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第百二十六話「騙されました」


 始まりは突然だった。アブソリュートと名乗ったそいつは……、いきなり俺の目の前に移動してきた。


「――ッ!」


 強……、速……、避……。


「くぅ~~~っ!」


『…………』


 全身の筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。それでも直撃を食らうよりはと無理な体勢でも強引に体を動かしアブソリュートの一撃をかわした。もし食らっていたら……、一撃で俺は粉々になっていたかもしれない。


「いきなりやってくれるじゃないか!」


『…………』


 アブソリュートのパンチをかわした俺はお礼とばかりに終末を招くモノを叩き込んでやった。確かに……、捉えた。だけど……。


 ガキィンッ!


 と硬い物同士がぶつかったような音がして、終末を招くモノは止められていた。そいつが上げた腕に……。


「なっ!?」


 今まで終末を招くモノで斬れなかった物はない。デカブツであるルーラーの太い足や首でも切断出来た。それが……、こんな細腕一つ斬れないなんて……。しかも追加効果が発動しない。何故だ?追加効果は相手を斬らないと発動しないのか?条件を調べている暇はない。出ないのなら出ないと思って行動しておかないと期待して戦闘を組み立てていたら思わぬ落とし穴になる可能性がある。


「硬すぎだ……、ろっ!」


『……』


 さっきので斬れないのなら……、もっと力を込めて斬るまでだ。俺が繰り出した斬撃をこの黒い影は腕にあたる部分で当たり前のように受ける。その度に硬い物同士がぶつかる高い音が鳴り響く。


「チィッ!」


 斬れないだけじゃない。当たり前のように俺の動きについてくる。ボディスーツの補助にバフ魔法までかけている俺に……、何の苦もなく余裕でついてきているような気がする。こいつは硬いだけでもなければ速いだけでもない。自分から絶対者を名乗るだけあって……、その強さは桁違いだ。これまで戦ってきたどんな敵よりも手強い。


「こんな奴がいるなんて聞いてないぞ!」


『……』


 顔も表情もわからないその影のような敵は、今笑った気がする。俺を嘲笑ったのか?弱いと?足りないと?


「舐めるなよ!」


『……』


 キィンッ!キィンッ!キィンッ!


 と影の腕と終末を招くモノがぶつかり合う音が鳴り響く。動きは滅茶苦茶で剣術を習った者の動きとはまったく違う。それなのに反射神経だけで俺についてきているかのようだ。


『……』


「――ッ!」


 ヒュォッ!


 と俺が引っ込めた首があった場所を、背筋が寒くなるような音が通り過ぎた。あと0.1秒下がるのが遅かったら俺の首が飛んでいただろう。こっちの攻撃は効かないのに、こっちは一撃でも食らえば即死だ。こんな汚いハンデがあるか。


 俺の攻撃はこいつに届いていないわけじゃない。いくら物凄い反射神経で受けていても所詮は素人の動きだ。剣術を身に付けている俺の攻撃に完全に全て対応出来ているわけじゃない。


 でもこいつが硬いのは腕だけじゃない。時々こいつの防御を潜り抜けて届いている俺の斬撃はこいつにダメージを与えられていない。腕に防がれて弾かれている時と同じ高い音がして、まるでダメージが通っていない。これじゃいつまで戦っても勝ちはないだろう。逆に俺は一回ミスったら終わりだ。


「こんなのどうしろってんだよ……」


 さすがにダメージを与えられないんじゃ倒しようがない。自称にしろ絶対者を名乗るだけのことはある。いや……、待てよ……?物理攻撃が効かない敵は魔法攻撃に弱いと相場が決まっている。もしかしたら……。


「ファイヤーランス!」


 反逆の杖を素早く抜いて詠唱破棄でファイヤーランスをぶち込んでみる。この手の弱い単体攻撃魔法は魔法陣を用意していない。その代わり威力や精度を気にしなければ多少強引に詠唱破棄で発動出来る。とりあえずこれでダメージがあるかどうか……。


『…………』


「マジかよ……」


 間近でファイヤーランスが直撃したはずなのに……、まったくダメージが見当たらない。ファイヤーランスなんて所詮は初期の魔法で弱い部類だ。今は詠唱破棄で不意打ちで確実に当てようと思って使ったにすぎない。それでも……、魔法攻撃でも無傷とあっては手の打ち様がないぞ……。一体どうすればこいつを倒せるんだ……?


