第四十二話「結局劣勢になりました」
何だ?何がどうなっている?やっぱりインスペクターは強いのか?少なくとも俺達の後について来ていたらしいパーティーはそこそこの強さはあったはずだ。でなければここまでついて来ることも出来なかったに違いない。
それなのに……、そのそこそこ強いはずのパーティーが一匹のインスペクター相手に成す術もなくミンチにされてしまった。俺の目の前で……、ある者は頭を弾け飛ばされて、ある者は首をねじ切られて、ある者は胴体に大きな穴を開けられて……。
「うっ!」
俺の前に転がっている半分潰れた顔と目が合った。また酸っぱいものがこみ上げてきてゲロを吐く。
「しっかりしろ八坂伊織!敵がきてるぞ!」
「――ッ!?」
マックスの声で正気を取り戻した俺は右から迫ってきていたインベーダーの触手を受け流して頭に一撃叩き込んだ。ほぼ真っ二つになったインベーダーが倒れる。
「くっ!八坂伊織!フォローしてくれ!」
「マックス!待ってろ!」
俺がゲロを吐いている間に随分状況が悪くなっていたようだ。インスペクターはこちらから近づいたら動き出すのか、周囲にいるインスペクターは動かないけど一定以上に近づいたらそこにいるインスペクターだけこちらをタゲってくる。
俺達は相当前進していたから何匹かのインスペクターのタゲ内に入っていたようだ。ざっと見て俺達に向かって十匹ほどが迫ってきていた。恐らく急に突出して死んだあのパーティーがタゲだけ引っ張ってきて死んだから次は俺達にタゲが移ったんだろう。
インスペクターが一定距離以内に入って来た敵に対してタゲをとって攻撃してくるのだとしたら、まず俺が最初に接近した時点で正面にいた数匹のインスペクターのタゲを取ってしまったのだと思われる。
その内の正面から迫ってきていた一匹を俺が倒している間にあの全滅したパーティーが前に出た。その結果まだ俺はタゲに入っていなかったインスペクター達が突出したパーティーをタゲにとって前進。そして前進している途中であのパーティーが全滅したためにタゲが切れ、その瞬間にタゲ範囲内に入っていた俺達にタゲが移ったというわけだ。
つまりこれってMPKじゃねぇか!
MPKっていうのはオンラインゲームなんかでプレイヤーキルが出来ないゲームなどで、キラー側がモンスターのタゲを取ったままキルしたい相手に近づき、自キャラを死なせたり移動アイテム等を使って消えることでモンスターのタゲを近くにいる他のプレイヤーになすりつけてプレイヤーキルすることだ。
プレイヤーキルが推奨されているゲームならともかく、本来システム的にプレイヤーキルが出来ないゲームや状況においてモンスターを利用して他のプレイヤーをキルしようという悪質な行為だ。
さっきの突出していってインスペクターのタゲを引っ張ってきて自分達だけさっさと殺された奴らはまさにこのMPKをしたようなものだろう。
もちろんゲームと違って自分達が本当に死んでるんだからわざとではないのかもしれない。ゲームなら脱出アイテムを使ったりログアウトしたりして消えることで相手にタゲをなすりつけられる。あるいは死んでもデスペナルティを受けるだけだし、ゲームによってはアイテムでデスペナルティなしに出来るものもあるだろう。
それに比べてここは現実でありゲームでデスペナルティを受けるのとは比べ物にならないペナルティを受けることになる。なにしろ本当に死ぬんだからな……。
奴らがわざとやったのか偶然こうなったのかは最早わからない。ただ一つわかることは俺達は今無数のインベーダーと十匹ほどのインスペクターに狙われているということだけだ。
「ぐあぁっ!強すぎる!こいつの相手が出来るのは八坂伊織だけだ!頼む!」
「マックス!」
インスペクターの触腕と鍔迫り合いのようになっているマックスは完全に力負けしていた。あの巨体で力が圧倒的に強いマックスでもインスペクターの力にはまったく敵わない。このままじゃまずい。
「マックスしゃがめ!」
「――っ!」
