第五十二話「会議をしました」
世の中そんなに甘くはなかった……。滅茶苦茶筋肉痛だ……。全身満遍なく筋肉痛で少し動かそうとどこかに力を入れるだけで痛い。しかもその痛みでビクンッ!と体が反応してしまって他の箇所まで痛くなる。またその痛みでビクンッ!と反応してしまって無限に繰り返しだ。
何とか筋肉痛の体を引き摺って授業に向かう。ゲーム中で何故スキルの使用回数に限りがあるかわかった。スキルは恐らく限界を超えた力を引き出す技術だ。それはそうだろう?通常の威力の1.2倍の威力を引き出すなんて難しく考えなくても絶対に体に無理をさせているのがわかる。
ゲームでは使用回数という制限がかかってるけど、現実ではそれは体への負担の大きさから何回くらいなら使えるか、耐えられるか、という目安だということだろう。俺は昨日そんな限界なんてお構いなしに放課後中ずっと振り回していた。そりゃ反動で体への負担が大変なことになるのも当然だ。
何とか教室まで辿り着いた俺は今日はまともに動けないなと思いながら授業を聞いていたのだった。
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お昼休み……。今日はディエゴとロビンに集まってもらうように言っておいた。俺は出来るだけ急いで食堂に向かって、早く食べて、待ち合わせの空き教室に向かった……、つもりだ。だけど俺は圧倒的に到着が遅く、二人を随分待たせてしまったようだった。
「悪い……。待たせたか?」
「ええ、待ちましたけど問題ないですよ」
うっ……、はっきり待たされたと言われてしまった……。俺は日本人だからこうはっきりこちらが悪いと言われたら恐縮してしまう。まぁ縮こまっていても話は進まないから時間も押していることだし早速本題に入ろう。
「ディエゴとロビンは修行をしているか?ディエゴは魔法の勉強と槍を鍛えているはずだよな?ロビンはどうだ?何かしているのか?」
「僕は八坂伊織さんに言われて以来ずっと槍の練習と魔法の勉強をしていますよ」
ディエゴの答えに頷く。確かに前の戦闘でもそれなりに様になっていたしそこそこは鍛えているんだろう。ディエゴは時間さえかければ杖装備可能レベルまで上がると思う。問題はどれくらい時間がかかるかだ。俺としてはもう次かその次くらいには杖装備可能レベルまで上がって欲しい所だけど……。
「僕は何も……」
「ああ……、そんなに気にすることはないぞ。これからやっていけばいい」
ロビンは今まで何も鍛えていなかったようだ。どうやって戦闘で生き延びてきたのかもよくわからないし、その実力のほどがどの程度なのか想像もつかない。今まで鍛えていなかったことを気にするよりもこれからきちんと鍛えてくれればそれでいい。
「ロビンは今まで戦闘の時にどうしてたんだ?」
「えっと……、ただ闇雲に剣を振り回していただけです……」
う~ん……。どうやら剣装備でやってきたようだな。もう槍は装備出来るだろうけど……。いや、待てよ……。それもちゃんと確認しておいた方が良いな。何かの齟齬があってはいけない。
「槍は装備出来るのか?」
「え?ええ、槍は装備出来ます。でも槍は使ったこともありませんし……」
俺が槍に持ち替えろと言うとでも思ったのか声のトーンが下がった。でも今更槍に変えろとは言わない。ディエゴは本来の得意武器である杖装備になるまでまだレベルが結構ある。だから後衛からも攻撃しやすい槍を勧めた。だけどロビンは今から槍に変えてもどちらも中途半端になる。
もう少しで弓装備可能になって弓に持ち変えることになるだろう。それなのに今更また一から槍をやり直しさせるよりも、もうここまできたら弓装備可能になるまで剣一本でやらせた方が手っ取り早いだろう。
「よし……。わかった……。それじゃディエゴは杖が装備出来るようになるまでそのままトレーニングを続けてくれ。ロビンは弓装備可能になるまで体力を鍛えてくれ。武器はいい。とにかく体力を鍛えてくれ」
「わかりました」
ディエゴは変更なしだから素直に答えた。問題はロビンだ。
「え?あの……?」
まだよく事態が理解出来ないという感じだろうか。どうせロビンはもうちょっとしたら得意武器である弓装備に変更になる。今更槍を鍛えるくらいなら剣を貫き通した方が良いだろう。それより問題はロビンの体力のなさだ。
