第五十話「ロビンが加わりました」
王子達に殴られてから数日が経過しているけど今の所何もない。もっと呼び出しを受けたりするのかと思っていたけどあの王子達の様子からするともう俺のことなんて忘れているのかもしれない。王子達は……、な……。
でも恐らくアイリスは俺のことを覚えただろう。俺がパトリックに殴られている間中アイリスはじっと、じーっと俺を見ていた……。思い出しても背筋が凍る……。
顔の形だけはまるで笑っているかのような『形をしている』。でも笑ってなんていない。あれは……、そもそも感情の欠片すら感じられない……。まるで無機質な昆虫にでも見られているかのような……、そんな気持ち悪い視線だ……。
アイリスに覚えられたのはまずい……。今後何をされるかわからない。今はまだ何も接触してきていないけど警戒を忘れないようにしなければ……。
それはともかく初級魔法の習得が終わった。魔法基礎を読むことに比べたら随分あっさり終わったと思う。というよりは日頃から魔法基礎で勉強していたお陰ですんなり覚えられたというわけだ。今まではひたすら基礎理論ばかり詰め込んでいたけど、その具体的な使い方を覚えようとなった時に基礎が出来ているかどうかで難易度が変わってくる。
ゲームの時は何故魔法基礎を読んだら知力が上がって、魔法を覚える時に成功率が変わるのかと思っていたけど実際に自分で体験してみればその意味がよくわかった。開発側はそこまで考えていたわけじゃないだろうけどよく出来たシステムだ。
しかも俺は初級魔法のアロー系を全て一度に覚えることに成功した。魔法には系統としてファイヤー系、ウォーター系、ウィンド系、アース系というのが存在する。簡単に言えば火、水、風、土属性の魔法というわけだ。ベタだけどそもそもベタもベタの乙女ゲーの戦闘要素なんだからこんなもんだ。
さらに魔法には初級のアローから始まり、ランス、ボールと発展していく。もうこれだけでゲームに慣れた者はだいたいわかるだろうけど、ファイヤーアロー、ファイヤーランス、ファイヤーボールと発展していくわけだ。それは他の属性も同じとなる。
アローは単体への属性弱攻撃、ランスは単体への属性強攻撃、ボールは範囲への属性弱攻撃、というようなイメージになる。ただ腑に落ちないのはボールは列への全体攻撃ということだろうか。ゲーム時は前列もしくは後列全体への属性魔法攻撃となっていた。
でも待って欲しい。普通に考えて何かの属性のボールを敵のいる場所に投げつけたら放射状に範囲が広がると思わないか?何故前列か後列に横に広がるんだ?普通に考えたら着弾地点から放射状に広がるだろう?
まぁゲームなんだからゲームの都合上その方がわかりやすくて都合が良かったんだろうけど現実で考えたら少々不可解な動きになってしまう。別に無理に突っ込むつもりはないけどゲーム時はそうだった。恐らく現実となっているこの世界なら俺の想像通りに放射状に効果範囲が広がると思われる。
それは置いておくとして本題に戻ると、ゲーム時はファイヤーアローとウォーターアローは別々に覚えなければならなかった。魔法一つ一つを別々に覚える必要があるというわけだ。だけど俺は今回アロー系を全て一度に覚えることが出来た。
図書館にあった本を読んでいたらきっと魔法を一つ一つ覚えることになっただろう。実際俺が最初に試し読みした魔法の本はファイヤーアロー専用の魔法の本だった。では何故俺はブレスレットの内容を読んでアロー系を全て一度に覚えられたのか。その理由は簡単だ。
図書館の本は一つ一つその魔法を覚えて使うためのことがかかれている。詠唱や集中についてだ。でもブレスレットの魔法の部分にはそんなことは書いていなかった。アロー系の基本的な構成や理論が書かれていただけでそれがどの属性であろうと基礎理論と構成さえわかっていれば全て同じで応用出来るからだ。
魔法の構成そのものは同じでありどの属性のアローを発生させるかの違いでしかない。だからブレスレットの魔法を覚えたらあとは俺が魔法を発動させる時にどの属性のアローを発生させるか選べば良いだけということになる。
『何らかの属性』でアローを作る、という『何かの属性』の部分だけ使いたい属性に変えればあとは全て同じで大丈夫だというわけだ。じゃあ何故図書館の魔法の本はいちいち一つ一つ一冊ずつ覚えなければならないのか。それは『何らかの属性』という部分と『アローを作る』という部分が分かれていないからと言える。
