第百二十五話「気圧されました」
平穏で愛しい日々は終わり、作戦決行の日がやってきた。作戦決行まで思ったより時間がかかったけど、それはもしかしたら王様やウィリアムが気を利かせてくれたのかもしれない。
作戦が成功しようが失敗しようが王様やウィリアムはこれからも変わらないだろう。俺が渡した魔力結晶があれば下手なことをしない限りは数年はもつ。王様達からすれば失敗したってその間にまた色々と考えて何とかすれば良いだけだ。今までと同じで何も変わらない。
でも俺は作戦が成功しようが失敗しようが……、これが終わった後には……。
もう覚悟は出来ている。そのことに恨み言を言うつもりはない。王様達はそんな俺のために、最後に平穏な日々を過ごさせてくれたんだろう。舞とアンジーと……、思い出の日々を……。
舞とアンジーは王城に避難させている。下手したら身柄を確保される可能性もあるけど、転移装置を奪われない限りはいつでもどこにでも逃げられる。身の危険を感じたらいつでも使うように言ってあるから大丈夫だろう。
王都の街中には人っ子一人いない。全ての住民は先に避難所に避難している。貴族達は相当反対したそうだけど、これも俺が出した条件の中の一つだ。前のように住民達に知らせず、大勢の市民達をわざと犠牲にするようなやり方は許せない。
今回は住民達に事前に今日のことを伝えて避難所へ避難するように伝えている。それでも言うことを聞かずにそこらをウロウロしているのならそれはもうこちらの責任じゃない。だけど町の様子からするとほとんどの住人は逃げ出したようだ。
それはそうだろうな……。これまで何度かのインベーダー襲撃を見ていて、それでもまだ今日も逃げずにいるような者はまずいない。火事場泥棒しようにも、自分が死んだら無意味だ。インベーダー達の襲撃がどれほど凄惨を極めるか知った後ならば、火事場泥棒ですらしようと思う者はまずいないんだろう。
城壁の上には兵士達。それから駆り出されたイケ学の生徒達。さらに不足分を補うために志願兵が配置されている。兵士達は元々これが仕事だったんだからわかる。イケ学の生徒達はアイリスの洗脳も解けたし、聖女もいなくなったんだから良いじゃないかと思ったんだけど……、戦える者は一人でも多く出せということになったようだ。
そして志願兵達……。彼らは自警団とかそういうことをしていた人たちだ。日に日にインベーダーの襲撃が厳しくなってきていたから、志願者ばかりでそういう組織が出来ていた。先の戦いでも街中を守っていた主力は彼らだ。
今回は街中には人はいない。だから自警団達も街中を守る必要はなくなった。その代わりに戦力の足りない城壁の防衛に協力してもらうように要請したらしい。イケ学は強制参加なのに自警団には要請とは随分扱いが違うものだ。元々イケ学は捨て駒として集められていたんだからそんなものかもしれないな……。
前回、敵は何故か正門前に主力を集中していた。これだけ広い城壁のどこにルーラーが現れるかわからなければ大変なことになる。前回ルーラーを討ち取ったのは俺だけであり、イケ学生徒や兵士達にあれの相手をするのは無理だろう。俺が正面に立って、敵も正面に集中してくれるのなら助かる。あちこち駆けずり回る必要がなくなるからな。
「…………時間だな」
作戦決行は前回と同じ正午丁度から。城壁上には兵士達がズラリと並び、俺は正門の後ろで待機している。時間になれば門を管理している兵が城門を開けてくれる。その後はすぐに門は閉じられるけど、そもそも別に俺は門から出なくてもいいんだけどな……。
まぁ最後の戦いなのに門も開けずに城壁を飛び越えていくとか何か締まらないというのはわからなくはない。周りから見ている兵士達の士気を上げるためにも正門から堂々と出て行く方が効果的だろう。
今日の俺のスタイルも前と同じでマントにフードに仮面でその姿がわからなくなっている。それから正門の近くにはなるべくイケ学生徒達は配置しないように頼んでおいた。どちらにしろ防衛の主体は兵士達だから、イケ学や自警団は兵達の間を埋めるように分散して配置されている。何も注文しなくても勝手にバラけてくれていただろう。
ゴーン!ゴーン!ゴーン!
