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第三十話「目撃しました」


 剣を振る。次はどう斬るか。どう避けるか。この先の流れを考えて戦いを組み立てる。だけどそれも段々なくなってきて、ただ自分の呼吸だけが聞こえる。頭は真っ白で、ただ無心に剣を振り続け……。


「ぐあぁっ!」


「――ッ!マックス!」


 突然聞こえてきた悲鳴に意識が戻ってくる。もちろん今までも意識はあったけど何も考えず無心に剣を振り続けていた。一体どれほど時間が経ったのかわからない。気がついたら辺りにはインベーダーの死骸の山が出来上がりつつあった。


 そして左後方から聞こえてきた悲鳴に視線を向けてみれば……。


「大丈夫か?」


「あぁ……、この程度……、どうってことはないぜ」


 いや……、どうってことないはずがない。マックスの右手の指が数本おかしな方向に曲がっている。怪我の仕方からしてどうやら剣を振った時にインベーダーの攻撃が柄を握っている右手に当たったようだ。指は千切れていないけど人間の関節として曲がっちゃいけない方向に二本曲がっている。


 それに他の指もダメージを受けているのかプルプルと震えていて力が入っていないようだ。この感じだとこれからマックスは左手一本で戦わなければならないだろう。


「うげっ!げほっ!がはっ!」


「健吾!?」


 右後方からも呻き声が聞こえて見てみれば健吾がインベーダーに胴体を殴られている所だった。軽く吹っ飛ばされて地面を転がっている。


「はっ!」


 転がって咽ている健吾に止めを刺そうとしていたインベーダーを後ろから殴り飛ばす。倒れている健吾の腹の部分を見てみればプロテクターがひしゃげていた。


 俺達に支給されているプロテクターはとても軽くて丈夫だ。最初の頃に俺はその効果を確かめるために置いたプロテクターを木刀で叩いたことがある。結果プロテクターをへこますどころかまともな傷もつけられず叩いた俺の手の方が痺れていた。そのプロテクターをこれだけひしゃげるインベーダーの攻撃力は半端じゃない。


 俺も左腕をやられたからわかるけどインベーダーはふにゃふにゃのタコかクラゲみたいな格好をしているくせに攻撃はやたら重い。まともに受けたら人間なんて簡単にズタボロにされてしまう。


「マックスと健吾は下がるんだ!」


「馬鹿をいうな……」


「そうだぜ……。いくら伊織でもこれだけの敵を一人で抑えるなんて無理だ……」


 二人は無理をしてでも前に出ようと立ち上がる。だけど気合だけでどうにかなることじゃない。もし誰か一人でも脱落すればそこが穴になってあっという間に全滅する。今回の戦いはそういう戦いだ。だから……。


