第四話「異世界は過酷でした」
扉のような場所から押し出された俺は荒野のような場所に立っていた。全然意味がわからない。
いや、この状態を知っていると言えば知っている。これは所謂バトルフィールドだ。ゲーム中は主に学園パートと戦闘パートに分けられる。学園は言葉通り先ほどまで居た日本の学校のような施設だ。それなのに戦闘パートになるといきなり変なフィールドに場面が切り替わっていた。ここは初期の戦闘フィールドだ。
それはわかる。それはわかるけど何で今まで学園に居たのにいきなりこんな荒野みたいな場所に移り変わっているんだ?そう思って後ろを振り返ってみれば……。
荒野の真っ只中に突然向こうの景色がまったく異なる扉のようなものがポツンとあった。その向こうの景色は俺達が出撃させられる前まで居た場所の景色が見える。そしてその扉の前で鎧を着て槍を持つ兵士がこちらを睨んでいる。間違いなくさっきまで俺が居た学園の中だ。
何だこれは?何なんだ?
「後退することは許さん!死んでも敵を食い止めろ!王子達の所へ行かせるな!」
槍を構えた兵士がそんなことを言う。
「だっ、だったらお前が戦えよ!お前は兵士だろう!」
「あぁ?お前達は駒だ!死ぬまで戦え!」
兵士に食ってかかった俺に向けて槍が突きつけられる。駄目だ。この兵士が持っているのは鉄の槍、装備レベルは25だから木刀しか装備出来ないレベル5未満の俺じゃそもそも勝負にもならない。
「なっ、何してるんだよ伊織!すみません!すぐ行きますんで!さいなら!」
「あっ!おい!健吾!引っ張るな!」
兵士と揉めていた俺の襟首を掴むと健吾が無理やり引っ張っていく。ずるずると引っ張られて俺達が兵士の居た扉のような場所から離れてようやく健吾は俺を放してくれた。
「ばっかやろう!兵士に喧嘩を売る馬鹿がいるか!」
「だけど……、偉そうに言うならあの兵士の方がレベルが高いならあいつが戦えば良いだろ?」
何でレベル5未満の俺達が戦わなければならないというのか。兵士は戦うために存在するんだろう。だったら兵士が戦えば良い。
「ったく……。今日はどうしたんだよ伊織?お前らしくないぞ?俺達はイケシェリア学園の生徒だろ?インベーダーと戦うのは俺達の役目じゃないか」
その健吾の言葉に……、俺はゾッとした。
明らかに俺達よりレベルの高い兵士はまるで俺達を監視しているかのように見張り手も貸さない。そんな中で低レベルの俺達がこれほど多くの敵に囲まれているのに命懸けで戦う。そのことに何の疑問も感じていないのか?
もちろん俺は出来るだけ自分を危険に晒したくないと考えている。一言で言えば保身だ。俺が戦ったり死んだりしたくないから兵士に戦って欲しいと思ったのは間違いない。
だけどただ単純にそれだけじゃなくて俺の考えは普通で合理的なはずだ。例えば最悪俺達も戦うのは良いとしよう。でもレベルの高い兵士と協力して戦った方が犠牲も少なく確実に戦えるはずだ。それなのに兵士は一切こちらに手を貸す素振りはなく俺達だけで戦わなければならない。これはおかしくないか?
