。そもそもカレンダーも曜日もないから日の流れということをまったく意識しない生活だ。毎日そんな生活を送っていたら段々曜日や日付がわからなくなってくる。
それで何か困るのかと言えば、少なくともここでの生活をする上では困ることはない。自分で言った通りイケ学は休みも何もないからだ。毎日同じ生活の繰り返しだから何も困らない。同じことを繰り返していればいい。
でもこれはやばい傾向な気がする。一種の洗脳とか、人を駄目にするとか、そういうことに使えそうな手法だ。俺も気をつけてなるべく考えてはいるんだけど、やっぱりどうしても日付の感覚が鈍くなってしまう。
まぁとりあえずそれは置いておくとして、そろそろ前回の襲撃から二週間以上は経つんじゃないだろうか。いつものパターンからすればもういつ来てもおかしくないような気がする。最近は段々襲撃のサイクルが長くなってる気もするけど、今までの襲撃パターンからするともういつ来てもおかしくない。
魔法応用は難しくてあまり進んでないし、スキルもスラッシュともう一つ、パリイしか覚えていない。魔法はアロー系しか覚えられないからどうしようもないし……。
ちなみにパリイというのは剣で敵の攻撃を受け流すスキルだ。ゲーム中ではパリイを使っていて敵の物理攻撃を受けたら一定確率で無効化するというものだった。無効化出来るのは物理攻撃のみだから魔法攻撃は普通に食らう。しかも確率だからパリイを使ったから絶対無効化とも限らない。
それでも敵がやたら強すぎるゲームの『イケ学』では敵の攻撃無効化というのはかなり使えるスキルだった。運が良ければパリイを使っている前衛の一人に攻撃が集中して、そのほとんどを無効化出来るという可能性もある。
パリイを使った奴が狙われないとか、使ってるのに全然無効化しないとか、もしかしてゲームの設定で裏で操作しているんじゃないかと疑いたくなるような確率のことも起こってたけど……、それでもやっぱりパリイで敵の物理攻撃を一定確率で無効化というのは強かった。
それに比べてこの現実となった世界でのパリイはスキルと言えるんだろうか?
俺が覚えさせられたパリイはただ剣で敵の攻撃を受け流す受けの型みたいなものだ。特別なスキルというよりは単純に剣の技術を磨いているだけという気もしなくはない。
でもそれは逆か……。実際にある技術や剣技を、あたかも特別な技であるかのようにしたのがゲームのスキルということだろう。
もともと剣術の中には相手の攻撃を受け流す技術というのはあるはずだ。それをゲーム的にわかりやすくそういうスキルとして取り上げて作り上げた。だから俺の感覚や考えの方こそが逆であり、普通に剣を習っている者からすれば、ゲームのスキルの方こそが実際にある剣技を参考に作り上げたものということだろう。
どちらにしろ俺はスキルを読んで覚え、ニコライに叩き込まれてパリイも身につけつつある。ただやっぱりというか何というか、パリイを使ったから絶対防げるというものでもない。わかっていても避けられない攻撃や、防御しようにも受け切れない攻撃というのはどうしてもある。
そういうものを少しでも減らし、可能な限り全てを受け流せるようにひたすら練習するしかない。実際パリイを覚えてからはニコライの打ち込みを受け流す練習を行なっている。何かようやく剣の練習らしくなってきた気がする。今までのはただひたすら体力を鍛えていたようなものだったからな……。
それにしても授業は退屈だ。これなら寮の自室でブレスレットの内容を読んでいる方がまだためになると思うけど……。
『インベーダーが現れました。全校生徒は戦闘準備に入ってください』
きた……。俺が余計なことを考えたせいか、ついに来た。まぁどちらにしろそろそろだろうとは思っていたけど、何か毎回毎回俺が余計なことを考えると敵が襲ってきている気がする。まさか俺が呼び寄せているなんてことは……。まさかな……。偶然だろう。
それよりも早く準備しなければならない。ディエゴとロビンと約束していた通りに落ち合う。今日が筋肉痛じゃなくてよかった。最近はパリイの練習もしてるから前ほどスラッシュの練習ばっかりじゃないし、体もそれほど限界一杯というほどではなくなったからな。