見てから反応している暇はない。俺の声を聞いてマックスがしゃがむことに期待してマックスの後ろからマックスもろとも切るくらいの勢いで木刀を振る。思ったよりもマックスの反応が鈍い。俺が切るつもりだった剣筋をさらに上に修正したと同時にしゃがみかけのマックスの頭の上を俺の剣が通り抜けた。
「ピギーーーーーッ!」
「――ッ!?」
ややアッパースイングのように下から掬い上げるように振り抜かれた俺の斬撃がインスペクターの傘の下を捉えた。変な具合に斜めにベロンと傘の部分が途中まで裂けたインスペクターは後ろに転がりながら耳障りな鳴き声のようなものを発している。
「すまん!助かった!でも一言言わせてくれ……。お前俺まで切るつもりだっただろ!髪の毛をかすっていったぞ!ビュウンッて!ビュウンッて!」
すぐに立ち上がったマックスが捲くし立ててくる。だけどそんな場合じゃない。
「文句なら後で聞く!インスペクターが十匹くらい来てる!先にあれを片付けるんだ!でないとあっという間に全滅だぞ!」
「わかってる!インベーダーはこっちが食い止める!すまんがインスペクターの相手は任せるぞ!俺達じゃ相手にならない……」
……そうなのか?俺でもそこそこダメージを与えられているんだ。マックスなら一刀両断にしてしまいそうな気がするけどな……。まぁいい。俺の攻撃が効いているのは確かだ。こいつらを相手にしても戦えないというような気はしない。
「いけるところまではやろう。でもあまり期待はしないでくれよな。無理そうなら他のパーティーに負担になろうとも後退するからな!」
「わかってる。無理でも死ぬまで踏みとどまれなんて言わんぞ」
今の所は俺の攻撃が効いているけどそれも絶対とは限らない。確かにマックスに言われて俺達は前に出たけど無理そうだったらここに留まるつもりはない。早急に後退して他のパーティーと連携する作戦に切り替える。
「インスペクターは全て八坂伊織に任せろ!俺達は八坂伊織にインベーダーが近づかないように周りを固めるんだ!」
「はい!」
陣形が組み変わり俺一人だけ少々前に出て他の五人はやや後ろに控える形になった。前回のインベーダー山盛り攻撃の時もちょっとこんな感じだったな……。まぁこれから周りを気にせず戦える。こっちの方が俺には向いているのかもしれない。
「ピギーーーーーッ!」
「まずはお前の止めからだな……」
さっき傘を半分くらい引き裂いたインスペクターが起き上がって俺に向かってくる。完全にタゲは俺になっているようだ。
…………そう考えたらゲーム知識も使い道があるかもしれない。
一定距離に近づいたらタゲをとられる。ダメージを与えてヘイトを溜めればタゲをとられる。こんなのはゲームをしている者には基本のことだろう。
インスペクターに関してはそれが利用出来るというのならまだやりようはある。全てのインスペクターやインベーダーが同時に襲ってこないのなら……、生き残れるはずだ!
「はっ!」
まずは起き上がって迫ってきていたインスペクターに止めを刺す。今のパーティーの陣形は俺が一人前に立った状態だから仮説通りならインスペクターは俺に向かってくるはずだ。インベーダーは特にそういうことはなかった。インベーダーは急に遠くにいる奴を狙ってくることもあるし攻撃してダメージを与えてもタゲをとってくるとも限らなかった。
インスペクターが仮説通り近くにいる者やダメージを与えた者を優先して狙ってくるのかどうか……。
「ピギーーーーッ!」
「ふっ!」
まず最初に俺の前に到達したインスペクターの胴を薙ぎ払う。さっきはマックスを避けるために変な切り方になってしまっていた。それにアッパー気味に傘の部分を切ったから全部両断する前にインスペクターの方が後ろに倒れて転がって行った。でもきちんと胴体を切れば……。
「って、うおっ!」
縦に真っ二つには出来なかったけど細い胴を輪切りになら出来る。いや、出来た。出来たけど……、こいつ輪切りにされてもまだ動いている。ただ輪切りにしただけじゃ倒せないのか?
