第二十七話「一組を覗いてみました」
特訓はどちらも順調だ。ただ……、おかしい。もう十週目も終わりに入ろうかというくらいなのにインベーダーが襲ってこない。今までの襲撃間隔からすればもうあれから二回くらいは襲われていてもおかしくないほど経っているはずだ。
魔法基礎中級Ⅴも読み終わりそうだというのに前回からインベーダーが襲ってきていないのは間が長すぎる。ゲーム時なら放課後のコマンド回数でカウントしているのか何かわからないけど一定日数、つまり一定回数行動すればインベーダーが襲ってきていた。それから考えたらあり得ないほどに間が空いている。
まぁ敵が襲ってきて戦闘にならないのはこちらとしてもありがたい。俺だって無理にインベーダーと戦いたいわけじゃなくて生き延びるために嫌々戦っているだけだ。敵が襲ってこず戦わなくて良いのならそれに越したことはないだろう。
その間に特訓は順調に進んでいる。ニコライ流剣術の特訓を受けるようになってから最初の頃はまた体が痛かったけど最近ではかなりマシになってきた。徐々に体が慣れて、それに適したようになってきているということだろう。
瞑想だって、まだ流出量の方が多いけど魔法陣の中に座ってすぐに瞑想出来るようになったし、魔力が出て行く量には足りないけど完全に空になる前に取り込めているから最初から最後まで瞑想していられるくらいにはなっている。
剣術が戦闘で役に立つのは当たり前だけどこの瞑想はきっと戦闘で大いに役立ってくれるはずだ。
戦闘中は図書館で瞑想しているみたいにじっと集中なんてしていられない。ゲームでならばターン制で攻撃出来るし前衛が立っていれば後衛が攻撃を受けるパターンは決まったパターンしか存在しない。それらに気をつければ後衛はほぼ安全だ。
だけど現実となっているこの世界では戦闘はターン制でもないし後衛だからといって安全だとも限らない。敵は次々動いてくるし一方向からしか襲ってこないわけでもない。そんな状況で素早く魔力を練って魔法を使おうと思ったら素早く、的確に出来なければ役に立たないだろう。
あの魔力が流出していく魔法陣で座ってすぐに瞑想出来るようになるというのはそういう状況で素早く的確に魔力を練る練習になっている。そういう目的であんな風にしているのかは知らないけど俺はそう思う。
剣も魔法も順調に育っていてキャラ育成は非常にうまくいっていると思う。思うけど……、イケ学の進行はまったくだ。
確かにこれがゲームのイケ学のキャラ育成なら『八坂伊織』というキャラの育成は順調だろう。ゲーム時なら他のキャラも育成しなければならなかった行動回数や、イベントに割かなければならなかった行動回数を全て一キャラクターの育成につぎ込んでいるようなもんだ。そりゃ通常のゲーム時より順調で当たり前だろう。
レベルだって戦闘回数の割りには高い。一回の戦闘で倒す敵の数がゲーム時の比じゃないから経験値稼ぎも圧倒的に多い。このまま順調に行けば杖装備もそう遠くないだろう。まぁ高レベルになるほどレベルアップが大変になるからこれからは今までのようにはいかないだろうけど……。
確かにこれらを鑑みればゲーム時のイケ学ではあり得ないほどの効率で『八坂伊織』というキャラは順調に育っているだろう。
でもそれだけでいいのか?違うだろう?
一番大前提はこの世界でも生き延びることだ。無理や無茶をして死んだら元も子もない。もしかしたら死んでゲームオーバーになったら元の世界に帰れるんじゃ……、なんてことも思わなくはないけど試す気にはなれない。
生き延びることは大切だけどそれだけじゃ駄目だ。ちょっとばかり整理しておくと俺の第一目標はもちろん自分自身が生き延びること。第二に主人公アイリスや王子達にイケ学をクリアさせること。第三がこの世界の謎を解き明かすことだ。
どうすれば元の世界に帰れるのかはわからない。考えられるのは一定期間生き延びれば自動的に帰れるとか、アイリスや王子達がゲームをクリアすれば帰れるということが考えられる。だから俺の第一、第二目標とこれらは一致している。ただしそれで絶対に帰れるという保障はない。そこで第三の目標というわけだ。
第一や第二の目標を達成しても俺が元の世界に帰れるという保障はない。だからこの世界のことを知る。調べて解き明かして帰る手段を見つけるんだ。
そのためにはただ毎日特訓をして毎回の戦闘をただ生き延びるだけじゃ駄目だろう。アイリスに関わるのは正直怖い。あの女は何かおかしい。でも関わらないことには普通にプレイしているだけではアイリスや王子達だけでイケ学は絶対にクリア出来ない。
それにただ避けて逃げ回っているだけじゃこの世界の謎も解けないだろう。アイリスは絶対にこの世界の重要なことに関わっているはずだ。特に根拠はないけど俺はそう思う。
ならば調べるしかない……。怖いけど……、近づきたくないけど……、やるしかないんだ!
