第三十三話「課金アイテムを貰いました」
『健吾さんって言うんですか』『健吾さんともっとお話したいな』『これからは遠慮せずに話しかけてくださいね』
これは……、これは健吾のイベントの会話だ……。健吾やマックスのような顔あり、イベントありの無課金キャラをパーティーにスカウトするにはスカウトコマンドで出てくるモブを待っていても絶対に出てこない。放課後の学園パートで行動して出会ってイベントを進めなければパーティーにスカウト出来ないようになっている。
健吾が今言った言葉は健吾を仲間にするためのイベントの会話だ。このままイベントが進んだら健吾をパーティーにスカウト出来るようになる。
いくら顔あり、イベントありのキャラとは言っても無課金で雇えるキャラだ。深いイベントがあるわけでもないし選択肢を間違えたら仲間にならないということもない。ただちょっと何度か会って会話していけば自然とイベントが進みスカウト出来るようになる。
スカウトだって出来るようになったからすぐにスカウトしないと消えるということもなくずっとキープされる。会話イベントだってただ健吾やマックスの性格とかちょっとしたキャラ設定的なものをシナリオと同時にプレイヤーに知らせる程度のもので大したものはない。
キャラ達の過去の話が出てきて何故こんなことをしているのかとか、どういった性格だとか、何を目標にしているとか、そんな簡単な自己紹介的な会話が展開される。
「健吾!アイリスは……」
そこまで言いかけた俺は言葉に詰まった。俺は何を言おうとしていた?何て言えばいい?アイリスは怪しいから近づくなとでも言おうというのか?何の証拠もないのに?むしろ王子達と共にインベーダーを追い払っている聖女として崇められつつあるアイリスに対してそんな風に言うのはまずい。
人に聞かれたらそれだけでアウトだけど、いくら親しいとは言っても健吾にも言うのはまずい内容だ。それにもし健吾ももうアイリスに影響を受けているのなら……。
「……あ゛?」
「――ッ!」
俺がそこまで言いかけて口を噤むと健吾が物凄い形相で俺を睨みながらドスの利いた低い声を出していた。これはあれだ……。不良とかが喧嘩相手に凄むみたいな感じだ。
「アっ、アイリスたんは可愛かったか?」
「ああ!聞いてくれよ!小っちゃくて可愛かったぜ!それでな……」
俺が話を逸らすと途端に健吾は上機嫌になってベラベラと聞いてもいないアイリス談義を始めた。
やっぱり……、この世界の住人にアイリスの悪口は厳禁だ。アイリスは何かおかしい。もしかしたら人を操ったりすら出来るんじゃないかと思ってしまう。
もちろんゲームのイケ学でアイリスにそんな能力はない。アイリスは聖女として女性でありながらインベーダーと戦える力を持っている。それから人の本質を見抜く力がありインベーダーを倒すパーティーに相応しい者達を集める力があるということになっていた。
ただこの世界のアイリスやその周りにいる者達は様子がおかしい。単純にゲーム通りだと思わない方がいいだろう。それにこの健吾の変わりようだ。もしあのまま俺がアイリスに否定的なことを言っていたら健吾は俺をどうしていただろうか?恐らくただでは済まなかっただろう。
健吾も時々おかしくなる。武器の持ち替えの話をした時もそうだ。ゲームの設定に関するような話をすると健吾の様子がおかしくなる気がする。しかも話題を変えるとすぐにケロッとして何もなかったかのように振る舞う。あまりにおかしい。健吾にも下手なことは言わない方が良い。
マックス……、マックスもそうだろうな。マックスの性格からしたらハリルに対するアイリスや王子達の対応は許せるものじゃないはずだ。それなのにあの時やあの後のマックスは特に気にした様子もなく平然としていた。あれも不自然すぎる。
とにかく俺はこの世界やアイリスがおかしいと思っていても不用意に人にそのことを話してはいけない。それはこの世界を敵に回すような行いだと思う。
舞は……、神楽舞はどうだろう?彼女もこの世界やアイリスを否定するようなことを言ったらこうなってしまうんだろうか……。それを考えると少しだけ胸がチクリとした。
