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第百二十四話「覚悟を決めました」


 ふーっ……。何とか王様や宰相との話はうまくいった……、と思う。本心はわからないけど、少なくともあれだけの魔力結晶があれば王都は暫く安泰だろう。その交換条件に一時的に結界を解除して敵をおびき寄せてくれと言っただけだ。


 市民達には先に避難所に隠れておいてもらうし、兵士は元々戦うのが仕事なんだから城壁上で防衛に当たってもらえばいい。前回のイケ学の攻勢の時もそうだったけど、実は兵士の被害は案外少ない。城壁を盾にして、乗り越えようとしてくる敵を上から攻撃している。だから防衛戦を続けるだけなら割と被害も少なく長持ち出来ることは前回でわかった。


 まったく被害がないとは言わないし、前回もあちこち突破された場所はあった。でもあれだけ激しい戦いだった割にはイケ学に比べて兵士の損害は少ない。イケ学が無策に突っ込みすぎただけと言えばそうだけど、連携して地の利もあって防衛に専念していればかなり戦えるということだ。


 何とか王様達は俺の話を聞いて前向きに検討してくれたようだけど、実際まだ確実に作戦が実行されるとは限らない。これからまた貴族や軍と話し合いが行なわれる。その結果次第では俺の希望は拒否される可能性もある。


 そもそもウィリアムもいきなりその場で俺と王様を会わせるとか……、もしあの時王様がウィリアムの人払いの提案を断っていたらどうするつもりだったんだ……。あの後も何度かウィリアムの執務室へ忍び込んだ俺は王様への渡りを頼んでいた。そしてそれを決行すると言われたからハイドで隠れてついていったけど……、まさかあんな行き当たりばったりだったとは……。


 普通事前に王様と連絡を取って、アポイントメントを取ってから俺が呼ばれるのかと思っていた。それがいきなりあの場で話せと言われたんだから俺もかなり焦ってしまった。口調もキャラも決めてなかったから何か王様達に対しても偉そうな感じになってしまったし……。


 イケ学が攻勢に出た時に街中でインベーダー達と戦った時にわかった通り、どうやらハイド中に何か攻撃しようとしたりしたら効果が切れるらしい。ウィリアムの執務室から出た後で、街中でインベーダーに襲われていた人の前に降り立ち、インベーダーを倒した後から姿が認識されていたからな。


 それでもしかしてハイド中に敵への攻撃をしたら見えるようになるのかという当たりはつけていた。よくあるゲームの『ターゲットにされにくくなる』的な効果のものは、こちらから攻撃したら効果を失うとかそういうものが多いからな。


 そこで隠れ家に潜んでいる時に舞とアンジーにも協力してもらって色々と研究と検証を重ねた結果、ハイドの効果中に無理やり姿を現す方法というものがわかった。


 最初に思った通り、『敵に攻撃されにくくなる』という効果は大体『こちらから攻撃した時点で効果が切れる』というのは正しかった。でも実際に攻撃する必要はなく、魔法を使おうとしたり、攻撃しようとしている意図で相手に何かしようとしたりしただけでも効果が切れることがわかった。


 つまり、ハイドで消えたままウィリアムの執務室に入り込み、気付かれないように背後から攻撃しようとしても、俺がウィリアムを後ろから暗殺する直前にはその姿がビクトリアに見えてしまうようになるというわけだ。これを応用すれば実際に相手を攻撃することなく、ハイドの効果中に姿を現すということが出来るようになる。


 ただ一つだけ欠点があって、効果の途中で姿を現してもクールタイム、再使用時間はリセットされない。だから例えば五分に一回しか使えなかったとすれば、効果発動後一分でわざと姿を現してもクールタイムの残り四分間は再使用出来ない。


 まぁそれも欠点がわかっていればどうとでも出来るわけで、王様達の前に突然現れたということで結構大きなインパクトも与えることが出来ただろう。


 舞とアンジーが待っている隠れ家に戻った俺は、王様達がうまく他の貴族達を説得出来ることを願いつつ、再び会う約束をした日まで時間を潰していた。


 そして今日……、俺は……、舞とアンジーに重要な話をして……、重要な物を渡そうと思っている……。


「舞、アンジー、聞いて欲しい」


「どうしたの?」


「何事ですの?」


 もう何日も一緒に暮らしている二人は、俺が真面目な話をしようとしている時はちゃんとわかるようになってくれた。俺だって二人の雰囲気がおかしい時はある程度わかる。出来ればずっとこの甘い生活を続けたい。でもそうも言っていられない。もういつこの世界が滅ぶかもわからないんだから……。


