第四十話「中ボスが出ました」
どうせならもっと時間が欲しかった所だけど来てしまったものは仕方がない。マゴマゴしていたら取り返しのつかないことになる可能性もある。ここはさっさと動くべきだ。
まず俺はマックスともディエゴともクラスが違う。健吾とパーティーを組もうと思っていた時は同じクラスだったから更衣室にも一緒に行って、出撃前も一緒に並べばよかった。でも二人はクラスが違うから早く落ち合わないと同じパーティーになれないかもしれない。
急ぎ足で更衣室に行ったらまだあまり人がいなかった。いつも健吾と一緒の時はやや遅めに行ってたけど今回は逆に早過ぎたようだ。更衣室も混雑するからあまりゆっくりしてたら怒られるかな……?でもマックスとディエゴが来るまでここで粘って待っていたい。
更衣室から出ると出撃場まで行かなければならず廊下で待つのは難しい。二人と一緒に行こうと思ったらやっぱり更衣室内で待ち合わせて一緒に出るしかないだろう。
わざと時間を稼ぎながらゆっくりと準備を進める。周りから白い眼で見られている気がするけど気にしたら負けだ。マックスとディエゴが来るまでは何としてもこのまま粘り続ける!
「よぉ、八坂伊織。早いな。教室に行ったのにいないからどこに行ったのかと思ったぜ」
「八坂伊織さん!よろしくお願いします!」
「マックス、ディエゴ……」
そうか……。事前に待ち合わせのこととか相談しておけばよかったな……。俺はいつもテンパって自分本位でその場凌ぎのことしか考えていない。今回のことだってパーティーを組もうと言った時点で出撃時にどうやって皆で落ち合うか何の取り決めもしていなかった。
今マックスが言ったように教室で待ち合わせてから更衣室に行くというのでもよかったし、更衣室で待ち合わせるにしても遅めとか早めに向かうということを言っておくだけでももっとマシだっただろう。本当に俺は何も考えていない……。
「悪い……。待ち合わせ方法を約束してなかったから二人がいつ来ても大丈夫なように早めに更衣室に来たんだ」
「ああ。三組を覗いた時にいなかったからそんな所だろうと思ったぜ」
「次からは待ち合わせも決めておきましょう!」
次か……。あまり不吉なことは言いたくないけど次があればな……。正直前回と同程度の敵が押し寄せてきたらこのパーティーで凌げるとは思えない。ここに健吾が加わったってギリギリの綱渡りになるだろう。それなのに前衛が一枚足りない現状では前回より多少楽な襲撃だったとしても凌げるかどうかは五分五分だ。
まぁまだ始まってもいないのに悲観しても仕方がない。何度も言うように備えは必要だけど不必要に恐れることはない。恐れや悲観は自分の力を鈍らせてますます生還率を下げてしまう。事が始まればあとは戦うだけだ。
「とにかく準備して並びに行こうぜ」
「ああ」
「はい!」
早く並ばないと最後の方になるとパーティーの調整が出来なくなる可能性がある。前までは俺が真ん中で、最悪健吾かマックスどちらかとパーティーになれたらまだ良いかと思っていたけど、今回はそうも言っていられない。
マックスと離れたら前衛が足りずにパーティーは確実に全滅する。そして俺がマックスと一緒になれたら後はどうでも良いというものでもない。ディエゴも確実に同じパーティーになろうと思ったら早めに並んで順番を調整する必要がある。
俺はもう準備も終わりそうだったけど二人とタイミングを合わせるためにさらにゆっくり準備して、他の生徒達にさらに白い眼で見られるのを耐え続けたのだった。
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さぁ、ついに運命の出撃前の並びだ。ここでしくじったらいきなり終わりかねない。今までは最悪健吾やマックスとパーティーが分かれても何とかなるかと思っていた。でも前回の襲撃を見た後じゃそんな楽観なんて出来るはずもない。最初の頃並に緊張しながら順番をじっくり見定める。
…………、あっ!やばいな。このままだとディエゴと俺がマックスと別パーティーになってしまう。並んでいる順番はディエゴ、俺、マックスの順だ。そして俺で六人。マックスから別パーティーになる。このままじゃまずい。
「このままじゃまずい。順番を変え……」
「あっ、すみませ~ん!俺達三人パーティーです!」
「そうか。ならばお前達はこっちへ並べ。ここにそこの三人加われ」
……………………え?