正午の鐘が鳴り響く。これが作戦決行の合図だ。
「開門!開けろ!」
ギギギギッ!と重い音を響かせて大きな正門が開いていく。鐘と同時に結界も消えている。各所からピギーッ!ピギーッ!とインベーダー達の反応する声が聞こえていた。
「俺が出たらすぐに閉めろ」
「言われなくとも……」
正門担当の兵士に見送られて門を出るとそこには……。
「ふっ……。もうこんなに集まってるのか……。それとも今日出てくるってわかってたのか?」
見渡す限りの敵!敵!敵!地面が見えなくなるほどにインベーダーが殺到してきていた。後方にはインスペクターも見える。まずは挨拶代わりの第一陣というところか。
「アイリスよりも俺の方が脅威だとわかっているみたいだな。これだけ熱烈歓迎されるとこちらも張り切らざるを得ない」
前回の敵はまるで小手調べのような少数による軽い攻撃だった。それに比べて今回は見渡す限りの敵だ。これは俺が荒野を歩いて王都を探していた頃に出会った敵の中でも一、二を争うほどの数だろう。
前回は後半でルーラーというボス並の敵が出てきていたけど、少なくとも今回は数が多いばかりで大物は見当たらない。前回も後で出て来たんだから今回ももったいぶってるのかもしれないけど、雑魚が相手なら魔法で一掃だ!
と言いたい所なんだけど……、今回は、いや、今回も魔力温存で戦う。多少の魔法は使うけど、魔力が減り過ぎないようにコントロールしながら回復分だけ使っていくスタイルだ。魔力は時間経過で回復している。走って疲れても、休憩してたら体力が回復するのと同じだな。ただその回復分は総魔力からの割合で計算されるようだ。
例えば十秒で1%回復なら、MP100の人は十秒で1しか回復しない。俺がMP百万だとしたら十秒で一万回復出来る。割合は同じでも回復する量が違うから総量が多いほど魔力切れを心配せずバンバン魔法を使えるというわけだ。
たぶん俺はこの辺りにいる人間の中では一番か二番に魔力が多い……、と思う。しかも魔力はレベルカンストになっても魔力特訓を行なえばまだ増えるというのが良い。そのうち魔力総量にもカンストがあるのかもしれないけど、レベルカンストしてもステータスが打ち止めにならないのは良い所だ。
「いくぜ相棒!」
背中から大きく育った終末を招くモノを引き抜く。剣も杖も俺の成長に合わせて成長すると言われていたけど、俺がレベルカンストしたらこいつらの成長も止まってるんだろうか。カンストしてから初めての戦闘だから何か色々と感慨深いものがある。でも今はそんなことを言ってる場合じゃなかったな。
「ファイヤーストーム!ファイヤーストーム!ファイヤーストーム!」
剣を抜き放って敵に向かって駆けて行く。回復して上限を超えそうな分の魔力は余っていても無駄になる。魔力が減り過ぎないように管理しつつ魔法陣を発動させて常時魔法を発動させ続ける。これだけの魔力を使って魔法を出せるのなら正門方向は俺一人でも持ち堪えられるだろう。
「はあっ!」
終末を招くモノを振りぬくと……。
「えっ……?」
ゴォッ!という音とつむじ風のようなものが巻き起こった。インベーダー達が巻き込まれてバラバラになりながら吹き飛ばされていく。
「おい……。これは……、お前の力か?」
「…………」
思わぬ追加効果を発動させた終末を招くモノを見詰める。剣が何か答えるわけもないんだけど……、でも俺にはまるで終末を招くモノがえっへんと偉そうに踏ん反り返っているような幻が見えた気がした。
「ははっ!まぁいいか!これで戦いが楽になる!」
剣を振り回せば追加効果で敵が吹き飛び、ただの剣攻撃だというのに範囲攻撃になっている。魔力もほどほどに消費するために魔法陣を発動させ続けて順調に敵を倒していく。
「インベーダーとインスペクターばかり……、いつまで数で攻めてくるつもりだ?」
当初はインスペクターも強敵だと思ったものだけど、インフレが激しいゲームの悲しい所か、初期の敵ほど後半になったらもうただの雑魚でしかなくなってしまう。インベーダーもインスペクターも若干の色艶の違いや、形が違う別タイプも現れるんだけど、それでも最終形態ですら最早俺の敵には成り得ない。
「まぁ……、あまりなめプしてて一発貰ったら即死も有り得るからな……。調子に乗りすぎずに自戒しておこう」
