第十三話「パレードに参加しました」
敵が引き上げると同時に俺達も後始末に取り掛かる。死傷者を運び出さなきゃ……。
「おい伊織、お前は怪我してるんだ。早く医務室に向かえよ」
「え?でも……」
他に人の手がなければ動けないような重傷者が数多くいる。俺はまだ自力で動ける程度だ。それに左腕も痛みもなく動かないと思っていたけど今はズキズキと痛みも感じるし若干動く。攻撃を受けた直後はショックで動かせなかっただけだろう。この感じからすると骨折とか神経切断とかの重大な怪我は負ってないと思う。
「いいから早く行けって。怪我人は怪我人らしくしとけよ」
「あぁ……、わりぃな……」
どうしてもと健吾がグイグイ押してくるから押し負けた俺は渋々医務室とやらへ向かうことにした。他の運ばれている負傷者達について行く。
「負傷者はこっちへ!」
時々聞こえる誘導の声に従って歩いていると次第に腕の痛みが酷くなってきた。戦ってる最中は無我夢中で脳内物質もドバドバ出てたんだろうけど戦いが終わって冷静になってくると痛みが増してきている。
「君の傷ならこっちへ」
「はい……」
左腕を押さえたまま誘導される通りに進む。俺が案内された方にはまだしも自力で動けそうな者達が並んでいた。向こうへ連れて行かれているのは担架に乗せられたりして自力で動けないほどの傷を負っている者のようだ。
「いてぇ……」
「早くしてくれぇ……」
「うぅ……」
とはいえこっちに並んでる怪我人も皆大変そうだ。優先順位が低いからか中々治療が進んでいない。先にある部屋の中に通されるのはゆっくりしたペースで俺の番になるまでまだまだ時間がかかりそうだ。
「次の方、部屋の中にお入りください」
「はい」
ようやく俺の番になって扉を潜って部屋の中に入る。野戦病院のような酷い状態かと思っていたけど室内は思ったよりも普通だった。言うなればこれはちょっと大きな保健室というような感じだ。
でも待てよ?何かおかしいぞ……?俺が外で見ていた限りでは中に入って行った生徒は誰一人出てきていない。それなのにこの部屋の中には誰もいない?
何か底知れない恐怖にゾッとした。何だこの気持ち悪さは……。先に治療を受けたはずの生徒達はどこへ行った?何故誰もいないんだ?
「はい、そこに座って患部を見せてください」
「はい……」
ただ淡々とそういう医者のような相手に逆らえず黙って向かいの椅子に座って左腕を見せる。
「それじゃ治療しますね」
「え……?あれ……?」
そんな簡単に治療出来るものなのか?俺の腕の負傷はそれほど重傷じゃないような気もする。だけど診察もなしにいきなり治療に取り掛かるなんてことがあるんだろうか?
それに何だかクラクラするというか……、意識が朦朧としている時のようなフワフワした感じがする……。意識を保っていられない?
「な……ん……」
………………
…………
……
「…………えっ!?」
「どうした伊織?大丈夫か?」
気がついた俺は……、自室にいた。
いや……、いやいやいや!俺はいつの間に帰って来た?いつ?どうやって?まったく覚えていない……。
ここは自室で俺は今自分のスペースに寝転がっていたようだ。上半身を起こした姿勢のまま驚いた顔をしている自分が鏡に映っている。
「おい?本当に大丈夫か?」
「あっ、あぁ……、大丈夫……」
健吾にはそう答えるけど大丈夫なわけがない。まったく意味がわからない……。俺は保健室のような部屋に治療を受けに行ってからどうなった?いつの間に寮に戻ってきたんだ?
それに……、左腕の痛みがまったくない。触ってみても傷痕もないし治療された跡もない。包帯の一つも巻かれず普段のままだ。そして傷も痛みもない……。
何だこれ?何なんだこれは!
