第十八話「健吾が負傷していました」
戦闘が終わった俺達はいつも通りの後始末に奔走する。負傷者を担ぎ上げて運び出しながら健吾を探す。だけど見つからない。あんなでかくて目立つ健吾が見つからないなんてことがあるはずがない。そう思うのにいないんだ……。
どうしたっていうんだ?まさか健吾が……?そんな……、そんなはずないだろう?健吾はもうレベル5を超えている。こんなところで死ぬはずがない。
「お疲れ。伊織、お前中々やるな」
「あっ、あぁ……」
面倒なことにマックスが話しかけてきた。ちゃんと相手をしないと怒られるけどあまり相手をしている暇はない。健吾を探さないと……。
「ソワソワしてどうかしたのか?」
「いや……」
負傷者を担ぎながらマックスに適当に答える。でも視線はキョロキョロとあちこちを探していた。
「誰か探しているのか?」
「あぁ……、いつも同じパーティーだったルームメイトだ……。今日は別パーティーだったから……」
俺がわかりやすかったのかマックスにあっさりバレたので素直に答える。別に隠す理由も嘘をつく理由もない。いちいち説明するのが面倒だとは思ったけど正解を言われたのなら肯定しておけば良い話だ。
「そうか……。伊織は良い奴だな」
「え?」
マックスも負傷者を担ぎながらそんなことを言ってくる。全然意味がわからない。むしろ良い奴どころか中途半端なゲーム知識で健吾に余計なことを言って混乱させた上に怒らせた嫌な奴だろう。もしかしたら健吾は俺が中途半端に余計なことを言ったせいで何か失敗したのかもしれない。そう思うと気が焦る。
「ここにいる奴らはな……、皆自分が生き残ることだけで必死なんだ。だから誰もが余裕がない。余裕がないから人のことまで考えたり気遣ったり出来ない。でもな、伊織はそうじゃない。友達を心配出来るだけの心がまだ残っている。だから伊織は良い奴だ」
「そうかな……」
俺はそうは思わない。俺は自分勝手で人のことなんて考えていない最低な奴だ。今マックスが言った通り俺だって他人なんて気遣っている余裕なんてない。他のパーティーメンバーのことなんて心配したこともなかった。ただ先にやられたパーティーメンバーを使えないと思っていただけだ。
健吾を心配しているふりをしているのだってそうだろう。どうせ打算だ。健吾は単純で扱いやすい。そう思っているから健吾を利用しているんだ。ここで健吾が死んでいたら今度から俺は頼れる前衛がいなくなる。だから健吾の心配をしているふりをして自分の身を心配しているだけなんだ……。俺はそういう奴だ……。
「そうさ!伊織は良い奴だ。負傷者の救助だってこんなに一生懸命してるんだからな!」
「それは皆だろ……」
生き残った者は皆救助活動に従事している。俺だけがしていることじゃない。
マックスは良い奴だ。生真面目で面倒臭い性格をしているけどそれはつまり良い奴でもある。俺が使えないモブだと切り捨ててきたパーティーメンバーを指揮して皆が生き残れるように努力してきている。それはとてもすごいことだと思う。少なくとも俺はそんなことを考えたこともなかった。
「確かに皆救助活動をしている。だけどな、見てみろ。人によって動きや働きに大きな違いがある。戦闘明けで疲れていても一生懸命救助活動をしている者もいれば、まだ体力に余裕があるのにチンタラしている者もいる。伊織は疲れていても一生懸命動いている者だ。だから伊織は良い奴だ」
「やめてくれ……。俺はそんなんじゃない……」
マックスのこの真っ直ぐした所が今は鬱陶しい。そっとしておいて欲しい。ズケズケと俺の何がわかるっていうんだ……。
……あっ!そうか……。健吾が俺に言った気持ちが少しだけわかった。健吾も俺に何がわかるんだって言っていた。それはつまりこういうことか……。俺は中途半端なゲームの知識でわかったようなことを言っていた。だから健吾は今の俺のような気持ちを抱いたんだ。それももしかしたらもっと強い気持ちだったかもしれない。
今の俺はマックスの真っ直ぐな言葉がちょっと鬱陶しいくらいの気持ちで済んでいる。だけど俺が健吾に言った言葉がもっと健吾の内面に関わるようなことを知らず知らずのうちに触れていたとしたら……、それは怒るよな……。
「そうか……。こういうことだったんだな……」
負傷者をバトルフィールドの外に連れ出して下ろした時……、俺は二人の人物に両肩を担がれている人物を見つけた。
「健吾っ!」
「あぁ……」
俺の声が聞こえたのか少しだけ顔を上げた健吾の顔色は真っ青だった。血の気が引いている。その腹はざっくり抉れていて内臓が……。血がドバドバと出ているのに止血もしていない。この救護者達は何をしているんだ!
