第三十五話「健吾が編入しました」
おかしい。健吾の荷物が何も無い。そして表札もなくなっている。これはつまり健吾はいなくなったということだ。
問題なのは何故いなくなったのか。どこへ行ったのか。まさか死んだなんてことは……。いや……、いやいや……。それはないだろう。死んだのならそれなりの対応があるんじゃないのか?いきなり痕跡を全て消すかのように何もかもがなくなって忽然と姿を消すなんてことはないだろう。
……本当に?あんな戦いを生徒達にさせるイケ学がまともだと思うか?
インベーダーとの戦闘で死んだ生徒達がどうされているのか俺は知らない。もしかしたら部屋の荷物も全てその日のうちに撤去されて処分されているのかもしれない。それなら健吾の荷物がなくなっているのもそのためだと説明がつく。
いやいやいや……。落ち着け……。確かにインベーダーと戦ったら死ぬこともある。今まで大勢の生徒達が犠牲になってきたことだろう。だけど今はインベーダーが襲ってきていないだろう?それなのに何故いきなり健吾が死んだ話になるんだ。ちょっと落ち着け俺。
確かに死んで遺品が整理された場合もこうなっているかもしれない。だけど今日突然健吾が死ぬなんておかしいだろう。別に戦いがあったわけじゃない。怪我もしていなかった。それなのに急に死んだと考える方がおかしい。
じゃあ何故荷物がなくなっているのか?色々と考えられる。例えば健吾が退学したり転校したりしてこの学園から去ったとすればどうだ?それなら荷物がなくなっていることも突然消えたことも説明がつく。健康そうだった健吾がいきなり死んだと考えるよりは自然だろう。
でもこの学園は途中で退学したり転校したり出来るのか?俺はそんなことも知らない。ゲーム中ではそういったことは描写されていない。パーティーを解雇された元メンバー達がどうなるかすら不明だ。
もっと冷静になれ。普通に考えて一番可能性が高そうなのは……、部屋を替わった?何故?
それこそ俺がさっき言ったようにたくさんの生徒達がインベーダーとの戦闘で犠牲になっている。最初は二人部屋や三人部屋でないと部屋数が足りなかった学園生達も、インベーダーとの戦いでその数を減らしたことで全員に一人部屋が行き渡るほどに部屋が空いたとすれば?それなら二人部屋だった俺達が別々になった理由の説明にもなる。
でもそれなら普通俺にも何か連絡があったり相談があったりするもんじゃないか?無断で健吾だけが勝手に移動するなんてことがあるだろうか?
そう言えば今日の放課後に健吾は俺に何か言おうとしていた……。もしかしてこのことと関係があったんじゃ……?
くそっ!どうして俺はあの時健吾の話を聞かなかったんだ……。
もちろん舞との会話も重要だ。あの手紙は結構重要なものだったと思う。だけど少し遅れてでも健吾の話を聞いていればこんなことにはならなかったんじゃないのか?今更言っても仕方がない。それはわかってるけどそう考えずにはいられない。
それにこの考えが合っているとも限らない。まだ他にも可能性は色々あるだろう。例えば……、健吾が病気や怪我で入院してるとか……。ないな……。この世界でそれはない……。病気はわからないけど少なくとも怪我で入院はあり得ない。一瞬で瀕死の重傷が治る世界だ。
じゃああの医務室でも治せない病気にかかったとか?それならあり得るかもしれない。怪我は完全に治せても病気までは治せないとか。でもそれなら何故部屋の荷物が全て片付けられているのか説明がつかない。結局わからないということがわかっただけだ……。
どうする?健吾を捜しに行くか?でも荷物ごといなくなってるんだ。捜したからってそこらにいるはずがない。
今日はもうこのまま寝るか?……俺は薄情な奴だな。でも俺にはどうしようもない。荷物が全てなくなっているんだからちょっと急病で入院したとかそんな話じゃないはずだ。だったら俺にはどうしようもないじゃないか……。
明日……、明日になったら何かわかるかもしれない。授業に健吾が出ていれば学園で話を聞ける。今あてもないのに闇雲に捜すよりはまだしもマシか……。
健吾のことは気になるけど結局俺はこの日そのまま一人で食事や風呂を済ませて眠りについたのだった。
