第五十三話「手紙が届きました」
舞に渡された手紙を受け取って懐に仕舞う……。
「読んで!」
「え?」
俺が懐に手紙を仕舞っていると舞が俺の腕を掴んでそんなことを言ってきた。読んでって手紙を今ここで読めってことか?
「返事を受け取ってくるように言われてるの!今すぐ読んで返事を書いて!」
「あっ……、あぁ……、そうなのか?」
部屋に帰ってからゆっくり読もうかと思ったけどどうやらすぐに読んで返事を書かなければならないらしい。確かにアンジェリーヌや舞と会える機会は限られている。急用や急いで返事が欲しい時はその場ですぐに交換しないと、次はいつになるかわからないということだろう。
舞がいる前でアンジェリーヌからの手紙を読むのは何か気が引けるんだけど……。舞も滅茶苦茶睨んできてるし……。
とは言っても返事を書かなければならないというのだからこのまま放っておくわけにもいかない。一度仕舞いかけた手紙を出して封を切る。女の子らしい可愛らしい文字で手紙が書かれていた。授業でもそうだけど書かれている文字は何故か普通に読める。その癖が女性っぽいとかまでわかるくらいに……。
それはともかく内容を確認しよう。え~っと……。
『拝啓、八坂伊織様 近頃暑くなってまいりましたがいかがお過ごしでしょうか?お体にお変わりはありませんか?こちらも徐々に暑くなり始め……』
「って、長いわ!」
何だこれ?ずーっと、ずーーーーっと挨拶みたいな文が書いてあるぞ?何が言いたいのかさっぱりわからない。しかも最近暑くとか書いてるけど全然そんなことがない。実はここに来てから四ヶ月以上経ってると思うけど季節の移り変わりというものがまったく感じられない。
いや、もしかしたら学園の外に出たら……、も、ないな……。そうだよ。俺達はパレードで町に出てるけど町も暑い寒いはない。ここが元ゲームの世界だからか、一年中季節が変化しない気候なのか知らないけど、今まで一度も季節の変化を感じた覚えがない。
ゲームの時はリアルの季節に合わせて季節物のイベントがよく催されていた。夏なら水着イベント!とか……。そう……、乙女ゲーで男達を攻略するのに水着イベント……。もうわかるよな?水着になるのは男キャラ達だよ!何もうれしくねぇ!しかも課金ガチャで買わせる鬼仕様!誰が買うか!と言いたいけど水着キャラ結構強くて使えたよ!それが余計に腹が立つ!
他にもありました。そう、ハロウィンイベント。可愛いお化けの仮装。でかい男達がお化けの仮装をな!トリックオアトリートってやかましいわ!
クリスマス、年始着物、バレンタイン、ホワイトデー、色々イベントがありました。全部男達がやってるけどな!余計テンション下がるわ!
まぁ俺が男だったからで女性プレイヤーは大喜びだったのかもしれないけど……。ともかくゲーム時にも季節物のイベントは盛りだくさんだった。そりゃ運営は稼ぎ時だから何でもイベントを取り込むのは当然のことだ。
でも俺がこの世界に来てから明確な季節というものを感じていない。仮に、夏服に着替える、というイベントがあったとしてもそれは暑くて夏服でないといられないからじゃない。そういうイベントだから、というだけのことだ。
だからこのアンジェリーヌの手紙には違和感しかない。いつどこが暑いって?と突っ込みを入れたくなる。しかも長い。どこまで挨拶なのか……。普通そういうのは最初の一言、二言で十分だろう。これは明らかに常軌を逸した長文になっている。
全部まともに読んでいたら疲れるから関係なさそうな所はさらっと流し読みして……、流し読みして……、流し読みして……。三枚も便箋を流し読みしてしまった……。何これ怖い……。もしかして呪いの手紙なんじゃ?