ゾワゾワと得体の知れない恐怖が込み上がってきてうなじの辺りがゾクゾクする。一体何がどうなっているのかさっぱりだ。
「伊織が風呂に入らないなら今日は俺が先に入らせてもらうぜ?」
「あぁ……、先に入ってくれ……」
俺がそう答えると健吾は風呂に向かった。脱衣所に入ったのを見送ってから俺は上着をまくって左腕を確認する。服の上から触ってわかっていたけどやっぱり包帯も何もされていない。そして傷痕すらなかった。まるで何もなかったかのようにいつも通りの左腕がそこにはある。
おかしい……。あの痛みは相当深い傷だったはずだ。どんな怪我だったのかはわからない。だけどプロテクターがひしゃげて滅茶苦茶になるような衝撃を受けたんだ。相当酷い怪我だったとしても驚かない。そのはずなのに……、傷一つ残っていない……。本当に俺は左腕を負傷したのかも疑いたくなるようなほどに何も残っていない。
「なんだよ……。なんなんだよこれは……」
地球でならどれほど最先端の治療を受けてもほんの数時間でこれほど劇的に怪我が治るはずがない。だけどゲームなら?
戦闘が終わると戦闘不能以外は自動的にHPが満タンまで回復されているゲームというのは多々あった。イケ学もその通りで戦闘不能になったキャラは課金アイテムを使用しないと復活出来なかったけど、ダメージを受けただけのキャラは戦闘が終わると自動的に全快していた。俺の左腕が完全に治っているのもそのためか?
そういえば前回のチュートリアルの戦闘の時に随分たくさんの生徒がダメージを受けていたはずなのに学園ではそんな負傷者を見た覚えがない。それに生徒が減っているような感じもなかった。
もちろん死者や戦闘不能者は出ただろう。だけどあの時に見た衝撃的な光景で思ったほどは被害は受けていなかったのかもしれない。倒れてはいたけどまだ息があった生徒達は今日の俺のように怪我が全て治って学園で授業を受けていたのか?この世界では死にさえしなければ戦闘終了後に完全回復出来る?
確かに剣と魔法の世界だ。何か特殊な魔法やアイテムがあって死にさえしなければ一瞬で完治出来るとしても不思議じゃないのかもしれない。だけど……、何なんだこの気持ち悪さは……。
本来なら喜ぶべき所だろう。多少傷を負っても死にさえしなければ何とかなるのなら今後の生存率が格段に高くなったと言える。それなのに……、俺はそれを素直に喜べない……。
俺達はまさしくただの駒だ。死ぬまで、壊れるまでただ与えられた役目をこなして戦い続ける駒の一つにすぎない。仮に俺や健吾という駒が壊れてなくなってもまた別の駒がその役割を果たすだけ……。なんて……、なんて世界なんだ……。
「うっ!」
喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。何とか手で口を押さえてリバースすることは踏みとどまったけど気持ち悪さは収まらない。
「ふっ……、ふはっ!あははははっ!」
もう……、笑うしかない……。これがゲームのモブの人生か?
主人公や王子達がどうしているのかは知らない。だけど……、俺のようなモブはただこうして壊れるまでずっと歯車を演じ続けなければならない……。そういうことだろう?
「くくくっ!」
いいぜ……。やってやるよ!だけど俺が大人しく壊れるまでただの駒を演じてるだけだと思うなよ!
絶対に……、絶対にこんな世界から抜け出してやる!
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昨日あんなことがあったばかりだというのに学園では普通に授業が行なわれる。誰も気にすることもなく平然と、当たり前のように席に着いて授業を受ける。
前回も、そして今回も、戦いが終わるとポツポツと空いている席がある。それが何を意味するのかわからない者なんていないだろう。それなのに誰もそのことを口にしない。まるで何でもないことかのように空いた席が当たり前のように触れられることなく日々が過ぎる。
「おい八坂、我武者羅とヤケクソは違うぞ」
「……え?」
体力特訓をしている俺にそんな声がかけられた。いつもは、もっとやれ、早く動け、と言ってくるニコライがそんな言葉を口にしていた。
「一生懸命にやるのは良い。けどな、ヤケクソで滅茶苦茶に特訓なんてしても効果はない。それなら体を休めてる方がまだしもマシだ」
「…………すみません」
確かに……、俺は少し気が立っていたかもしれない。一生懸命頑張ってたんじゃなくて、ただイライラして、気持ち悪くて、とにかく発散しようと暴れていただけだ。これじゃインベーダーや王子達と何も変わらない。
そうじゃないだろう?
