第五話「自分自身でした」
王子達と主人公は早々にこの場から立ち去っていく。優雅に……、談笑しながら……。『インベーダーなど大したことはない』だの『さすが王子』だの暢気なことを偉そうにぬかしながら……。
こっちはまださっきの戦闘の後始末だ。バトルフィールドに残されている負傷者達を担架で運び出す。酷い被害だ。一体どれだけ犠牲が出たんだろう……。
王子達攻略対象五人と主人公が倒した敵はチュートリアルと最初の数回の戦闘だけ出てくる初心者用の特別な雑魚だ。しかもゲームのチュートリアルと同じで今回王子達が相手にしたのは六匹だけ。一人一匹相手にすれば良い計算だ。
それに比べて俺達が相手にしたのはレベルこそ低い初期敵ではあるけどステータスや特殊攻撃や属性が変わっている通常の敵だ。こちらは後からでもキャラガチャで買ったキャラのレベル上げをするために何度も戦うことになる敵で、能力も思考ルーチンもチュートリアル用の敵とは強さが違う。そんな敵が無限湧きなのかと思うほどに出て来た。俺達もよく生き延びられたものだ。
……兵士達は王子達の方へ敵を通すなと言っていた。つまり俺達は敵がこれ以上侵入してこないための肉壁にされたってことだ。
ゲームならチュートリアルとして簡単な敵が出てくる。そのあともプレイヤーが何とかついていける範囲の敵が出てくるように設定されている。だけど現実ならどうだ?わざわざ敵がこちらの戦力や成長に合わせてギリギリ倒せる程度の戦力で攻めてくるか?そんなわけないだろう。
何のことはない。ゲームでチュートリアルがあったり敵の強さが徐々に強くなってきたり数が増えてくるのを現実にしてみればこういうことだというわけだ。俺達は王子達がチュートリアルとして力試しをするために、それ以外の敵を全て押し付けられた。そしてそれはこれからも続く。
ご親切に敵がこちらのレベルや戦力に合わせて攻めてきてくれているわけじゃなくて、俺達という肉壁が余計な敵を押さえているお陰で主人公達は自分達の実力に見合った程度の敵だけを相手にしていれば良いということだ。
くそっ!ふざけるな!俺達は王子達のための駒だって言ってやがった!人を人とも思わず消耗品のように扱いやがって!
でも物は考えようだ。あれだけ敵が出てくるということはこっちは王子達よりずっとレベルアップが早いということになる。
もしこの世界がゲームのイケ学通りに展開するならこの先すぐに王子達は手詰まりになるだろう。イケ学は重課金でパワープレイするか相当なプレイヤースキルが要求されるゲームだ。普通にプレイしてるだけじゃ絶対にクリア出来ない地獄の難度に設定されている。
この世界の王子達がどの程度かは知らないけどこちらは無限湧きとも思えるような物量を相手に戦い続けなければならない。それは裏を返せば経験値稼ぎ放題、レベル上げ放題でもある。
現実となったことで色々と変わっている部分もあるようだけど俺にはイケ学の知識と経験がある。その知識からこれから先俺が生き残るにはどうすれば良いのか、何をすれば良いのか冷静に考えるんだ。
「痛い!痛い!」
「あ゛ぁ゛っ!」
「死にたく……ない……」
「――ッ!」
呻き声を上げている負傷者達を運びながら俺は必死に頭を働かせながらこれからのことを考えていた。そうでもしないとこの地獄の真っ只中に冷静でいられなかったからだ。この地獄のような現実を見ないようにしながら俺はこの先のことに思考を巡らせていた。
~~~~~~~
ある程度後片付けが終わった頃、俺達は呼び出されて出入り口に集合させられていた。王子達を先頭に外へと出て行く。
「戦勝を祝うパレードだ。お前達は王子達の前後について整列して行進しろ」
「……は?」
「おい伊織!ぼーっとするなよ。行くぞ」
「おっ、おい……、健吾……」
どうすれば良いのかわからないまま俺は周りに合わせて歩き出した。扉から外に出た王子達は馬車に乗っている。箱馬車じゃない。オープンカーのように上が開いている馬車だ。俺達はその前後に整列させられて行進していく。見えてきたのは町だ。町の道を俺達が通ると大勢の見物人達が声援を送ってくる。
あぁ……、わかった。これはゲームで戦闘をクリアしたら出てくる場面だ。これはつまり戦闘に勝ったらパレードをするということだな。
「きゃー!パトリック王子~!」
「ギルバート様~!こっち向いて~!」
