第四十一話「インスペクターと戦いました」
やばい……。致命的にやばい……。こんな面子やレベル帯でインスペクターの相手なんて出来るはずないだろう。それも一体じゃなくて何十体も見える。これは……、こんなの……。
「奴らを一体たりとも通すな!絶対死守しろ!」
兵士達も慌しい。どうやらこれは兵士達にとっても予想外というか予定外というか。対応に困っているようだな。
はっきり言ってここに出撃してきている生徒達でインスペクターとまともに戦える者が何人いるだろうか?俺の予想じゃほぼいないと思う。インスペクター一体を相手に生徒達の中から最高の戦力を選び出してゲームのように俺が操作出来れば勝てなくはない。
でもこんなバラバラのパーティーで、レベルも装備も足らず、指揮官もいなければ命令に従うわけでもなく各自が勝手に戦ってどうにかしろなんて無理な話だ。
「マックス!ディエゴ!今回は無理は避けよう。まずは確実に身を守れるように立ち回るんだ」
「駄目だ」
「マックス!?」
俺がそう言ったらマックスが前に立った。意味がわからない。何が駄目なんだ?これが生き残る最善策だ。無理に前に突出せず、周りのパーティーと連携してこちらに回ってくる敵を減らしつつインスペクターとの戦闘回数を最小限に抑える。一体、二体なら倒せるかもしれないけど俺達だけであの数のインスペクターをどうにかするのは不可能だ。
「俺達はいつも通り前に出る」
「マックス!あれはいつもの敵じゃない!そんなことをしたら俺達のパーティーは……」
「聞け!八坂伊織!」
「――ッ!?」
俺の反論を遮ったマックスの気迫に押されて押し黙る。
「俺達だけじゃインスペクターの相手が厳しいのはわかってる。でもな……、俺達しかいないんだよ」
「…………は?」
周りに他のパーティーが一杯いるだろ?俺達だけじゃない。ここにいる全生徒で連携して……。
「あれと戦えるのは……、あれを押さえられるのは俺達だけなんだよ!他のパーティーじゃ一瞬で蹂躙されるだけだ!他のパーティーと密集して負担を押し付けてどうする?周りはあっという間に瓦解してインスペクターだけじゃなくてインベーダー達にまで囲まれるぞ?そうなったらもおしまいだ」
「それは……」
俺が操作すれば……、ゲームなら複数パーティーをうまく戦わせて、場合によっては肉壁にして切り捨てて乗り切れるだろう。でも……。
「お前の言う作戦は俺達の負担を減らして俺達だけが生き残る可能性を高めている。確かに俺達のことだけを考えれば最善だろう。でもそれで他のパーティーがいなくなった後はどうする?多少は周りが引き受けてくれるだろう。その間に戦闘が終わるならいいが他のパーティーに負担を背負わせて周りが全滅したら俺達も終わりだ」
「…………」
そう……だな……。俺はこのパーティーが、いや、自分が生き延びるためにベストな方法しか考えていなかった。俺が生き延びるためにはこのパーティーが崩壊せず生き残る必要がある。いつものように俺達が突出したらこのパーティーの負担が重過ぎてパーティーは崩壊、全滅するリスクが高くなる。
だから他のパーティーのラインで共に戦って、襲われる方向を減らし、一度に相手にする敵の数を減らし、自分達のリスクを減らすことばかり考えていた。でもそうじゃないだろう?
