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第二十四話「手紙を交換しました」


 昨日は戦闘が終わって負傷者の救助や死者の収容を終えていつも通りに訓練に行った。今日は朝からまたパレードだ。俺には今度パレードがあったらやろうと思っていたことがある。そのための準備をしていつものように門の前で並んで待つ。果たして今日もあの娘は来てくれているだろうか。


 いつものように王子達への大声援の中をパレードで練り歩く。これだけ繰り返していればもういい加減慣れてくる。プレゼントも手早く回収するし王子達への声援も気にならなくなってきていた。


 これは悪い兆候かもしれない。人間は慣れる生き物だ。例えばどんなに酷い仕打ちを受けていても、最初はそれに反発したり嫌だと思っていてもいずれ慣れて平気になってしまう。俺がこの大声援やパレードに反感や不満を持たないようになっているのは悪い方に慣れているからのような気がする。


 まぁいい……。例えそうだとしても絶対に変わらないものもある。俺は絶対こんな腐れ世界から無事に生き延びて脱出してやる。そのためなら多少のことくらいは我慢だ。そう思いながら町を歩いていると……。


「これを!」


 いた……。いつもの場所。そうだ……。彼女が待っているのはいつもここだった。今まで特に気にもしていなかったけどよくよく考えればいつも同じ場所だ。ここに何か意味があるんだろうか?


「ありがとう」


「……え?」


 俺がいつもの花束を受け取りつつギュッと手を握ると彼女はポカンとした顔をしていた。そして暫くしてから自分の手の中を見つめている。周りを見回してみる……。兵士達は特に動いている様子はない。どうやらうまくいったようだ。


 俺は今この花束を受け取る時に彼女の手を握って手紙を渡した。


 もしかしたら別にイケ学の生徒は学園の外の者と連絡を取っても良いのかもしれない。だけど俺は人に見つからないように彼女にそっと小さく折りたたんだ紙に書いた手紙を渡した。内容はどうにかして君と連絡を取り合いたいという旨が書いてある。


 彼女と会える可能性があるのはこうしてパレードの時かアンジェリーヌの取り巻きとして学園に入ってきている時だけだ。そして学園内で会うのが非常に難しいということは前回のことで身に染みた。


 彼女はアンジェリーヌのお陰でイケ学内に入り込めている。当然一緒に入ってきているアンジェリーヌ一派からすれば誰かが途中でいなくなればすぐに気付く。それはそうだ。アニメや漫画じゃあるまいし一人ずつ仲間がいなくなっているのに中々気付かないなんてことが現実にあるはずもない。一人いなくなればすぐ気付いて大騒ぎだ。


 だからイケ学内に来てくれても長時間二人っきりで話すというのは恐らく難しい。向こうの状況がわからないから何とも言えないけど、知り合いに会ってくるから一人行動してきます、とかは無理じゃないだろうか。となれば学園内でじっくり話す機会はそうそうない。


 そしてパレードの時も話している暇なんてない。ちょっと長めに立ち止まっているだけでも兵士達に殴られてさっさと行けと言われてしまう。ましてやじっくり話している暇なんて到底ないだろう。それに外部と連絡を取り合ったり、外部の人と親しくしていても何か言われるかもしれない。


 そこでどうにか連絡を取り合う方法はないかと彼女に手紙を渡したというわけだ。花束を受け取る時に手を握ってその手に握らせたから他の者にはバレていない……、はず……?


 俺はこの世界に疎いから彼女の方から何か具体的な方法でも考えてくれたら助かる。もちろんそのために危険を冒すのはやめて欲しいけどこの世界の住人である彼女なら何とか連絡を取り合う方法くらい知っているかもしれない。


 何故彼女と連絡を取ろうとしているのか。それが正しいことなのか。間違いなのか。それは俺にもわからない。ただ彼女とは連絡を取って色々と聞いた方が良い気がする。


 少なくとも彼女は俺のことを知っていた。名乗ってもいないのに名前を知っているし何か昔からの知り合いのような雰囲気だ。もしこれで本当は知り合いでもないのに彼女が一方的に俺のことを知っているんだとしたらとんだストーカー女ということになってしまう。


 彼女は恐らくこの世界での八坂伊織のことを知っている。彼女から色々話を聞いかないといけない。


 もちろん大きなリスクはある。彼女がこの世界の八坂伊織と知り合いだとすれば俺が下手に会話すれば中身が入れ替わっていることに気付かれる可能性も高い。健吾とは知り合って間もないのか幸いにも俺の中身が変わっていることは気付かれていないようだ。学園に入学してからの知り合いだとすればそれほど一緒に居た時間も長くないんだろう。