「伊織君……」
「何ですか舞さん?」
俺がずーっと続く挨拶の言葉を流し読みしていると舞もそれを覗き込みながら何か言いたそうにこちらを見ていた。
「アンジェリーヌ様に何かしたんじゃ?」
「どういう意味……」
「だってこれってどう考えても嫌がら……」
「あ~!あ~!聞こえなーい!」
やっぱり舞も嫌がらせの類だと思ったのか。この世界の標準的手紙の書き方というわけじゃないんだな。そりゃこんな手紙をいっぱい出してたらパトリックもアンジェリーヌのこと嫌になるか……。一通貰っただけの俺でもゲンナリしてるしな……。
ともかく読み進めていくとようやく本文らしきものが出て来た。そこを重点的に読む。
『以前受けたお顔の傷はその後いかがでしょうか?もしまだ痛むようでしたら当家においても最高の治療を……』
あっ、何かまだだったみたいだ……。いや、たぶんこれは内容として関係してるんだろうけどまだ長い。ざっと読んで要約した方が良いだろう。ということでこの長い手紙を俺が読んでまとめる。
大体ざっと言うと、前回のアンジェリーヌを庇って俺が殴られた傷はどうか?痛むようなら治療をするから言って欲しい。また治療が必要なくとも補償をするから必要なものを言って欲しい。今度直接謝罪をしたいので会える段取りをつけたい。
大雑把に言えばこんな感じだ。あとは前文にやたら長い挨拶と、本文中に何度も出てくる謝罪と、後文でまた長い挨拶や何や……。
たったこれだけの内容を書くために合計七枚もの便箋にびっしりと文字が書かれている。何これ怖い……。本当に呪いの手紙じゃないだろうな?
それともどこかに暗号が隠されているのか?縦読み……、はないな。二文字目縦読み、末尾縦読み、斜め読み、色々考えてみるけど何か暗号が隠されているようには見えない。というか俺には発見出来なかった。
「なぁ舞……、これってどこかに暗号とか隠されてるのか?」
もう俺一人じゃお手上げだから舞に聞いてみる。だけど舞も困った顔で首を振っているだけだった。
「ううん……。ないと思う……。多分……、アンジェリーヌ様にとってはこれが普通の手紙なんだと思う……」
マジかよ……。これどう考えても便箋一枚で足りる内容だろ……。それが七枚っておい……。
「まぁいいか……。つまり謝罪を受け入れて、必要なものやしてもらう措置は何もないと断って、今度アンジェリーヌが王子達の慰安訪問に来た時に会える段取りをつけておけばいいんだな?」
「そう……、かな……?」
舞も自信なさげに首を傾げているけどそういうことだろう。アンジェリーヌは高位貴族として自分のせいで俺が殴られたみたいになったから、それについてきちんと対応しましたよと示したいということだろう。だから謝罪を受け入れて補償は何も必要ないと断り、最後に次回に会って直接謝罪を受ければ全て終了となる。
「多分アンジェリーヌ様は体を要求しても差し出してくれるよ?こんなチャンスもう二度とないかもしれないよ?」
「いやいや!舞さん?貴女俺のこと何だと思ってるんです!?」
何で俺が庇って殴られたことをネタにアンジェリーヌの体を要求せにゃならんのだ。俺はどんな奴だと思われてんだよ……。
「でもアンジェリーヌ様のこと好きなんでしょ?」
「はっ!?」
何それ?何でそんなことになってんの?
「だって……、アンジェリーヌ様の危機に……、あれだけ身を隠していたのに飛び出してきて……、代わりに殴られて……」
「ばっ!ちがっ!」
舞は何を勘違いしてるんだ。確かに俺はゲームの時も割とアンジェリーヌのことは好きだったけど今はそういう感情じゃない。というかゲームの時だって好きなキャラクターであって、好きな人という意味じゃない。俺はゲームのキャラクターに恋するような者じゃないぞ。
「俺が好きなのは舞だから!確かにあの時は俺の軽率な行動のせいで俺や舞を危険に晒してしまった。だけどあれは女の子が殴られそうだと思ったら咄嗟に出てしまっただけで、俺が本当に好きなのは舞だけだから!」
「伊織君……。ううん、伊織ちゃん……」
舞がポーッと熱に浮かされたような顔で俺を見詰めている。俺も視線を逸らさずじっと受け止めた。ここで視線を逸らしたりしたら駄目だ。
っていうか俺今勢いで舞に告白しちゃったりしちゃったりしちゃったりしてませんかね?
ままま待て。おおお落ち着け。まだ慌てる時間じゃない……。まずは深呼吸するんだ……。吸って~、吐いて~……。吸って~、吐いて~……。よし!大丈夫!
