第二十二話「健吾とマックスが出会いました」
最近俺は授業中も魔法基礎を読んでいる。授業なんて聞いても意味はない。どうせほとんど知っていることばかりしか教えていない。何より今更こんな勉強をしていて意味があるか?俺達は生きるか死ぬかの瀬戸際だ。確かに生き延びた後で勉強もしてなくて生活も出来ないというのは困るだろうけど今はこんなことをしている場合じゃない。
魔法基礎も中級まで進むとますます難しくなっている。今は魔法基礎中級Ⅱを読んでいるけど授業時間まで利用して読んでも中々進まない……。
『インベーダーが現れました。全校生徒は戦闘準備に入ってください』
「――ッ!」
きた……。きやがった……。前の出撃から二週間近くか?これまでの出現状況からして特に何かの法則性は見出せない。ゲーム時なら学園編でのコマンド選択回数、つまりプレイヤーの行動回数が一定になる、日数が経過すると強制的に戦闘になっていた。
だけど今までの傾向や日数から考えてゲーム時のコマンド回数や経過日数とこの世界の敵の出現タイミングでは計算が合わない。現実となったことで色々と変わってはいるんだろうけど敵の出現タイミングがわからないのは問題だ。
それから……、今回の敵で楽な敵との戦闘は最後だ。これまで主人公アイリスやパトリック王子達は特殊能力もなく思考ルーチンも貧弱なボーナスのような敵とばかり戦っていた。だけどそれは今回の戦闘で最後になる。次からは俺達が戦っているのと同じ特殊攻撃をしてきたり思考ルーチンが強化されている通常の敵との戦闘になる。
別に王子達が大変になろうが知ったことじゃない。ただ問題はアイリスや王子達が敵が強くなったらマップクリア条件を達成するまでの時間がもっと長くなるんじゃないかということだ。今の簡単な敵を相手にしても随分時間がかかっているのに今より敵が強くなったら果たしてクリアするまでどれほど時間がかかることか……。
「行こうぜ伊織」
「あぁ……」
今回は健吾に余計なことは言うべきじゃない。俺の貧弱なステータスから考えてまだ頼れる前衛がいなければあっさりゲームオーバーになるだろう。前回はたまたま無課金の前衛キャラの中でも健吾との二枚看板であるマックスと一緒になれたから助かった。だけどそんな幸運が何度も続くとは限らない。健吾と離れるのは危険だ。
「よぅ!八坂伊織!」
「げっ……、またお前か……」
俺達が更衣室へ入るとマックスが準備をしていた。顔見知りになる前だったならこっちはゲーム知識で相手のことを知っていても向こうから話しかけてくることはなかったけど、こうして顔見知りになってしまったら会うたびに話しかけられてしまう。
「おい八坂伊織。挨拶をされたらきちんと応えろ」
ほらな……。だからマックスは面倒臭いんだよ……。
「ようマックス!調子はどうだい?」
「ああ、すこぶるご機嫌だぜ。なにせこれからタコの踊り食いだ!」
「「HAHAHA!」」
俺が軽いノリで応じたらマックスも乗ってきた。よくわからないキャラ付けだ。陽気で面白いアメリカ人タイプなのか真面目で面倒臭い委員長タイプなのかどちらかはっきりしてもらいたい。
「伊織、この気安い奴は誰だよ?」
お?健吾が俺とマックスの間に割って入って睨みつけている。まぁな。健吾とマックスは無課金前衛職では甲乙付けがたいほどに優秀だ。ゲーム中では特に絡みはなかったけどお互いにライバル視していてもおかしくはない。
「ヘイ、ボーイ。礼儀がなってないんじゃないか?人に名を尋ねる時はまずてめぇから先に名乗れってママに教わらなかったのかい?それから人様を指差すんじゃねぇぜ」
「ぬぬぬっ!」
「むむむっ!」
「「ふんっ!」」
二人でにらみ合ったかと思うと同時にソッポを向いた。何だよ。息ぴったりじゃないか。腐女子が見たら『BL!』とか言って喜びそうな図だな。まぁ二人に喧嘩させてても話が進まないし出撃しなきゃならない。さっさと止めるか。
「こいつはマックス、そんでこいつは健吾。わかったか?それから健吾、プロテクターをつけなくて良いのか?」
「おっと!そうだった。やべぇやべぇ!」
二人を簡単に紹介するとさっさと準備しろと尻を叩く。
