第四十八話「目立ちました」
ロビンをパーティーに誘ってから三日、前の戦闘が終わってから四日が経っている。今日はようやく戦勝パレードが行なわれるようだ。今回何故こんなにもパレードまでに時間がかかったのか俺にはわからない。流石にこれだけ時間が空いたのは初めてのことで何かあったのかもしれないと思うけど……。
「健吾もマックスもいない……、か……」
パレードに並んでも背がでかくて目立つ健吾やマックスの姿は見つけられなかった。そう言えばモブの顔なんて気にしてなかったけど、もしかしてこのパレードでも一組は参加していないんだろうか?今まで二組や三組の生徒が前後左右に配置されて王子達への贈り物の回収係をやらされていたけど一組も混ざっていたのかはっきりとはわからない。
普通に考えたら全校生徒が並んでいると思っていたけど今健吾やマックスの姿が見えないということは、もしかしたら一組はどこか別の場所にいるとか、参加していないとか、そういうこともあるのかもしれない。
まぁ……、仮に健吾やマックスがいたとしてもだから何だという話だ……。会話したければ一組に行けば会うのは会える。会話だって出来る。ただマックスは知らないけど健吾は何だか前と随分変わってしまったような気がする。だから会いに行った所で前のような会話は出来ない。それどころか……。
いや……、やめよう……。もう過ぎたことをグチグチ言っても無意味だ。
いつものように並んで待っているとイケ学の門が開かれてパレードが町へと進みだす。最初は圧倒されただけだったこのパレードももう慣れたものだ。そして……、明らかに列に並ぶ生徒の数が減っている。それが意味するところを、あの地獄を経験している俺達ははっきり意識していた。
次は隣の友かもしれない。次は自分かもしれない。仲の良かった友達が、嫌いだったあいつが、次のパレードにはもういないかもしれない……。
生き残れている者は幸せなのだろうか……。それともあるいは早々にこの場から退場出来た者こそが本当の意味で幸せなのだろうか……。
俺にはもうわからない。だけどただ一つだけわかっていること。それは俺は彼女を残して死ぬわけにはいかないということだ。
「伊織君」
「舞……」
いつもの場所で、いつもの花束を持って、彼女はその場所に立っていた。何も変わることはない。
確かに死ねば楽になれるのかもしれない。こんな地獄の苦しみを味わい続けてまで生きる意味が見出せない者もいるだろう。だけど……、俺はそれでも……、血反吐と腐肉の中を駆けずり回って泥水を啜ってでも生き延びる。生き延びなきゃならない。舞のために……。
「はい」
「ありがとう」
いつもの花束を受け取る。そこにはマジックのようなもので包みにでかでかと『伊織君へ』と書かれている。いつ見ても笑ってしまいそうになる舞のセンスをなるべく笑わないようにしながら花束を受け取って列へと戻る。
いつまで続くんだろう……。本来のゲームの進行で言えばまだ戦闘回数からして相当序盤のはずだ。それなのにインベーダーどころかもう中ボス以降に出てくるはずのインスペクターまで出てきている。この辺りの進行は明らかにゲームとは違う。
木の杖を装備出来るようになっていることから俺のレベルはもう15を超えている。ゲーム時ならあり得ない。いくら頑張ってもこれだけの戦闘回数ですでにレベル15を超えているなんてシステム上あり得ないことだ。
無限湧きのような敵のお陰で経験値は稼ぎ放題ということだろうけどそれが良いことかどうかもわからない。確かに俺のレベルは上がっているけどここ数回の戦闘で明らかに周囲は戦闘についてこれなくなっている。俺が一人で経験値を稼ぎすぎて周りのレベルアップが出来ていないんじゃないかと心配になるくらいだ。
まぁ……、敵が無限湧きなのだとしたら俺がいくら倒したとかは関係ない。周りもレベルアップしたければそれだけ敵を倒せば良いわけで、周りのレベルアップが遅いのは俺が経験値を独り占めしているからじゃなくて周りが敵をあまり倒していないからだと言えばそれまでだ。
それに……、俺に比べればレベルアップのペースが遅いとはいってもゲーム時とは比べ物にならないほど早いことに変わりはない。もう弓や杖を装備可能な者が出そうなほどにレベルアップしているというのはゲームではあり得なかったことだ。
そう言えば……、もう一つ疑問だったのが生徒の数がこれだけ減っているのにパレードで王子達宛てのプレゼントを受け取っていても、一人当たりの持たなければならないプレゼントの数に変わりがない気がする。
例えばプレゼントが百個で生徒が十人なら一人十個のプレゼントを持たなければならない。プレゼントが百個のままなのに生徒が五人に減れば一人二十個のプレゼントを持たなければならないようになるはずだ。だけど現実にそんなに持たなければならないプレゼントの数に違いがないように思う。
いや……、それだけじゃなくてパレードの盛り上がり自体が下がっている?前はもっとキャーキャーとうるさく人が多かった気がするけど、最近は人もプレゼントも少ないような気がする。もしそうだとしたら理由は何だ?