「八坂伊織さん!こっちです!」
「ディエゴ、ロビンは?」
扉の近くで少し待っているとディエゴが大きな声を出しながらやってきた。二人が三組の教室に来ることになっていたはずだけどロビンの姿が見えない。
「いますよ」
「ああ、いたのか」
でも居たらしい。ひょっこりと姿を現した。事前の約束通り三人揃ったから更衣室へ向かう。あまり立ち止まってたら周りの邪魔にもなる。それに早めに行かないとパーティー分けも変なパーティーにされる可能性があるからな。
更衣室でプロテクターを装着して……、俺は木刀の他に木の杖をこっそりと持った。ゲーム中で課金を使わずに手に入る普通の装備は自由に持ち出せる。ゲームの時は装備の持ち替えにゲーム内の通貨のような、ポイントのような物を払って買わなければならなかった。でもこちらでは学園生達は自由に武器を持ち出せる。
ただし皆一人一つの武器しか持たない。例えば剣の二刀流とか、剣と槍装備とかそういう者は一人もいない。理由は不明だ。実際俺が持っているように持とうと思えば持てる。それなのに誰もそれをしようとはしない。
杖まで装備出来るほどレベルが上がっている者はそうそういないと思うけど、弓装備可能くらいまでレベルが上がっている者はいると思う。それなのに誰も弓を持っていかない。
いくらでも装備を持っていっていいのなら、弓装備可能になったら弓と剣か槍を持っていったりしないだろうか?敵が近づく前は弓を使って、敵が近づいてきたら弓を捨てて剣か槍で戦えばいい。そういうことを考える者が普通は一人や二人はいると思わないか?それなのにここでは誰一人そんなことをする者はいない。
俺が知らないこの世界の常識として武器を二つ持つことは許されない、とか、何か決まりや制限やルールがあるんだろうか。
実際に持つこと自体は可能だ。今まさに俺も杖と木刀を装備している。ただ持ってるだけじゃなくて確実に装備済みの状態だ。だから制限で出来ないということはない……、はずだ。俺が地球人だから出来るとかならわからないけど……。
誰も武器を二つ持たない。だから俺もバレないようにこっそりと剣と杖を持って行く。実はもう一つ、ディオに渡された『反逆の杖』も筒に入れて袋に入れて提げているけど、『反逆の杖』の装備可能レベルまで達していないからあれは装備はしていない。ただ持っているだけの状態だ。
俺は今回戦闘で魔法を使おうと思っている。剣を持っているのに魔法を使ったら剣と杖の二本持ちだとバレるけど気にしていられない。まずは実戦で魔法を使ってみないことには使い勝手も実戦での注意点や問題点もわからないからな。
安全確実にいくなら戦闘開始前に杖装備にして敵に魔法を打ち込み、敵が接近してくるまでに剣に持ち替えて後は剣で戦うのが確実だろう。ただそうなると俺が剣と杖の二本持ちだと大勢の者に認識されてしまう。混戦になってから魔法を使えば、精々パーティーメンバーくらいにしか見られる可能性はないと思う。
ただし混戦状態で魔法を使おうと思ったらフレンドリーファイアになる可能性が高い。それに敵に接近されて混戦になっている最中に魔法を使えるのかという疑問がある。
見られる危険を冒しても安全に魔法の試し打ちをするか。見つかり難い代わりに戦闘中に危険を冒して魔法を試し打ちするか……。
やっぱり開幕前だな……。敵に接近された状態で混戦の最中に魔法を使うのはリスクが高過ぎる。多少人に見られてでも開幕前にぶち込む。それが安全で確実な手段だ。
「どうしたんですか?八坂伊織さん」
「ああ、いや、なんでもない。並びに行こう」
俺がいつまでも準備を終えないからディエゴが呼びに来たようだ。人に見られてでも命の安全の方を重視する。そう決めた俺はディエゴと一緒に更衣室を出た。先に待っていたロビンと合流して三人で出撃場へと向かう。
「すみません。俺達三人パーティーです」
「…………そうか。こっちへ並べ」
兵士にパーティーだと申告するとジロジロと見られた。たぶん……、このパーティーがかなりやばそうなパーティーに見えたからだろう。
