第十九話「花束を貰いました」
翌朝目が覚めると健吾はまだ眠っていた。健吾は腹を抉られて内臓が出ていたというのに戻ってきた時にはもう傷痕すらなかった。こんなことが可能なのか?一体どんな治療をすればこんなことが出来るというんだろう。
魔法がある世界だから、魔法だから、そう言えば簡単だ。だけど本当にそれだけなんだろうか……。
「ふぁ~……。良い匂いがするな……」
「健吾っ!?」
いつもの朝のように普通の健吾が立っていた。昨日戦闘の前に喧嘩別れした時の様子とも、医務室から戻ってきた後の様子とも違う。それは本当のいつも通りの健吾だった。
「健吾……、昨日はごめん……」
「あっ……、あ~……。何で伊織が謝るんだよ。俺の方こそ悪かったな……。すまん!」
何故か知らないけど健吾の方が頭を下げて謝ってきた。俺がズケズケと健吾の気持ちも考えずに余計なことを言ったのが悪かったのに……。
「俺が健吾の気持ちも考えずに勝手なことを言ったから……」
「ストップ!ストップ!もうこの話はなし!伊織は謝ったし俺も謝った。それでおしまいにしようぜ?な?これからはまたいつも通りだ」
「あぁ……、わかった……。ありがとう……」
何だかんだ言ってもやっぱり健吾は良い奴だな。もうこの話はおしまいとなって顔を洗ってきた健吾と朝食を済ませる。この話は終わったけどしなければならない話もある。健吾が剣を使いたいのか槍を使いたいのか。落ち着いたら中途半端になっていた話をきちんとしよう。
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今日もいつもの戦勝パレードが行なわれる。この日だけ俺達が出られるイケ学の門が開かれて町へと繰り出した。いつもと同じ風景。民衆はインベーダーを退けたことを喜び勝利を叫ぶ。インベーダーを退けた王子達と聖女様を崇め奉る。
この世界は何かがおかしい。地球の感性を持つ俺からすれば皆異常だ。王子達に捨て駒にされても文句の一つも言わない学園生達。大して役に立ってもいない王子や聖女を崇める民衆達。兵士もいるというのに何故か戦わない兵士達。全てがおかしい。
もしここがゲームの世界なんだとしたらおかしいとか異常だとか言うことの方が愚かなのかもしれない。だけどここにいる人たちは確かに生きている。ゲームのキャラクターなんかじゃない。学園生達はインベーダーにやられれば死ぬし泣きも笑いもする。感情もなくただ淡々と命令通りに動いているゲームのキャラクターなんかじゃないはずだ。
俺はどうしたらいい?何をすればいい?ただゲームをクリアすれば良いのか?それとも他に何か……。
「あのっ!これを!」
「また君か……」
前髪を下ろして顔を隠した瓶底眼鏡の女の子がいつもと同じ花束を渡してくる。そう言えばこの前この子が落としていったキーホルダー……。いつか返そうと思って持ち歩いている。今言えば……。
「これはあなたへの贈り物です!王子達への物じゃありません!」
俺が何か言うよりも先に女の子はそんなことを言って花束を差し出してきた。
「あ~……」
途中からそうかなという気はしていた。この子は必ず俺に花束を渡していた。他にも大勢のプレゼント受け取り係達が歩いているのに毎回俺に花束を渡してくるのはおかしいからな。だけど……。
「悪いけど俺は受け取れない……」
「え……?どっ、どうして……」
俺が断ると女の子は驚いた顔をしていた。だけど……、だけど駄目なんだ……。
「君の気持ちはうれしい……。だけどそれは宛名が書いてないんだ……。俺が勝手に持っていったら俺が王子達へのプレゼントを盗んだと言われかねない!」
「…………え?」
そう。このプレゼントには宛名がない。王子達への贈り物だという宛名はないけどましてや俺への贈り物だなんて誰が考えるだろうか。そんな宛名のないプレゼントを俺が勝手に持って行ったら絶対にトラブルになる。その未来しか見えない。王子達へのプレゼントを盗んだとか言われて俺が酷い目に遭うだけだろう。
「王子達へのプレゼントしか出てこないこんな中で俺が宛名のないプレゼントを持って行ったらどうなるかくらいわかるだろう?」
「あっ……」
ようやく気付いてくれたようだ。俺だって女の子からの贈り物なんて貰ったこともないしとてもうれしい。こんな冴えない地味な瓶底眼鏡の女の子からでも……。アンジェリーヌの取り巻きとしてアイリスをいじめている女の子でも……。だけどそれは俺の手には渡ってこない。それは……、宛名がないから……。
「気持ちはうれしいけど宛名がないプレゼントを俺が持って行ったら俺が罪に問われる可能性が高い。察して欲しい。次からは贈ってくれるなら宛名を書いてくれ……」