「何で止血しないんだ!せめて血を止めろ!」
「医務室まで持てば良いんだ。そんな必要ないだろ。どけよっ!」
「うわっ!」
ドンッ!と突き飛ばされた俺は不意のことで避けられなかった。あの程度のこと普段なら避けられるはずなのに今は気が動転していてどうすれば良いかわからない。
「あれが伊織が探していた奴か?」
「マックス!あいつらを止めるのを手伝ってくれ!」
ズルズルと健吾を引き摺っていく奴らを止めなければ……。確かに胴体の止血は難しいだろうけど腹を抉られて内臓が出て血を垂れ流したまま引き摺っていくのはおかしいだろう。
「駄目だ。救護したのはあいつらだ。俺達が手を出して良いことじゃない」
「…………え?」
どういうことだ?あいつらが運んでいるから俺達は手を出しちゃいけないというのか?何か俺の知らないそういうルールがあるということか?
「運ばれているということはあいつは死なないということだ。探していた相手も見つかったんだから俺達も救助活動を再開しよう」
「なん……?」
何だ?何なんだこの感じは……。気持ち悪い……。吐きそうだ……。マックスも何かおかしい。さっきまではとても良い奴だと思っていたのに今はマックスも不気味な何かに感じる。
『運ばれているから死なない』?それは救助された時点で生き残ることが確定しているということか?もしかして……、もう助からない者は救助しないと……?
何なんだ。何なんだよこの世界は!もう嫌だ!こんな気持ちの悪い世界!俺の頭がどうにかなりそうだ!
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あれから俺は無心で救助活動を続けた。負傷していない者は救助活動中に勝手に出て行くことは出来ない。それに俺が医務室に行ったからって健吾に何か出来るわけでもない。マックスが言うには連れて行かれたんだから暫く待っていれば部屋に戻ってくるだろうとのことだった。
もうわけがわからない。何も考えたくない。
ちょっとだけ楽しくなってきていたのは事実だ。俺も体力特訓や瞑想で力がついてきたと思っていた。魔法基礎を読んで魔法の知識も着実についていると思えていた。だけど……、やっぱりこんなクソッタレな世界なんてさっさとおさらばしたい。
ここは普通じゃない。少なくとも地球の感性を持つ者には絶対に合わない場所だ。他の奴らからしたら俺の方がおかしいと思うんだろう。それはそれで結構。俺は俺で好きにさせてもらう。
救助活動を終えた俺は急いで医務室に向かおうとして呼び止められた。
「おい八坂伊織。どこへ行くつもりだ?」
「ニコライ……」
何故ニコライがこんな場所にいる?だけどその疑問が解けることはなかった。
「さっさと行くぞ」
「え?ちょっ?」
俺の腕を掴んだニコライはそのまま体育館の方へと歩いて行く。今日もこのまま特訓させるつもりらしい。戦闘が終わった直後で……、健吾があんな重傷を負っていて……、こんな気持ち悪いクソッタレな世界からさっさとおさらばしようと思った所なのに……。
「友達が怪我をしたんだ。医務室に……」
「行く必要はない。お前がすべきことは何だ?医務室に行ったのならその友達とやらは大丈夫だ。今お前がすべきことはそんなことじゃない」
ニコライは……、いつものヘラヘラしつつも優しく厳しいニコライじゃなかった。
「何を……?」
「友達が心配だというのはわかった。でもお前が医務室に行って何の意味がある?お前にそんな無駄なことをしている時間はあるのか?目的があるんじゃないのか?その目的のためにすべきことは何だ?」
「ニコ……ライ……?」
何だ?何を言っている?こいつは……、何か知っているんじゃないのか?こいつだけ何かおかしい!こいつは異質だ!