マックスが手を上げて大きな声でそう言うと俺達だけ列から外されて他所の三人が加えられて出撃の扉の前に並ばされた。…………え?何これ?
「おいマックス!今のはどういうことだ?」
「何が?」
何が?って……。いや、俺もあまりのことに理解が追いつかずうまく言えないんだけど何かおかしかったよね?どういうことだ?
俺達は普通に列に並んでいた。だけどマックスが俺達三人がパーティーだと兵士に言うと俺達だけ列から外された。そして言われた所に立たされて他所から足りないパーティーメンバー三人が加えられた。
「もしかして……、パーティーだって申告すればそのパーティー分けで並ばせてくれるのか?」
「当たり前だろ?でなきゃどうやってパーティーを組むんだ?」
…………。そりゃそうだよな。そりゃそうだ……。ああ、まったくもってその通りだ。
そりゃそうだよ……。俺達以外にも固定メンバーでパーティーを組んでる奴だっているんじゃないのか?それらが毎回うまくパーティーになるには申告したらそのパーティーで組ませてくれないと出来ないわな。
考えてみれば当たり前のことだ。その当たり前のことを何で今まで考えなかった?
理由はいくつかある。健吾は一切そんなことを言わなかった。『同じパーティーになれるといいな』というようなことは言っていたけど申告すれば固定メンバーでパーティーを組めるとは一言も言っていなかった。
それに今マックスは大きな声で兵士に申告した。当然周りに居た学園生達にも聞こえただろう。俺達三人がパーティーだということは周囲にも知れ渡ったはずだ。だけど俺は今まで出撃してきて一度もそんな場面も見たことがないし、誰かが申告しているのも聞いたことがない。
誰も利用していなかったのかたまたま俺が聞こえる場に居合わせなかったのかはわからないけど、説明されたこともないし見たこともなければそんなことが出来ることすら知らなくても無理はないだろう。
俺の今までの苦労は何だったんだ?
俺が何も調べず何も知らずただ流されるままにやっていたから悪いと言えばそうなのかもしれない。でもそういうルールやシステムはどうやったら知ることが出来るんだ?
不用意に人に聞いたりして俺がこの世界のことを何もわかっていないと知れたらヤバイ可能性がある。俺は俺なりに色々と調べてみたけどこの世界はわからないことだらけだ。それに何かにルールが書かれているということもない。
例えば生徒手帳に校則が載っているとか、どこかにルールや連絡が掲げられているということもない。皆は当たり前のように全て把握して行動しているけど俺には何が何だかさっぱりだ。
まぁ……、いい……。今回マックスのお陰でわかったんだからもういいじゃないか……。な?これからはパーティーが分かれる心配はなくなった……。それで良いじゃないか……。
「行け!行け!行け!」
暫く並んで待っていると兵士達が各扉のパーティーをバトルフィールドへと押し出し始めた。俺達も扉を潜って飛び出す。そこで見た光景に……、俺は絶望した……。
「前に比べて数が少ないな。今回は大したことないよ」
俺達のパーティーに加えられたモブの一人がそんな暢気なことを言っている。確かに前回に比べて数は圧倒的に少ない。前回は見渡す限り一切大地が見えないほどにインベーダー達がびっしりといた。それに比べて今回の敵は数が少ない。数だけで言えば前回より余裕だと思うのかもしれない。
でもそうじゃない……。あれは……。
「あれは……、インスペクター……。インベーダー達を統率する上位種だ……」
「インスペクター!?」
「あれがっ!?」
マックスとディエゴはインスペクターの存在を知っていたのか……。俺の言葉を聞いて驚いている。
インベーダーがこの世界を侵略してくる尖兵だとすればインスペクターはインベーダー達を統率し指揮する指揮官に相当する。
