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第十六話「友達と喧嘩しました」


 もう少しで魔法基礎初級Ⅴが読み終わる。そろそろこの世界に来てから五週間くらいという所だろう。


 ……この世界は時間の流れが非常に曖昧だ。ゲームのイケ学では時間の流れがない。その影響だろう。


 ほとんどのオンラインゲームがそうだと思うけどゲーム内で何年何月何日何曜日とはっきりしているものは稀だと思う。ほとんどのオンラインゲームではゲーム内で日にちが経ったとしてもそれがいつという概念はない。


 例えば夏には夏のイベント、ハロウィンなり、クリスマスなり、バレンタインなり、現実のそういった時期にゲーム内でそういうイベントが行われることはある。だけど十回バレンタインイベントが繰り返されたからといってゲーム内で十年経過したということにはならない。


 イケ学も同じでありサービス開始から何年も経過しても、毎年現実の何らかのイベントと同じイベントがゲーム内で行われたとしてもまるで年数は経過していない。そもそもイケシェリア学園と言いながら学園では学年という概念もない。


 普通なら上級生とか下級生とかがいるものだろう。だけどイケ学では自分達が入学した時点で上級生もいないし、内部的に年数が経過しないために自分達が上級生となり下級生が入学してくるということもない。新しいキャラが増えるのは転入生という扱いだ。新キャラが実装されたら転入生扱いとなっている。


 こちらの世界はゲームよりはまだしも時間の概念がしっかりしている。過ぎ去った日は戻らないし確実に日数は経過している。だけどそれでも何だか非常に曖昧な感じだ。確かに月日は流れて季節は移ろう。だけどこの学園には上級生もいないし俺達が上級生となり下級生が入学してくることもない。


 俺はまだ地球での知識と経験があるから日付や日数について考えているけど健吾をはじめとしたこの世界の住人達はその辺りのことをあまり意識していないように思う。


 そんなことを考えながら過ごしていたある日の午後……、突然いつものけたたましい音が鳴り響いた。


『インベーダーが現れました。全校生徒は戦闘準備に入ってください』


 何度聞いても慣れない。耳障りな警報音とふざけているかのような音声。まだ三度目でしかないけど俺がこの放送に慣れることは一生ないと思う。


「伊織、行こうぜ」


「ああ……」


 健吾に言われていつも通り立ち上がる。更衣室へと向かってプロテクターを着ける。いつも通りの作業だ。だけど今日はいつもとは違っていた。


「おい健吾……、お前そっちは……」


 いつもならあとは木刀を持って出て行くだけなのに今日の健吾は木刀じゃなくて向こうに並べてある木の槍をその手に掴む。そしてそれを持ち上げて『装備』した。


 この世界ではただ持ち上げて移動させることは出来るけどレベルに見合わない武器は『装備』出来ない。『装備』しようと持つと手から強制的に落ちる。それなのに健吾は今間違いなく木の槍を『装備』している。


「おい!健吾!お前……、レベル5を超えたのか?」


「ん?レベル5って何だ?」


 レベルがわからない?やっぱりこの世界じゃ俺だけじゃなくて皆メニューを開いたりステータスを見たりは出来ないのか。ならレベルを確認するには武器を『装備』しようとしてみて確認するしかないな。だけど健吾は今迷うことなく木の槍を『装備』した。いつの間に確認していたんだ?


「いつの間に木の槍を装備出来るって確認してたんだよ?」


「あ?確認なんてしてねぇよ。装備出来るのはわかるだろ?」


 わかるだろ?とか言われても意味がわからない。だけど何となく想像はつく。恐らくこの世界の住人には自分がその武器を装備出来るかどうかが何となくわかるんだろう。俺のようにだいたいでレベルを予想して実際に試してみないとわからないというようなことはないということだ。


「健吾!武器を持ち替えるのは一回だけにした方が良い。健吾がこれから槍で行くつもりなら良いけど他の武器を選ぶつもりなら槍は使わない方が良いぞ」


「あ?」


 イケ学には武器習熟度が存在する。同じ武器を使い続ける方が強くなるわけでレベルが上がって持ち替えられるようになる度に武器を変えていたら、どの武器も習熟度が中途半端でかえって弱くなってしまう。


 前衛で槍という選択はありだ。前に言ったように槍を持てば後衛からでもペナルティなしで敵に攻撃出来るとは言った。じゃあ前衛が槍を持っても意味はないのかといえばそんなことはない。