図書館の本は『本に記された詠唱を唱えると誰でも同じ魔法が発動する』というものだ。だから魔法の基礎理論も詠唱の構文も関係ない。ただ全てを丸暗記させる。それは誰でも同じように一定の魔法を一定の威力で放てるという普及には役に立っただろう。
だけどそれは応用力のまったくない、一つ一つの独立した魔法として魔法への理解や応用というものを全て奪ってしまうことにも繋がった。俺は理屈で覚えたからこんなに簡単にいっただけだ。ディオはこれがわかっていたから俺にブレスレットの方で勉強しろと言ったんだろう。まったく……、ディオも胡散臭いことこの上ない。一体何者なんだろう……。
まぁ味方してくれている間はいい。間違った方向に導かれているのなら困ったことになる可能性はあるけど今の所ディオやニコライは良い方に俺を手助けしてくれていると思う。
折角ディオのアドバイスのお陰でアロー系を一度に覚えて時間短縮出来たんだから他の魔法も覚えたい所だけど……、残念ながらレベル制限が達成出来ていないようだ。ランス系の魔法の記述部分はまだ開けなかった。これは俺が条件を満たしていないからだと前に言われたのを思い出す。
ランス系への発展のためには下級、つまりアロー系を覚えていることと一定レベルをオーバーしていることが条件となる。アロー系を覚えたのに開けないということはレベルが達していないということだ。
時間が出来たのに無為に過ごしてももったいない。ということで魔法はレベル制限で頭打ちだから剣スキルを見てみることにした。ニコライは俺に剣スキルを教えてくれていない。もしかしたら勝手に覚えたら怒られるんだろうか。そうは思うけど時間がもったいない気もするしとりあえず読んでみることにするか……。
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今日はロビンに呼び出されたから昼食を済ませてから約束の空き教室へと向かう。何か俺っていっつも密談する時は空き教室だな……。ワンパターンすぎる。
とはいえこの学園には空き教室があちこちにあって、しかも学園だから生徒達もあちこちにいるわけで、密談しようと思ったら自然と場所は限られてくる。空き教室もいつも同じ教室というわけじゃないからいいだろう。
俺が約束の教室に来るともうロビンは待っていた。特に何時何分とは決めていなかったけど早めに来たのにもう待ってたのか。ちょっと悪いことをしたかな。
「悪い。待たせたか?」
「いえ……、大丈夫ですよ八坂伊織さん」
「――ッ!?」
何だ?今……、ゾワリと……、全身に鳥肌が立つような……、背筋がゾクゾクするような……、何か妙な感覚に襲われた。それが何なのかはわからない。ただの気のせいか?
「どうかされましたか?」
「あっ、あぁ……、いや、何でもない……。それで?急に呼び出してどうしたんだ?」
ちょっと白々しいかな。ロビンが俺を呼び出す用件なんてパーティーのことくらいだろう。もしかしたら違う可能性もあるのかもしれないけど俺はそうだろうかと当たりをつけてきた。それでも一応本人に確認しておく。これで俺が勝手にそう思っていただけでまったく別の用件だったら馬鹿みたいだしな。
「はい。実は以前にお誘いいただいたパーティーの件です」
「ああ……、そうか」
やっぱりか。まぁ普通に考えたらそれしかないわな。俺とロビンの関係性はそこしかない。それより問題は答えだ。パーティーを組めないとか言われたら色々と困る。
別にディエゴを足手まといだとか使えないと言うつもりはない。だけど杖装備は俺でもようやく木の杖を装備可能になったばかりだ。普通に考えたらこんな段階でレベル15なんて到達していないはずでディエゴが杖を装備可能になって真価を発揮するのはまだ当分先になるだろう。
それに比べて弓装備ならもうチラホラ装備出来る奴がいてもおかしくない。ロビンは前衛向きじゃないから今まであまり経験値を稼げていないかもしれないけどディエゴの杖装備よりはずっと早く弓装備可能になるだろう。
前衛の二枚看板である健吾もマックスもいなくなった今、少しでもまともなパーティーを組もうと思ったらもう後衛に頑張ってもらうしかない。普通のモブ前衛じゃもうインベーダーはともかくインスペクターには対処出来ないだろう。なら接近させずに後衛が戦えるようにしなければあっという間に全滅させられてしまう。