ゲームの設定上ロビンを後衛物理、つまり弓装備向けにするために運営と開発はかなり無茶な設定をした。それがロビンの圧倒的な体力、HPの低さだ。
ゲームの『イケ学』は長時間戦ったからって体力がなくなって動けなくなるなんてことはない。ゲームの時の体力の重要な意味はHPの高さだ。HPが0になったら戦闘不能になってしまう。そして戦闘不能から復活させるには課金アイテムが必要になる。出来るなら戦闘不能にさせない方が良い。
ロビンはそのHPが低すぎるからステータス上は普通に前衛物理職向けのステータスだったとしてもHPの低さで前衛の壁役は無理だった。それは運営や開発の意図通りなんだろうけどプレイヤーにとってはそんなロビンは尖りすぎていて使いにくい。
だからロビンを使えるようにするにはHPを増やすことだ。確かに後衛だろうと物理職なんだから力を上げて攻撃力を上げたいというのはわかる。だけどいくら後衛にしても後衛を先に狙ってくる敵や敵の全体攻撃も来るからある程度はHPがないと後衛でも使えない。だから暇があればロビンのHPを上げとく必要がある。
全体攻撃一発で死ぬようじゃ到底戦闘には出せないからな。だから全体攻撃くらいは耐えられる程度に鍛えておかないと使えないというわけだ。
「ロビンは弓が装備出来るようになるまで体力を上げておいてくれ」
「…………わかりました」
もう一度言うとロビンは一応頷いてくれた。ただ納得はしていないというところだろうか。言われたから渋々という所かな……。
まぁいい。渋々でも嫌々でもやってくれるならいいし、やらなければロビンが死ぬことになるだけだ。俺としてはロビンには強くなってもらって戦力になって欲しい所だけど、俺が無理やりやらせるというわけにもいかない。本人が納得せずやらないというのならどうしようもない話だ。
その後は次の戦闘の時にどうやって集まるかや、戦闘時の配置などについて色々と話し合った。更衣室に行く前に教室で一度集まること。戦闘は俺が前衛、二人は後衛などだ。
あと前回俺が止めを刺さずにディエゴに敵を回したことでディエゴにはそれなりに経験値が入ったらしい。なので次も余裕がある間は俺は敵の止めを刺さずにディエゴとロビンに回すということになった。どうやら倒すまでにダメージを与えた全員に経験値が入るようだから俺も二人も同時にレベルを上げることが出来る。
ただし経験値が入るといってもどういう形でかはわからない。一匹倒したら貰える経験値を俺達三人が分けたら全員が一人で一匹倒した時と同じだけ経験値が貰えるのか、一匹分の経験値を三等分されてもらえるのか、やっぱりダメージを与えた比重や止めを刺したとか何かの条件に影響されるのか。
ゲームと違って検証のしようもないからはっきりしたことはわからない。そもそもゲームの『イケ学』なら一発も攻撃してなくても戦闘に参加した全員が同じだけ経験値を貰えていた。その辺りの違いについてもよくわからない。
「よし……。打ち合わせはこんなもんだな?」
「そうですね」
「はい」
色々とパーティーや今後の戦闘について打ち合わせを終えた俺達は教室に戻ることにした。ちょっと早めに切り上げて教室に戻ろうとしたんだけど、結局俺は筋肉痛で素早く動くことが出来ず授業に若干遅れて教室へと戻ったのだった。
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今日は本当に体がきつい……。こんなきつい筋肉痛はいつぶりだろう……。まぁちょいちょいなってる気もするな……。ニコライの特訓は本当に厳しい。徐々に俺の体も出来てきてるはずなのにそれでもこうなるのは相当だろう。最初からこんな特訓させられてたらとっくに体がぶっ壊れてただろうな。
そんなことを考えながら今日は図書館へと向かう。元々図書館の日だけど明日も体の調子がこんな感じだったら特訓の方は無理かもしれない。とかいいつつこの若い体は二日もすれば大体治ってるんだよなぁ……。またあの地獄の特訓かと思うとゲンナリする。
今日は歩くのも辛いからボチボチ図書館へと向かっていた俺は……。
「――ッ!」
「んんっ!」
突然横から出て来た者に空き教室に引き摺り込まれた。いつもの俺なら抵抗出来ただろうけど今日は筋肉痛が酷すぎて力が入らない。口も押さえられているから声を上げることも出来なかった。
「んんっ!」
「しっ!」
「……ん?」