俺は確かに死にたくない。こんなクソッタレな世界から抜け出してやろうと思ってる。だけどただ憂さ晴らしのように暴れるのは違う。もっと落ち着いて……、きちんと一つ一つ丁寧に積み重ねていかないと何もついてこない。ニコライの一言でそれを思い出した。
「す~……、はぁ~……、す~……、はぁ~……」
深呼吸して気持ちを落ち着ける。よしっ!大丈夫だ。
「ありがとうございます。お陰で落ち着きました」
「おう!なら筋トレ五セット追加だな!」
「うげっ!」
何で感謝したら筋トレを追加されなきゃならないのか……。でもまぁいい。やってやろうじゃないか。
確かにニコライの体力特訓のお陰で俺は前回の戦いを生き延びることが出来た。こうして汗を流しているのも決して無駄じゃない。あるいはゲーム的に考えればあれだけダメージを受けていたのに死ななかったのもこの特訓のお陰かもしれない。そう思えばこの地獄のような特訓も耐えられるというものだ。
次も死なないために、今度はもっとうまくやるために、一つ一つ丁寧に積み重ねていくしかない。
~~~~~~~
今日はパレードがある。前回のチュートリアルの時は戦いが終わってすぐパレードだったのに今回は何故か一日空けた後でパレードのようだ。この辺りの描写はゲーム中では正確に描かれていなかった。確かに戦闘で勝てばパレードの表示が出ていたけどそれが何時間後なのか何日後なのかの言及はない。
今日がパレードだというのならこちらはそれに従うしかないのだから黙って並ぼう。前回である程度はパターンがわかったからもうそれほど緊張することもない。所詮俺達はモブでただ列を成して王子達の護衛と王子達への贈り物を受け取るだけの係りだ。
「なぁ伊織……、お前……」
「ん?」
珍しく健吾が真剣な表情で声をかけてきた。いつもニヤニヤというかヘラヘラというか、いや、悪い意味じゃないんだけど軽い調子で話している健吾にしてはこんな真剣な表情は珍しい。
「何をしている!さっさと進め!」
「うわっ!」
何か言いかけたようだけどパレードが始まってしまってそれどころじゃなくなった。兵士に無理やり押されて歩かさせられる。イケ学の門が開いて前回同様町中をパレードで練り歩く。戦闘の後に毎回こんなことをしなければならないんだとしたら面倒だな。
学園の授業がなくなるのは良い。ただ放課後に特訓や瞑想をする時間がちゃんと確保されるのかどうかが心配だ。
「きゃー!パトリック王子様~!」
「こっちを向いて~!」
相変わらず攻略対象達は町中から黄色い声援が送られている。それに比べて俺達はただ王子達宛てのプレゼントを渡されて回収するためだけの荷物持ちだ。
別にどうでも良い相手にチヤホヤされたいわけじゃない。王子達が羨ましくないと言えば嘘になるけど俺はこんなどうでも良いその他大勢にチヤホヤされるより……、ただ一人でいいから大切な人と……。
「あのっ!これを!」
「え?……あぁ」
俺が通りかかると前と同じ、瓶底眼鏡に下ろした髪の冴えないモブって感じの女の子がまた俺にプレゼントを渡してきた。
他の女達が渡してくるようなプレゼントとは違う。他の女達のプレゼントは派手な包みだったり、目立つようにデカデカと文字が書いてあったりする。箱や紙袋、花束ならば色とりどりの大きな花束だ。
それに比べてこの瓶底眼鏡の少女が差し出すのは小さな花束……。俺は花の種類なんて見てもわからない。この花束の花がなんていう花なのか。珍しいのか。何か花言葉等で意味があるのか。何もわからない。ただこの小さな花束は見ていると少しだけほっとする。他のけばけばしいばかりの花束に比べればこの小さな花束の方が落ち着く気がする。
だけど……、この花束にはまた宛名がない。宛名がないと誰に贈った物かわからずどう処理されているのかも不明だ。どうしてこの少女はいつも宛名をつけないのか。本当に贈りたいのならばきちんと宛名をつけるべきだろう。
「おい、前回も今回も宛名がないぞ。これじゃきちんと届いているか保証できないからな」
「ちがっ!それは……、あっ!」
「さっさとどきなさいよ!王子様~!」
またしても瓶底眼鏡少女は後ろから来たおばさんに押し退けられて後ろへ追いやられてしまった。まぁもう王子達へのプレゼントは渡せたんだから良いだろう。宛名のないこの花束がきちんとその相手に届けられているかどうかは俺には関係ないことだ……。