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翌日、授業が始まってもいつも健吾が座っていた席は空いていた。先生も何も言わないということは健吾がいなくなっていることを知っているんだろう。
一体どういうことだ?何故健吾はいなくなった?捜した方が良いのか?それとももう……。
こんな時は……、とりあえずマックスだ。俺は健吾の他にはマックスしか知り合いがいない。とりあえずマックスに話を聞いてみよう。
休み時間になると同時に教室を飛び出した俺は二組の教室へと向かった。二組を覗いてみればでかくて目立つ奴が机に座っているのがすぐにわかった。本人がでかすぎて椅子と机が小さく見える。
「マックス、ちょっといいか?」
「あぁ、八坂伊織か。どうした?」
俺が話しかけるとマックスがいつもと変わらない様子でそう応えた。あまり変なことを聞いて俺がこの世界のことを何もわかっていないと気付かれたらやばい可能性はある。だけど昨日から急に健吾がいなくなったんだ。これくらいは聞かなければ俺も納得がいかない。
「なぁ……、昨日から健吾がいなくなったんだけど何か知らないか?」
「え……?」
マックスが変な顔をしている。やっぱり聞いたらまずいことだったのか……?どうにか誤魔化すか?
「八坂伊織は聞いていないのか?あいつなら今一組にいるぞ。寮も一組の部屋に移動になっている」
「…………は?」
いちくみにいる……?一組にいる……?
「見に行くか?」
「あっ!ちょっ!」
俺がまだ言われた言葉の意味を考えているというのにマックスは俺の手を取ると廊下に出て歩き出した。やってきたのはすぐ近くにある一組の教室の前だ。扉から中を覗いたマックスが顎をしゃくる。どうやら見てみろということらしい。
「…………、――ッ!」
健吾!確かに健吾だ。健吾が一組の教室で座っている。何でこんなことに……?
「お?」
「ぁ……」
健吾と目が合った。俺とマックスを見つけた健吾がこちらへやってくる。俺の心臓は緊張と罪悪感でドクドクと変な鼓動を打っていた。昨日健吾は何か言いかけていた。それがこれに関することだったとしたら俺はそれを聞きもせず放っていってしまった。健吾にとっては大事な話だったかもしれないのに……。
「よう、どうしたんだ二人とも」
「健吾……」
いつものように、何でもないように、健吾はそう話しかけてきた。何も変わらない。まったくのいつも通りのような奇妙な感覚だ。
「お前、八坂伊織に一組に編入だって言ってなかったのかよ。俺の所に聞きに来たんだ」
「あ~……、そう言えば結局言ってなかったな」
二人は本当に軽い調子でそうやって話している。そもそも健吾とマックスはもっと仲が悪いというか険悪というかじゃなかったか?何故この二人はこんなに親しげに話しているんだ?
それに一組に編入って……、それってつまり……。
「聖女様に選ばれてパーティーを組むことになった素晴らしいことなんだ。何で八坂伊織にも教えてやらなかったんだ?」
「そうだな。こんな素晴らしいことなんだ。伊織にも自慢すればよかったな。なぁ伊織、聞いてくれ。俺は実力が認められて一組に編入になったんだ。これからは聖女様と一緒に戦うよ」
「――ッ!?」
健吾が……、マックスも……、顔の形だけ笑顔なのに不気味な顔でそう言って笑っていた。
「うっ……、うわぁぁぁぁっ!!!」
俺はそこから逃げ出した。何だ……。何なんだあれは……。おかしい!絶対に何かがおかしい!
ついこの前まで健吾とマックスは顔を合わせるだけで喧嘩腰で嫌味の言い合いで……、あんなに仲良くなんてしていなかった。それなのに今さっきの二人はどうだった?まるで友達のように気安く笑いあいながらあんな話をしていた。
それに一組編入の話だ。これは……、つまり……、健吾がスカウトされたんだ……。アイリスが健吾のイベントを進めてパーティーにスカウト出来るようにしたんだ。
そう言えばアイリスとパトリック王子はハリルが負傷していた時に何と言っていた?ハリルが役に立たないから代わりの前衛盾役を探すって言ってなかったか?それが健吾だってことか!