「伊織が言っていた前回パーティーが別れた友達ってのはこいつのことか?」
げっ……。マックスめ……。だから余計なことは言わずにさっさと向こうへ行けよ。本当に面倒臭い奴だ。
「そうだけど?」
俺は何でもないことのように答えておく。友達とパーティーが別になってしまった、ということくらいは世間話程度にしていても何もおかしくはないだろう。その程度なら健吾も別に……。
「なんだ?伊織は俺の心配をしてくれていたのか?そうだよなぁ。そりゃそうだよなぁ?マックスだっけ?こんな奴じゃなくて俺の方が心配だし一緒のパーティーの方が良いよな?」
健吾も面倒臭くなってきたぞ……。今日は一体どうしたんだこいつらは……。
「そんなことはどうでもいいだろう?それより早く行かないとやばいぞ」
「あっ!ちょっ!まっ!待ってくれ。まだ準備が……」
「くくっ!さっさとしろよボーイ!」
俺がスタスタと先に行こうとしたら健吾が慌てておいかけてきた。途中で止まって待ってやる。いくら何でも命がかかった戦いだ。中途半端な準備をしてそれが致命傷になったら笑えない。万全で臨んでも危険なのに無意味にリスクを高めるようなことをする必要はない。
「早くしろよ」
「わりぃ!もうちょっと待ってくれ」
このあと何故か慌てて準備した健吾とマックスの三人で出撃場へと向かったのだった。
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今日は予定外に健吾とマックスと三人で並んでいる。そして俺はちゃっかり真ん中を確保していた。健吾、俺、マックスの順番で並ぶ。これならどこでパーティー分けされても俺は健吾かマックスのパーティーに入れる。マックスは面倒臭いとか言ってるくせにマックスのパーティーに入るのか?と思うだろう?当然入るに決まってる。
俺にとっては健吾であろうとマックスであろうととにかく頼れる前衛がいなければ生き残れない。健吾の方が性格もわかりやすいし面倒臭くないから今からマックスと健吾とどちらを選ぶと言われたら健吾の方が無難だ。だけどそれは選べるのなら健吾の方が良いというだけで絶対に健吾でなければならないというわけじゃない。
そもそも最初に出会って同室だったのが健吾だったからというだけで、もし最初に出会って同室だったのがマックスだったら俺は今マックスと親しくしていたかもしれない。随分調子が良いと思われるかもしれないけどこれは俺の偽らざる本心だ。俺にとっては頼れる前衛だったならば健吾でもマックスでもよかったんだろう。
ただし今は違う。今は健吾ともそれなりに親しくしてきたというものがある。最初に出会った方が他方であったならばまた別の道もあったかもしれないというだけで今では健吾は俺の友達だ。
「次!お前からはあっちだ」
「げっ……」
「ふんっ……」
やった!健吾からがパーティー分けの最初だ。つまり健吾、俺、マックス、そしてその後ろ三人というパーティーが確定した。健吾とマックスはお互いに視線でバチバチとやっているけど俺には関係ない。これは豪華なパーティーになったぞ。
無課金前衛キャラで一、二を争う二人が一緒のパーティーだなんて今日はついてる。これならいつもよりぐっと安全にいけそうだ。健吾とマックスという前衛トップレベルの二人がいるから俺に経験値が入る可能性は減ったかもしれない。だけど経験値より生き残ることが優先だ。
確かに経験値は欲しい。早くレベルを上げたい。でも無理をして死んだら元も子もないわけで、安全かつ確実に、そして十分な経験値を得られるのが理想だろう。今回はそういう理想のパーティーの実験が出来そうだ。
どういった方がいいだろうか?健吾とマックスを前衛左右にして俺が前衛真ん中か?それとも健吾とマックスは前衛左右で俺は後衛か?あえて健吾とマックスを前衛後衛に分けるというのもあるのかもしれない。一体どうするのが一番効率的で確実なのか。色々と気になるところだ。
「いけ!いけ!いけ!」
