第四十六話「杖装備可能になりました」
あまりの衝撃に俺はロビンの件での口裏合わせとかいうことも忘れて三組へと戻っていた。自分でもいつの間に戻っていたのか覚えていない。午後の授業を受けた記憶もなくいつの間にか放課後になっていた。
放課後になったらなったで無意識のうちにフラフラと歩き出す。今日は図書館に行かなくちゃ……。昨日はマックスの負傷と戦闘での疲労があったから特訓は行っていない。今日はある目的があるから図書館に……。
あれ……?そういえばいつもなら昨日戦闘終了後か今日パレードがあることが多かったけど……、今日は普通に授業だったな……。まぁパレードも毎回必ずその日か翌日というわけでもなかったからそういうこともあるのかもしれないけど……、この世界の法則はいまいちわからない。
ゲーム『イケ学』の時はゲームの設計、設定、システム通りに全てが進んでいた。そういう特殊イベントが盛り込まれていない限りはそこに例外は発生しない。でも現実となったこの世界なら色々なイレギュラーも発生するだろう。例えば今日パレードをしようと思っていたけど準備が間に合わないから明日にしたとかな。
そんなことを考えている場合じゃない。他に考えなければならないことがある。それはわかっているのに現実逃避するかのように頭がそれを考えることを拒否している。
「八坂伊織さん、どうして昨日は来なかったんですか?」
「あ~……、昨日は戦闘で疲労が酷かったので……、どちらにしても特訓にならなかったはずです。それなら一日休んで回復してからと思って……」
図書館に入るとディオに怒られた。特訓は別に義務じゃないし毎回来なければならないという決まりもないはずだ。それなのに何故俺は謝って言い訳しなければならないんだろうか……。
「ふ~む……。それとそんな状態で特訓するおつもりですか?今日も特訓してもまるで身が入りそうにないように見受けられますが?」
「あ~~……、そうかもしれません……」
やっぱり指摘されたか……。体力特訓でも瞑想でもいつも集中出来ていないと指摘されて怒られる。今の精神状態じゃそうなるだろうなとは思っていた。
健吾が引き抜かれて……、マックスまで引き抜かれて……、これで二組、三組にまともな前衛はいなくなってしまった。敵の攻勢は徐々に激しさを増しているというのにこちらは生徒が減り、パーティーが減り、そして使える生徒は一組に編入されていく。もうどうしようもない。
今更俺一人が鍛えた所で意味があるのか?
例えばゲームだったならばステータスを最高値まで上げたキャラが一人いればそのキャラは敵には負けないのかもしれない。ほとんどの攻撃を回避。たまに当たってもノーダメージ。簡単に敵を屠りいくら敵が出てきても全てをなぎ倒す。
確かにゲームならそれも可能だろう。『イケ学』は主人公がやられたらその時点でデスペナを食らってやり直しだから主人公を守らないとクリアは出来ないけど……。でもゲームなら最強のキャラを育て上げて一人で無双させるということも不可能じゃない。
だけど現実となったこの世界ならどうだ?ステータス上どれほど優れた人物がいたとしても体力は無限じゃない。ゲームの時のように敵の数に限りがあったりクリア条件があってそれを満たせば終わりということもない。無限に湧いてくるかのように迫ってくるインベーダー達を相手に何時間も戦っていればどんな強い奴もいずれ限界がきてしまう。
それをどうにかするのがパーティーだ。自分と共に戦うパーティーがいてくれるからこそ途中で一息ついたり休憩したり出来る。周囲を他のパーティーが受け持ってくれるからこそ完全に包囲されることもなく何とか攻撃される方向を限定して耐えられる。
でもそのパーティーメンバーもまともに戦える者がいなくなり、周囲を共に支えあう他のパーティーも減ってしまったらもうどうしようもない。一人の力で出来ることなんて……。
「今日も……、瞑想されにきたのですか?」
「……え?」
俺が考え事をしているとディオがそんなことを言い出した。俺は今まで図書館に来たら瞑想しかしていなかった。それなのに何故こいつは俺が今日違う目的で来たとわかったんだろうか。
「いや……、実はちょっと試したいこともありまして……」
そう言いながら俺は『杖を装備した』。この杖はディオに貰った『反逆の杖』じゃなくて普通の木の杖だ。ゲーム時ならあり得ないことだったけどどうやら俺はもうレベル15を超えているらしい。ゲーム時に比べてレベルの上がり方が異常だ。