パレードが何度も開かれているから町の住人達も飽きてきたから?王子や主人公アイリスの化けの皮が剥がれて人気がなくなってきたから?まさか……、町にまで被害が出ていて住人も死んでるからとかじゃないだろうな……。もしそうなら……、いつか舞まで……。
いや!だからそうならないために俺達が戦っているんだろう?でもこの盛り上がりに欠けるパレードはどういう意味なんだ……。
俺の疑問の答えが出るはずもなく、今回もいつも通りにパレードは進行して幕を閉じたのだった。
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パレードも終わって数日、たまに会ってもロビンはまだパーティーの件で明確な答えはなく、俺も無理に急かしても良いことはないだろうと黙って待っている。
もうこの世界に来て十六週目も終わりに近づいているんだからいつものペースならとっくに魔法基礎上級Ⅴを読み終わっているはずだ。だけど今は人前では本である魔法基礎を、人がいない場所ではブレスレットから魔法やスキルを読んでいるからまだ魔法基礎が終わっていない。
魔法基礎ももう少しで読み終わるから先に読み終わらせようかとも思うけど人前で隙間時間を有効活用するにはこれが一番効率が良い。出来ることならさっさと魔法基礎を終わらせて魔法の習得に集中したい所だけど人前でブレスレットの方は読めないから仕方がない。
とりあえず今日はニコライとの特訓だから体育館へ……。あ……?
「何をしている!」
「パトリック様…………」
体育館へ行こうとしていた俺は廊下の先で争っているような声を聞いて廊下の角からそっと向こうを覗いてみた。そこで見たのはまた面倒臭い場面だった。この場面はゲームでも覚えがある……。
「アンジェリーヌ!何をしているのかと聞いているのだ!」
「これは……」
尻餅をついているアイリス、それを取り囲むアンジェリーヌとその取り巻き達、そこへ現れたパトリックをはじめとした攻略対象達。そう、これはアイリスや攻略対象達とアンジェリーヌの修羅場だ。
最初の頃はアイリスがアンジェリーヌにいじめられていることに気付いてもいなかった王子達も、何度も妙な場面に出くわしている間に徐々にアイリスとアンジェリーヌの間のことを気にするようになりはじめる。やがてアイリスがいじめられているのではと(ようやく)思い至ることになるが決定的証拠はない。
仮にもアンジェリーヌは高位貴族でありパトリックの正式な許婚候補だ。証拠もないのに断罪など出来るはずもない。そして仮に証拠があったとしても高位貴族でパトリックの許婚候補であるアンジェリーヌが、聖女候補などと言われているがただの平民上がりでしかないアイリスにこのような態度を取っても誰に何を言われる筋合いもない。
そこでパトリック達はアンジェリーヌがアイリスをいじめている現場を押さえることにした。仮にアンジェリーヌが平民に対して高圧的な態度を取っていても何も問題はない。極端に言えば『この平民が高位貴族である自分に非礼を働いた』と言えばアンジェリーヌの主張が通るような世界だ。
もちろん理由もなくアンジェリーヌがアイリスを殺したとなればそれなりに大きな問題にはなる。それでも日本でも無礼討ちが認められていたように、平民の方が貴族に対してあるまじき行為をしたのであれば討つことすら許される。
まぁ無礼討ちもドラマなどのフィクションや、検証もせずただ権力側を批判したいだけの者がいかにもそこらの平民をいきなり斬って捨てていなくなっても無罪放免だった、と広めているようなイメージのようなことはない。
実際には斬った武士が罪に問われることも多く、斬ったあとできちんとした届出もして、証人も集めて、斬らざるを得なかったと証明しなければならない。それらを行なわなければ斬った武士が厳罰に処され斬首刑も有り得た危険な行為だ。