「作戦を変える!五人は後衛で半円になって死角がないようにお互いをフォローしてくれ。俺は前に立つ」


「ばっ!そんなことしたら伊織が!」


 腹を押さえてヨタヨタと歩きながら健吾が食い下がってくる。だけど他に手はない。


「揉めてる時間はない!誰か一人でもやられたらそこから全員がやられて全滅する!皆早く!」


「ここは八坂伊織の言う通りにしよう……」


「マックスてめぇ!それでいいのかよ!」


 健吾はマックスにまで食ってかかった。だけどマックスは動じない。


「他に方法はない。どの道負傷した俺達じゃ全力では戦えない。足を引っ張らないようにするしかないんだ!」


「…………」


 マックスはギリッ!と歯を食いしばり拳を握り締めていた。マックスだって下がれるからラッキーと思って下がるわけじゃない。それがわかった健吾は黙っていた。


「わかった……。伊織!絶対に死ぬなよ!」


「ああ!」


 健吾が下がって俺が言った通りに後衛五人は半円になってお互いをフォローする形になった。俺は一人前衛に立って前半分の敵を受け持つ。


 もちろん俺一人でこいつら全ての相手が出来るなんて自惚れちゃいない。だけど少しでも生き延びる確率を上げるためにはこうするしかないんだ。俺だって皆のために死のうなんて思ってるわけじゃない。俺は絶対に生き延びてやる!




  ~~~~~~~




「ハァ……、ハァ……、ハァ……」


 呼吸が苦しい。脇腹や胸が痛くて口の中が血の味がする。腕や足が震えて力が入らない。握力がなくて握った木刀を落としてしまいそうだ。だけどまだ……、まだだ。俺は死なない!俺は絶対に生きて帰る!舞の下へ!


 …………舞?舞って誰だ?


 ゾワッと……。全身の毛が逆立つような寒気がした。何だ?俺は今何を考えていた?舞?俺は……、知っている?『神楽舞』……。髪を下ろして顔を隠して瓶底眼鏡の女……。あの女が『神楽舞』だ……。俺は何でそんなことを知っている?何だこの感覚は?


「伊織!あぶねぇ!」


「え……?がっ!」


 フワリと体が浮かび上がる。数メートルは吹っ飛んだかと思うような衝撃を受けて浮かび上がった俺は地面に転がっていた。


「がっ!がふっ!げぼっ!」


 ドロッとしたものが喉の奥からとめどなく溢れてくる。息が吸えない。息を吸おうとしても後から後から溢れてくるモノでむしろ喉が詰まって余計に咽ていた。


 びちゃびちゃとあり得ないほど口から血が出てくる。ははっ……、何だよこれ……。人間ってこんなに口から血を吐けるものなのか?


「くそっ!こっちももう……」


 チラリと見てみれば後衛の五人も周囲を囲まれながら懸命に抵抗している。だけど皆満身創痍で……、動きにも精彩がない。もう……、ここまでか……?


「…………っ!がっ!かふっ!」


「伊織!無理するな!もう立つな!」


 健吾が後衛から槍で援護してくれている。俺がまだ襲われていないのは健吾とマックスが必死で俺に迫ってくる敵を抑えてくれているからだ。自分達もまた危険だってのに二人は俺の前の敵を抑えてくれている。それなのに俺だけ寝てられるか……。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」


 ヨロヨロでも、フラフラでも、とにかく手も足も止めない。俺はニコライにそう習ってきた。戦場で止まったらそれは死ぬ時だ。だから足掻く。何があっても……、最後まで……。


 キュピピーーンッ!


「――ッ!」


「生き……残った……のか……?」


「は~~~っ!」


 その時……、このあまりに残酷な世界には似合わない戦闘終了の音が聞こえて……、俺達はその場に崩れ落ちたのだった。




  ~~~~~~~




 戦闘が終わって、俺達は自力で動けるから医務室へと向かう。今回は救護に回れる者もほとんどいないようだし俺達は自分の足で歩いて行ける。俺は少々怪しい所だけど健吾とマックスがある程度支えてくれているから何とか大丈夫だ。


 もう医務室のお世話にはなりたくなかった。だけど今回ばかりはそうも言ってられない。鳩尾の辺りに受けた攻撃はプロテクターを破壊していた。あまり詳しく見たくないから見ていないけど今俺の胸の下、腹には穴が開いているかもしれない。この傷を医務室に頼らず回復させるのは難しい。


 もちろん現代日本の医療技術でも死にはしないだろう。だけど完治までには長い時間がかかってしまう。日本なら入院して、退院後も家で安静にしていれば良い。でもイケ学ならそんな時間はない。普通の治療法でこの傷が治る前に次のインベーダーがやってきて戦わなければならない。


 当然こんな傷でまともに戦えるはずもなく、そうなったら俺は死ぬだろう。そしてその時にはパーティーの足も引っ張ってパーティーメンバー達も道連れにしてしまう。それならまだあの医務室で治療を受ける方がいくらかマシだ。


「…………」


「…………」


 両側から半分俺を担いでくれているマックスと健吾は深刻そうな顔をしていた。そりゃ二人も怪我をしているんだから色々あるんだろう。痛いというのもあるだろうし疲れたというのもあるだろう。何故俺を半分担ぐかのように支えてやらなければならないのかと思っているのかもしれない。


「俺……、自分で歩くよ……」


「駄目だ!」


「伊織はそうしてろ!いや、何ならおぶってやる!俺の背中に乗れ!」


 俺が自力で歩くと言うと二人は揃ってそんなことを言った。どうやら二人とも負傷しているのに俺を担いでいるから顔を顰めていたわけじゃないようだ。


 それはありがたい。ありがたいけど……、あまりこう……、密着されると俺が女の体だってバレるんじゃないかと思って気になってしまう。今はそんなことを言っている場合じゃないんだろうけどそれでも気になるものは仕方がない。


「なぁ……、伊織……、お前どこであんな……」


「ん?」


 健吾がポツリと何かを言ったから横を見上げる。健吾は俺の方を見ることなく暗い表情をしていた。


「いや……、いい……。忘れてくれ」


 そう言われても何が何だか全然わからない。でも健吾がそれ以上追及されたくないというのならそっとしておく方が良いのかもしれない。そう判断した俺はそれ以上何も言わないことにした。


