第三十七話「パーティーを組みました」
もう随分慣れた一人での朝を過ごして授業へと向かう。いつものようにただ授業を聞き流しながら魔法基礎上級を読んで時間を潰す。お昼休みになったから食堂へ行こうとしたら何やら扉の方が騒がしかった。
「あの……、こちらに八坂伊織さんという方はおられますか?」
「…………」
聞き間違い……、じゃないわな。同姓同名の別人……、もないわな。三組の扉の前には昨日転がり落ちた少年、ディエゴがいた。どうやら俺を捜しているらしい。
「八坂ならあいつだよ」
げっ……。モブが俺を指差してそう言った。ディエゴがこっちを見て目が合う。
「あなたが八坂伊織さんですか!俺ディエゴっていいます!昨日は助けていただいてありがとうございました!」
「あっ、あぁ……。助けたのはたまたまだし気にするなよ。俺が助けなくても他の誰かが助けただろうし……」
俺が『救助者』とやらになったから他の誰も手伝ってくれなかったけど、俺が『救助者』になっていなければ他の誰かが救助者として助けてくれていたはずだ。俺だって自分の目の前に降ってきたから助けただけで他の誰かが助けていたらわざわざでしゃばって出て行きはしなかっただろう。
「そんなことはありません。俺はあなたに助けられたんです!お礼をさせてください!」
う~ん……。とりあえずここで騒ぐのはやめた方がいいだろうな。ディエゴは少々うるさい。ここでそんなに騒いでいたら目立って仕方がない。
「とりあえず場所を変えよう。ここじゃ目立ちすぎる。それと君はちょっと声が大きい」
「すみません……」
しょぼんとしたけど油断してはいけない。今たまたまとか興奮していてうるさいんじゃない。ディエゴはずっとこんな調子だ。一応注意したけど直るとも思えない。
昼の時間だし俺とディエゴは二人で食堂へと向かったのだった。
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食堂で昼食を済ませる。食べてる間は静かにしていろと言ったからディエゴも大人しくご飯を食べていた。一応言うことは聞いてくれるようだ。最初の時のように向こうが勝手にベラベラしゃべるということはなくて少しだけ安心した。
「それで……、何で昨日俺が助けたってわかった?」
まず肝心なのはこれだ。もしアランに聞いたとか言われたら大事だ。それはつまりアランに俺の存在が認識されているということになる。顔くらいは覚えられたかもしれないけど名前やクラスまで把握されているとなったらかなりやばい。
あるいはアラン以外だとあの白衣の男ということになる。そっちに知られて把握されているというのもやばいだろう。医務室関係とはなるべく距離を置いておきたいというのにすでに名前やクラスが知られていたとしたらかなり危険だ。
「えっと……、これです!」
「ん?」
ディエゴが出してきた白い布をじっと見詰める。何か見覚えがあるな……。
「あなたが応急処置で巻いてくれた包帯とハンカチ、そのハンカチに名前が書いてありました!」
「あっ……、あ~……」
そうか……。そう言えば俺のハンカチに名前が書いてあったわ……。もちろん書いたのは俺じゃない。この世界の持ち物は前の『八坂伊織』の持ち物ばかりだし俺は地球でもハンカチなんて持ち歩かなかったし名前も書いてなかった。
「お返ししておきます!」
「あぁ……」
渡されたハンカチとサラシを受け取る。ハンカチを開いて確認してみたけど綺麗なものだ。昨日は確実に血で汚れていた。血がついたら簡単には落ちない。それが最初からなかったかのように綺麗に落ちている。汚れが落ちているというよりは汚れる前の状態に戻ったというべきなのかもしれない。
この世界の医務室での治療はそういう感じだ。カプセルに入ったら破けた服も服の汚れも全てなかったかのように綺麗になっていた。このハンカチが綺麗なのも昨日ディエゴが治療を受けた際にこのハンカチやサラシも何らかの効果を受けて綺麗になったからだろう。
「でもこれには名前しか書いてないけど……」
ハンカチには『八坂伊織』とは書いてあるけど当然ながらクラスとかは書いていない。それなのに何故俺が三組だとわかったんだろう。まさかさっきみたいにあちこちで俺の名前を聞いて回ったんじゃないだろうな。そんな目立つことをされたとしたらかなり最悪だ。そんな悪目立ちしすぎたらアイリスにまで気付かれてしまう。
「二組でマックスさんに聞いたんです!そしたら八坂伊織さんは三組だと教えてくれました!」
「あっ、そう……。マックスがね……」
あの野郎……、何勝手に人の個人情報を教えてんだよ。まぁいい。それより俺から聞きたいことがある。
「ところで……、ディエゴ、君は何故階段から落ちてきたんだ?」
「それは……」
俺の質問にディエゴは今までのうるささが嘘のように静かになった。俺には疑問だったんだ。
普通階段から転げ落ちる時って足を踏み外したりしたら横に転がるんじゃないだろうか。階段を下りる時に前につんのめって縦に転がり落ちることはあるかもしれない。でも後ろに向けて縦に転がり落ちるか?それは何か奇妙な気がする。
もちろん階段を上っている時に何かの拍子に後ろに仰け反って転がり落ちてしまうことはあるのかもしれない。でも落ちるとしても途中で横の回転に変わったりしないだろうか?素直に縦回転のまま下まで落ちるか?
