第二話「男装女子でした」
全然意味がわからない。何故イケ学に女が?いや……、主人公だって女なのにインベーダーと戦える力があることがわかってイケ学に転入してきている。女だからって力がないと言うつもりはない。そうじゃなくて何でこいつは女であることを隠してイケ学に入学しているのかということだ。
主人公のように女なのにインベーダーと戦う力があると公表して正規に入学する道はなかったのか?こいつの考えがわからない以上は今俺が下手なことは出来ない。もしとんでもない秘密や理由があったならば俺が不用意にそれを公表してしまうのは避けるべきだ。
そもそもここは主人公が転入してくるまでは男子校だったわけで周りには思春期真っ盛りの女に飢えた男達が……。こんな所で俺が女の体だなんてバレたら一体どうなることやら……。
「お~い?どしたー?大丈夫かぁ?」
「げっ!」
やばい!俺が叫び声を上げたからか健吾の奴がこちらに近づいてきている。気配を感じる能力なんてのはないけど足音や床の軋みでこちらに歩いてきていることくらいはわかる。
今扉を開けられたらアウトだ。胸を潰していたサラシもコルセットも取ってしまっている。今の姿を見られたら一目で女だとバレる。というかそもそもあんな女好きの下ネタ大魔王である健吾に俺の体が女だってバレて、しかもこんな半裸状態だったらその場で襲われるかもしれない。それを想像して俺はゾッとした。
やばいやばいやばい!しかもこの脱衣所の扉には鍵をかけていない。いや、そもそも鍵がない。男子生徒用の寮だからか知らないけど脱衣所には鍵がなく自由に使えるように洗面台や洗濯機が置いてある。
「くっ!」
間に合え!
俺は急いで扉に向かってドアノブを握り締める。向こうから健吾が開けようとしても簡単には開かないようにだ。だけど体格から考えても俺が健吾に腕力や握力で勝っているとは思いにくい。そもそも女の体である今の状態じゃほとんどの学園生にも負けるんじゃないだろうか。ドアノブを握り締めても所詮は時間を遅らせる程度の効果しかない。
「お~い?大丈夫か?」
やばい!もう扉の目の前にいる!どどど、どうすれば……。
「開けるな!今は開けるな!」
「なんだよ~?男同士なんだし別にフルチンでも気にしないぞ?」
馬鹿野郎!そんなことなら俺だってわざわざ焦って止めたりしないんだよ!前の俺の体だったなら俺だって男同士で丸裸なんて経験だってある。風呂やスポーツのあとなんかに裸同士でもどうとも思わなかった。でも今はやばいんだよ!
「今はやばいんだよ!扉は絶対に開けるな!」
もうテンパッてる俺は良い言い訳も思い浮かばずとにかくそう叫ぶだけで精一杯だった。だけどその俺の焦りのお陰か健吾が止まってくれた。
「おっ、おい……。もしかして奴か?奴が出たのか?黒くて素早い奴が!開けるなよ!伊織こそ絶対に扉を開けてこっちに来させるんじゃないぞ!絶対始末しろよ!奴を見つけた者が責任を持って始末する。そういう約束だったよな!絶対きちんと始末しろよ!」
「あっ、あぁ……、わかった。だから開けるなよ」
「絶対開けるか!絶対の絶対にきちんと始末しろよ!」
そう言って健吾が離れていく音がした。どうやら黒くて素早いGが出たと思ったらしい。健吾の奴も大の男のくせにGが苦手なんだな。あの慌てぶりからしてもう戻ってくることはないだろう。ほっとした俺はドアノブを握っていた手を緩めて洗面台に戻った。
一先ず危機は去った。だけど何の解決にもなっていない。むしろ厄介事が増えただけだ。俺が何故イケ学の世界にいるのか。そしてこの世界でも八坂伊織という何故か俺と同姓同名のこのキャラは何故女の子で男装までしてイケ学に入学しているのか。
わからないことだらけの上にどうすれば良いのかもさっぱりで頭が変になりそうだ。あるいは俺の頭がおかしくなってこんな妄想か夢でも見ているんだろうか。あぁ、それはあり得るかもしれない。ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったのかもな……。