 こいつが何なのか……。それは察しがついている。こいつは……、聖女のなれの果て……。聖女の祈りで汚染魔力をその身に集めすぎ、自らが蝕まれて汚染され汚染魔力そのものになってしまった……、聖女が最後に行き着く姿だ……。


「あんたも……、誰か救いたい人がいたんじゃないのか?それなのに……、そのあんたが……、人類を滅ぼそうってのかよ……」


『……』


 こいつは最初にしゃべった。言葉がわかっているはずだ。それに意識らしきものもあると思われる。それなのに……、人類を滅ぼそうとやってきた。もう……、完全に汚染魔力に飲み込まれて自我の欠片も残ってはいないのか?そして……、俺も聖女の祈りを成功させたらこいつと同じように……。


「だんまりか……。何か言ってみたらどうだ?」


『……』


 駄目か……。情に訴えるってのも無理なようだ。だったら……、倒すしかない。


 ダメージも与えられないのにどうやって倒すのか。一応少しだけあてがないでもない。絶対にうまくいく保障はないけど、どうせこのままじゃ倒せない。だったら何でも試してみるだけのことだ。


 ここのところ敵が弱すぎて、しかも終末を招くモノが強すぎて使ってなかった。使うまでもなかったから……。でもこいつ相手には使うしかない。使っても通用するかどうかはわからないけど、どのみち打つ手がないんだったらやるだけやってやる。


「す~~~っ……、はーーーーっ。いくぞ!」


 一度呼吸を整えてから再び終末を招くモノを構えて突進する。アブソリュート……、聖女の末路……、俺も祈りを使えばこうなるのかもしれない。こいつにもこいつなりの人生があり、祈りを使うまでの苦労や葛藤があったんだろう。


 でも、例えそれがどれほど大変なことだったとしても、覚悟だったとしても、人類の敵になってしまったのならばそれはもう止めるしかない。


「魔力剣!」


『――ッ!?――ッ!?』


 終末を招くモノに俺の魔力を纏わせる。剣技と魔力が合わさった奥義。


『ギィィィィヤァァァァァッ!』


 ボトリと落ちた右腕?を見て、アブソリュートは叫び声を上げた。非常に耳障りで神経を逆撫でする声だ。上腕の中ほどから切断された自らの腕を掴んでいる。別に血や汚染魔力が噴き出しているわけじゃない。でもまるで普通の人間が腕を切り落とされた時のように、必死に血を止めようとしているかのように腕を抑えていた。


 アブソリュートは……、聖女のなれの果ては……、生前の感覚のままなんだろう。きっと彼女の目には、自らの腕が斬り飛ばされ、血が噴き出しているように感じられているのだと思われる。


「せめて最後は苦しませず……」


『カアァッ!』


「――!?」


 腕を抑えて蹲ったアブソリュートの首を刎ねて止めを刺そうと思った俺に向かって、そいつは口を開くと魔法を吐き出した。黒い汚染魔力を吐き出したも同然だけど、あれは間違いなく魔法だった。慌てて距離を取った俺は再びそいつと対峙する。


「生前の魔法まで使えるってわけか」


『カアァッ!カアァッ!』


 俺を近寄らせまいとしているのか、そいつは威嚇するようにあちこちに魔法を吐き出す。射程は短いし、炎じゃなくて黒い汚染魔力だけど、これはファイヤーボールか?この聖女は生前ファイヤーボールを使えたようだ。それをこの汚染魔力で行っているんだろう。


 ただ射程は短いのか自分の周りに黒い汚染魔力を吐き出しているだけのようにも見える。よほど魔法に詳しい者でもなければこれがファイヤーボールのなれの果てとはわからないだろう。


「その姿になってから、まともにダメージを受けたのは初めてか?相当焦っているようだな」


 何十年か、何百年か、何千年かはわからない。この聖女がこうなってから、これだけのダメージを受けたのは恐らく初めてなんだろう。自分が滅される危機なんて初めてなんだろう。その焦りや気持ちもわからないでもない。


 魔力を纏わせたこの剣の攻撃力は実質的に上限なし、無限大だ。込めた魔力の分だけ攻撃力が上乗せされる。魔力の消費や減少を厭わず俺が莫大な魔力を込めれば、それは無制限に威力を上げられることを意味する。


 こいつの腕を斬り飛ばすのに俺は結構な魔力を込めた。これだけの魔力を込めればアブソリュートにも十分通用するということだ。魔力の回復分がどうとか、消耗と回復が吊り合うようにとか、そんなことさえ考えなければ魔力剣でダメージを与えられる。それが証明された。