そうやって周りのパーティーに負担を背負わせれば周りが崩れていく。一パーティーや二パーティーが壊滅してもすぐに前線が崩壊することはない。だけど五パーティー、十パーティーと壊滅していけばやがて前線が崩壊するのは目に見えている。
周りのパーティーが崩壊すれば俺達の側面を守ったり弱いインベーダーの露払いをしてくれるパーティーがいなくなる。そうなれば俺達だけじゃインスペクターに加えてインベーダーまで相手に出来ずあっという間に全滅だ。
俺は一見生き延びる方法を選択しているようで、ただのその場凌ぎしか考えていなかった。五分、十分ならもつかもしれない。でもその先他のパーティーが崩壊した時に取り返しのつかない致命的な作戦だった。
「悪い……。冷静じゃなかった……。やろう!俺達が前に出てインスペクターを受け持つんだ!その代わり他のパーティーにはインベーダーを受け持ってもらう。それでいいんだな?」
「ああ!」
俺の言葉にマックスが頷いてくれた。危うく俺は致命的なミスをするところだった。確かに俺達は一番危険な場所で強敵を相手にすることになる。でもそうして俺達がインスペクターを食い止めるように周りも俺達に向かってくるインベーダーを食い止めてくれるんだ。そうして協力し合わなければあっという間に全滅してしまう。
「じょっ、冗談じゃないぞ!あんなのと戦えるか!」
「そうだ!俺もごめんだ!」
モブ達が騒ぎ始めた。そりゃそうだよな。最前線に出て一番の強敵達を相手にしようだなんて正気じゃないとすら思えるだろう。俺だって自分がこんな立場になるなんて思ってもみなかった。
でもやるしかない。最も生存確率が高いのはこの方法だけだ。
「誰かがインスペクターを押さえない限り他のパーティーがあっという間に全滅して俺達も死ぬことになる。いいか?ここに立った時点で逃げ場なんかない。俺達が生き延びるためにはこれしかないんだ!」
「そんなの他の強い人がやればいいだろ!俺達には無理だ!」
駄目か……。俺は人を説得出来るほど立派な人間じゃない。詐術や口がうまいわけでもなければ、誠意で説得出来るほど大した人物でもない。俺じゃ言うことを聞かせるなんて無理だったんだ……。
「やろう!マックスさん!八坂伊織さん!俺達で!」
「ディエゴ……」
だけど……、ディエゴだけは俺達に賛同してくれた。他の三人よりも小さく、見るからにひ弱そうなディエゴが一番に……。
「「「…………」」」
それを聞いて他の三人も顔を見合わせていた。さすがに子供のようにすら見えるディエゴがこう言っているのに自分達だけ知りませんとは言えないんだろう。
「無理そうだと思ったらお前達を見捨てて逃げるからな!」
「ああ。今はそれでもいいよ。……でも俺達のパーティーはここの所死者を出していない。離れて単独行動になるのと俺達と一緒にいるのでどちらが生存率が高いかは自分で判断してくれ」
「――っ!」
別に脅しているわけじゃない。実際マックスと組むようになってから俺達のパーティーは被害軽微だ。死人も出ていない。ここはゲームじゃないから六人パーティーって言ってもどの程度まで行動が制限されるのかはわからない。
ゲームの時のように六人だけしか協力し合えないのか。他のパーティーに混ざることも出来るのか。パーティーを離れて単独行動が出来るのか。俺は何も知らない。
ただ一つわかっていることはマックスと健吾がいた俺達のパーティーは間違いなく二組・三組のパーティーにおいて一番強かったということだけだ。今は健吾が抜けてしまったからそれもどこまで通じるかはわからないけど……。それでもマックスがいてディエゴも頑張ってくれるならこのパーティーは相当強いはずだ。
「話が纏まった所で前に出るぞ!奴らもそろそろ来るようだ!」
「よし!やろう!」
マックスに倣って前に出る。
「ディエゴは後衛から槍で攻撃してくれ。残りの三人は一人が前衛に立って疲れたり負傷したらすぐに他のメンバーと交代するんだ。俺が左、八坂伊織は右を頼む。俺達で真ん中をフォローする」
「わかった」
「「「「はい!」」」」
マックスの指揮のもと俺達はインスペクターの相手をすべく前に出たのだった。
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俺達が突出してインスペクターを引きつけるにしてもまずはインスペクターの前にうじゃうじゃいるインベーダー達をどうにかしなければならない。力ずくで前進しながらインベーダー達を倒していく。
「うおおっ!」
「ディエゴ!止めを!」
「はい!」