「俺が荒野の外に放り出されて彷徨った話は前にしたよな。その時のことをもっと詳しく話そうと思う」


「……うん」


 真剣な表情で聞いてくれる二人に、俺は荒野に放り出された後のことを詳しく話した。今まで話していた内容と重複する部分もあるけど、話の流れもあるからまた一から全部……、イケ学の生徒達に裏切られて、荒野に捨てられて、谷底に落とされて……。


 ギリギリ回復魔法を覚えて、辛うじて生き延びて、川上を目指して、森に辿り着いて、遺跡の研究所を発見して……。


「そっ、それではインベーダーとは古代魔法科学文明が作り出したということですの……」


「ああ、あの森には白いインベーダー達がいた。白インベーダー達は俺が近くを通っても襲ってくることもなく、ただ淡々と浄化の手伝いを行なっていたよ」


 まずは主観を交えない事実を淡々と話し、そこから俺が見聞きした情報や推測を交えて話した。舞もアンジーも色々衝撃を受けていたようだけど、せめて誰かにこれらのことを伝えておかないと、全てを失伝してしまったら人類はますます迷走してしまうだろう。


「これが個人用携帯転送装置。これは俺が持っている分に内蔵されていた魔力結晶だ」


「これほど大きな魔力結晶が……」


 転移装置の使い方などや初期設定の座標位置が俺の見つけた研究所であることを伝えておく。設定座標はいくつもメモリーしておける。緊急脱出用だったと思われる一番最初の座標は俺が変えておいた。その先がどうなっているかもわからないし、行かない方が良いことも伝えてある。


 今ここにある個人用転移装置の座標は研究所の近くだ。あそこならある程度安全だと俺も確認している。設定の仕方や使い方なども教えつつ、二人が疑問に思ったことなども質問を受け付けておく。


 荒野に放り出されてからの話はそんなに簡単に終わる話ではなく、俺と舞とアンジーは何日もかけてそのことを話し合った。後からでも疑問に思ったことがあればまた何度もそこまで話を戻して語り合い、思いついたことがあればお互いに告げ、とにかく自分達でも話し合いながら気持ちの整理をつけていく。


 この世界の人間にとってはインベーダーとは生まれた時から知っている凶悪な敵という認識だろう。俺だからこそ白インベーダー達は大丈夫なのだと思えた。あの時弱っていたからとか、そういう条件があったにしろ、地球から来て、ゲームの『イケシェリア学園戦記』を知っていた俺だから……。


 そして……、一番重要な話をしなければならない。次の……、最後の戦いについて……。


 まだ王様やウィリアムから正式な返事は聞けていないけど、次にまた王都の結界を解除して、敵をおびき寄せて、俺が聖女の祈りLv99を使う。恐らくアイリスはもっとレベルが低かっただろう。レベル99ということはアイリスが使った祈りより効果が高いんじゃないかと思う。実際に使ってみないとわからないけど……。


 もし俺の予想通りこの聖女の祈りLv99の効果が高いのならば……、舞やアンジーが救われるかもしれない。王都や舞やアンジーが救われたならそれでいい。失敗したならば……、個人用転移装置を用いて研究所へ脱出するように言い含める。あそこなら女の子二人くらい何とか生きていけるはずだ。


「伊織ちゃん……」


「駄目だ」


「まだ何も言ってないよ」


「駄目だ」


 何も言ってなくてもわかる。舞は……、俺と一緒に王都に残ると言おうとしているんだろう。そして恐らく……、一緒に聖女の祈りを使うと言っているんだろう。


 でも駄目だ。そんなものは認められない。俺は舞とアンジーに生き延びて欲しい。人類が滅亡した世界で二人だけで生き延びても辛いだけかもしれない。それでも俺は……、俺のエゴだったとしても二人には死んで欲しくない。


「わかりましたわ……」


「アンジー!?」


 目を瞑って物分りの良いことを言うアンジーに舞が驚いた顔でその肩を掴んだ。


「舞……、伊織様を信じましょう。伊織様は失敗などしませんわ。ですから私達は伊織様が言われる通り、作戦の決行日は王城の結界内におります。そして……、万が一の時はその森の研究所とやらへ脱出しましょう」