 俺の中身が入れ替わっていることを知られたらどうなるだろう……。逆に考えて自分の知り合いが体はそのままだけど中身だけ別人になっていたら自分ならどうする?入れ替わられている人の家族に伝える?警察に通報する?警察はないか……。警察に言っても自分の頭がおかしいと思われるだけだろう。


 でも他の家族や知人に言う可能性はある。そうして周囲の知り合い皆で本人の中身が入れ替わっているかどうか確かめたりすることは有り得るだろう。


 やっぱり怖いな……。あの娘がどうするのかさっぱり読めない。それが滅茶苦茶怖い……。


 でももう手紙は渡してしまった。これから彼女と接触する機会が増えたら俺の中身が別人であることを悟られるリスクは格段に跳ね上がる。それでも進むしかない。もう止まれないんだ……。あとは俺が覚悟を持って進むのみ!


 それにしても……、彼女の花束……。前回は突然のことで他にしようがなかったのかもしれないけど……、今回もまた花束の包みにデカデカとマジックのようなもので『伊織君へ!』と書いてある……。


 花束を贈ってくれるのはとてもうれしいけどもう少し何かやりようがないんだろうか……?




  ~~~~~~~




 パレードを終えていつもの特訓に行き、寝て、起きて、学園の授業に出て、また放課後に体力特訓や瞑想に精を出す。そんな日々を繰り返しているある日、今日は放課後に瞑想に行く日で図書館へ向かっていたら廊下の向こうから声が聞こえてきた。


「貴女!パトリック様だけではなくて他の方々にまで手を出しているそうじゃありませんか!この泥棒ネコ!男性に媚を売って浅ましい!貴女のような方はこの学園に相応しくありません!さっさと出て行きなさい!」


 アンジェリーヌのヒステリックな叫びが聞こえる。これは……、いつの間にかアンジェリーヌが設定変更された後の性格に変わっている。初期の頃のアンジェリーヌの言い分は正しかった。それにこんな感情的にヒステリックに突っかかる性格でもなかった。


 それはそうだろう。アンジェリーヌは許婚『候補』とはいえ幼少の頃からパトリック王子と共に育ち王妃に相応しいように育てられていた。実家の家格も王妃に相応しいものであり政治的にも何の問題もない。


 もちろん許婚候補でしかないんだから何かあれば変わる可能性も絶対にないとは言い切れない。それは初期バージョンのアンジェリーヌも理解していた。だからより王子に相応しい相手や政治的に必要な相手ならば身を引く覚悟もあるような節があった。


 それがあまりにアンジェリーヌが真っ当すぎてプレイヤーのヘイトが悪役令嬢アンジェリーヌに溜まらないために運営が設定と性格を途中で変えてしまった。そこからのアンジェリーヌは今のようにヒステリックに叫んでは主人公に突っかかる。ただアイリスとパトリックの仲に嫉妬して嫌がらせをする嫌なキャラに再設定されていた。


 少し前まではアンジェリーヌは初期設定の真っ当なご令嬢だった気がする。もちろん俺はアンジェリーヌの行動の全てを把握していたわけじゃない。だけど見ている範囲では至極真っ当だった。それなのに今はただ感情的に、ヒステリックにアイリスに突っかかるだけの見事なピエロに成り下がっている。


 言っていることも滅茶苦茶だ。ただ何かにつけてアイリスにケチをつけているだけにしか聞こえない。初期の頃のように筋の通った指摘が出来ていない。


 初期バージョンのアンジェリーヌはアイリスが王子の伴侶になるには身分が釣り合わないことや、庶民育ちのアイリスが礼儀作法も知らず慣例も守らないからそういう点を指摘したりしていた。今のようにただアイリスに罵詈雑言を並べ立てるだけとは根本的に違う。


 何故こんな風に性格が変化した?ゲームが進行したからか?それともまさか……、アイリスが何かしたのか?


 いや……、普通に考えてそれはおかしい……、はずだ……。アイリスにはそんな能力はない。だけどあの不気味なアイリスなら何が出来ても不思議じゃないと思ってしまう。


 もちろんそれは俺の考えすぎでただ俺がアイリスを恐れて不気味に思っているからそんな突拍子もないことを考えてしまっているだけだろう。ただ……、アンジェリーヌがこっちの性格に変わるのはアイリスにとって都合が良い。真っ当な正論を言うアンジェリーヌじゃなくてただ嫉妬に駆られてヒステリックなだけの悪役令嬢が相手の方が……。