「ちょっと魔法の本を読んでみようかと思ったんですけど……」
杖は装備出来るようになったし魔法基礎ももうほとんど最後まで来ている。だけど俺は魔法をまだ一つも覚えていない。だから杖が装備出来るようになったけど魔法は何一つ使えない状況だ。
ゲーム時ならば別に魔法基礎を読み終わってなくても魔法は覚えられる。ただ今から魔法を覚えるために魔法基礎を放っておくのもあとちょっとで読み終わる所だし悩む所だ。一刻も早く魔法を覚えて戦闘で活用したいという気持ちと、あとちょっとなんだから魔法基礎を読み終わってからという気持ちがあって難しい。
「そうですか。それでは今日はとりあえずまず魔法書を読んでみてはいかがですか?」
「そうですね……。先に少し目を通してみます」
ディオに言われたこともあってまずは魔法を覚えるための本を見てみることにした。本格的に読むかどうかは別にしてとりあえず見てみるだけでも今後の判断の一つにはなるだろう。そう思って今日はまず本棚の方へ移動して少しだけ本に目を通してみた。
………………
…………
……
う~ん……?何か……、変?
何が、とは言えない。ただ魔法基礎を読んできて習ってきたこととこの魔法を覚えるための本に書いてあることに少々整合性がない。魔法基礎は完全な魔法理論の本なのに魔法を覚えるための本は何だか抽象的というかフワッとしているというか……。
これを読んで覚えても魔法は使えるようになるんだろうけど……、魔法基礎と違って何やら理論的じゃない。まぁ子供に数学や物理を教えるのに理論的に教えても難しいからフワッと直感的にわかりやすいように教えているようなもの……、なのかな?
「いかがですか?」
「え~……、まぁ……?」
珍しくディオがやってきてそう尋ねてくるから何と答えるか困る。正直微妙という感じだ。例えて言うなら大学で物理や数学を勉強している者にタイルを使って算数を教えているような……、そんな感じがする。
「八坂伊織さんが言いたいこともわかりますよ。ああ、それから魔法書やスキル書は貸し出し禁止です。必ず図書館の中で読んでください」
「えっ!?」
それは一番の衝撃だ。今まで放課後は特訓や瞑想にあてて読書は隙間時間を利用していた。だけどこれから魔法を覚えるためには放課後の特訓を削らなければならないらしい。これは困った……。
「…………」
そう言ったディオは何やら自分の手を前に持ってきて右手で左手の手首を指していた。一体……?
「あっ!」
暫く考えていた俺はあることを思い出して自分の腕を見た。そこには変なブレスレットがはめられている。確かディオはこのブレスレットには図書館の全ての本の内容が収められているって言っていたはずだ。ならこの中に魔法やスキルも収められているんじゃないのか?というかそんなようなことを言っていた気がする。
俺はこのブレスレットから魔法基礎ばかり読んでいたから忘れていたけどこれさえあれば外でも魔法やスキルが覚えられるじゃないか。何でこんな大事なことを忘れていたんだ。この世界では色々ありすぎて大切なことを忘れたり見落としたりしていることが多い。もっとしっかりしなくちゃ……。
ただ俺はこのブレスレットから浮かび上がるものを他の人がいる前では読んでいない。魔法基礎は図書館から実物の本も借りて、人がいる前では普通に本を読んでいた。魔法やスキルの本が借りられないのならブレスレットから読むにしても人前にいる隙間時間には読めないことになる。
じゃあ当面は実物の本を読んでいる魔法基礎は学園などの人前にいる時の隙間時間に読んで、魔法は寮の自室などで一人の時に読むことにしよう。それだと魔法基礎を読み終わるのが少し先になってしまうけど、出来るだけ早く魔法も覚えたい。魔法があれば戦闘でも色々と役に立つだろう。
「それから八坂伊織さん……、あなたは何故スキルを覚えようとしないのですか?」
「…………え?」
スキル?俺が?だって俺は後衛向けだから頑張って魔法を使えるようにしようとしていただけで……。
「あなたはニコライから剣の扱いも習っているのでしょう?剣のスキルも使えるのではありませんか?」
「ぁ……」
そうか……。別にここはゲームの中じゃないんだ。実際俺は剣と杖の二刀流、物理と魔法でやっていこうとしている。それなのに何故剣のスキルを覚えることを考えなかった?ゲームじゃありえないし無駄になるから最初から可能性を排除していたのか?
