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第三十八話「胸を触られました」


 まず大事なのは俺達が生き延びることだ。アイリスどうこうとかこの世界の謎がどうこうというのは俺の個人的な問題でしかない。このパーティーにとって一番重要なのはまずパーティーメンバーが生き延びることに尽きる。


「……まず始めに言っておく。ディエゴには剣や槍の才能はない。無理に鍛えても無駄だ」


「え……」


 俺の宣言を受けてディエゴは暗い顔をしてまた俯いた。やっぱりお荷物だ、って言われたと思ったのかもしれない。でも俺が言いたいことはそんなことじゃない。ここから先は重要な話だ。


 ……これを言っても大丈夫なんだろうか?健吾の時はゲームシステムやゲーム知識に関することを言おうとしたら様子がおかしくなっていた。もしかしたらこの世界の人間にはイケ学のゲームシステムや知識を話そうとしたら何かおかしなことが起こるのかもしれない。


 これから俺が言おうとしていることはそれに引っかからないのか?言っても大丈夫なのか?


 わからない……。不安は尽きない。だけどこのまま言わないままだと余計に悪いだろう。もしおかしなことになりそうだったらその時はその時だ。もう言うだけ言ってしまおう。


「ディエゴ……、お前には魔法の才能がある。だからお前は魔法使いになれるように鍛えるべきだ。魔法基礎を学び、魔法を覚えて、魔法使いになるんだ」


「俺に……、魔法使いの才能が……?」


 今の所ディエゴもマックスも特に変わった様子はない。いや、ディエゴは驚いているようだけど健吾の時のように態度が豹変したり会話が出来なくなったりはしないようだ。これならいけそうだな。


「現時点でディエゴが前衛として使えないのは間違いない。そのことは俺も否定しないしディエゴも逃げちゃ駄目な所だ。でもだからってディエゴがいらないわけでも役立たずなわけでもない。まずは杖を装備出来るようになるまで強くなろう。それから魔法を覚えるために努力するんだ」


 なるべく……、健吾と会話していた際に引っかかったキーワードとかを言わないように気をつけつつ説明を続ける。レベルとかそういう言葉も微妙に禁止ワードっぽいから出来るだけ避けて使わないように気をつける。


「いいかディエゴ。まずは槍の使い方を身につけるんだ。俺達のパーティーでは俺とマックスが前衛を引き受ける。ディエゴは槍で後衛からインベーダーを倒すんだ。そうして生き延びつつ強くなって杖が装備出来るようになればいい」


「なるほど」


 マックスも俺の言葉を聞いて頷いている。今の所禁止ワードには抵触していないようだ。さらに続ける。


「それからただ槍ばっかり鍛えるんじゃなくてある程度槍が使えるようになったら今度は魔法を学べ。今はまだ魔法は覚えられないだろうから魔法基礎を学んで魔法を覚えられる下地を作っておくんだ。そうすれば魔法が覚えられるようになる」


 これはちょっと説明が難しい。魔法を覚えるためには、いや、魔法だけじゃなくてスキルも何もかもだけど覚えるためには習得に必要な最低レベルが存在する。レベル1の時から魔法を習得していくということは出来ない。あと下位スキルを持っていないといけないとか、一定以上のステータスとか条件は色々あるけどそれは今はいい。


 とにかくまずは魔法基礎で知力をあげつつ魔法を覚えられるレベルになるまでレベル上げをしなければならない。どの道杖の最低装備可能レベルがレベル15木の杖なんだからその付近になるまではそもそも魔法を覚えても意味がないからな。


 俺は将来杖装備にするために体力特訓をしつつレベルが上がるまで魔法基礎を読み続けてきた。もしかしたらもうちょっとで魔法を覚えることも出来るかもしれない。木の杖がレベル15だからって魔法を覚えられるのがレベル15からってわけじゃない。その少し前からいくつか覚えられる魔法がある。


 魔法を覚えるためにも色々とコマンドを選択して行動を消費しなければならない。その間に戦闘になる可能性もあるわけで杖装備レベルを超えてからようやく覚えられるんじゃなくて少し前に覚えて、レベルが超えると同時に魔法を使えるように設定されている。


 とは言ってもそれもレベル13とか14になってからの話だ。恐らく今の俺もまだ覚えられる魔法はないだろう。次の戦闘が終われば魔法くらいは覚えられるようになるかもしれない。杖装備は早くてもあと二回くらいは戦闘しなければならないだろうか。