健吾にはアイリスに近づくなと言いたい。だけど結局それは言えないままモヤモヤしたままその日を終えたのだった。
~~~~~~~
翌日の授業も適当に聞き流しながら魔法基礎を読んで放課後は図書館へと向かう。
「どうして昨日来なかったのでしょう?」
ディオが怖い……。顔は相変わらず営業スマイルの形をしているけど怒っている。これは明らかに怒っている。
「一昨日の戦闘で負傷して医務室に行っていたので一日ずれたんです……」
この話も二度目だ。そりゃ相手からすれば初めてかもしれないけどこちらは同じ話を何度も聞かれてゲンナリしている。
「それならニコライを一回飛ばして昨日こちらに来ればよかったではないですか。何故一日ずらしたのですか?」
「それは……」
そんなこと言われてもわからない……。ただ負傷した日に体力特訓に行くはずだったからその分をずらしただけだ。もし昨日図書館に来ていたら体力特訓を一回パスしたことになる。だから変に日を空けたり回数が減ったりしないように日をずらそうと思っただけで……。何でと言われてもうまく言えない。
「まぁいいでしょう……。それにしても八坂伊織さんが負傷?一体どうしてまた?」
「どうしてと言われても……。あの時はインベーダーの数も多く戦闘時間も長かったですし体力がなくなったりミスをしたりすることもあるでしょう?」
俺だって何でと言われたってわからない。まぁ直接的な原因は俺がぼーっとしてたからかもしれないけど、それだって集中力が切れていたのは戦闘時間が長くて体力を消耗していたからだろう。いつもくらいの時間ならそんなに集中力が切れることもなかっただろうけどあの時は時間も長すぎた。
人間の集中は三十分くらいしかもたないらしい。本当かどうかは知らないけどそれ以上無理に集中しようとしても注意力散漫になったりだらけたりして効率は上がらないということだ。あの時の戦闘は三十分どころじゃなくてずっと緊張して集中していろというのは無理な話だった。
命がかかっていると言っても集中にも限度はある。それに体力があってまだ短時間だったなら多少不注意があっても対処も出来たかもしれないけど、あれだけ動き続けて疲れ果てていたら急なことに対処出来ないのも無理はない。
「そうですか……。どうやら鍛え方が甘かったようですね。それでは今日はこちらに来てください」
「え……?」
ディオはいつもの瞑想部屋じゃなくて違う場所へと俺を連れて行く。これはバックヤード的な場所じゃないのか?職員であるディオ以外は誰もいない。俺がこんな場所に入っていいのか?
というかディオの狙いは何だ?まさか俺が女と知っていて襲い掛かって……、なんてことはまぁないだろうけど……。それにしても意味はわからない。一体どこへ……。
「今日から瞑想はここでしてください」
「え!?ここで?」
ディオに案内されたバックヤードの中にあった部屋は……、途轍もなく禍々しかった。
何だこの部屋は?開いた扉から中を覗いただけでゾクゾクと背中に変な感覚が走る。この部屋の中に入ることすら嫌だと思うほど何か禍々しい。
「早く入ってください」
「ぅ……」
平然と入って行くディオに続いて俺も部屋の中に入る。やっぱりあまりに不気味で禍々しい。こう……、変な魔力に満ちているとでも言えばいいんだろうか。外の空間とではこの部屋そのものが別世界のように感じてしまう。
「八坂伊織さん、あなたにはこれを差し上げます。どこでも、いついかなる時も肌身離さず常に持っていてください」
「……これは?」
ディオは俺にブレスレットのようなものと筒を渡してきた。ディオが促すのでまずは筒の方を確認する。蓋がついた筒で蓋を開けると中には何か棒のようなものが……。
「これは……、杖?」
筒から出て来たのは杖だった。これは魔法のための杖だ。確か課金アイテムガチャで出てくる『反逆の杖』……。
「それは『反逆の杖』です。今のあなたでは装備出来ませんが絶対に失くさないように常に持ち歩いていてください」
名前は格好良いけど別に何かのキーアイテムというわけでもない。普通杖はレベル15の木の杖かその次のレベル35鉄の杖を装備することになる。だけど課金ガチャでレベル20反逆の杖というものがあった。