インスペクターどころかインベーダーの一撃でも頭に食らえば即死だろう。体はボディスーツがあるから多少のダメージは耐えられると思うけど、むき出しの頭とかは普通の人間のままだ。インスペクターの一撃でも食らえば潰れたトマトになってしまう。
「あれは……、来たか……」
適当にインベーダーやインスペクターと戯れていると、遠くの方からドシンドシンと歩いてくる巨大な影が見え始めていた。ようやくルーラーのお出ましのようだ。これで前回の続きから出来るというものだ。
「ブモーーーッ!」
ルーラーの相手も慣れればそれほど苦にならない。まずは足を……。
「えっ?」
「ブモーーーーッ!?」
いつものように大きすぎるルーラーの頭を狙うために足を切り倒そうとしたら……、終末を招くモノの追加効果でルーラーが空に巻き上げられてバラバラになってしまった。頭も切り落とされているから死んでいるのは間違いない。
「まぁ……、倒すのは楽になったんだろうけど……、何か納得いかないというか……、すっきりしないというか……」
贅沢を言うもんじゃないんだろうけど、何か終末を招くモノに獲物を横取りされているような気がして何ともすっきりしない。
「…………」
「ああ、そうか……。そうだよな」
今まで俺は魔法で範囲攻撃しまくっていた。当然それだけ終末を招くモノの出番は減る。倒してきた敵の数は範囲魔法の方が圧倒的に多く、剣で倒した敵なんて近寄ってくる敵や、ルーラーのように魔法で倒し難かった敵くらいだろう。
だから……、今まるで終末を招くモノに、ようやく範囲攻撃出来るようになったんだからこれからは俺が範囲攻撃で活躍する番だ!って言われたような気がした。
それからどれくらい時間が経っただろうか。正門前にはインベーダー、インスペクター、ルーラーの死体が山積みになっている。俺も足を取られないようにある程度移動しながら戦ってるけど……、いつの間にか結構城壁から離れてしまっていたようだ。
俺の位置からはまだ城壁や王都は見えているけど、その距離は数kmくらいはあるのかもしれない。敵の死体を避けて進んでいるうちにここまで来てしまった。
「周りは……」
俺が敵を抑えている正門方向はほとんど敵と戦っていないから問題なさそうだ。それ以外の城壁も俺から見える範囲では特に問題は見当たらない。多少突破されていることもあるんだろうけどまだまだ平気そうだ。
「まだアレを使うには早いな」
別にピンチを演出してやろうというつもりはない。でもまだアレを使うには早い。もっと、もっと敵を引き付けて、倒せるだけ倒して、そして巻き添えに出来るだけ巻き添えにして浄化しなければ……。最大限の効果を得るためには出来るだけ多く汚染を集めるべきだ。
「おら!デカブツ!吹っ飛べ!」
ルーラーも、その足元に集まるインベーダーもインスペクターも一纏めに終末を招くモノで吹き飛ばす。行き掛けの駄賃に魔力が溢れそうな分だけ魔法陣を発動。これならまだまだあと何時間でも戦えそうだ。何ならいっそこの辺りの敵全て俺が倒してしまうか?そうすれば……。
「――ッ!?」
ゾクリと……、奇妙な圧力を感じて俺はその場から飛びずさった。特に何か攻撃をされたとかそんなことはない。俺がいた場所に攻撃が……、なんてことはなかった。それなのに俺は今でもここから離れて距離を取りたいような、そんな圧力を感じている。何だ……。何なんだこれは……?
インベーダーが、インスペクターが、そしてルーラーでさえまるで道を開けるかのように左右に分かれていく。その真ん中を……、真っ黒い……、まるでそこだけ空間がポッカリと穴があいたかのような……、全ての光も捻じ曲げ脱出させないブラックホールのような真っ黒なモノがこちらに向かって歩いてくる。
そう……、歩いてくる。そいつは……、完全に真っ黒でありながら、その形は人型だった。それは人型をしたナニカだ。インベーダーとも、インスペクターとも、ルーラーとも違う。インベーダー達は研究所で作られたものだ。だけどこいつは違う。絶対に違う。これは……。
『アブソリュート』
「――っ!?」
しゃべった……。こいつ今しゃべったぞ……。違う。こいつは今までの敵とは根本的に違う。研究所で作られたような人工生命体じゃない。それに今何て言った?アブソリュート?絶対者……か?
これは……、こいつは……、こいつこそが……。