俺達は三人とも小柄で華奢な体つきをしている。前衛は一人もいないように見えるだろう。こんな三人が固まっていてもすぐ死ぬとしか思えない。普通ならディエゴやロビンのような後衛タイプは、後衛ばかりで固まらないで前衛のいるパーティーに入りたがるものだろう。それなのに俺達はそのセオリーの逆をしている。
兵士から見たら俺達は自殺志願者かただの馬鹿に見えたことだろう。俺だって何も知らなければそう思うに違いない。ディエゴやロビンが生き残るには、誰か強力な前衛のいるパーティーに紛れ込めることを期待するしかない。その可能性を減らすようなこんなパーティーを組んでいるなんて馬鹿にしか見えないだろう。
だけど生憎ともう二組、三組にまともな前衛は残っていない。ここまで生き残っているんだから顔なし名前なしモブ達もそこそこレベルは上がってるんだろう。でも健吾やマックスほど頼りになる前衛はいないと断言出来る。
だったらランダムで誰かとパーティーを組んでも、俺達が固まっていても違いはない。そして俺はこの二人が将来とても頼りになる後衛だと知っている。今のうちに二人に強くなってもらわないと大変なことになるだろう。
前衛が俺しかいないとしても……、何とかして二人を守りつつレベルを上げさせて後衛を育てるんだ。これから先、生き残っていくためにはそれしかない。
「いけ!いけ!いけ!」
兵士達に追い立てられて出撃場からバトルフィールドへと飛び出す。俺達のパーティーは他の三人もやっぱりいつもの顔なしモブと同じ学園生達だった。どれほど戦えるかわからないけどあまり負担を負わせない方が良いだろう。
「俺が一人で前に出る。皆は五人で固まって側面や後方からの敵に注意してくれ」
「何でお前が仕切ってんだよ」
「一番弱そうなくせに」
う~ん……。やっぱり健吾やマックスみたいにガタイが良くて強そうな奴じゃないと、言う事を聞いてくれそうにないな。どう考えても俺はリーダータイプじゃないよな。『イケ学』の知識がある俺が一番指揮に向いていると思うけど……。
まぁわけのわからないポッと出の奴に命令されて命を懸けろなんて言っても、誰も言う事を聞くはずはないか。
「俺に指示される謂れはないと思うのは理解出来るけど、バラバラに戦ってたらすぐに死ぬだけだぞ」
一応そう忠告しておいてやったけど従うかどうかはこいつら次第だ。もう無理にとやかく言うとか、力づくで従えるとかそういうことをしている場合じゃない。敵が動いてくる前にまずは先制の一撃だ。
「………………ファイヤーアロー!」
木刀を地面に突き刺して木の杖を持つと集中して魔力を練り詠唱する。イケ学の世界にきて初めて放つ魔法だ。これでどうなるか……。
「え?」
「八坂伊織さん……」
ディエゴやロビンの声が聞こえるけど気にしている暇はない。俺が放ったファイヤーアローはまだ遠くにいたインベーダーに当たった。
「ピギーッ!」
「う~ん……?」
ファイヤーアローに貫かれたインベーダーはドサリと倒れた。タコかクラゲの傘の部分を貫いたけど別にあそこは奴らの弱点ではなかったはずだけど……。
ゲームの時はファイヤーアロー一発でインベーダーを倒すのはかなり難しい。後半になってきてこちらが強くなってくれば倒せなくはない。知力や魔法の習熟度が上がれば威力も上がる。でも初期は本当にただの単体弱属性魔法だから威力は弱いはずだ。今一撃で倒せたのはたまたまか?
「敵が接近してくるまで放つ。少し離れて俺の周囲を警戒しておいてくれ」
「あっ、ああ」
「わかった……」
最初はあまり協力的じゃないと思った顔なしモブ達も協力してくれるようだ。
「…………ファイヤーアロー!…………ファイヤーアロー!…………ファイヤーアロー!」
敵が接近してくるまでに少しでも倒しておく。やっぱりこれは乱戦の最中には使えない。今ゆっくり集中しているから使えるだけだ。乱戦どころかちょっと動きながらでも集中が乱れて難しい。魔法は思ったよりも使えない。これは敵が接近してくるまでの先制攻撃専用かな……。