そのためには顔あり固有名、イベントありの無課金後衛職であるディエゴとロビンは外せない。せめて二人が弓と杖を装備して後方支援をしてくれないとこれから先戦っていくのは無理だ。
「こんなにお待たせしてすみませんでした!是非僕も八坂伊織さんのパーティーに加えてください!」
そう言ってロビンが頭を下げた。急なことで驚いたけどぼーっとしている場合じゃない。
「あっ、頭を上げてくれ。ロビンが入ってくれるなら助かるよ」
「いえ、僕みたいな役立たずを誘ってくださったというのにこれほど返事をお待たせして申し訳ありませんでした!こちらが上から目線で選ぶなんて言えるようなものじゃないのに……。もちろんそんなつもりはなかったんです。ただ僕なんかがパーティーに入れてもらってもいいのか自信がなくて……」
「だから落ち着けって!そんなこと思ってないから!それにロビンが役立たずなんてことはないぞ。な?」
急にマシンガンのようにしゃべりだしたロビンを止める。よほど色々溜め込んでいたのかその後まだしばらくロビンは自分を卑下するようなことを言っていた。何とか宥めてようやく止まったのは昼休みが終わる前ギリギリくらいだった。
「えっと……、それじゃこれからよろしくな」
「はい!よろしくお願いします!」
俺がそう言っててを差し出すとロビンは両手で俺の手を握って激しく振ってきた。ロビンってこんなキャラだったかな……?
まぁ現実になったら色々と変わっている部分もあった。ロビンだってゲームでは語られていない部分だってあるだろう。それに現実になったことで変化した部分もあるに違いない。
ともかくこうしてロビンがパーティーに入ってくれることになってよかった。ディエゴは割と槍の扱いにも慣れているような感じだけど杖装備まではまだ当分かかるだろう。恐らくロビンの方が先に得意武器を装備可能になるだろうからこれからに期待だ。
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ロビンがパーティーに入ってくれるということになってよかったよかった。安心した俺は適当に午後の授業も聞き流して、放課後の特訓に行って、寮の自室でゴロンと横になりながらいつもの日課となっているブレスレットの内容を読む……、と見せかけて今日は図書館で借りている魔法基礎上級Ⅴを読んでいる。
何故かというと残りがもうあとちょっとだからだ。何だかんだと魔法基礎だけに集中していた時よりも随分遅くなってしまったけどようやく魔法基礎も終わりが見えてきた。もうすぐ読み終わるからどうせなら今日読み終わって明日返してしまおうと思ってこちらを読んでいる。
確かに学園の隙間時間に人前でブレスレットは読めない。だから本を学園の隙間時間に読む方が良いんだけど本当にもうあとちょっとで終わりそうだ。これくらいならいっそ終わらせた方が、あっちも読みかけ、こっちも読みかけと中途半端になるよりは良いだろうと思って終わらせることにした。
………………
…………
……
「ふ~……。終わった……。ようやく……、終わったんだ……」
魔法基礎上級Ⅴをパタンと閉じる。長かった……。ここまで四ヶ月もかかっている。それでも俺はようやく読み終わった。
まぁ……、普通に考えたら一つの分野の基礎的学習を四ヶ月で終わらせるなんてその方がおかしいけど……。そこは元がゲームだからと思うしかないだろう。現実だったらこんなこと出来るはずがない。
色々と感慨深いものがある。ようやく俺は魔法基礎を修めたんだ……。
本を閉じ、ベッドに寝転がると寝返りを打つ。そして何気にブレスレットを開いてみれば……。
「…………え?」
ブレスレットの項目を流して次に何を読もうかと考えていた俺の目にある文字が飛び込んできた。それは俺のまったく知らないものだ。ゲームの『イケ学』をやりつくして完全クリアしたはずの俺が知らないなんてあり得ない。あり得ないのに……。
「魔法応用Ⅰ…………?」
ゲームの時は絶対にこんな項目はなかった。魔法は魔法基礎しかなかったはずだ。全てクリアしても魔法応用なんてものはなかった……、なかったはずなのに……。
魔法基礎を読み終えたからなのか、ブレスレットには新たな項目、『魔法応用』の欄が増えていたのだった。