「アンジー!本気で言ってるの!?」


 舞は強くアンジーを揺さぶるけどアンジーはきっぱりと言い切った。


「もちろん本気ですわよ。伊織様が命を懸けてまで覚悟をされておられるのです。私達も相応の覚悟を持ちましょう」


「そんな……」


 アンジーには……、俺の覚悟が伝わったらしい。俺は命を懸けてでも聖女の祈りを成功させ、せめて今後百年くらいは人類が安泰なようにするつもりだ。それが成功すれば舞とアンジーは残りの人生を平穏に暮らせるだろう。


 そして万が一にも俺が失敗したり、聖女の祈りLv99が思ったよりも効果が弱ければ……、そして俺が死ねば……、王都を捨ててでも研究所に逃げて生き延びて欲しい。実は俺は今まで何度か研究所に自分の魔力で転移して非常食やサバイバルに必要そうなものを運んでいる。


 舞とお嬢様育ちのアンジーだけじゃ何かと大変かもしれないけど、俺が居た時よりは格段に生活しやすくなっているはずだ。研究所の方にも手紙や本を置いている。俺の手紙を見て、備蓄物資に気付いたり、サバイバル関連の本を読んで身に付けながら生き延びて欲しい。


 舞の気持ちも、アンジーの気持ちも、どちらもわかる。決してアンジーが薄情とか、俺に対する愛が小さいから見捨てられるのではない。アンジーは……、アンジーだって王都や俺を見捨てて逃げることに物凄い葛藤があるはずだ。でも……、それでも俺の覚悟と意を汲んで脱出までの覚悟を決めてくれた。


 例え死ぬとしても最後まで一緒に、という舞の気持ちもわかる。例え離れ離れになっても相手の心を汲んで脱出して、最後の最後までその気持ちに応えるために生きようというアンジーの気持ちもわかる。どちらも辛いはずだ。


 だから……、俺が失敗しなければいい。ただそれだけ。実にシンプルでわかりやすい。俺が全てを成功させて、王都も、舞も、アンジーも、全てを救えばいい。


「大丈夫……。あくまでそれは最後の最後。万が一失敗した時の最後の手段の話だ。俺が絶対成功させるよ。そしたらさ……、平和になった世界で……、また三人で一緒に歩こう……」


「いっ、伊織ちゃん……」


「…………」


 三人で……、ただ三人で静かに涙を零しながら抱き締めあう。そんな未来が訪れないであろうことは俺達がよくわかっている。聖女の祈りを使って生還した者はいない。少なくとも俺達にわかる範囲での成功者はゼロだ。


 聖女の祈りを使えば俺は死ぬ。もしかしたら生き残れるかも、とか、俺がうまくやれば生き残れるんだ、という淡い期待を持ってはいけない。これまで聖女の祈りを使って生き残った者は誰一人いない。それだけが事実であり、聖女の祈りを使っても生還出来るというのは、聖女に祈りを使わせるための……、最後の希望なんだろうということはわかっている。


 誰だって死にたくない。俺だって死にたくない。だけど……、誰かが聖女の祈りを使うしかないんだ。だったら……、命を懸けて大切な人を守りたい。そんな聖女の最後の一押しをしてくれる魔法の言葉……。


 心から愛し合う者の想いがあれば、聖女の祈りを使っても生還出来る。


 なんて甘美で、なんて残酷な言葉なんだろう。もう祈りを使うしかない聖女が最後に縋るこの甘くて残酷な言葉は……、とても酷く、とても良く出来ている。


 俺は期待していない。いや、期待しちゃいけない。本気で聖女の祈りを成功させるつもりならば……、そんな言葉に惑わされず全身全霊をかけて浄化に集中しなければならない。自分の命を残そうと考えればアイリスのように中途半端な失敗に終わってしまう。


 覚悟を決めて……、命を懸けて……、最後の聖女の祈りに全てを懸ける。



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さらに最新作を連載開始しています。百合ラブコメディ作品です。こちらもよろしくお願い致します。

悪役令嬢にTS転生したけど俺だけ百合ゲーをする
― 新着の感想 ―
[一言] でもアンジェリーヌの事だからこっそり最後まで舞と一緒に残りそうな気もする
[一言] 強いな
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