これがゲームの世界が中途半端に現実になったために起こっている現実との乖離か?それとも他に何か……。
「おい伊織!とにかく今はそんなことを言っている場合じゃないぞ!もう来やがった!」
「――ッ!」
健吾の言葉で我に返った俺が視線を前に向けるとグロテスクな生き物のようなものがこちらに迫ってきていた。見渡す限りの敵、敵、敵!俺達以外にもあちこちにイケ学の生徒が居るみたいだけどそれぞれ六人ずつに分かれている。
イケ学のパーティーは一パーティー当たり最大人数は六人になっている。ただしゲームの後半になってくると二パーティー、三パーティー同時に出撃させたりもするから一回の戦闘で絶対に六人しか使わないということはない。
俺と健吾の他は良く知らない生徒が四人。皆木刀ということはレベルは5未満。チュートリアルの戦闘であることも考えれば恐らく全員レベル1だろう。
攻略対象である王子達は初期値からして多少レベルが高く設定されている。だからチュートリアルではほぼ負けることはあり得ないわけだけどそれ以外のモブは皆レベル1からスタートだ。
「ぼーっとするなよ!伊織!」
「あっ、あぁ……」
俺達のパーティーは六人だけど健吾は俺を庇うようにやや前に立ってくれている。かなり近づいてきているインベーダーはあまりにグロテスクで見るに耐えない。それでも目を逸らしていたらあっという間に死んでしまうことがわかる。だから全神経を集中して敵に注意しなければ……。
「そっちに行ったぞ!」
「うわっ!」
俺達のパーティーのうちのメガネをかけたモブ君にインベーダーが飛び掛る。
「うぎゃぁ!腕が!腕がぁっ!」
「ひっ……」
メガネモブ君に飛び掛ったインベーダーは……、木刀を振り回していたメガネモブ君の腕を引きちぎった……。一瞬で俺の血の気が引いていくのがわかる。ガタガタと体が震えて体に力が入らない。
何だよ……。何なんだよこれは……。
メガネモブ君だけじゃない。あちこちで……、イケ学のモブ生徒達がインベーダーに襲われ、その腕が、足が、内臓が、引きちぎられぶちまけられる。
当たり前だろ!敵が多すぎる!それにこちらは皆レベル1だ。装備も強化していないただの木刀でどうやってこれだけの敵を相手に戦えっていうんだよ!
兵士でも王子達でも良い!もっとマシな奴らが戦えよ!何でこんな……。これじゃまるで俺達は……。
「伊織!何してる!戦え!」
「ひぃっ!」
俺に迫ってきていたインベーダーを健吾が横から殴り飛ばしてくれた。そのお陰で俺は何ともなかったけどもし健吾が助けてくれていなかったら俺も今頃他のモブ君達みたいに……。
「こっ、こんなの戦えるわけないだろ!」
「ばかやろう!」
パシンッ、と頬を叩かれた。一瞬何が起きたのか理解が追いつかない。俺はただ呆然と健吾を見上げていた。
「このままぼーっとしてたら殺されるだけだ!戦え!生き残りたかったら戦え!」
「――ッ!」
健吾の言っていることは正しい。何故こんなことになっているかは未だにわからない。もしかしたらここで死んでゲームオーバーになったら元の世界に戻れるんじゃないかなんてぼんやり考えている自分もいる。だけど一つだけわかることはこのまま呆けていてもインベーダーに殺されるだけだということだ。
そんなのはごめんだ!ゲームオーバーになったら元の世界に帰れるなんていう保障はない。俺はこんな所でわけもわからず死ぬのなんて絶対にごめんだ。だから足掻いてやる!このまま死ぬのを待つくらいなら足掻いて、足掻いて足掻いて足掻いて!最後の最後まで生き延びてやる!
「ごめん健吾……。やろう」
「おう!俺と伊織なら生き残れるさ」
ニッと笑う健吾が少し格好良く見えた。別に俺が女で、男としての健吾を格好良いと思ったということじゃない。ただ……、何ていうか、男同士でも男のことを格好良いと思う瞬間があるだろう?見た目だけじゃなくて生き様とかそういうのでも良い。同い年の健吾にそんなことを思うなんて思ってもみなかったけどそう思ってしまった。
「俺が前衛を引き受ける!伊織は援護を頼むぜ!」
「ああ、わかった」
イケ学の戦闘システムには前衛と後衛というものがある。よくある設定で前衛は攻撃を受けやすく後衛はターゲットにされにくい。その代わり後衛は射程の短い武器では攻撃できなかったり制限があったりする。また物理攻撃の威力が下がるなどのデメリットもある。
ただし例外として後衛用の物理攻撃武器として槍等の射程の長い武器はまた別だ。槍ならば後衛からも物理攻撃出来る上に攻撃力ダウンの制限を受けない。同じく後衛武器として弓などもある。