「あっ!あっ!まっ、待って!今!今書きます!」
そうは言うけどパレードは止まらない。俺も行進についていかなければならずこの女の子の前でずっと止まっているわけにもいかなかった。
「何なら次でも……」
「駄目!貰ってください!」
女の子は必死で人垣を掻き分けながら花束に宛名を書きつつパレードを追いかけてくる。本当は止まって待ってあげたい。だけどあまり止まっていると兵士に殴られることもある。俺は今まで殴られずに済んでいるけど殴られているモブ達を何人も見てきた。
「こっ、これで!」
「あぁ……、ありがとう」
花束に『伊織君へ』と書きながら追いかけてきていた女の子はようやく俺に花束を差し出した。それを受け取る。何でこの子は俺の名前を知っているんだろう……。それに何で俺に花束をくれようとするんだろう……。
わからないことは一杯ある。何でこんな子がアンジェリーヌの取り巻きをしてアイリスをいじめているのかもわからない。それ自体はあまり気分の良いことじゃないはずだけど……、それでも花束を貰えたことで何故か少しだけ俺の気分も軽くなっていた。
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王子達へのプレゼントを受付に預けて俺は花束を持って自室へと向かった。もちろんこの花束を俺が受け取るためにも紆余曲折はあった。王子達宛てなのに勝手に宛名を捨てたんじゃないかとか、『伊織君へ』と書いたのも自分で書いたんじゃないかとか……。
でもこの宛名のない花束はいつも処理する時に残っていたそうで毎回俺がこの花束を持ってきていたことも覚えられていた。そういう点を考慮してようやく信じてもらえて花束を受け取って部屋に戻れたのは一時間以上経ってからだった。
まだ放課後になる少し前くらいの時間だ。部屋に帰って休むつもりはない。今日も放課後の特訓に行くからその前にこの花束を活けておこうと思っただけだ。
「あれ?鍵が閉まっている?」
部屋に着いたのに先に戻ったはずの健吾はいなかった。扉の鍵が閉まっているだけじゃなくて中にもいない。荷物は置いてあるところを見ると一度は戻ってきたようだ。それからどこかへ出かけたということだろう。まぁ別に用はないからいいけど……。健吾の行動を全て把握しているわけでもないし俺がとやかく言うことでもない。
ただ……、やっぱりちょっとモヤモヤする。あの時のことはお互いに謝ってもう言いっこなしってことになったけど、はいそうですか、と何もないわけにはいかない。あれから俺と健吾は普通にしているようでも少しギクシャクしている。ここで顔を合わせなかったのも良かったのか悪かったのか……。
ともかくいない者のことを考えても仕方がないので花瓶……、なんてあるわけないな……。男二人の部屋に花瓶なんてあったらその方が変だ。コップじゃ小さいし鍋とか使ったら怒られるだろうな。良い物がないからとりあえずで俺用の風呂桶に水を入れて花束を入れておく。
風呂桶は健吾と俺は別々に専用の物を使っているから文句を言われる筋合いはない。花束を入れた風呂桶をひっくり返さない場所に置いた俺は戻る時には何か用意して戻ってこようと思いながら部屋を出たのだった。
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今日は瞑想をする。ディオに声をかけてから瞑想部屋に入った。
……昨日はニコライの様子がおかしかった。もしかしてディオも何か知っているんじゃないだろうか?そう言えば最初からこの二人は何か他の者達とは違う雰囲気だった。もしかしたら二人は何か知って……。
「八坂伊織さん、集中してくださいね」
「うわっ!」
いつも滅多にこっちまで来ないディオが今日は来ていた。前に集中出来ていないと言われて以来だ。……もしかしてディオには俺がきちんと集中しているかどうかわかるのか?でなければこう集中していない時に毎度毎度来るのはおかしい。
「ほら!集中出来ていませんよ!」
「はいっ!」
怒られた俺はそこからは集中することにした。考え事は後だ。まずはするべきことをしよう。
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瞑想を終えて部屋に戻ってくると向こうから健吾が歩いてきているのが見えた。その姿は汗だくだった。何をしていたんだ?まさかナニを……、はあり得ないな。女人禁制のイケ学で女の子と楽しいことが出来るはずはない……。ない……?