 イケ学の戦闘システムから言えばマスの数で考えるとわかりやすい。自陣が前衛、後衛、敵陣も前衛、後衛の四列がある。自陣前衛から敵陣前衛までは一マス分だ。剣の射程を一マスと考えれば自陣前衛から敵陣前衛にしか届かないことがわかるだろう。


 それに比べて槍の射程は二マスだと考えれば良い。自陣後衛から敵陣前衛まで二列、つまり二マス分の距離がある。槍の射程が二マスだから自陣後衛から敵陣前衛まで攻撃が届くというわけだ。


 じゃあ前衛が射程二マスの槍を装備しても意味はないのかといえばそうじゃない。自陣前衛から二マスが射程圏内になる。つまり前衛が槍を装備すれば敵陣後衛まで攻撃が届くということだ。


 だから後衛が槍を装備しても敵陣前衛にしか攻撃出来ないけど前衛が槍装備なら敵陣の前衛、後衛どちらにも攻撃出来るようになる。これで前衛槍装備がありと言った意味がわかるだろう。


 ちなみに弓と杖の射程は三マスだと考えれば良い。自陣後衛から敵陣後衛までどこでも攻撃が届く射程だ。攻撃の射程に関しては一番有利であり弓や杖持ちをわざわざ攻撃を受けやすい前衛に配置する意味がないことはすぐにわかるだろう。


 ただし前衛槍なら敵後衛まで攻撃出来るから剣より優れているかと言えばそうとも言い切れない。射程や攻撃出来る対象としては確かに有利だけどその分当然デメリットだってある。剣の方が攻撃や防御で補正値が高かったり有利だったりする。覚えるスキルも剣の方が良い物が多い。


 基本的に前衛をするなら剣の方が良い。だけど敵後衛を急いで倒さなければならない戦闘もあるために前衛槍も育てておかなければ後々苦しくなってくる。結局ほとんどの装備と組み合わせが必要になるからたくさんのキャラと装備パターンで育てなければならない。


 健吾は前衛剣が向いていると思う。だけど健吾が前衛槍をしたいというのならそれも良いと思う。だけど何の考えもなしにただ槍が装備出来るようになったから槍に持ち替えるというのならやめた方が良い。


「おい伊織……」


「どうし……、ぐっ!」


 ガンッ!


 とロッカーにぶつかった音が更衣室に響く。俺は健吾に胸倉を掴まれて思い切り押されてロッカーにぶつかった。何が何だか意味がわからない。何故いきなりこんなことになっているんだ?


「お前に何がわかるってんだよ!何でも出来るお前に!俺の何がわかるってんだ!ちょっと何でも出来るからって調子に乗ってんじゃねぇよ!」


「な……にを……?」


 健吾の言っていることの意味がわからない。何を言っているんだ?俺はただ健吾が中途半端な習熟度になったら後で苦労すると思ったから……。


「俺が木の槍を装備出来るようになったのがくやしいのかよ?へっ!お前はいっつも俺の影に隠れてるだけだもんな!いいか!俺がどうするかは俺が決める!俺はお前には負けねぇ!」


「がっ!はっ!」


 足が浮きそうなくらいに掴まれた胸倉を持ち上げられて息が詰まる。健吾の言っていることがさっぱりわからない。


「何とか言ってみろ!」


「おっ、俺は……、ただ……、健吾が……、どっちつかず……になら……ないように……」


 段々足が浮いてくる。もう限界だ。両手で掴んで健吾の腕を振り解こうとしているのにビクともしない。これが俺と健吾の実力差か……。


「がはっ!げほっ!げほっ!ハァ……、ハァ……。健吾……?」


 もう駄目かと思った時健吾は俺の胸倉を放した。持ち上げられていた力が消えたことで重力に引っ張られた俺はそのまま地面にへたり込み空気を目一杯吸い込むと咽た。目の前に立つ男を見上げてみれば……。


「わっ、悪い……。俺……、俺はこんなつもりじゃ……、うわぁぁっ!」


「健吾!」


 自分の手をワナワナと見詰めていた健吾はそのまま駆け出していった。槍を持ったまま……。


 これでもう今回の戦いは健吾は槍で戦わなければならないことは確定だろう。効率プレイを重視する俺からすれば一回でも違う武器を使って無駄にするのはもったいないと思う。だけどそれを決めるのは健吾だ……。俺は健吾の気持ちも考えずにゲーム知識だけで偉そうに余計なことを言って健吾を怒らせてしまったんだろう。