とにかく風呂に入ろう。いつまでもここに居てもまた健吾に何か言われる可能性が高い。全裸になってお風呂に入る。元の男だった時には女の子の裸が見たくて、触れたくて飢えたサルのようだった。だけどいざ自分の体が女だと必死で自分の体を見ようとかエロいとか思わない。所詮はこんなものか。
まさか精神まで女になってるなんてことはないよな……?大丈夫なはずだ。俺は健吾を見ても別にときめかない。それにイケ学の攻略対象の五人のイケメンを見ても何とも思わなかった。周り中男だらけだけど何とも思わないし大丈夫だ。心は俺のままのはずだ……。
ゆっくりお風呂に入って入念に体を洗ってからあがる。胸の周りとか下半身とか局部とかはよ~く洗ったけど決していやらしい気持ちでじゃない。自分の息子さんを見てエロいとか思う男はいないだろう?いや、一部にはいるかもしれないけど大部分の普通の人はそうは思わないはずだ。今の俺もそれと同じで自分の体の胸や股間を見てもエロいとは思わない。
何故入念に洗ったかといえばずっとサラシを巻いて締め付けているから跡もついているし蒸れるのか汗もかいている。俺は別にそんなに神経質じゃなかったはずだけど何だかどうしても入念に洗わなければ気が済まなかったんだ。
……もしかしてこの体の元の性格や考えにも影響されているのかもな。
そんなこんなでゆっくり風呂に入ってから出て来た俺は脱衣所で固まった。
「あ゛っ……」
やばい……。元々サラシは巻いてあったからどうにかなったけど今の俺はサラシの巻き方なんてわからない。このコルセットだってきちんとした付け方がわからないし元の状態に戻すのは不可能じゃないか?
幸いというのか不幸にもというのかは知らないけどこの体はあまり女らしくない。胸も小振りだしお尻も大きいということはない……、と思う。
いや……、俺は女体の基準なんて知らないからよくわからないんだけど……、何カップとかを宣伝文句にしているグラビアアイドルとかに比べたら男みたいなもんだ。俺の胸の大きさは手でほぼ隠れるくらい。薄着でウロウロしていた姉とそう変わらないような気がする。姉がCカップだとか母と話していたのを聞いた覚えがあるから俺もそんなもんじゃないだろうか。
Cカップだったとしてそれが大きいのか小さいのか普通なのかは俺にはわからない。女の子とお付き合いしたこともない軽度のオタクである俺に実物の女体について聞かれてもわかるわけがないだろう。ただ一つわかることは元の状態にサラシを巻いてコルセットをしていれば周りに気付かれないくらいには偽装出来るらしいということだけだ。
だけどその戻し方がわからない。ただ適当にグルグルと巻いておけば良いというものじゃないだろう。体を拭きながらどうしたものかと考える。全身を拭き終わったから何気なくサラシを手に取ったら体が勝手に動き始めた。
いや、本当に体が勝手に動いたわけじゃないんだけどどうやってサラシを巻いたら良いのかと考えていたら自然と巻けたんだ。
もしかして……、元の体が覚えていたからか?意識は俺でも元の体が自然と反応して今までしていたことはしてくれるのかもしれない。そういえばお風呂での体の洗い方も地球での俺とは違った。おっぱいの下とか谷間とか入念に洗っていたし股間や局部の洗い方も丁寧だった。前の俺なら適当に泡でゴシゴシ擦っていただけだろう。
そんなことを考えている間にも体の方はテキパキとサラシを巻いてコルセットを巻いて元の状態に戻っていた。この上から下が透けないような厚手の上着を着ればこの体に膨らんだおっぱいがくっついているなんて到底わからない。大したものだ。
「お~い!伊織!いつまで入ってるんだよ!」
「わっ、わりぃ!もう出るからちょっと待て!」
びっくりした。俺があまりに長風呂だから健吾がやってきたようだ。そんなに長く入っていたつもりはなかったけど確かによくよく考えてみれば随分時間が経っている。サラシやコルセットの準備が終わった俺は風呂上りだというのにきっちりと服を着て脱衣所から出た。
「いつも長いけど今日はいつも以上に長かったな」
「あっ、あぁ、悪い」
扉のすぐ近くに健吾が立っている。最初の頃の混乱もあって今日はいつも以上に時間がかかってしまったようだ。地球での俺なら風呂にそんなに時間をかけないんだけどこの体の持ち主は長風呂らしい。
