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第三十一話「医務室に行きました」


 人のことばかり心配している場合じゃない。俺達だってかなりやばい状況だ。マックスは指の骨折と疲れているだけでそれ以外はそれほど大した傷じゃない。健吾は隠してるけど多分結構なダメージだろう。そして俺は下手したら前に健吾が内臓を出しながら引き摺られてたみたいなことになりかねないほどの傷だ。


 ハリルを見送った俺達も再び医務室に向かって歩き始めた。さっきのやり取りを見ても健吾もマックスも特に反応していなかった。マックスの性格ならあんな場面を見たら何か言うはずだ。例え相手が王子であろうとも聖女であろうとも仲間を見捨てたり捨て駒のように扱うのを見れば激昂するはずだ。


 なのにマックスは何の反応も示さなかった。そもそもさっきの出来事なんて目撃もしていないかのようにマックスも健吾も平然としていた。


 そういうものなのか?それともこれもアイリスのせいなのか?


 俺は何でもかんでもアイリスのせいだと考えすぎかもしれない。実際にはアイリスは何もしていないだろう。さっきの発言もパーティー編成を考える上では何もおかしいことじゃない。


 だってそうだろう?俺だってゲームとして『イケシェリア学園戦記』をプレイしていた時はさっきのアイリスのように……、いや、アイリスよりもっとひどいくらいにキャラクターを『使える』か『使えない』かだけで判断していた。


 多くのキャラを死なせ、多くのキャラを使えないと見捨て、余計なことを全て無駄として排除して徹底的に数値と効率だけを考えて扱っていた。


「おい。お前とお前はこっちだ。お前は向こうへ行け」


「あっ……」


 気がついたら、俺達は医務室の近くまで来ていたようだ。というか気付いていなかったのは俺だけか。指を骨折しているだけっぽい傷の軽いマックスは一人別の列に誘導された。傷が重いと判断されたらしい俺と健吾は二人でさらに別の列へと誘導される。


「一人ずつ入れ」


「…………」


 マックスが並ばさせられている列は別の所の扉に続いている。どうやら俺達は入る部屋そのものが違うようだ。こっちの医務室には入ったことがない。前回の俺は今マックスが並んでいるのと同じ列に並んでいた。恐らく健吾は前回こちらに連れて来られたんだろう。こちらは特に待たされることもなく次々と人が入っている。


 見ていても仕方がないので俺も覚悟を決めて扉を潜る。出来るだけ医務室の世話にはなりたくない。軽傷なら黙っておこうと思ってたくらいだけどさすがにこの傷ではそうも言っていられない。むしろ俺は今よくもまぁ気絶もせずのた打ち回りもせず半分は自力で歩いているものだと思う。


 ……いや、待て待て待て。そうだ……。それもおかしいだろう?普通ドテッ腹に風穴を開けられてこんな平然としていられるか?普通なら泣き叫び、のた打ち回り、気絶するか死んでるんじゃないのか?


 地球の日本で腹に穴を開けられたことはない。だからそうなった場合に現実世界ではどうなっていたか俺にはわからない。想像しか出来ないから想像が間違っている可能性もあるだろう。だけど肩を貸してもらったくらいで自分で歩いてこんな所まで来れるものか?


 まぁ……、戦時中とかなら負傷者もこうして運ばれるだろうからおかしくはない……、のか?もうわからない。ただ俺は傷の割りには平然としているような気がする。もちろん痛いけど……、泣き叫びたいけど……、それでも我慢して歩いてこれるくらいのものだ。


「…………」


 健吾に肩を借りていた俺は扉の前で係りの者に交代されてそのまま部屋の中に連れて行かれた。そこにあるのは……、カプセル?


 何というか……、説明のしようがない。寝転がるように人を中に入れるカプセルだ。そうとしか言えない。何だこれは?まさかこの中に入れっていうのか?


「…………」


 やばい……。係員が滅茶苦茶不審そうな顔で俺を見ている。もしかしてこの世界の者にとってはこれは普通のことなのか?いつまで経っても入らない俺がおかしいのか?


 どうやって入ればいいんだ?服を脱ぐのか?このままでいいのか?それに本当にこんなものに入って大丈夫なのか?もう不安しかない。


「何を……、している……?」


「――ッ!」


 やばい。やばいやばいやばい!声をかけられた。徐々にこちらに近づいてきている。さっさと入った方がいいのか?ええい!迷っている暇はない。これ以上マゴマゴしていたらおかしいとバレてしまう。


「…………」


 これ以上係員が近づいてくる前に俺は黙ってカプセルの中に入る。すると係員も立ち止まって戻って行った。これでいいのか?大丈夫なのか?