「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛~~~~っ!!!腕がぁ~っ!俺の腕がぁぁぁぁぁ~~~っ!!!」


「――ッ!」


 その時、急に聞こえてきた悲鳴のような泣き声のようなものに反応してそちらを見てみれば……。


「ハリルか……」


 今叫び声を上げているのは五人の攻略対象の一人、騎士団長の息子であり自身もパトリック王子の騎士をしているハリルだった。パトリック王子の護衛でいつも付き従っているハリルは最初の頃は平民のアイリスがパトリック王子に近づくのを許せず冷たく突き放して、二人が接触しないように妨害を行なっていた。


 しかしパトリックがアイリスに近づくために自然とハリルもアイリスと接触する機会が増えて、その真っ直ぐで美しい心根に惹かれるようになって……、という相変わらずベタな設定と展開だ。まぁ王道乙女ゲーなんだから奇をてらう必要もない。王道とテンプレで良いんだろう。


 それはともかく担架に乗せられて運ばれて扉から入って来たハリルは右腕がなくなっていた。涙を流し泣き叫びながら担架で運ばれている。


「うるさいぞハリル。静かにしろ。アイリスが驚いているだろう。なぁアイリス?」


 運ばれているハリルの後からパトリック王子達も扉から入ってくる。よくよく考えたらこの扉も意味不明だ。この扉一枚を隔てた先は突然荒野や砂漠や森になっている。場所も毎回必ず同じとは限らず出る場所は変わっている。


 それより俺はパトリック王子に続いて入って来た女……、アイリスが近くにいることで気が気じゃない。真っ直ぐ見るなんて出来るはずもない。ただ視線は逸らしているけど全ての意識はアイリスに集中している。視界の隅でアイリスを捉えながらその一挙手一投足全てに全神経を集中させていた。


「そうですね……。パトリック様、誰か……、代わりの前衛を入れましょう?」


 ゾワリと……、その声を聞くだけで俺の全身の毛が逆立つ。それに今の言葉は何だ?少なくともこれまでハリルは主人公パーティーの前衛として共に戦ってきたはずだ。それなのに今のアイリスの言葉からはまるでいらなくなった古い物を捨てて新しいものに買い換えようという程度の軽いニュアンスが含まれていた。


「そうだな。ハリルは役に立たない。代わりの前衛を探そう」


 そしてパトリック王子もまるでゴミを捨てるように……、チラリとハリルを一瞥してそれっきりもう興味がないとばかりにアイリスを連れて歩き去った。


 あり得ない……。ゲームでは幼い頃から共に育ったパトリックとギルバートとハリルは身分の差を越えた親友同士になっている。そして皆がアイリスに惹かれていることでお互いに譲り合おうとする。アイリスを奪い合うのではなく『ハリルにならアイリスを任せられる』なんてパトリックが言うシーンまであるはずなのに……。


 それが今のやり取りはどうだ?パトリックは完全にハリルのことなど気にも留めていなかった。一緒に歩き去っているギルバートもそうだ。この三人の関係性まで完全に変わってしまっている。


 これからハリルは医務室に運ばれるだろう。この気持ち悪い世界の治療を受ければハリルの失った腕も再生出来るのかもしれない。だけど……、怪我が治ったとしてもこれから先ハリルはどうなる?


 ゲームでは主人公と攻略対象五人は解雇出来ない。他のキャラなら無課金顔なしモブも課金キャラも全て解雇可能だ。そして解雇すると二度と戻せない。いわばデータ上での完全消滅を意味する。課金キャラならまたガチャで当たれば同じキャラを雇うことは出来るけどレベルやステータスはキャラ開封時のもので同じキャラでありながら別人のようなものだ。


 じゃあこの世界では?この世界では解雇はない……、と思う。少なくとも解雇する理由はない。一緒にパーティーを組まなくても他のパーティーに入れて出撃させれば良い。じゃあハリルはこれから主人公パーティーを外されて一組の他の者とパーティーを組んで出撃するのか?


 わからないけどそれは次の出撃の時にでもわかるだろう。でもそれよりも……、あのお互いを尊重し合う親友同士だったパトリックやギルバートやハリルの関係性まで変わってしまっていることに俺は妙な胸騒ぎを覚えた。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] アイリスさんへの不安感が募る。 攻略ならガチャなんて考えないプレイヤーだったようです。 なんと冷淡。
[一言] やはりアイリス敵説
[一言] 戦場でいらんことかんがえちゃだめよ。 不気味だなぁ
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