いや……、違うのか?サラシとコルセットを外してゆっくり出来るのは風呂に入っている時だけだ。今も締め付けて胸が少々窮屈に感じる。ずっとこんな状態で過ごさなければならないのなら一時的にでも開放されるお風呂に長く居たいと思うのは普通のことなのかもしれない。
「お~い……、どいてくれねぇと俺が入れねぇんだけど?」
「ああ、そうだな!すぐどくよ!」
出入り口付近で健吾と向かい合って立ち止まってたらさっさとどけと言われてしまった。俺は慌てて健吾の横を通り抜け……、通り……。
「スンスン……。やっぱりお風呂上がりの伊織は良い匂いがするな」
「ひっ!」
通り抜けようとした俺の頭に顔を近づけてきた健吾が俺の頭や首筋や顔の匂いを嗅いでくる。一瞬で俺の全身に鳥肌が立った。
今の俺よりかなり背が高い健吾がちょっと上半身を屈めてやや上から匂いを嗅いでくるんだ。もし俺が女の子だったらイケメンに髪を撫でられながら匂いを嗅がれて、良い匂いだな、とか言われたらうっとりするのかもしれない。いや、しないかもしれないけどね。
だけどもし自分がそんなことを言われようものならばあまりのおぞましさのために全身鳥肌が立つこと請け合いだ。何しろ今実際に俺がそうなっているからな。
壁ドンもそうだけどこの髪を触りながら匂いを嗅ぐというのも含めて空想の中での女の子が憧れるシチュエーションというやつは現実でやったら最悪だ。俺は今改めてそのことを実感した。少女漫画や小説で定番のシチュエーションも現実でされたらアホみたいに見えるだけです。これは間違いない。俺が男だからとか関係ないはずだ。これは万人共通だと言っても良い。
「きっ、気持ち悪いこと言うなよ!どけ!」
「やっ!待て!俺は決して男同士の趣味なんてないからな!ただちょっとお風呂上りの伊織はいつも良い匂いだししっとり濡れてて……、と思ってるだけだ!」
「十分気持ち悪いわ!向こうへ行け!さっさと風呂に入って溺死しろ!」
あまりに気持ち悪いことを言う健吾の背中を押して脱衣所に無理やり押し込める。多分健吾が本気で抵抗したら俺がちょっと押したくらいじゃ動かないだろう。触った健吾の背中は大きくて逞しくて今の俺の細腕とは比べ物にならなかった。
それでも俺に押されるがままに渋々脱衣所に入っていった健吾の優しさも少し実感しつつも、あまりに気持ち悪い健吾の言葉に再び思い出しただけで鳥肌が立った俺はあんな馬鹿に感謝するのはやめて早々に自分のスペースに向かった。
それにしても健吾のやろう……、まさか俺の体が女だって気付いてるんじゃないだろうな?いや、まさか……な……。
もし健吾が俺の体が女だと気付いていたらこんなもので済むとは思えない。下ネタ魔神の健吾なら俺が女だと気付いたら覗きをしたり体を触らせろと言って来たりしそうなものだ。今の所それがないということは俺を女だとは思っていないということだろう。
ただ超直感とでもいおうか、何かを感じ取ってはいるのかもしれない。常に女に飢えたサルである健吾が俺の髪を梳きながら匂いを嗅いでくるなんて少なくとも俺に何かがあると感じているからだろう。
地球の俺も姉や母と自分や父との違いというものをよく感じていた。別に姉や母を異性として意識していたとかそういう話じゃない。俺はマザコンでもシスコンでもないからな。ただそうじゃなくて、それでもやっぱり身近に居て普段の生活をしているだけでも男女の差というか違いというかそういうものはよく感じられる。
母親だと歳も離れているし母は『女』じゃなくて『母』になっている場合が多いから『女』を感じるところは少ないかもしれない。でも歳の近い兄弟とかがいれば多少はそういうものを感じた人もいるんじゃないだろうか。それは別に兄弟を女として見ているとかいう意味じゃなくてちょっとしたことでも感じる性差だったりだ。
健吾みたいな女好きなら何となく今の俺の違和感に気付いているのかもしれない。完全に俺が女の体だとわかっていなくても何となくそういうものを感じているのだとすればこれからはもっと気をつける必要があるだろう。
今日は色々あって疲れた……。別に何もしていないはずなのに妙に体がだるい……。自分のプライベートスペースで寝転がっていた俺はいつの間にか眠りに落ちていたのだった。