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授業の合間の休み時間。これまでなら魔法基礎を読むかトイレに行くぐらいのことしかしていなかった。でも今日は違う。廊下を歩いているモブに混じって一組の教室の前を通り過ぎる。
イケ学では一組は主要キャラが集まるクラスだ。アイリスと攻略対象五人はもちろん一組に揃っている。それ以外の生徒は組の番号が若いほど優秀という設定になっていた。
俺が三組でいまいちだという扱いなのはわかる。実際この世界に来た当初の『八坂伊織』の能力値はかなりひどいものだった。ステータスが見れないからわからないけどゲーム時だったならこんなキャラは使わないと思うようなステータスだったんじゃないだろうか。
今の『八坂伊織』がそこそこ使えるまでに成長しているのは全ての行動回数をこの一キャラの育成だけにつぎ込んでいるからだ。
ゲーム時のイケ学ではキャラによる成長の違いはなかった。例えば顔なしのモブキャラでも課金のキャラガチャで出るキャラも体力特訓をしたらHPがプラス1、筋力がプラス1だとすればそれは誰でもまったく同じというわけだ。
つまり極論すればどんなキャラでも鍛えまくれば同じステータスまでもっていくこと自体は可能ということになる。じゃあ何故顔なしモブは雑魚扱いでキャラガチャで出てくる課金キャラは強いのか。それは初期ステータスが高いからだ。
ゲーム時ならプレイヤーは多数のキャラを同時に育成しなければならなかった。一キャラだけ徹底的に鍛え上げてもゲームはクリア出来ないからだ。複数パーティー同時に出撃しなければならない時もあるイケ学において一キャラ特化は悪手に他ならない。最低限クリア出来るだけのパーティーを組めなければ詰んでしまう。
だから総行動可能回数をキャラで割れば一キャラに対して実行可能なコマンド回数、つまり育成可能回数は自ずと決まりそれ以上につぎ込むことは難しい。課金要素を使えばこの行動回数を増やせるというか、先延ばしに出来るというか、なのでもう少し育成出来るようになるけど、それにも限界はあるしこの世界では無意味だからおいておく。
筋力50、知力10の前衛向きキャラをひたすら知力アップさせ続ければ確かに後衛魔法使いにも出来るだろう。だけどそれだけ無駄な行動回数を消費するくらいならそのキャラは普通に筋力を上げて前衛向けに育てる方が良い。
同じく筋力10、知力10の顔なしモブを一から育てるよりも課金ガチャの筋力50、知力10のキャラを育てる方が効率的だ。
『八坂伊織』も顔なしモブ並みかそれ以下か、とにかく酷いステータスだったはずだ。それを全ての行動回数を八坂伊織の育成のみにつぎ込んできたからステータスがマシになってきた。それが今の状況だと思う。だから当初のステータスから八坂伊織が三組なのは納得のことだ。
それに比べて何故健吾のような優秀な顔ありの無課金ではトップクラスの者が三組なのか。そもそも一組は優秀という設定になっているけど一組もアイリスと王子達以外は顔なしのモブだ。マックスは二組、健吾は三組というように他のクラスには初期の無課金顔ありキャラが存在する。
これはゲーム中で主人公アイリスがマックスや健吾といったキャラ達と出会い、イベントを進めることでその能力の高さを見出しパーティーにスカウトすることで一組へと編入させていくということになっている。
この二人以外にも後衛向きの無課金顔ありキャラ達もいるし、課金ガチャでキャラを開封するとアイリスが見出して連れて来たという設定で一組に編入されることになる。人の能力を見抜き的確にスカウトして戦力を集めるというのもアイリスが聖女として崇められる理由の一つだ。
そんな俺が何故休み時間を利用して一組にやってきたのか。まぁ一組の前を通りかかって中の様子を探っているだけだけど、それでもわざわざやってきた理由は今の一組がどうなっているか確認するためだ。他のモブ達に紛れて廊下を歩きながら一組の中を覗く。