もしそんなことがあるとすれば相当鈍臭いか……、あるいは前から強い衝撃を受けて勢いがついている場合じゃないだろうか?
普通後ろに転がりそうになっても体を横に捻るだろう。そうなると徐々にでも体は横回転になって階段の上を転がるはずだ。それなのに後ろに向けて縦回転のまま転がり落ちるなんて前から強い衝撃でも受けないとそうそうない……、かもしれない。
統計的に、とか件数的に、ということはわからないけど普通に考えたら少しおかしいと思うだろう?絶対にあり得ないとも言い切れないだろうけど少々不自然だ。
「俺は……、お荷物なんです」
「……お荷物?」
いきなり何の話だ?意味がわからない。でも余計な口は挟まないでディエゴの言葉を聞いておく。
「俺は戦闘では何の役にも立たないのにいつも人に守られて、人を頼って、その人達が傷つき死んでいっているのに俺だけは生き残るんです。だから……、俺なんていない方がいいって……」
「――ッ!だからってお前を突き落とした奴がいるのか!?」
その瞬間俺は頭に血が上って立ち上がっていた。周囲の視線が集まる。やばいな……。あまり目立つとその一味が聞いている可能性がある。場所を変えよう。
「ディエゴ、場所を変えよう」
「……はい」
まだお昼休みの時間はある。俺は再びディエゴを連れて人がいないであろう場所に向かって移動したのだった。
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授業を受けているクラスの教室から遠くにある空き教室に忍び込む。こんな離れた場所にわざわざ来る者はいないだろう。少しでも音が漏れないように扉を閉めてからディエゴと向かい合う。
「ここならいいだろう……。それで、昨日のは事故じゃなくて誰かに突き落とされたんだな?」
「…………はい」
観念したように顔を伏せたディエゴはそう答えた。それを聞いてまた俺の頭に血が昇る。何度聞いても腹が立って許せない。
「ディエゴが戦闘で役に立たないから……。それなのに周りは犠牲になっているのにディエゴは生き残っているから殺そうとした。そういうことだな?」
「あっ!待ってください!殺そうとしたとかそんなんじゃ……」
「ふざけるな!階段から突き落としたらそれはもう殺人なんだよ!結果的に生きてようが殺すつもりはなかったとか死ぬとは思わなかったとか関係ない!それはもう立派な人殺しだ!」
何で殺されかけたディエゴの方がそいつらを庇おうとするのか。あぁイライラする。鈍器で殴ったけど死ぬとは思わなかった。殺すつもりはなかったけど刃物で刺した。高所から突き落としたけど死んでいないから殺人にならない。
そんなわけあるか!そんな言い訳が許されて良いはずがない!
料理していて包丁を持っていた所に相手が倒れ掛かったなり、何らかの事故で包丁が刺さってしまったのなら殺人とは言わない。結果的に人が死んだとしても殺そうとしたんじゃないだろう。
でも自分から相手に刃物を突き立てたのなら相手が死んでいなかろうが、殺すところまでやるつもりはなかろうが関係ない。それは殺人と同等で当然だ。そんな当たり前のことがわけのわからない言い訳さえしていれば許されるなんておかしいだろう。
「でも……、俺はいつも戦闘じゃ役立たずで……、俺を庇って皆が死んでいくんです……。それなら俺も皆を殺してきた人殺しなんじゃないですか?」
こいつは…………。あぁ!イライラする!戦闘で役に立たないからとディエゴを殺そうとした奴らも、自分は戦闘で役に立たないからと殺されても仕方ないみたいに諦めているディエゴも!