俺を空き教室に引き摺り込んで口を押さえている人物の声が聞こえて俺は抵抗をやめた。最初は何事かと思ってパニックになって暴れそうだったけどその必要はない。何故ならば……。
「静かに……」
「ん」
囁かれた言葉に頷く。それを確認して相手も俺の口を離してくれた。声でわかっていたその相手に振り返りながら問いかける。
「どうして君がこんな所にいるんだ?舞?」
俺を空き教室に引き摺り込んだ相手……。それは舞だ。最初はパニックになってたけど声を聞いたらすぐに舞だとわかった。相手が舞だとわかったからそれはいい。でもそうじゃなくて問題は何故舞がこんな所にいるのか。そしてどうしてこんなことをしたのか。それがまったくわからない。
「ちょっとは怖かったですか?私だって前に同じことをされた時は怖かったんですよ!」
「ああ、うん……。ごめんなさい……」
確かに俺も舞をこうやって空き教室に引き摺り込んだ。それがどういう気持ちだったかようやくわかったというものだ。はっきりいって物凄く怖かった。口を押さえられてなかったら女の子みたいに悲鳴を上げていたことだろう。
でも舞は運が良かったというかタイミングがよかったというか……。もし俺が今日こんな筋肉痛じゃなかったら俺は多分舞だと確認する前に反撃していた。今日は体が言う事をきかないから一方的にやられたけど通常時だったら舞を殴っていたかもしれない。それを思うとゾッとする。こういう悪戯はやめよう……。
「もうお互いこういうことはやめよう……。下手に抵抗して怪我でもさせたら大変だ……」
「これでも私は強いんです。伊織君に負けませんよ」
あぁ……、力こぶを作ってみせる舞。可愛い……。ぎゅってしたい。
「ぁ……」
「舞……」
だからぎゅってする。俺に抱き締められた舞は大人しくその身を預けてくれる。ちっちゃい。細い。良い匂いがする。まぁ俺と身長はそう変わらないけど……、やっぱり女の子は全体的に華奢だな。強く抱き締めたらそれだけで折れてしまいそうだ。
でも舞を侮ってはいけない。本人が言った通り確かに舞は強いと思う。パトリック王子のへなちょこパンチよりも舞の攻撃の方がよく効いた。もしかしたら本当にパトリックより強いかもしれない。
「どうしてこんな所にいるんだ?」
散々舞の柔らかさと匂いを堪能した俺は少しだけ体を離して目を見ながら問いかけた。いつもなら戦闘と戦闘の間に一種類のイベントは一回しか発生しない。アンジェリーヌが慰安訪問してくるのは戦闘の後に一回だけだ。それは前回に済ませたから次の戦闘までアンジェリーヌは来ないはずだけど……。
「伊織君がアンジェリーヌ様とイチャイチャしてたから……」
「……え?」
何かプルプルしてる舞がそんなことを言い出した。意味がわからない。俺とアンジェリーヌが何だって?
「前の時に伊織君がアンジェリーヌ様とイチャイチャしてたから私もぎゅってしてもらいに来たの!」
こっちを見詰めながらそう言った舞は顔が真っ赤になっていた。瓶底眼鏡と下ろした前髪で顔を隠してるけどこれだけ間近で見ればそれくらいはすぐにわかる。
「え~っと……、そのためだけにこんな無茶を?」
確かに可愛いしうれしいけどちょっと待って欲しい。イケ学に侵入……、まぁ正規の手続きで入るなら侵入ではないけど、入ってくるだけでも危険だ。ここにはアイリスやその息のかかった怪しい奴らがいる。そんな場所に舞がノコノコくるべきじゃない。
いや、うれしいけどね?そんな危険を冒してでも会いに来てくれたらうれしい。でも舞の身の安全の方が大切だ。
「大丈夫。今日はアンジェリーヌ様からのお使いで来てるからちゃんと普通に入ってきたよ」
「ああ、そうなのか?」
アンジェリーヌが高位貴族だからか知らないけど、アンジェリーヌ関連だと何故かイケ学に入ることが出来る。実際本人も戦闘が終わるたびに王子を慰安訪問と称してやってきているからな。そのアンジェリーヌの使いだというのなら正規の手段で堂々と入れるんだろう。それはわかったけど……。
「それにしても……、じゃあアンジェリーヌのお使いって?」
「むっ……」
俺がそう問いかけると舞は怒った顔をしていた。そして一度俺から離れて懐から一枚の手紙を差し出してきた。
「アンジェリーヌ様からのお手紙……」
「あぁ……。これを届けてくれたのか……」
何かアンジェリーヌの話になると舞は不機嫌になるなぁ……。それにしてもアンジェリーヌからの手紙って一体何事だろうか……。