 わからない……。わからないけどそもそもこれは何だ?剣と魔法の世界にはまったく似つかわしくないまるで機械のようなカプセル……。これは……、一体……。




  ~~~~~~~




「…………えっ!?」


 ここは……。


 気がついた俺は寮の自室でベッドに上半身を起こした状態で座っていた。一体いつの間に戻ってきたのか。それに服も着替えている。……着替えている?


 違う!これはあのインベーダーの大攻勢の時に着ていた服だ。だけど攻撃を受けて穴が開いていたはずの服は綺麗に直っている。


 プロテクターは外されている。俺が外したのかあの係員が外したのかはわからない。ただ服はそのままだ。そして完全に服まで綺麗に直っている。戦闘で破けた跡も汚れた跡もない。


 つまり……、あのカプセルに入ると傷も衣類の破れや汚れまで全て元通りになるっていうのか?


 あり得ない。いや、あり得ているんだけどあり得ない……。何だこれ?何なんだ?嫌だ……。気持ち悪い。もう帰りたい……。だけど俺には帰るところなんかなくて……。このままここで死ぬまで戦わさせられるのかもしれない……。


「そうだ……。健吾……、健吾は……?」


 俺が戻っているということは健吾も戻っているはずだ。そう思って部屋を探してみれば、探すまでもなく自分のベッドで俺と同じように上半身を起こして座っている健吾の姿があった。だけどその目は虚ろで何も映していない。前と同じだ。もしかしたら俺もさっきまでこうだったのかもしれない。


「健吾……、大丈夫か?」


「あぁ……」


 一応声をかければ返事は返ってくる。だけど相変わらず視線は虚ろだし最低限の言葉しか返ってこない。


「飯はどうする?」


「いい」


「風呂は?」


「いい」


「じゃあ俺は入ってくるぞ?」


「あぁ」


 終始……、終始この調子だ。やっぱりあの医務室での治療は受けない方が良い。絶対そうだ。今回は止むを得なかった。もし治療を受けていなければ今頃死んでいたかもしれない。それに生きていても次の戦闘までに完治なんて出来るはずもない。あれだけの重傷のまま戦闘に出れば満足に戦えず死ぬだけになる。


 だけどやっぱりあの医務室の世話にはならない方がいい。俺はそう思う。


 とはいえ負傷すれば治療するしかない。俺や健吾はともかくマックスはそれほど重い傷ということはなかっただろう。傷そのものは命に関わるほどのものじゃなかった。だけど指の骨折なんて戦いにおいては致命的だ。あれも治療しなければ次の戦闘ではまともに戦えなくなってしまう。


 あの程度の怪我も許されない。骨折なんてしたらまた医務室に行かなければならなくなる。だったら……、攻撃を食らうわけにはいかない。ちょっとしたダメージでも医務室を頼らなければならないのならダメージを負わないようにするしかないだろう。


 全て避けてまったくの無傷で戦闘を切り抜けるなんて現実的じゃない。それでもそれをするしかないんだ……。もう医務室の世話にならないようにするにはそういうものも身につけていかなければならない。


 これからのことを考えながら今日は健吾が覗きに来る心配も、遅くなっても何か言われる心配もないのでゆっくりお風呂に入ったのだった。




  ~~~~~~~




「ふぁ~~……。今日もうまそうな匂いだな」


「おはよう健吾。もう大丈夫なのか?」


 翌朝、俺がいつものように朝食の用意をしていると健吾がいつも通りに起きてきた。何か変わった様子とかがあるようには見えない。


「ああ、大丈夫だぜ?いただきまーす」


「…………」


 特におかしな点は見当たらない。昨晩はずっと虚ろだったけど今はまったくいつも通りの健吾だ。ただの治療の副作用で一時的にああなるだけ……。もしそうならとても素晴らしいことだろう。一晩であれほどの怪我が治るんならむしろ日本にも導入したいほどだ。


 だけど……、本当にそれだけなのか?俺はこの治療があまり信用出来ない。とにかく今後は出来るだけ世話にならないようにしなければ……。


「お~い伊織!早く行こうぜ!」


「ああ……」


 健吾に急かされて部屋を出る。今日はいつも通りのパレードだ。いい加減うんざりしているけど一つだけ良いことがある。パレードに出ればあの子……、神楽舞に会える。もしかしたらそろそろ何か連絡を取る方法を考え付いてくれているかもしれない。