俺だって戦闘で役に立たない他の生徒達をモブだの何だのと言いながら見捨ててきたかもしれない。でも積極的に殺そうとは思っていなかった。むしろ俺はただ自分が生き延びるのに必死で同じパーティーになったモブ達の面倒まで見れなかっただけだ。
それでももっと前から皆で協力していればもっとたくさんのパーティーメンバーを救えたのかもしれない。そのことに関してはちょっと後悔はしている。だけどだからって積極的にモブ達を殺そうとは考えていなかった。俺が生き延びることに必死だったようにモブ達も自分達で自力で生き延びるだろうと思っていただけだ。
それに比べてディエゴを突き落とした奴らも、そうされても仕方がないとばかりに諦めているディエゴもイライラする。
「俺だって戦闘で役に立たない。仲間達のお陰でここまで生き延びてこれた。偶然にしろ、狙ってにしろ、強い前衛にくっついて、助けてもらって、命からがら今まで生き延びてきただけだ。けどな!俺は一度だって諦めたことはないんだよ!役立たずだろうが、他人に寄生して利用しようが、とにかく生き延びる!そのためには何だってしてやる!お前はそれでいいのかよ!ディエゴ!」
「…………俺は」
ディエゴは俯いて押し黙った。何を考えているのかはわからない。
「八坂伊織が役立たずだったことなんて一度もないぞ」
「マックス!?何でお前……、こんな場所に?」
教卓が置いてある黒板の前の一段高くなっている所辺りから起き上がってきた人物を見て驚いた。何故か知らないけどこんな所にマックスがいたようだ。
「俺はいつもここで昼寝してるんでな。それより話は聞かせてもらった!八坂伊織の言う通りだぞ!ディエゴ!こんなもんはな、最後まで立っていた者の勝ちなんだ。お前はどっちなんだ?途中で降りるのか?最後まで立っているのか?」
「俺は…………」
俯いたディエゴはブルブルと震えていた。別に恐怖で震えているとか怒りで震えているというわけじゃない。これは……、心の慟哭だ。
「俺は……、俺も生きたい!俺死にたくないよ!」
あぁ……、やっぱり……。この世界に生きる者達はただ無感情に、命令通りに動いているキャラクターなんかじゃない。ちゃんと生きているんだ。
誰だって死にたくない。無様に足掻いたって、誰かの犠牲の上に成り立っていたって、少しでも生き延びようと足掻き続ける。それは決してプログラムされたキャラクターなんかじゃない。俺と同じ生身の、生きた人間だ。
「……ディエゴ、お前槍は持てるか?」
「……え?」
ここまで生き延びてきたんだ。後衛で逃げ回っていたとしても多少の経験値は稼いでいるだろう。槍さえ装備出来るんだったら……。
「装備は……、出来るけど……、ほとんど使えないよ?」
「十分だ……。マックス、ディエゴ……、次の戦闘、俺達でパーティーを組もう」
そういえば今まではこうしてはっきり口にしたことはなかったな。もしかしたらこれもこの世界ではタブーなのかもしれない。だけど俺は……。
「何言ってんだ?」
「マックス……」
やっぱり駄目なのか?事前に決まったパーティーを組もうとするのはこの世界のルール違反なのか?
「俺達はとっくにパーティーだろ?」
「マックス!」
「あの……、俺も……、加えてもらっていいんですか?」
ディエゴが恐る恐るという感じで聞いてくる。でも答えは決まっている。
「当たり前だろ!むしろ抜けたいって言っても抜けさせないかもな!」
「あっ……、ありがとうございます!」
ディエゴが思いっきり頭を下げる。今まではどこへ行ってもどのパーティーに入っても嫌がられていたのかもしれない。でもこれからは違う。俺のパーティーで戦ってもらう。
「なぁマックス、ところでお前……、何でこんな所で寝てたんだ?」
「だからここは俺のいつもの昼寝場所なんだよ」
そう言えば前に俺が『あの日』で遠くのトイレに行こうとした時も妙な場所に居たよな。あの時は先生に資料を片付けるように言われたって言ってたけど……。
「マックス……、お前もしかしてボッチなのか?」
マックスは性格が面倒臭い。ゲーム中なら気にならなかったけど現実になったここでは俺でも若干面倒臭いと思うくらいだ。もしかしてこいつクラスに友達が……。
「なっ!何を言っている!?俺はクラスでも委員をしているほど皆に頼りにされてるぞ!」
「あ~……、そうか……」
どうやら図星を突いてしまったらしい。このことはマックスにはタブーらしいのでもう言ってやるのはやめよう。