普通の無課金装備は次の装備が出来るようになるまで長い間装備を替えられない。剣で言えばレベル1木刀から次に持ち替えられる剣はレベル20鉄の剣までないからだ。レベル20になるまでずっと木刀というのは結構つらい。
そこで課金のアイテムガチャをすることで無課金の基本装備以外のレベルで装備出来る武器が出てくる。反逆の杖は木の杖から鉄の杖に持ち替える間に装備出来る課金の武器というわけだ。
ライトプレイヤーだとゲームが難しすぎてちょっとでも強い武器を装備したくなる。むしろそうしないとクリア出来ない。そこで課金ガチャを回して無課金武器を装備出来るようになるよりも短いスパンで武器を持ち替えるというわけだ。
でもここにも罠がある。アイテムには強化値が存在する。当然強化するほど強くなるわけで無強化の鉄の剣より強化しまくった木刀の方が強くなる。
つまり途中のレベルの課金武器を手に入れても無強化のままじゃそれほど強くはない。もちろん素の状態同士なら下のレベルの武器よりは強いけど……。
折角課金して強い武器を手に入れたら強化してもっと強くしたいだろう。そこが罠であって強化するにもまた課金要素が絡んでくる。強化失敗したら武器が壊れたり強化値が下がったりする。そういうロストを防ぐためにまた課金アイテムを使ってアイテムを保護しなければならない。
アイテムを買うのに課金させて、そのアイテムを強化させるのにまた課金させる。一体何重に課金させるのかと思うような鬼畜仕様だ。
それはともかく何故ディオはこの課金武器である反逆の杖を持っている?この世界にも課金アイテムが存在するのか?
それからこのブレスレットだ。俺はイケ学の全アイテムを覚えている。だけどこんなブレスレットは見たことも聞いたこともない。こんなアイテムは知らない。これはこの世界特有のものなのか?
「このブレスレットはこのように……、登録されている者が装備して魔力を流すと……」
「おおっ!?」
ディオがブレスレットを着けて魔力を込めるとブレスレットからびっしりと文字が空中に浮かび上がった。何だこれ?これも魔法の一種か?
「ここにはありとあらゆる魔法の知識、魔法そのもの、スキルが収められています」
「えっ!?」
それってつまりゲーム中では図書館で魔法やスキルを覚えるために読む書物が全てこの中に収められているっていうことか?じゃあこれが一つあれば理論上は全ての魔法とスキルを……。
「ただしこの中に収められているものを読むためにはそれを読むに足る資格がなければなりません。誰でも読めるというものではなくその条件をクリアしている部分だけしか見れないのです」
あ~……、レベル制限とか下位スキルや下位魔法を覚えていないと上位や発展型は見たり覚えたり出来ないってことか。それはゲームでもあるからわかる。
「この二つは何があっても常に肌身離さず持っていてください。例え装備出来ないとしてもお風呂でも戦場でもトイレでもです。良いですね?」
「…………わかりました」
まぁ物凄く貴重なものであることは間違いない。杖は課金アイテムだしブレスレットに関しては実質これがあれば図書館に本を借りに来る必要もなくなる。反逆の杖なんて名前はご大層だけどそんなに使える武器じゃなかったけど……、ともかく課金アイテムがあるとわかっただけでも大収穫だ。
「それでは後はこの部屋で瞑想をしてください」
「ぁ……、はい……」
そう言っていつもの営業スマイルでディオは出て行った。何というか一人でこの部屋に残されるととても不気味だ。別に何か変な物が置いてあるわけでもないのに気持ち悪い。
そして言われた通りにこの部屋で瞑想しようとしてみたけど実質ほとんど出来なかった。何しろこの部屋の魔法陣に入るとMPの減り方が半端じゃない。ちょっとじっとしている間にもガンガンMPが減ってまともに瞑想も出来ずにMP切れを起こす。こんな所で瞑想とか無理だろ……。
そうは思うけど何とかして魔法陣に入ってすぐに瞑想して魔力を取り込むことで少しずつ長く魔法陣の中に居られるように特訓に励んだのだった。