まぁそれはともかくどの道現状では俺達は木刀しか持っていないし仮にあっても装備出来ないのは更衣室での一件でわかった。ならば手持ちのカードでどうにかするしかない。
このゲームの世界は剣と魔法の世界だ。そう、魔法が存在する世界だ。だけどレベル1で使える魔法はない。聖女である主人公もある程度レベルが上がってこないとほとんど役に立たない。まぁ役に立たないのは王子達も一緒だけどそれは今はいい。
せめてメニューでも見れたら良いんだけどな……。さっきから色々と試しているけどメニューが開けたりはしないようだ。そこはラノベやアニメみたいにメニュー画面が開けて……、とか実は異世界転移か転生かわからないけどした俺にチート能力があって、とかそういうのがあっても良いんじゃないだろうか。
でも残念ながら何もない。ここはゲームのイケ学に似ているけど微妙に現実になっている世界だ。現に腕を引き千切られたメガネモブ君はまだ生きているけどもう戦えない。
ゲームの時ならHPが1でも残っていたら戦闘不能にはならずずっと戦える。だけど現実ならHP1になる前にもう瀕死でありまともに動けないだろう。この世界はイケ学に似ているけど現実に近い。瀕死どころか重傷を負った時点でまともに動けなくなる。
その代わりゲームではあり得なかったことも現実でなら出来る可能性もある。例えばゲームなら後衛で木刀なら積極的に戦闘に参加出来ない。武器の射程が短いから接近してきた敵にしか反撃出来ない設定になっている。だけどゲームじゃなくて現実であるこの世界ならどうだ?健吾が相手をしているインベーダーの隙を突いて俺が援護をすることも出来るんじゃないか?
「ちぃっ!」
「健吾!」
正面から二匹、そして右から一匹の三匹のインベーダーが健吾に殺到していた。そのうち右の一匹を俺が飛び出して木刀でぶん殴る。
「助かったぜ伊織!」
「ああ」
やっぱり!これはゲームとは違う所だ。ゲームのようにターン制の戦闘でもないし武器の射程がどうとかそういう制限はないように思う。
健吾は強いな……。正面の二匹を同時に相手にしてもうまく立ち回って戦っている。それに比べて俺は一匹の相手を引き受けたのは良いけど一匹相手でも中々倒せない。今の俺の体の持ち主は恐らく魔法系が得意なんだろう。魔法系のキャラは初期の育成が大変だ。低レベルの間は魔法が使えないからほとんど役に立たない。その代わり魔法を覚えてからはかなり役に立つ。
ゲームなら経験値が分配されたりするから物理キャラに経験値稼ぎをさせれば魔法キャラも育てられる。だけどこの世界ならどうだ?俺が魔法キャラだとすれば自力で魔法を覚えない限り経験値が分配されて勝手に強くなるなんてことはないんじゃないだろうか?中途半端に現実化しているこの世界ならあり得る。
俺は死にたくない。それに今でもインベーダーは気持ち悪いし逃げ出したい気持ちで一杯だ。だけどこの先俺が生き残るには自力で頑張るしかない。健吾が前衛を務めてくれるからって自動的に俺も経験値が増えて魔法を覚えると思うのは考えが甘すぎるだろう。
俺も自力で強くならなくちゃ……。こんなくそったれな世界で死んでたまるか!何のチートもないようだけど少なくとも俺はゲームのイケ学についてはよく知っている。その知識があるだけでも他の人間よりは有利なはずだ。
「悪い伊織!一匹頼む!」
「任せろ!」
いくら健吾が前衛向きだと言っても限度がある。こんなに敵がいたら全てを引き受けるのは無理だ。それに俺もレベルを上げておく必要がある。無理して死んだら元も子もないけど今のうちにきちんとレベルを上げておかないと後々大変なことになる。出来る限りレベルを上げておくんだ!この世界で生き残るために!
~~~~~~~
どれほど戦っているだろうか……。もう腕も上がらない。一体敵はどれだけいるんだ?どうすればこの戦いは終わるんだ?
「はぁ……、はぁ……、やべぇな」
「…………」
健吾も限界だ。俺達のパーティーはもう俺と健吾しか残っていない。残りは……。それに周囲に残っているパーティーもチラホラ見えるだけだ。戦闘が始まった時は周囲に一杯パーティーが居たのに……。
やばい……。まさかチュートリアルで全滅して終わりか?何だこのクソゲーは……。いや、イケ学は最初からクソゲーだったわ……。俺も結構はまってたけどクソゲーだったことは否定しようがない。
インベーダーはまだまだいっぱい残っている。そいつらが動き出した。もう無理かと思ったその時……。
キュピピーーンッ!