そう……、異質だ……。俺と同じ……。俺も異質だ……。
俺はこの世界にとっては異物みたいなものじゃないか?この世界に疑問も持たずに生きている他の者達と違う。俺は本来この世界にあるべき存在じゃないんじゃないか?そしてニコライも何か知っている?
だったら……、ここはニコライに従うべきじゃないか?俺は他の者達のことが信用出来ない。健吾を引き摺っていた者達を同じ人間だとは思えなかった。それにあれだけ頼りになると思ったマックスの様子もおかしかった。あれがこの世界の普通なのだとしたら俺の方こそがおかしいんだろう。
ニコライは?このニコライはどうだ?言っていることはおかしいか?
まぁ確かにおかしいと言えばおかしいだろう。だけど正しくもある。健吾は医務室に運ばれた。医務室で治療を受ければ助かるのは本当だろう。そして俺が医務室に行っても出来ることは何もない。部屋で待っていればいずれ健吾と会えるだろう。
それよりも俺には出来た時間を有効活用する必要があるんじゃないか?一見冷たいようにも見えるけど何も出来ない俺が健吾の心配をしているふりをして特訓を休むよりも、今はこの先生き残る確率を少しでも上げるために時間を有効活用すべきだ。ニコライはそう言っている。それはまったくもって正しい。
俺の自分勝手な感情と、合理的な判断。その二つを秤にかけた俺はニコライについて行くことを選択したのだった。
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戦闘があった後だというのもあって今日はいつも以上に疲れた。クタクタになりながら寮の自室に向かう。
特訓の最中は頭を空っぽにして体を動かしていたけど、いざこうして部屋に向かっているとどうしても健吾のことを考えてしまう。健吾は大丈夫だっただろうか?医務室に行けば死んでいない限り完全回復可能だったとしてもこの不安はなくならない。
そっと寮の部屋を開けてみれば鍵がかかっていなかった。もう健吾は戻っているようだ。そっと扉を開けて中へと入る。室内は真っ暗で人の気配は感じない。照明をつけようとスイッチを入れると……。
「うわっ!」
ボゥッと人影が浮かび上がって俺は驚いて飛び跳ねた。まるで幽霊か怪物でもいたのかと思って心臓がドキドキしているのに血の気が引いている。
「健吾?」
浮かび上がった人影は自分のベッドに上半身を起こした状態で座っている健吾だったようだ。焦点の定まらない瞳でただぼーっとベッドに座っている。
もしかして俺も医務室から戻ってきた時はこんな様子だったんだろうか?あの時俺もどうやって自室に戻ってきたのか記憶がなかった。健吾も今そういう状態なのかもしれない。
何でこんなことになるんだろう?薬の副作用か?でもそもそも薬で治療されているのか?どういう治療を受けてどうやって回復したのかも覚えていない。医務室での治療は受けない方が良い気がする。俺は今後医務室でお世話にならないようにするつもりだ。
「健吾?大丈夫か……?健吾っ!」
「あぁ……、大丈夫だ……」
まだぼーっとした顔のまま虚ろな表情でそう答える。到底大丈夫には見えない。何か背筋が凍るくらいに恐ろしいものを感じる。もう俺は絶対に医務室になんていかない。何をどうされたらこんなことになるのか知らないけど絶対に何か怪しい。
健吾は暫く話しかけても上の空で飯も飲み物もいらないと言われ風呂も入らないと言うので風呂に入ることにする。こんな時でも風呂には入りたい。いや、こんな時だからこそ入りたいんだろうか。
この世界は『イケシェリア学園戦記』に非常に似ている。登場人物達は本当に生きている人間のようだ。イケ学に非常に良く似た異世界。俺はそう思っていた。だけどそれだけか?この世界は何か気持ち悪い。
俺は今まで特訓と魔法訓練をしてきただけだった。ただ必死に生き延びようと思っていただけだ。だけどそれだけでいいのか?もっと何か深い闇があるんじゃないのか?
この世界の女体化した八坂伊織は何故女の体を隠してイケ学に通っていたんだ?俺はもっと調べなければならないことがあるんじゃないか?
ただイケ学をプレイして生き残るだけじゃ駄目だ。そしてプレイして主人公アイリス達にクリアさせるだけでも駄目な気がする。俺はもっと知らなければならないことがある。
お風呂に入りながら落ち着いた俺はそんなことを考えていた。