「止めといこうか……、先輩」


『ギイィッ!』


 必死で手を振るい、魔法を放ち、とにかく逃げようと足掻く。でももう終わりだ。


「先に逝っててくれよな……。俺もすぐに逝くからさ……」


 終末を招くモノの一閃でアブソリュートの首がゴトリと落ちる。これで……。


「……あ?ゴプッ」


 声を出そうとした俺の口からゴポリと赤黒い液体が流れ出てくる。立っていられずにグラリと地面に倒れ込んだ。


『ゲッゲッゲッゲッゲッ!』


 俺の後ろで片腕と首を落とされた人型が笑っていた。俺の腹には深々と切り落としたはずのアブソリュートの腕が突き刺さっている。


 あぁ……、本当に俺は間抜けな奴だ。こいつらが人型だからって人と同じ弱点があると思い込んでいた。自分で言ってたのにな……。こいつらは汚染魔力に纏わり付かれて取り込まれたただの依り代だ。芯の部分の形が聖女の残骸で出来ているから人型になっているにすぎない。こいつらは別に人でも、そもそも生物でもない。


 聖女の祈りで集まった汚染魔力が、聖女の浄化能力を超えてその身に溜まり、聖女が死んだ後にその身を乗っ取って動かしているだけに過ぎない。こいつら自体には命も肉体もない。首を切り落としたから終わりだなんて考えた俺が馬鹿だった。


 こいつらがこういう手段を使ってくるということは、恐らく過去にもこういう手で嵌められた被害者がいたんだろう。こいつらはそこから学習して、人間相手ならこういう戦い方もあると学んだんだ。本当に厄介な奴だな。


「あ~、いて……。あ~ぁ……、俺の一張羅を穴あきにしやがって……」


『ゲッ?』


 立ち上がった俺にアブソリュートが理解出来ないという声?を出す。でもそんなことは俺の知ったことじゃない。


「ハァッ!」


『グッ!ゲッ!ガッ!』


 こいつが立ち直る前にとりあえずお礼代わりに終末を招くモノで切り刻んでやる。バラバラに切り落とされながら不思議そうな雰囲気を醸し出しているけど知ったことじゃない。


 こいつらが生物じゃないから首を落とそうが、手足を落とそうが死なないように、こっちだって回復魔法が間に合う限りはどれだけ瀕死になっても死にはしない。貫かれた腹の手を引っこ抜くとリジェネレーションを使う。するとあら不思議。貫かれて開けられた穴もあっという間に塞がった。


 アブソリュートはまだ意味がわからないという感じだけど説明してやる義理はない。向こうだってこれだけバラバラに切ってやったのにまだ平然としている。単純に切り刻んだからって倒せる敵じゃないというわけだ。


 折角大きな魔力を使って切れるようになったのに、切っても効果がないどころかパーツが増えて自在に飛び回るとかどうすればいいんだ。


 一見お互い不死身のように思えるかもしれないけど今回はたまたま運がよかっただけだ。もし敵が心臓や頭のような急所を攻撃してきていたら俺が負けていた。敵がわざと俺を苦しめるために腹に攻撃してきてくれたお陰で命拾いしたにすぎない。


 相変わらずこちらから敵に致命傷を与える手段はないのに、敵の攻撃を食らえばこっちは即死しかなねない。何も好転していないどころかむしろ悪くなっているとすら言える。


「どうしたもんかね……」


『オマエ……、シヌ』


「なんだ。他の言葉もしゃべれたのか」


 途中から奇声しか上げてなかったからほとんどしゃべれないのかと思ったけど、案外しゃべれるんじゃないか。じゃあ今までも俺の言葉を理解して、返事も出来たのにわざと無視していたのか。首が切り落とされているのにどうやってしゃべっているのかはわからないけど、そもそも呼吸もしていない生物ですらない存在だから考えるだけ無意味だろう。


 剣で切っても死なない。魔法はほとんど効果がない。一見手詰まりに見える。でもこいつは汚染されているとはいえ魔力の塊のような存在だ。だったらこいつに効果的なダメージを与えるならやっぱり……、魔力に依存している攻撃をするべきだよな。


「いつまでもお前一匹に構っていられないしな。そろそろ決着をつけるか」


『ギャギャギャギャッ!』


 まるで狂ったように笑い出したアブソリュートと、最後の決着をつけるべく準備に取り掛かったのだった。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] 洋ゲーみたいに手足を落として達磨にしてもダメなのか……
[一言] 聖女のなれの果てか 伊織ちゃんがそうなったら誰も勝てなさそう
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