どうすればいい?俺はどうしたらいいんだ?
わからない。本当にこのまま健吾を一組に編入させてあのアイリスやパトリック達の盾をさせて良いのか?あいつらなんかとパーティーを組んだらまたハリルのように使い潰されるだけじゃないのか?
でもだからって健吾を一組に編入させないとかアイリス達とパーティーを組ませないという方法なんて思いつかない。そもそも俺もあまり目立って良い立場じゃない。舞のこともある。健吾を止めるために俺が目立ってアイリスに目をつけられたら最悪だ。止める手段があるのならともかく止めることも出来ないのにでしゃばって目立つのは避けなければならない。
じゃあ……、結局どうしようもないんじゃないか……。俺には聖女アイリスやパトリック王子の決定を覆すだけの権限はない。
それから……、俺は自分の心配もしておかなければならないだろう……。今まではずっと健吾が前衛の中心を務めてくれていた。だから俺は生き残ることが出来た。そして少し前からはマックスも加わって前衛が二枚看板になったからこそ耐えられていた。
でも健吾がいなくなったことでこれから俺は生き延びることが出来るのか?もし前回と同レベルの襲撃があったらマックスと俺だけで持ち堪えられるとは思えない。あの時は本当に健吾も加えて三人でも限界ぎりぎりだった。またあれがきたら俺とマックスだけじゃ凌げない……。
どうにかしなければ……。健吾やマックスがおかしいのを目の当たりにしたばかりだっていうのに俺は自分の保身ばかり考えている。だけど……、それでも俺は死ぬわけにはいかない。健吾が抜けることがもう確定だというのなら次の戦闘までに健吾の代わりの使える前衛をもう一人見つけなければ……。
ただそうは言っても健吾の代わりなんていない。俺が散々言ってきたことだ。健吾とマックスは無課金前衛の『二枚看板』だ。それに匹敵するような無課金キャラがいるのならばそもそも『二枚看板』じゃなくて三枚看板になってしまう。
課金のキャラガチャで健吾やマックスを超えるような前衛キャラは存在する。だけど課金要素が利用出来ないこの世界ではキャラガチャで当てますというわけにもいかない。本当に出来ることなら課金キャラクラスを仲間にしたい。でなければこれから先俺達だけで乗り越えていくのは不可能だ。
考えろ……。ないものねだりしても無駄だ。甘えたことを考えるな。確かにディオは課金アイテムをくれたけどそれも『反逆の杖』一つだけ。他の課金アイテムなんて一切見たことがない。
課金キャラだってそうだ。現実になっているこの世界ではキャラガチャなんてものはないだろう。じゃあ課金キャラがいるとすればどこにいるのか。それはもうすでにこの学園にいるか転入でもしてくるかということしかあり得ない。
学園に課金のキャラガチャでしか出てこないキャラは通っていない。それはとっくに確認済みだ。もしかしたら転入してくるとかいうイベントくらいはあるかと思ったけどそれも今のところはない。今後も絶対にないとは言い切れないけど今まではなかった。
無課金キャラでは健吾やマックスに並ぶ前衛はいない……。課金キャラは手に入れる方法がない……。駄目だ……。完全に八方塞じゃないか。
もっとちゃんと健吾の話を聞いていれば……。健吾にアイリスには近づくなと説明していれば……。そう思わずにはいられない。だけど仮にそうしていても無駄だったんだろうなとも思う。
アイリスがゲーム時のNPC達に絶大な影響力を持っていることは間違いない。この世界でもアイリスに否定的なことの一つでも言おうものなら即座に逮捕されかねない。俺が健吾に何か説明しようとしたとしても健吾は聞き入れなかっただろう。
俺には健吾を止める方法もなかったし、健吾がいなくなった今をどうにかする方法もない……。絶望に押し潰されそうになりながらも俺はフラフラと三組へと戻ってきたのだった。