この世界はゲームじゃない。だから俺は後衛魔法職と前衛物理職の両方を鍛えている。なら剣スキルも覚えれば何かの足しになるはずだ。今までは魔法基礎を読むのに忙しくてスキルを覚えている暇がなかったとも言えるけど、これからは魔法とスキルを両方とも取っていけば良いじゃないか。
「よし……。やるか!」
「少しは落ち着いたようですね。それでは瞑想に行きますか」
「あ……、はい!」
どうやらディオは俺がとてもじゃないけど瞑想にいけるような精神状態じゃなかったから色々と気を使ってくれたようだ。魔法の本を先に見てみろと言ったのも、今の会話でアドバイスをくれたのも、俺の気持ちを落ち着けてやる気にさせるためだったんだろう。そして俺はまんまとそれに乗せられてしまった。
でも別にだからってディオに何か思うということはない。まんまと乗せられたとか人を操りやがってとかは思わない。むしろ感謝しているくらいだ。
マックスまで一組に編入させられてしまって正直自暴自棄にもなりかけていた。でもまたやる気になれたのはディオのお陰だ。これからのやるべきことや方向性が見えた俺はいつも通りバックヤードに隠されている秘密の瞑想部屋で瞑想に励んだのだった。
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自室でお風呂に入って寛ぐ。やっぱり日本人ならお風呂だな……。嫌なことも疲れも全て洗い流してくれるような気すらしてしまう。これがお風呂の魔性だろう。
マックスまでいなくなったのは計算外だったけど代わりと言っては何だけどロビンと知り合った。これからはディエゴとロビンとパーティーを組むしかない。
二人は後衛向きだから前衛には立たせられない。特にHPの低いロビンは前衛に立たせたらすぐに戦闘不能になってしまう。でもだからって二人が役立たずかといえばそんなことはない。むしろゲーム後半になってくれば後衛職の役割は非常に重いものになる。
魔法は相手の弱点属性を突いた攻撃や全体攻撃、前後貫通攻撃や前列、後列攻撃など多彩な攻撃手段が存在する。そして弓だ。弓は魔法ほどまとめて攻撃する手段はないけど遠距離から攻撃出来る物理攻撃だから重宝する。魔法耐性の高い後衛の敵を倒すのに弓がいないとほぼ詰むマップまであるわけで必須であることは間違いない。
俺は健吾やマックスほど前衛盾としては働けない。それでも俺が前衛を務めるしかないだろう。そして後衛のディエゴとロビンに遠距離支援を行なってもらう。ディエゴが杖を装備出来るようになるのがいつかはわからないけどロビンの弓ならそう遠くないんじゃないだろうか。レベルの上がり方がおかしいこの世界ならもしかしたらもう装備可能かもしれない。
何だかやる気が湧いてきた。少なくともウジウジ悩んでいても何も解決しない。もうマックスが一組に編入されてしまったという事実が変わらない以上は生き残るために必要なことを考えて実行していくだけだ。でなければ自分が死んでしまう。
「はぁ……、まぁ……、魔法かスキルでも見てみるか……」
お風呂に浸かりながらブレスレットを開く。空中に浮かび上がる文字から俺が今読みたいものを探して選ぶ。
「え~……、とりあえず今日放課後に読んでいた魔法でいいか」
ディオに勧められて見に行った魔法の本だけどあの時は中途半端に流し読みしただけだ。今はじっくり読めるから……。
「…………え?」
パラパラと開いた内容は……、図書館で読んでいた魔法の本の内容と違うものだった。