「俺が……、魔法使いに……。じゃあ!魔法を覚えたら……!」


「ああ。前衛には向いていないかもしれない。でも魔法が使えるようになったらむしろ皆がパーティーに入ってくれって言うくらい頼りにされるだろうな」


 これは嘘じゃない。ゲーム中盤以降は魔法職がいないとまともに進めなくなるくらいだ。大器晩成型の魔法職は初期の頃は使えないと思われがちだけどゲームクリアするつもりなら必須になる。


 ただし……、ゲーム中にはやたら魔法抵抗値が高い敵が出てくるマップが存在する。所謂魔法使い殺しのマップだ。中盤以降に魔法使いがやたら使えるからって頼り切って他を育てていなければそこで詰むことになる。本当にイケ学の開発者と運営は意地が悪い。


「八坂伊織!俺は?俺はどうすればいい?」


 マックスが鼻をスピスピさせながら聞いてくる。だけどぶっちゃけ前衛ごり押しのマックスは特に何もない。


「え~っと……、武器か体力を鍛えておけば良いんじゃないかな……」


「それだけか……?」


 滅茶苦茶落ち込んでる!?それはもう見るからに元気なく落ち込んでいる!


 でもまぁいいや。別にマックスのフォローをしてやる理由もないだろう。というよりそもそも本当に前衛職はそれだけでいい。体力特訓をするか武器特訓をしておくだけだ。


「じゃあ……、体力を鍛えておいてくれ。この前の戦闘も随分長引いてギリギリだった。これからもっと長引くようになる可能性もある。長時間の戦闘に耐えられるように備えておいてくれ」


「ああ!わかった!任せろ!」


 ふぅ……、マックスが単純で助かった。これ以上具体的な指示をしてくれとか何か言われても説明しようがない。これで納得してくれたのならいいだろう。


「さぁ、昼休みが終わる前に戻ろう」


 もうすぐ午後の授業が始まる。その前に教室に……。


「そうだな」


「うん」


 ディエゴが先頭に立って空き教室から出る。ここへは俺がディエゴを先導してやってきた。そして俺の前にマックスがやってきたから入った時の逆の順で出ることになる。つまりディエゴ、俺、マックスの順だ。


「あっ!そういえば……」


「え?」


 扉を出る前に急にディエゴが立ち止まりやがった。俺達は三人並んで扉を出ようと思っていたのに俺の前のディエゴが止まれば当然俺がディエゴに追突することになる。とは言ってもニコライに散々しごかれている俺がこんな不意打ちくらいで後ろから追突するはずもない。ギリギリで留まった。


「おい、ディエゴ。いきなり止まるなよ。後ろが追突……」


「あっ」


 俺がそういいかけた時……、後ろから巨大な影が追突してきた。俺の前にはディエゴがいる。前に避けることは出来ない。左右の片側はすぐ壁だし逆側には机が並べられている。つまり俺は前後左右どこにも避けられないわけで……。


「お?わりぃ……」


 後ろから追突してきたマックスが……、俺の腕の外側から両腕で俺を抱き締めるような形で……、しかも前に回ってきた腕、いや、手がモロに俺の胸を……、がっちり掴んで……。


「いっ……」


「い?」


「いやぁぁぁっ!」


「ぶべらっ!」


 後ろから両胸をがっちり掴まれた俺は自分で出したとは思えない悲鳴を上げながらマックスの腕を振り払うとその顔面にビンタをぶち込んでいた。


 オーバーに吹っ飛んだマックスは放物線を描き5mくらい向こう、教室の向こうの方まで飛んでいって床を滑っていた。


「どっ、どこ触ってんだよ!この変態!信じらんない!この変態!」


 もう自分でも何を言っているのかわからない。とにかく口から勝手に次々と言葉が出てくる。だけどそれは同じような言葉ばかりで普段の知性溢れる俺の言葉とは思えないようなものだった。


「もうマックスさんには聞こえてないと思うけど……」


「黙れディエゴ!そもそもお前が急に立ち止まるからこんなことになったんだろ!お前もひっぱたいてやろうか!」


「ヒッ!?」


 俺が手を振り上げたらディエゴは両腕で自分の顔を庇うようにして下がった。


 あぁ!もう!触られた!いくらコルセットの上からとはいえ確実に、がっちりと、鷲掴みにされた!