「こっ……!」
「「「…………」」」
声を漏らしそうになった俺は慌てて口を押さえた。周りのモブ達が俺を怪訝そうな顔で見ていたけど何とか大事にならずに済んだようだ。それより問題は一組の方だろう。
廊下を歩きながら開いている扉から中を覗いた一組は席がガラガラだった。チラリと見た限りではアイリスとパトリック王子、ギルバートは見えた。恐らくどこかにヴィットーリオやもう一人の攻略対象もいるんだろう。
五人の攻略対象のうち残りの一人はほとんど教室には姿を現さない。キャラのイベント上ほぼあそこにいるからここにはいなくても不思議じゃない。
それよりも一組の状況だ。いくら休み時間でどこかに行っている可能性があるとしてもあまりに生徒の数が少なすぎる。そもそも机に鞄や荷物が置かれていない。あれは今たまたまいないんじゃなくてもともと空席だろう。本来ならもっと生徒がいるはずのクラスがこれほどガラガラなんてあり得ない。
ゲーム時は……、アイリスがスカウトしてきた生徒がプレイヤーの所持キャラになって一組に編入されてくる。じゃあ例えばアイリスが誰もスカウトしてこなければ?プレイヤーが所持出来るキャラに上限があるのは一組の定員に限りがあるからという設定だ。
課金で所持キャラ数の上限枠を増やすのがどういう意味なのかは説明されていない。他の一組の生徒を一組から追放するのか?学園を首にするということはないと思うけど二組や三組に編入させるということだろうか?まさか殺して……、なんてことはないと思うけど……。ゲーム中では何故課金すると所持キャラ数が増やせるのかの説明はない。
アイリス転入時は一組も普通に生徒がワイワイいたはずだ。それがいなくなったのは……、この世界では……、死……?
ゾワリと……、まるで体中の毛が逆立つかのような感覚に襲われて思わず自分で自分の体を抱く。
よくよく考えてみろ。俺達が出撃させられている時に一組の生徒を見たことがない。いつも兵士に偉そうに言われて出撃していたのは二組以下のクラスの生徒達ばかりだ。
じゃあ一組の生徒達はどこで何をしていた?
もしかして……、俺達が自分達の周りに他のパーティーが一緒に出撃していたようにアイリスや王子達の近くに出撃していたんじゃないのか?
三組でも今はポツポツと席の空きが目立つ。それなりの席が空いている……。二組もそうだろう。俺と健吾はほとんど同じパーティーだったけど必ずしもクラスがパーティー分けに影響しているわけじゃない。それは二組のマックスとパーティーを組んだことがあることからもわかるだろう。
ただ放送があってから更衣室に向かって準備をして出撃するから比較的同じクラスの生徒が集まりやすいというのはある。だけどそれは絶対じゃなくて着替えが遅れたとか、何かそういうことがあれば他のクラスに混ざることもザラにある。
だけど一組はずっとアイリスや王子達と一緒にゲームの順番通りにバトルフィールドを進んでいるのなら……、これは……、一組は……、もう壊滅寸前まで損害を出しているということか?
まだゲームも序盤なのに?この前まではただのチュートリアル用の雑魚ばかりを相手にしていたはずなのに?もしかして今までの戦闘でアイリス達は一組の生徒達を犠牲にしてようやくあれほどの時間をかけてクリアしていたのか?
これで……、こんな状況でアイリスと王子達はイケ学をクリア出来るのか?そもそもアイリスは何の手も打っていないのか?どんな初心者プレイヤーでもキャラを補充するなりスカウトするなり何か手を打つだろう?
…………このままアイリスに任せていてクリア出来るとは思えない。だけど俺はアイリスに直接関わって助言するのはやめた方が良いと思う。
さっき覗いた一組の教室……、虚ろな顔をしてただアイリスの周りに集まっていたパトリック王子やギルバートの様子を見て俺はますますアイリスに近寄るのはやめた方が良いと確信していた。