「ちょっ、ちょっと舞さん?何をしてらっしゃるの?」
「…………」
舞は……、じっと目を瞑って顔をこちらに向けていた。それはつまりあれですか?キキキ、キッスというやつでは?あの?俺……、どうしたら?
「………………」
じっと……、まだ舞が待ってる……。ここは……、男としていかねばならんのですか?いかねばならん時ですか?ですよね?覚悟を決めちゃいますよ?いいんですね?
「舞……」
「……………………」
舞の両肩に手を置いて……、そっと体を近づけていく。もうすぐ二人の顔が接近して……、呼吸まで感じるほどに近く……。
「でさー、昨日の……」
「あ~、あれなぁ!」
「――ッ!」
「ひぅっ!」
俺達の唇が触れ合いそうになったまさにその時、廊下から話し声が聞こえて俺達は慌てて離れた。っていうか扉は閉めてるから別に離れる必要はなかったはずだけど……、つい驚いて離れてしまった。今でも心臓がバクバクいっている。舞の方を見てみれば舞も真っ赤な顔をして胸を押さえていた。
「あ~……、えーっと……」
「てっ……」
何と言ったらいいのかわからず舞の方を直視出来ないまま言いよどんでいると舞がてっと言った。自分の手を見てみる。何もない。一体なんだ?
「手紙!早く返事書いて!もう遅いから!」
「あっ、ああ……」
そっか……。手紙か……。そう言えば最初からそのために来たんだったな。すっかり忘れてた。
舞はこっちを真っ直ぐ見れないのか真っ赤にしたままの顔を明後日の方向に向けたまま手だけ俺の方に差し出している。仕方がないので適当に空いている席に座って手紙を書き始める。
便箋は舞が渡してくれた。返事を書こうにも紙がないって言ったら出してくれたんだ。どうやらアンジェリーヌが用意していたものらしい。ちょっと良い匂いがする可愛らしい便箋だ。
適当に謝罪を受け入れたからもう気にする必要はない旨や、治療や補償は必要ないこと、あと次の慰安訪問の時に会えるようにすることを書いておいた。ただ慰安訪問で会えるかは難しい所だ。
アンジェリーヌがいつどこへ慰安訪問に来るか俺にはわからない。だから毎日ずっと待っているというわけにもいかない。またアンジェリーヌの方からしても俺がいつもどこにいるかわからないのに探しようもないだろう。
例えば俺が毎日絶対図書館にいるというのならまだ会いやすいけど、毎日あちこちに移動している俺を捕まえるのは難しいだろう。絶対交互とも限らないから急に図書館と体育館に行く日が逆になる可能性もある。先にいつどちらにいると伝えるのは無理だ。
まぁこちらとしてはこんなもの謝罪を受け入れるということを示すために言ってるだけで、実際会えなくてもどうってことはないだろう。向こうだって俺に直接謝罪したという形にしたいだけでそこまで本気でもあるまい。
「はい。これでいいかな?」
「伊織君は直接会うのはどっちでもいいと思ってそうだけど……、こんなこと書いたらアンジェリーヌ様は会うまでイケシェリア学園内を探し回ると思うよ?」
「マジか……」
どうやら俺が考えているよりアンジェリーヌは面倒臭い性格をしているらしい。そういやパトリックへの付き纏いやら何やら面倒臭い性格だよな。今日の手紙も怖いくらいだったし……。
「まぁなるようになるさ……」
「……やっぱり伊織君、アンジェリーヌ様のこと好きなんじゃ……」
うっ……。また舞に疑惑の眼差しを向けられている。まぁ好きか嫌いかで言えば好きだよ?わざわざ嫌いである理由はないし……。でも俺は女性としては舞のことが好きだから、って言うとまた変な雰囲気になるからそこまでは言わずに宥めておいた。
舞もそれ以上追及しても意味はないと思ったのか手紙を受け取って帰っていった。あまり何度もイケ学に入ってきてたらアイリスやその手の者に目をつけられそうだけど……。
まぁわからないことを考えたり不必要に不安になっても仕方がない。そう思って図書館に向かった俺は案の定遅いとディオに怒られて、今日は瞑想の方も無理やりずっと中に座って瞑想をさせられながら、色々物を投げられるという新しいスタイルを試されたのだった。