 とにかく謝らなくちゃ……。それにいつまでも更衣室にいるわけにもいかない。出撃時に集合しなかったらどうなるのかは知らないけど碌な事にはならないだろう。治療を受けた後の記憶がなくなっているような世界だ。どんなことをされるかわかったもんじゃない。


 いつもの出撃用の扉の前で待機する。健吾を探すけど見つからない。キョロキョロ探していると……、いた!背がでかいから見つけやすい。


「おい!健……」


「――ッ!」


 声をかけようとしたのに健吾はそのまま扉を潜って出ていってしまった。もうパーティー分けが確定している。今更どうしようもない。


 俺は今非常にピンチだ。健吾が言う通り俺はいつも健吾の影に隠れて絶対勝てる敵のお零れだけもらって経験値を稼いできた。今回のパーティー次第では俺はここで死ぬかもしれない。それくらいピンチなのに……。


 自分のピンチのことより健吾のことが気になる。別に異性として、とかじゃない。例えば親友と喧嘩別れした時のことを考えてみればわかるだろう。喧嘩して頭に来ている時は『あんな奴のことなんて知るか!』と思ったりする。だけど冷静になって考えてみれば自分も悪かったな、とか、謝りたい、とか考えるだろう。俺の今の気分はそれだ。


 この戦闘で俺は死ぬかもしれない。そしてそれは俺だけじゃなくて健吾だって同じだ。お互いが一緒に戦っているのならもう駄目だとなった時に声もかけられるだろう。だけどここで別々の戦場で戦うことになったらもう二度とお互いに声をかけることも出来ないかもしれない。


 後でやっぱりあの時謝っておけばよかったと思ってももう出来ないかもしれないんだ。そのことを思うと自分がピンチだとかよりもこのまま喧嘩別れしたまま終わりたくないという気持ちになってくる。


「お前からは向こうだ」


「…………」


 いつも通り兵士が六人ずつに振り分けて出口の扉へ誘導していく。パッと見た感じで今回のパーティーには今まで一緒になったことがある者はいない。もしかしたら覚えていないだけでいるのかもしれないけど印象に残っているような者はいないと言った方が良いだろうか。


「……しっ!」


 俺はパチンと自分の顔を叩く。ウジウジ考えるのは後回しだ。今はまず自分が生き残ることを考えなければ……。


 健吾は何だかんだ言っても十分強い。レベルも5に達しているしそれ以下の俺が心配するのはおかしいだろう。どちらかと言えば後衛向きなのに未だに後衛装備が出来ない俺の方がよっぽど死ぬ可能性が高い。まずは俺がきちんと生きて帰ることだ。根本的に俺が生きて帰れなければ健吾が無事だったとしても謝ることも出来ない。


 よし!気を入れていくぞ!まずは俺が生き延びる。まったく誰も知り合いのいない未知のパーティーだけどこのパーティーで生き延びるんだ!


「よぅ!初めてのパーティーだな。俺はマックスってんだ。よろしく頼むぜ」


「げっ……」


 気安く声をかけてきた相手を見て俺はゲンナリした。大きな体格に金髪碧眼。イメージの中の陽気なアメリカ人そのままのようなキャラクター。今自己紹介してきたこのマックスのことは俺も知っている。


 イケ学では斉藤健吾と並んで前衛で使いやすいキャラだ。たぶん普通にプレイしていたらほとんどのプレイヤーは健吾とマックスを使っているだろう。かくいう俺も健吾とマックスは二枚看板だった。


 王子達がクソの役にも立たないイケ学においては基本的に主力は他のモブ達ということになる。ただモブにも色々あってそこらの顔もモブ顔で名前もあるんだかないんだかわからないようなキャラと、健吾やマックスみたいにしっかり作りこまれているモブでは明確な差がある。


 恐らく運営が王子達以外に普通に使うキャラとしてモブの中でもある程度主役級とでも言うキャラを用意しているんだろう。キャラガチャの課金キャラ以外でならば普通に主力級のキャラだ。


 ただこのマックスは見た目や最初の話し方が陽気なアメリカ人っぽい割に根は真面目で結構小うるさい。ゲームの時は使えるキャラだったけど現実となったこの世界で関わったらうるさそうだなと思っていた。まさかそんな相手と一緒のパーティーになるとは……。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[良い点] あ、健吾さんはただのゲームキャラではなく、感情を持った実在の人物です。 この別れはとても悲しく感じました。
[気になる点] 過去の話で健吾がレベルについて言及していませんでしたか?「伊織がレベル2になったのかと思って焦ったぜ」のような事を言っていた記憶があります。
[一言] 健吾の運命は如何に( ˘ω˘ )
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