「傘付近が弱点か?」
「ピギーーッ」
胴を輪切りにされてもまだウネウネと触腕を伸ばしてきていたインスペクターの頭?傘?の部分を割ると動きが止まった。もしかしたらここが人間でいう所の脳のようなものなのかもしれない。
ゲームの時はどこを攻撃するという概念はなかった。ただ攻撃を加えたら計算式に従って一定のダメージを与えていただけだ。だけど現実となったこの世界なら違う可能性が高い。
例えばゲームならHP1で瀕死でもHP0にさえならなければそれまで同様に戦えていた。だけど現実となったこの世界では違った。まだ生きているイケ学の生徒達も重傷を負ったらそれだけでまともに動けなくなっていた。こちらが現実としてそういう風になっている以上は敵にもそういうゲームではなく現実ならではの変化があるかもしれない。
今まで俺が倒したインスペクターは全て傘の辺りにダメージを与えた。胴体を輪切りにされても元気に触腕を振り回していたインスペクターが頭を潰したら止まった。そこから考えられるのは敵にも弱点や致命的な部位が存在するかもしれないということだ。
もちろんこれで傘が弱点だと思って傘ばっかり攻撃していたら動きが単調になってしまう。上から振り下ろす攻撃ばかりで戦ってはいられない。それに本当に傘が弱点だと確定したわけでもない。今までの敵がたまたまそのタイミングで死んだだけかもしれないし、最悪の場合はそこが弱点であるかのように偽装して俺の油断を誘っているという可能性もある。
この世界では安易に何かを信じてはいけない。一見これまでの戦闘から傘が弱点のようだと見せかけておきながらそれが欺瞞情報であるということも考えておかなければ……。
ともかくどちらにしろ全て上段からの切り落としで戦えるわけでもない。戦いの中でタイミングや動きが合えば傘を狙うとしても全てをそれに絞るのは自殺行為だ。あくまでも自然な戦闘の流れの中で狙っていくだけでいい。
「はぁっ!」
「ピギーーーーッ!」
縦に近いような袈裟切りに傘を引き裂いたインスペクターはまた一撃で倒れた。どちらにしろこれだけ切り裂けば有効打になるのは当然だ。
「――ッ!」
左右から同時に二体のインスペクターが触腕を振り回してくる。それはさながら洗車機が迫ってきているかのようだった。
真ん中はもちろん左右に抜けるのも無理。後ろ……、は駄目だ。チラリと見てみればマックス達が近すぎる。俺が下がったらパーティー全員がインスペクターのタゲにされて一気に壊滅しかねない。ここで俺が食い止めるしかない。だったら……。
「うおおっ!」
見切れ!見切れ!見切れ!
回転しながら振り回してくるインスペクターの触腕を全て斬り刻んでいく。木刀だけど……。触腕の動きを見切り、木刀で切り落とす。
「ああああぁぁぁっ!」
「ピギーッ!」
「ピギーーッ!」
二匹のインスペクターは俺に全ての触腕を切り落とされ、無防備になったその頭を真っ二つにされて倒れこみ動きを止めた。こいつらこんな巨体のくせに鳴き声は妙に甲高い音で耳障りだ。残りもさっさと片付けないと……。
「うわぁ!」
「――!」
後ろから聞こえた悲鳴に振り返ってみれば……、パーティーがやばい……。モブの三人が崩壊寸前だ。まだ致命傷は受けていないようだけど敵に囲まれて完全に対応出来る許容量を超えている。
「ふっ!はぁっ!」
一足飛びで後ろに下がった俺はパーティーメンバー達に集っていたインベーダー達をバラバラと吹き飛ばした。こいつらは傘を縦に切ることを意識しなくて良いからいい。木刀を振るだけで面白いように飛んで行く。
「すまん八坂伊織」
「ああ、俺はすぐに前に……、ぁ……」
インスペクター達が他のパーティーメンバーをタゲにする前に戻ろうと思っていたのに……、遅かったらしい。たったこれだけの間に俺達のパーティーの前まで迫っていたインスペクターに半包囲で囲まれてしまっている。
「やばいな……。悪い……、ミスった」
「いや、これは八坂伊織のせいじゃない。むしろお前がいなかったら俺達はとっくに死んでいる。まずはここを切り抜けよう」
「ああ、そうだな……」
誰が悪い、何が悪いというのは後だ。マックスの言う通りまずはここを凌いで生き延びなければならない。