兵士達に押し出されるようにバトルフィールドに出る。俺達三人以外の三人は……、普通のモブだな。髪型が多少違うだけの目なしのモブ達だ。前までの俺なら戦力にならないと思って放置していただろうけど今は違う。前回の反省から今後はモブ達だからと放置せず積極的にパーティープレイしようと思っている。
「よし!今回は伊織が真ん中だ。俺と健吾で前衛左右を固める。お前達はしっかり後衛を支えてくれ」
俺が最初に考えたパターンと同じことをマックスも指示していた。このメンバーになった時点でまぁだいたい考えるのはそのパターンだろう。俺も考えていたことだから特に反対は……。
「おい待て!何でお前が仕切ってんだ?お前に俺や伊織のことを決められる謂れはねぇんだよ!」
「健吾……」
だけどここで予想外に健吾がマックスに噛み付いた。そういえば俺達がパーティーを組んでいた時も健吾は特に他の者に指示はしていなかった。自分は他人に指示しない代わりに他人に指示される謂れもないと思うタイプなのかもしれない。
やばいぞ……。健吾とマックスがいれば前衛は安泰かと思っていたけどこれは思わぬ落とし穴だ。
そりゃそうだよな。ゲームじゃないんだ……。ゲームならプレイヤーがコマンドを指示すれば全てその通りになる。だけど現実じゃそうはいかない。強いスター選手を集めたからって強いチームになるとは限らないのと一緒だ。
健吾とマックスは相性が悪い……。それはさっきの最初の接触でわかっていたことなのに……。何も考えず仲を取り持つこともせず放置していた俺も馬鹿だ。こんなことならバトルフィールドに出る前にせめて二人がもう少し親しくなるように仕向けておけばよかった。
今更言っても後の祭りではある。でも悔やまずにはいられない。未だに俺はゲームの時のイケ学の感覚が抜けていない。今までも何度もゲームとこの現実となった世界との違いをまざまざと見せ付けられていたのに……。だったら……。
「健吾!」
「おう!伊織は俺の味方だよな。俺達二人だけでやろうぜ」
こいつは何もわかっていない……。それじゃ駄目なんだよ……。俺達はそうしてきてたくさんのモブ達を見殺しにしてきた。俺達だって限界ギリギリで運良く生き残っていただけだ。だから……。
「健吾……、マックスの指揮が気に入らないなら健吾が指揮を執れば良い。健吾の指揮や指示が真っ当なら俺は健吾を応援するよ。だけどな……、ここじゃ皆で協力しなきゃ生き残れないんだ!だからマックスより良い指揮が出来ないならマックスに従おう!皆で協力するんだ!」
「伊織……、何言って……。俺達は……、そんなことしなくても生き残ってこれたじゃないか……」
「俺達が生き残れたのは運がよかっただけだ。でもそんな運がいつまでも続くとは限らない。今は少しでも生き残る確率が高くなるようにしなきゃ……」
困惑した表情の健吾が俺を見詰めている。こんな健吾を見るのは初めてだ……。この前も槍の件で揉めた所なのにまたこうやって言い争っていたらいい加減健吾とも険悪になるかもしれない。でもこれだけは言っておかなきゃ……。俺と別パーティーになるとしても……、これだけは健吾がこれから生き残っていくためにも必要なことだ。
「――ッ!……わかった。ただし今回!今回こいつの言う通りにしても碌な事にならなかったらもう二度と俺はこいつの指示には従わない!」
「あぁ、わかった……。ありがとう健吾」
よかった……。せめて今回だけでもマックスの指示に従ってくれるようだ。これで今回うまくいって健吾もパーティーの重要性を理解してくれたらいいんだけど……。
「話は決まったか?」
「ああ、待たせたな」
マックスが俺の横に立って聞いてくる。俺はマックスを見上げながら頷いた。
「よし!前衛は俺は左、健吾は右、伊織は真ん中。後衛はお前達が交代で場所を換わりながら前衛を支援しろ。いくぞ!」
「「「はいっ!」」」
うんうん。何故か知らないけどモブ達はいつもマックスの指示にはよく従う。俺が命令しても従ってくれるんだろうか?もしそうならゲーム時ほどじゃないにしても俺の理想と近いパーティー戦が出来るかもしれない。
それから……、今回は前衛の二枚看板が揃ったパーティーだ。この二枚看板がどれほど威力を発揮するのか確かめさせてもらおう!