「うわぁぁぁ~~~ん!マックスのあほ~~~!エッチ~~~!」


 もうわけがわからなくなった俺はそんなことを叫びながら廊下を駆け抜けていったのだった。




  ~~~~~~~




 …………俺は今非常にブルーだ。


 原因は色々ある。まず……、今日の昼休みの俺……、何だよあれは?あれじゃまるで女の子みたいじゃないか……。男である俺がちょっと男と体が接触したからってあんなに取り乱すなんておかしいだろ……。


 確かに……、あれはもうがっちりホールドしてたよ?完全に俺の胸にジャストフィットだったよ?偶然じゃなくて狙ってたよね?ってくらい握り締められたよ……?


 でもあれはないだろう俺……。仮に男が同性の友達に息子さんを偶然触られたからってああなるか?なるわけないだろう?それがましてや息子さんじゃなくてただの胸だったら?どう考えても俺がおかしいと思われたはずだ……。


 そう、それも問題だ。だけど百歩譲って触られたからって取り乱したのは良いとしよう。良くはないんだけどそれ自体には何の問題もなかったとしてだ。


 それよりもいくらあまり胸が大きくない俺がサラシを巻いて押さえてコルセットをつけていたとしても……、さすがに胸をがっつり掴まれたらおっぱいが膨らんでいるってバレたんじゃないのか?俺が女の体だってバレたとしたら……、大変なことになるんじゃないか?


 マックスに確認しなければならない。どれだけ気付かれているのか確認しないと俺は夜も眠れない。でも怖くて聞けない。もし『お前が女だってことはわかってんだよ』とか言われて……、『黙ってて欲しかったら……、わかってんだろ?』なんて……。


 あ~~~~っ!どうしたらいいんだよ!


 それに……、男に胸をがっつり掴まれてしまった……。物凄いショックだ……。何でかはわからない。でも男におっぱいを掴まれたと思うとこう……、何ていうか……、汚された……みたいな?何かそんな感じがして胸がつっかえる。


 舞に会いたい……。舞にこの穢れを落としてもらいたい。


 こう……、舞の優しく清らかな手で俺の穢れを払いつつ、そっと胸をなぞってもらって……、頂点にあるさくらんぼを……。


 って!また俺は何を考えてるんだよ!いい加減にしろ!


「八坂君?授業中なんですけどね?ちゃんと聞いてますか?」


「あっ、はい……。すみません……」


 午後の授業中はずっとこんな感じだった。それもこれも全てディエゴとマックスが悪い!


 でも怖いから直接問い質しに行く勇気もない……。だって……、俺が女だってバレてたらと思うと……、怖くてマックスと顔が合わせられない。


 このまま特訓に行っても絶対怒られる。それはわかりきっていることだ。いつもこういう時は集中出来てないとかやけくそになってるとか言われて怒られる。今日だって絶対にそういわれるだろう。でも……、だからってどうしたらいいんだよ……。


 こっちから余計なことを言って藪蛇になったら最悪だ。だけどこのままモヤモヤしたままじゃ特訓にも身が入らないしゆっくり眠ることも出来ない。気になりすぎて変な想像ばっかりして何も手に付かなくなってしまうだろう。


 そもそも、もし本当にマックスに気付かれていて……、俺を脅してくるくらいならまだしももし学園に密告されてたら?アイリスにその情報が流れていたら?想像するだけでも恐ろしいけどあり得ないとは言い切れない。


 何か対応しなければ……。このまま放っておいてマックスから情報が流れてアイリスの耳に入ることだけは絶対に避けなければならない。


 でもでもどうしたらいいんだ?こっちから下手なことを言えば藪蛇になりかねない。だけど何も聞かずに放置しておくことも出来ない。


 あ~~~~~っ!もう!マックスが俺のおっぱいを揉んだりするからこんなことになったんだろう!あの変態め!くそぉ!くそぉ!


「八坂伊織……、少し話がある」


「――ッ!?」


 放課後……、どうしようかと思いながら教室を出ようとした俺に、扉の前で待っていたマックスが話しかけてきたのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] いや、こいつは気づかんだろ 鈍感だし。 と僕は思うんだけどねぇ
[一言] おっおっ、おっぱ……おっぱ……
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