適当にダメージを与えたインベーダーをディエゴに回す。止めを刺しただけで経験値が入っているのかはわからない。ただ今までの戦闘の感じからすると倒した時に経験値が入っているような感じだったと思う。
ゲームの時は誰が攻撃して誰が止めを刺してもパーティー全員で敵全ての分の経験値が入っていた。それに比べてこの世界では倒した時に止めを刺した者か、もしくは倒された敵に攻撃を加えていた者に経験値が入ると思う。
少なくとも止めを刺せば多分入っているはずだ。ただ俺が弱らせてディエゴが止めを刺すとして……、与えたダメージの割合で得られる経験値が分割されているとしたらあまり大ダメージを与えて瀕死にしすぎるのもよくない。単純に人数で割られるのか、倒すまでに与えたダメージの割合で決まるのか。もしくはまったく別の計算式か……。
何にしろ今のうちに出来るだけディエゴには経験値を稼いでおいてもらわなければならない。インスペクター相手ならこんな接待プレイが出来るだけの余裕はないだろう。少しでも早く杖装備になってもらうためにもディエゴのレベリングは必須だ。
「すっ、すげぇ……」
「これならもしかして……」
モブ達もついてきている。そしてここまで突出してしまったらもう逃げ場はない。俺達を見捨てて逃げるとか言ってたけどこの場から逃げ出そうと思ったらインベーダーの囲いを突破しなければならない。彼らだけでそれをするのは不可能だろう。
別に騙したとか嵌めたつもりはない。そもそも俺達が前に出てインスペクターを引き受けなければイケ学全体が大損害を蒙ることになる。だから後ろで震えていたって結局最後は全員仲良く死ぬだけだ。それなら少しでも生き残れる可能性に賭ける。
「きた!インスペクターだ!」
今までは奥の方でインベーダーの戦いを見ていただけだったインスペクターの一匹がこちらに近づいてきていた。マックスを超える巨体はそれだけで威圧感がある。でも逃げるわけにはいかない。
「俺にやらせてくれ!」
「八坂伊織!あまり無茶をするなよ!」
「ああ!」
ほぼ正面から近づいてきていたインスペクターの前に俺が躍り出る。俺だって死ぬつもりはない。まずはインスペクターの強さの確認だ。これで通用しそうにないと思ったら早々に後退して他のパーティーの所まで戻るつもりだ。でなければ死んでしまう。
「いくぞ!はぁっ!」
何の捻りもない。ただ大上段から振り下ろす。まずは正面からガチンコ勝負してやろうと思って木刀を一閃させた。
「…………え?」
「おおっ!やった!」
傘の部分を俺に思い切り殴られたインスペクターはべっこりと頭がへこんで倒れた。まさにきのこのように途中まで裂けている。これはあれだ……。マツタケを縦に裂いた時のような……。インスペクターはマツタケだったのか?
いや……、待て。待て待て待て。そうじゃないだろ……。敵が弱すぎる。インスペクターはレベル20以上で戦うような初期においては中ボスクラスの強さだ。それがまだ杖も装備出来ない俺の一撃で裂けて終わりなんてはずないだろう?
「なんだよ!こいつら図体ばっかりでてんで弱いじゃねぇか!俺達が頂くぜ!」
「あっ!待て!」
俺達についてきていたのか?他のパーティーの六人が俺達を追い越して先へと進んでいく。その先にはもう一体インスペクターが……。
でも……、もしかして倒せるのか?こいつらは見かけ倒しなんだろうか?俺達についてきていたらしいパーティーもそこそこ強いんだろう。いくら俺達が前のインベーダー達を薙ぎ払っていたとは言っても後続に囲まれるギリギリでここまで抜けてきたはずだ。それだけの実力があるのならもしかして……。
「はっはぁ~!あんなヒョロい奴でも半分くらい裂けたんだ。俺の一撃で真っ二つにしてやる!」
「ぁ……」
駄目だ……。大振りで振り下ろしているけど遅すぎる。それに腰が入っていない。あんなのじゃインベーダーだってへこますだけで潰せないだろう。何発も殴ればインベーダーくらいなら倒せるだろうけどあれじゃ……。
「はぁ!あぴゃっ」
「――ッ!?」
前に飛び出して木刀を振り下ろそうとしていた奴は……、頭が弾け飛んで即死した……。
「うっ……、おぇっ」
喉の奥から胃の内容物が込みあがってくる。インベーダー達なんて散々倒してきた。戦闘で死んだ者もたくさん見てきた。だけど……、戦闘中に頭が弾け飛ぶ所なんて見たことがない。一気に頭が真っ白になってびちゃぶちゃとゲロを吐く。
「ひぃっ!何だこいつ!殴っても効かない!?ぶっ!」
「槍が!俺の槍が刺さらない!どうなってん……うわばっ!」
飛び出して行ったパーティーは……、救いに行く暇もなくあっという間に全滅していた。