本当か?アンジェリーヌとその取り巻き達は何だかんだと理由を付けてイケ学に入ってきている。あのグループ以外にはイケ学に入ってきている部外者はいないようだけど絶対に女の子がいないってことはないな。あと主人公アイリスもな……。
「健吾、そんな汗だくでどうしたんだ?」
俺が一人で妄想していてもわからないので健吾に直接聞いてみる。まだギクシャクしているし少しは会話のきっかけにでもと思ってのことだった。
「あぁ、伊織か。ちょっと体育館で特訓をな」
「へぇ、そうなんだ」
健吾が特訓に行くなんて初めてじゃないだろうか。少なくとも今まで一度も健吾が放課後に特訓をしているのを見たことはない。怪我がきっかけで特訓して頑張ろうと思うようになったのかもしれない。
話をしながら扉を開けて健吾の特訓の話なんかを聞いていく。どうやら健吾はニコライの体力特訓じゃなくて武器特訓を受けているらしい。部屋に入って荷物を置いてから今日貰った花束を活けつつ話を続ける。
「なぁ健吾、出撃前にも言いかけて言いそびれたんだけどさ……。武器は一つに絞って鍛えた方が良いと思うよ。だから健吾が使いたい武器があるならそれ一つにしておいた方が……」
「そんなことねぇよ!今日だって俺は特訓で槍が持てるって周りからも一目置かれたんだ!先生だってレベルに合った武器を使う方が良いって言っていた!俺は剣だって槍だって使えるんだよ!」
いきなり……、健吾は人が変わったみたいに怒鳴り出した。これは……、俺が悪かったのか?俺としては別に何も強く命令したわけじゃない。ただちょっとアドバイスというか遠回しにゲームシステムを説明しようと思っただけだ。それなのに健吾はいきなりこうなってしまった。
「ごめん……」
俺が何かまずいことを言ったのか?健吾が怒った理由がわからない。ただとにかく謝った。
「いや……、俺の方こそわりぃ……。もうこの話はなしにしようぜ。……あっ!それよりさ、今日俺の槍捌きを見て特訓してた奴らがさ……」
一瞬バツが悪そうにした健吾はまた上機嫌で特訓の話をし始めた。何だ?何かおかしい。健吾が怒るのは俺がどれか武器一つに絞れと言う時か?そう言えば出撃前もそうだった気がする。
確かに自分には自分なりの考えがあるのに余計なことを言われたり自分の意見や考えを否定されたら腹が立つこともあるだろう。だけど健吾のこの反応はそれだけか?そんな簡単な話か?
大体何か有用そうな情報を教えてくれようとしていたら普通は耳を傾けないか?今みたいに話も聞かずに怒り出すなんて何かおかしい。俺だったら相手の話を聞いた上でもう一度判断する。もちろんその結果自分の考えを曲げるか曲げないかは別の問題だ。だけど話くらいは聞いてみるのが普通だろう。この健吾の反応はちょっと普通じゃない。
健吾が槍を使いたいというのなら俺はそれ自体に反対しているわけじゃない。健吾にもそう伝えている。それなのに少しでもその話をすると途端にキレだす。原因がわかったから対処法はわかった。健吾にはこの手の話はしてはいけないということだ。
だけどそれだけで良いのか?もし健吾がこのまま剣、槍、弓、杖と装備可能レベルになる毎に装備を換えていったらどれも中途半端な使えないステータスになってしまう。それを説明しようとしても途中まで言った時点でキレられてしまうのでまともに説明も出来ない。
このままじゃ健吾のステータスがやばいと思うけどどうすれば良いのかもわからない。健吾と話をしながら俺はずっとどうすれば良いのかない知恵を振り絞っていたのだった。