もちろんインスペクターの言葉の意味は指揮官ではないから彼らは指揮官ではないんだろう。言葉の意味が『監視員』の通り本来ならインベーダー達による侵略を監視している立場なのかもしれない。
インスペクターが監視しているのがインベーダー達なのか、この世界の、イケ学の生徒達との戦いを監視しているのかはわからない。それに言葉の意味は監視員だけどゲーム中ではインベーダー達の監視を行なった上で統率しているらしい描写がある。
インベーダー達やこちらとの戦争を監視して、場合によってはインベーダー達に指示を出す、という存在なのかもしれない。
詳しいことは俺達にはわからないけど……、ただ一つ俺にわかることはインスペクターはゲーム中盤以降に出てくる敵の上位種ということだ。
ゲームが進むとインベーダー達もステータスが上昇している種や特殊能力を持った種が登場してくることになる。でもインベーダー達はあくまでインベーダーでありボスのように飛び抜けて強い個体というのは存在しない。そういった雑兵扱いであるインベーダーを統率する中ボス的な扱いを受けるのがインスペクター達だ。
ゲーム中盤以降になってくるとインベーダーの性能も上昇してくるけどゲームに慣れてきたプレイヤーなら何とかなる程度の敵に成り下がってしまう。そんな時に中盤のイベントでインスペクターが初登場する。その時は一体だけで中ボス扱いのイベントが発生してプレイヤーを苦しめることになる。
しかもその後からは次第にインスペクターが雑魚キャラ扱いのようになって次々に出てくるようになる。そこでまた一段ゲームの難易度が上がってしまうライトプレイヤーの天敵だ。
インベーダーが小柄な俺よりまだ小さいタコかクラゲかというような外見なのに比べてインスペクターは一体一体がでかい。2mを超す巨体で触手というか触腕というかはインベーダーより少ないけど一本一本が太く力強い。ただ大型化しただけじゃなくてかさの部分も開いておらず、まだかさが開いていないマツタケのような感じだ。
つまり男の真ん中に生えている第三の足である息子さんのように見えなくもない。女性プレイヤー向けのゲームの癖にこんなデザイン良いのか?と思ってしまうけど女性プレイヤー達は特にそのことに反応はしていなかった。
やらしい形をしたきのこのキャラクターも流行る世の中だ。そういう目で見ればそういう風にも見えてしまうけど、ただのきのこのキャラクターだと言えば通るようにこれもこういう宇宙人なのか、異世界人なのか、何かわからないけどこういう敵だと言えばあまり気にされなかったらしい。
今はデザインやプレイヤーの反応はどうでもいい……。それよりもこいつらの登場が早過ぎるということだ。インスペクターが出てくるのはまだ良い。いつかは出てくるだろうと思っていた。それより問題は登場が早過ぎるということだ。
こいつらはゲーム中盤以降に出てくる敵のはずでイベントの進行具合から考えてまだまだ出てこないと思っていた。それなのに何故もう出てきているんだ……。これは明らかにゲーム時の展開を逸脱している。
まずい……。非常にまずい……。
インスペクターが一体だけ中ボスとして出てくる時のプレイヤーのキャラクター達がだいたい鉄の剣や鉄の槍を装備している頃くらいだ。つまりレベル20~25以上ということになる。
イケ学での強さはレベルだけじゃないけどレベルが上がっているということは、それだけ特訓したり戦闘に参加してステータスも上昇しているということでありある程度強さの指標になることは間違いない。それで全キャラが最低でも20は超えているだろうなというような頃に起こるイベントだ。
しかもその時は中ボスとして一体が初登場するだけでその後から段々とポツポツ出てくるようになる。
それに比べて今は……、バトルフィールド上には……、前回の大攻勢ほどではなくいつも通りのインベーダー達がいるだけだけど、その後ろには数十体以上のインスペクターの巨体が見えていた。