パトリックは五人の攻略対象の一人で一応ストーリー上の本命というか本筋でこの国の王子だ。ギルバートも同じく攻略対象の一人でパトリックとは幼馴染で宰相の息子のボンボンだ。
「ちょっとあんた、はい!これ!」
「え?」
俺がパレードの前の方で歩いていると急にそんなことを言われてちょっと個性的な顔をした逞しい体の女性に花束を渡された。折角だけど俺の好みじゃないな。
「ちゃんとパトリック王子様に渡しなさいよね!」
「…………え?」
一瞬、個性的な顔をした女性の言葉の意味が理解出来ずにポカンとした。
「おい伊織。俺達はあの五人へのプレゼントを受け取って預かる係りだぞ。そんなことも忘れたのか?」
「………………は?」
そんな俺を見かねて健吾が教えてくれた。どうやら俺達は王子達に渡されるプレゼントを代わりに受け取って預かるためだけにこんな馬鹿げたことをしているらしい。それを理解した途端に一瞬でやる気がなくなった。どうでもいい。そんなに渡したければ自分で渡せばいいだろうに……。
「その顔を見りゃ伊織が何を考えてるのかわかるけど仕方ねぇだろ。警備上王子達に直接近寄らせて渡させるわけにもいかない。それにそんなに受け取れないだろ?だからまずは俺達が受け取るんだよ」
言わんとしていることはわかる。そりゃ王子だの要職に就く家系の跡継ぎだのにわけのわからない者からの贈り物をいきなり直接受け取らせるわけにはいかないだろう。警備上の問題もある。だけどだからって何で俺達が王子達宛てのプレゼントを代わりに受け取らにゃならないんだ。どうでも良いわ……。
「これも王子様に渡しておきなさいよ!」
「私もパトリック様宛てよ!」
「私はギルバート様に……」
「ちょっ!まっ!」
それなのに……、次から次にプレゼントを無理やり渡される。箱に、花束に、袋に、様々なプレゼントにはカードが付けられていて誰宛であるのかが記されている。パレードについて来ている俺達学園生はただ王子達へのプレゼントを代わりに受け取って集めるためだけの存在だ。
女達は俺達が持てなくなるまでひたすらに王子達へのプレゼントを渡してくる。荷物が一杯になったからって王子達が乗る馬車に荷物を預けるなんてことも出来やしない。俺達はただの雑用係であり王子達にそのような不便をさせてはならない存在なんだ……。
「どうせあんた達は役に立ってないんだから王子様達へのプレゼントくらいしっかり預かりなさいよ!」
「くっ!」
どんどん王子達宛てのプレゼントを渡される。何なんだよこのクソゲーは……。もういい加減にしてくれ……。大して役にも立っていない王子達だけがチヤホヤされて……、俺達は血と泥とゲロに塗れながら這いずり回って敵を倒したってのにまるでいないかのように扱われる。
別に英雄として祭り上げて欲しいわけじゃない。賞賛が欲しいわけじゃない。だけどせめて普通の人間としてくらいは扱って欲しいというのは贅沢なことなのか?
「あっ、あの……、これを……」
「あ?」
そんな俺に……、制服を着た少女が小さな花束を差し出していた。その制服はプリンシェア女学園のものだ。イケシェリア学園はインベーダーと戦える力を持った者達が集められている学園だけどプリンシェア女学園は別にそういった能力を持つ者が集められているわけじゃない。
プリンシェア女学園にはパトリック王子の婚約者候補とされている主人公のライバルが通っている。その都合でゲーム中にも度々出てくるわけだけどこれがまたムカつくイベントしかない。
ライバル令嬢は同じプリンシェア女学園の生徒達を使って主人公に嫌がらせばかりしてくる。今はまだゲームも始まった所で主人公は聖女候補であるという情報が広まっていないからまったく注目されていないけど、これからゲームが進むに従ってライバルキャラによる妨害が激しくなってくる。
そんなわけでイケ学プレイヤーからは敵だと思われがちなプリンシェア女学園だけど、男子校であるイケ学の生徒からすれば女子校で同世代の女の子と会えるのはプリンシェア女学園の子達だけになっている。ゲーム中でもモブ達はプリンシェア女学園に憧れているようなことを言っていた。
そのプリンシェア女学園の生徒が俺に花束を差し出している。こう言っては悪いけど他の花束に比べて随分と質素だ。大きさも花の種類も小さく貧相で他のプレゼントと比べると見劣りしてしまう。
「あ~、はいはい。で?これは誰に渡せばいいんだ?」