 まぁいい。今はそれどころじゃない。問題なのはいつも通りこのアイリスがアンジェリーヌに絡まれるイベントが終了しないことだ。


 俺が居合わせている時、いつもこの手のイベントは終了しない。ゲームでならばイベントの進行で誰かが現れて先へと進むはずのイベントが、俺が居合わせたイベントではいつも誰も現れず先に進まなくなっている。今回も王子が現れるはずなのに現れない。


 これは大丈夫なのか?イベントはきちんと進んでいるのか?ゲームならこういうイベントを通してアイリスとパトリック等の攻略対象達との絆が深まっていくはずだ。それなのにいつもこの手のイベントで攻略対象達が出てこない。それはきちんとイベントが進んでいないからじゃないのか?


 俺がいくら悩んでも答えは出ない。それはわかっているけど気にはなる。


 俺はいつもアイリスを避けているし攻略対象達とも接点はない。だけど今度アイリスと攻略対象達の関係がどうなっているか調べてみるか……。


 それと早くこのイベントも終わらせなければ俺がいつまで経っても図書館に行けない。ただのゲームならアイリスとアンジェリーヌの横を通り抜けて行ってもいいかもしれないけど、あのアイリスに注目されるのは避けたい。だから俺が直接止めに入ったり、横をスルーして通り抜けようとしたりするのを気付かれるのは困る。


「お前達!そこで何をしている!」


「――ッ!貴女達!帰るわよ!」


 またしても俺はパトリック王子の声を真似して聞こえるようにそう言った。焦ったようなアンジェリーヌは取り巻き達に声をかけてその場から離れ始めた。こうなることを予想していた俺は階段まで戻って下の階へと降りる。


 俺はアイリスには会いたくないけど今回はアンジェリーヌ達には用がある。いや、アンジェリーヌやその取り巻き達には用はないんだけど彼女、神楽さんに用がある。


 もしかしたらもうすでに連絡を取り合う方法を考えてきてくれているかもしれない。だから今回アンジェリーヌ達が出て行く前に彼女に接触したい。そう思って下の階まで急いで降りた。


 唯一外へと出る門の近くに居れば彼女達が通るだろう。そう思って門へと通じる廊下を一旦向こうまで進んでからアンジェリーヌ達が来る頃を見計らって反転して階段の方へと戻る。


「ぁ……」


 予想通りドンピシャで向こうからアンジェリーヌ達が階段から廊下に出て来た。彼女も俺に気付いたようで一瞬こちらを見る。そして歩きながらゴソゴソとポケットに手を入れていた。それを見逃さなかった俺はアンジェリーヌ達とすれ違う時に彼女から小さく折り畳んだ手紙を受け取った。


 やった!やっぱり彼女も何か俺に伝えようと思って用意してくれていたんだろう。すれ違い様に受け取った手紙をポケットに隠す。内容は後で見れば良い。これで何も後顧の憂いなく図書館へ……。


「――ッ!?」


「…………」


 コツコツコツと……、俺が図書館へ向かう階段を上っていると……、上から下りてきている人物が丁度階段の折り返しから姿を現した。悲鳴を上げそうになったのを必死で堪える。


 コツコツコツと……、下りてくる……。ドキドキしながらすれ違う。怖い……。怖い怖い怖い!逃げ出したい!


 でも駄目だ。ここで妙な行動を取ったら不審に思われてしまう。目立つな……。普通にしていろ……。俺はただのモブだ。アイリスが注目するようなことさえしなければ気にも留められない存在だ。自分の存在を消して無になれ!


 コツコツコツと……、階段の中央付近ですれ違う。丁度同じタイミングで階段の踊り場と階の折り返しでばったり会ったんだ。階段の中央ですれ違うのは自然なことだ。アイリスの方を見るな……。目線を合わせずそのまま……。よし!やった!折り返しまで上れた!これで……。


「――ッ!!!???」


「…………」


 階段を折り返して上に上がろうとした俺を……、踊り場の折り返しからアイリスがじっと見上げていた。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白く一気読みしてしまいました(笑) これからも頑張って下さい! 個人的にアイリスがめちゃ好きです
[一言] アイリスに似合う言葉は怖いや不気味( ˘ω˘ )
[一言] アンジェリカ、どうにかしてあげたいな。 最後怖!
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