 パレードの並び方も気をつけなければ……。健吾の前に俺が立ったら健吾に俺と舞が話しているのを見られる可能性がある。なるべく健吾と離れておくか、最悪でも俺は健吾の後ろに立たなければならない。


 まぁいつも俺と健吾の並び方は戦闘前の時もパレードの時も健吾が前で俺が後ろだ。いつもそうなんだから今日もそうしても何も不自然なことはないだろう。


「お?伊織、この辺に並ぼうぜ」


「え?あっ……」


 それなのに……、今日に限って何故か健吾は俺の後ろに立った。何故だ……。いつもは健吾が前、俺が後ろなのになんで今日に限って……。


 どうでも良い戦闘の時なら健吾が後ろでも良い。パーティー分けの人数がやばそうなら俺が無理やり健吾を連れて前なり後ろなりに移動すれば良いだけだ。その時に俺が前だろうが後ろだろうが関係ない。でも今日は、パレードの時はまずい。舞と話をしている所を見られたり、ましてや手紙のやり取りを見られるわけにはいかない。


「なぁ健吾……」


「もうパレードが始まるぜ」


「ぅ……」


 何とか健吾に順番を代わってもらうように言おうとしたのにパレードが始まってしまった。モタモタしてたら兵士に殴られるからもうこのまま行くしかない。


 舞は気づいてくれるだろうか。もし健吾が後ろで見ているのに前のように親しくしていたら健吾に何か悟られてしまうかもしれない。どうにか先に伝えたいけど伝える方法を思い浮かばない。どうする?どうすればいい?


 気持ちは焦るばかりで何も思いつかない。そしてとうとういつのもの場所。舞がいつも待っている場所に来てしまった。


「これを」


「ああ……」


 だけど……、あれ?舞はただそっと花束を渡してきただけだった。そしてその花束と一緒に手に小さなものを握らされた。何だか最初の頃のように少し遠慮しているというか距離を感じるというか。この前のような親しい感じはなかった。


 それは少し寂しく思う。でもそれは嘆くことじゃない。恐らく舞もわかってくれていたんだろう。周りの人に見られたらやばい状況だとわかったからただ普通に花束を渡してくれたんだ。


 俺は渡された手紙だけそっと仕舞ってまた王子達へのプレゼントを受け取っていく。やがてもう持てないほどにプレゼントが溜まると俺の役目は終了だ。あとはまだ余裕がある者がプレゼントを受け取っていくだろう。


 パレードを終えて王子達用のプレゼントは係りの者に預けて俺は舞からの花束を持って寮の部屋へ……。


「可愛い子だったじゃないか」


「健吾……」


 急に話しかけられて驚いた。やっぱり……、健吾は俺が誰からこの花束を受け取ったか見張っていたのか……。


 ここ最近は俺がこの花束を持って帰っていた。当然健吾にもそれはバレている。隠せるものでもないし隠す意味もない。恐らく今日健吾が俺の後ろに立ったのは俺が誰からいつもあの花束を受け取っているか確認するためだったんだろう。


「いいな伊織は。俺なんて女の子からプレゼントを貰ったことなんてないぜ」


「健吾は背も高いし、見た目も悪くない。誰にも分け隔てなく接してくれて面白いし男友達としてなら最高だと思うよ」


 俺は本心からそう思っている。健吾は乙女ゲーのキャラだから見た目は悪くない。背が高くてキラキラの顔をしている。性格も言った通りだ。クラスでも誰とでもすぐ仲良くなってしまうムードメーカーというかお笑い担当というか……。男友達としてはかなり楽しいほうだ。


「じゃあ何で俺は女の子にモテないんだよ!?」


「男が男を『良い奴』と思う基準と女が男を『良い男』と思う基準が違うからだろうな。それに健吾はエロ大魔神すぎて女性ウケは悪いと思う」


「そんな……、そんなのどうすれば……」


 健吾はその場で失意体前屈をしていた。いつまでも健吾に付き合っていられない俺はその場に健吾を残して一度寮の部屋へと花束を置きに行ったのだった。



 いつも読んでいただきありがとうございます。


 予告通り新年から日曜日、火曜日、木曜日の週三回更新となります。次回更新は一月二日木曜日です。


 それでは良いお年を。

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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] 健吾さんは、自分や世界のどこかがおかしいことに気づき始めているように感じます。
[一言] 健吾の精神にダイレクトアタック!
[一言] まあ真偽がどうあれ、怪我をしない方がいいのは確かだ 物欲センサーだよ
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