普通こうして王子達に贈られているプレゼントにはカードがついていて誰に渡す物なのか明記されている。恐らくどれが誰宛かわからなくなるからそういうルールがあるんだろう。それなのにその少女の花束にはカードがなかった。誰宛かもわからない。
「え?いえ、これはあな……」
「後ろがつっかえてんのよ!さっさと代わりなさいよ!」
プリンシェア女学園の制服を着た少女は後ろから来たおばさんに引っ張られて後ろに下げられてしまった。代わりに出て来たおばさんは俺の後ろの生徒にプレゼントを持たせていた。俺達は歩いて行進しているからちょっとすればすぐに先へと進んでしまう。受け渡しのタイミングは一瞬しかチャンスがない。
まぁ失敗しても後ろの者に渡せば良いわけで、どうせ王子達本人に直接渡せるわけじゃないんだからプレゼントを渡している方からすれば俺達モブなら誰に渡しても同じだろう。
あのプリンシェア女学園の制服を着た少女……、瓶底眼鏡をかけて前髪を下ろして見るからにとことんモブという感じだったあの子の花束は俺が受け取った。結局誰宛なのかわからず仕舞いだけどどうでもいい。俺の知ったことじゃない。カードを付け忘れたのなら本人の責任だ。
こういうこともザラにあるだろうからプレゼントを仕分ける者達がどうにかするだろう。俺達はただ代わりに受け取って、預かって、集めて仕分け人に渡す。ただそれだけだ。
最初はわけがわからないだけだった。だけど今はもう俺はこの世界が大嫌いだ。こんなくそったれな世界のために死んでやるつもりなんて一切ない。俺は絶対に生き延びてやる。そして元の世界へ帰るんだ……。
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パレードの後は自室へと帰って来た。持たされたプレゼントは専用の預け口があるからそこに預けてきた。王子達五人だけに大量に渡されるプレゼント。俺達モブには何もない。別にあんな奴らからの贈り物なんて欲しくはない。欲しくはないけどこのあまりの理不尽は許し難い。
パレードが終わってからは再び出入り口の扉は閉ざされた。この変わった学園の建物の作りの意味がようやくわかった。何故この学園が外へ出る必要もなく全て建物内で繋がっていて完結出来るように作られているのか。
ここは監獄と一緒だ。俺達は死ぬまで戦わさせられる駒で、俺達が逃げ出さないように出入り口は一つしか用意されていない。パレードの時以外で外に出ることは出来ずそれ以外で外に出るということは即ちバトルフィールドしかない。
まさに最悪の地獄だ。俺達モブには何の救いもない地獄の世界……。
「ふ~……」
肩までお湯に浸かって嫌な気分を振り払う。部屋に戻ってきた俺は今お風呂に入っている。戦闘が終わった後すぐに入りたかったけどパレードに駆り出されたからな……。
グダグダ考えても仕方がない。確かにここは地獄みたいな世界だけど幸い俺にはイケ学の知識と経験がある。それをうまく活用して何としても生き延びるんだ……。
「は~……、やっぱりお風呂に入っているとほっとするな」
今日の嫌なことを全部洗い流すようにお風呂を堪能する。体を深く沈めて足を上に出す。綺麗な足だ。前までの男の俺の足と違って綺麗な女の足が湯船から天井に向かって突き出されている。その足をじっと見詰めて……。
「おいっ!おい……、嘘だろ……」
俺はその足にあるはずがないものを見つけて驚愕した。俺の右足の脛には古い切り傷の傷痕が残っている。もう古い傷だしよ~く見ないとわからないようなうっすらした傷痕だ。誰にでもそういういつまでも消えない昔の傷痕とかが多少はあるだろう。
その傷は俺の元の体……、男の体にあったはずだ。それなのに……、まったく同じ場所に、まったく同じ大きさの傷痕がこの右足の脛にある。そんな馬鹿な……。
偶然。そうだ。偶然だ。たまたま似たような場所に似たような古い傷痕があるだけ……。そのはず……。なのに……、他にもある……。俺の体にあったはずの様々な痕。怪我の痕だったり、出来物のあとだったり、ほくろやシミ、様々な……、地球での八坂伊織が生きてきてその体に刻んできたはずの『あと』が……、この体にある!
「どういうことだよ!これは!」
健吾はこの体のことを何と呼んでいた?八坂伊織と呼んでる。俺の地球での名前は何だ?八坂伊織だ。この体にある様々な『あと』は?地球での八坂伊織と全て一致している……。
「嘘だ……。嘘だ嘘だ嘘だ!」
違う……。絶対違う……。これが……、この体が俺自身の体だなんて……、絶対に違う!