そしてそう簡単に行なえないと町民側もわかっていたから度胸試しや武士をわざとからかったりなどの行為も横行していて、ドラマやイメージほど武士が好き勝手にしていたわけではないというのがよくわかる。まぁそれは当然で、そんな世紀末のような暴力集団が闊歩していて国があれほど治まっているわけがないと冷静に考えればわかるわけで……。
それはともかくこの世界でも高位貴族は自らの名誉が汚されたとあっては命を賭けてそれを雪がなければならない。だからその過程で相手を殺めてしまっても罪には問われない。ただしそれも前述通り好き勝手に人殺しをしていいわけでも許されるわけでもないというわけだ。
アンジェリーヌとアイリスの場合にそれがどこまで適応されるかはわからない。しかもそれを判定して良いか悪いか決められる立場の側にパトリック王子がいるわけで、それまでの判例的にアンジェリーヌの方が認められるとしてもパトリック王子やその取り巻き達の心一つでどうとでも出来てしまう。
俺の個人的感想で言わせてもらえばアンジェリーヌがアイリスに行なっていることくらいなら許されると思う。別に俺がいじめを肯定しているとか認めているというわけじゃない。前述通りに高位貴族であるアンジェリーヌが平民であるアイリスにこの程度のことをしても許される社会だという意味だ。
それもアイリスに何の非もないのであれば問題になるかもしれないけどアイリスにも非がある。許婚候補とは言っているけどアイリスが現れるまでは実質的にアンジェリーヌとパトリックはほぼ許婚確定だったわけで、その許婚に色目を使って近寄って来る女がいたら怒ったり追い払ったりするのは当然のことだろう。
パトリックやアンジェリーヌの立場なら自由恋愛での結婚なんて出来ない。現代の感覚でパトリックがアンジェリーヌではなくアイリスのことが好きならどうとか、アンジェリーヌがアイリスのことをいじめたり追い出そうとしたりするのはどうだとか、判断することは出来ない。
このゲームの世界観、時代背景、国家体制、常識、から考えたらアンジェリーヌの言うことの方が正しいわけで、それを自分の勝手な感情だけで覆そうとしているパトリックの方にこそ問題がある。そして俺はアイリスは意図的にそういう風にもっていっている気がしてならない。
アイリスは全てをわかった上で転がしやすいパトリックを操りこういう方向にもっていってるんじゃないか……?
何のために?自分が王妃に納まるため?国を乗っ取るため?少なくともパトリックを愛しているからとは思えない。
「何とか言ったらどうなのだ!」
「あっ!」
「――ッ!」
パトリックがアンジェリーヌを突き飛ばした。ヨロヨロとよろけたアンジェリーヌが下がる。そこへさらにパトリックが……。
「やめろっ!」
「くっ!貴様!邪魔をするな!」
気がつけば俺はいつの間にか勝手に飛び出していた。よろけたアンジェリーヌを殴ろうとしていたパトリックとアンジェリーヌの間に割って入ってその手を止める。
やってしまった……。完全に全員から注目されている。パトリック達攻略対象からも、尻餅をついたままのアイリスからも、後ろだから視界には入ってないけどアンジェリーヌやその取り巻き達、そして取り巻きに紛れ込んでいる舞からも見られていることだろう。
どうして俺はこんなことをしてしまったのか……。目立つことは避けようと思っていたはずなのに……、アンジェリーヌが殴られそうだと見た瞬間に飛び出してしまっていた。
今更じゃあそういうことで、とここから立ち去ることも出来ないだろう。出てきてしまったものはどうしようもないけど……、これから一体どうしようかと俺は必死に頭を働かせていたのだった。