と耳障りな音が聞こえてきた。これは……、戦闘クリアの時に流れる音だ。チュートリアルの戦闘クリア条件は敵の全滅だったはずだ。ただし主人公と攻略対象五人の前に出てくるチュートリアルの敵は数も少ないしレベルも低い。簡単に終わるはずの戦闘なのに……、まさか王子達はあれだけの敵を倒すのに今までかかったのか?
クリアの音が流れると同時に無数にいたインベーダー達が引き上げていった。意味がわからない。あのまま攻め込んできていれば俺達の負けだったはずだ。この辺りは中途半端にゲーム仕様ってわけか?
ともかく助かった俺達は生き残った者を連れて引き上げた。戦闘フィールドの荒野から学園に戻る時にまた偉そうな兵士にゴチャゴチャと指示される。本当にイラッとする。だったらお前らが戦えと言ってやりたい。いや、もう言ったんだけどね……。
あちこちの空間を移動する扉のようなものからゾロゾロと生徒達が戻ってきていた。扉と出口は無数にあるようで俺達の周りで戦っていたパーティーもそうじゃないパーティーも自分達が出て行った扉を通って戻ってくる。
「あぁ……」
「う゛ぅ゛……」
「いてぇ!いてぇよ!」
「足がぁ!俺の足ぃ!」
「――ッ!」
そこで俺が見たのは地獄だった。ついさっきまで学園で授業を受けていた普通の学生達が……、腕が折れ、足を失い、血塗れになりながら担架で運ばれていく。中には布を被せられている者も……。
「うっ!」
すっぱいものがこみ上げてきた俺は蹲って慌てて口を押さえた。もしかしたら俺もああなっていたかもしれない。このまま続けていればいつかああなるかもしれない。今頃になってまたガタガタと震えがやってきた。
「大丈夫か?伊織?」
「あっ、ああ。大丈夫。行こう」
健吾が心配そうに声をかけてくれた。立ち上がった俺が歩いていくと……。
「ふんっ!インベーダーなどといってもあの程度か!」
「王子の敵ではありませんでしたね」
「あの……、私足手まといで……、申し訳ありませんでした!」
王子達が出撃したらしい扉の前を通りかかると偉そうに踏ん反り返った王子と取り巻きの四人、そして主人公が出て来た。チュートリアルでは主人公は役に立たないのは間違いない。それを謝っているんだろう。
チラリと王子達が出て行った扉を覗いてみれば……、転がっているのは数匹の最弱のインベーダーだけだった。俺達が相手にしていたのはここに転がっているインベーダーよりもずっと強い敵だ。
インベーダーにも種類や強さの違いがある。これからしばらくは主人公達は最弱のインベーダー相手に簡単な戦闘を何度か繰り返すことになる。それに比べて今日俺達が相手にしたのはプレイヤーが戦闘に慣れてきた頃から出てくる面倒な敵だ。
どちらも初期レベルで倒せる敵ではあるけど敵の能力や攻撃手段、思考ルーチンが違うのか強さとしては天と地ほどの差もある。この程度の敵を……、チュートリアル専用とも言える雑魚を倒すのにあれだけ時間がかかって、俺達が他の敵を食い止めてやっていたからこの程度の敵と戯れているだけでよかったくせに……、それなのにこのこいつらの態度は何だ?
『インベーダーなどあの程度』?はっ!クソの役にも立たない雑魚王子が!
それに周りを見てみろ!一体何人の犠牲が出たと思っているんだ!こんなクソ共六人を守るためだけに俺達は死ぬ思いで戦ってたっていうのに……。犠牲になった者達に感謝もすることなく偉そうに踏ん反り返るだけのクソ共が!
「おい伊織、やめとけ。伊織が何を考えてるかわかるけどやめとけ」
「健吾……」
王子達に文句の一つでも言ってやろうかと思った俺の肩を健吾が掴む。確かにここで俺が王子達に突っかかっても俺が罪に問われるだけで何も解決しない。だけど……、くそっ!
何なんだ。何なんだよこの世界は……。こんな理不尽があって良いのか?俺はこれから先どうすれば良いんだ……。