第百二十三話「密会しました」
王城では今日もまた無為な時間が流れていた。
「ウィックドール公爵を投獄すべきです!」
「はぁ……、罪状は?」
威勢良くウィックドール公爵を断罪しようとしている貴族達に、国王、エドワードは軽く溜息を吐いて首を振る。投獄するということは何か罪があるということだろう。ではウィックドール公爵に一体何の罪があるというのか。それを問い詰めても貴族達に明確な答えはない。
「無断での結界の再起動!これは許されざる暴挙だ!」
「然り!まだ外で作戦中にも関わらず、何の権限もないウィックドール公爵が結界を再起動させるなど言語道断!」
「爵位を取り上げ、財産を没収し、一族郎党を獄に繋ぐべきです!」
「はぁ……」
エドワード国王は再び溜息を吐く。確かに会議で作戦が決まり、結界を解除した。外ではまだ作戦中に勝手に結界を再起動させたというのは間違いない。しかしウィックドール公爵が結界を再起動させた時にはすでに作戦は失敗していたのだ。作戦が失敗し次第すぐに結界を再起動させることも決まっていた。何もおかしくはない。
何故それを誰よりも早くウィックドール公爵が知っていたのかということや、その連絡を受けて結界を再起動させる担当でもなかったのにそのような独断専行を行なったのかという疑問はある。だがそれを持って爵位を剥奪し、財産を没収し、一族郎党を投獄せよというのは明らかに釣り合わない。
作戦が失敗してすぐにウィックドール公爵は結界装置を管理している所まで出向き、全ての責任は自分が取るとその場にいた技師や管理者達に宣言した上で持参した魔力結晶で再起動させている。そのお陰で町にも兵士にも余計な被害を出すことなく立て直すことが出来た。
「ウィックドール公爵よ、何故あれほど早く作戦の失敗を知ることが出来た?それを明らかにし、正当なる理由により結界を再起動させたというのなら重い罪にも問えまい」
エドワード国王はウィックドール公爵に語りかける。ウィックドール公爵の失脚を狙っている者達は納得しないだろうが、それでもウィックドール公爵がどうやって作戦の失敗を知り、その被害を抑えるために結界の再起動を強行したというのならエドワードや穏健派は責めるつもりはない。何のお咎めもなしとはいかないとしても反対派が言うほど重い罪にはならないだろう。
「国王陛下……、その件に関してましては……、お人払いを……」
今まで、どれほど聞いてもどうやって情報を手に入れたのか答えなかったウィックドール公爵が、ついに重い口を開いた。今も王城の執務室で軟禁されているとはいえ、まだ何の罪にも問われず罰も与えられていない。当然こうして会議にも参加している。今までは何も言わなかったのに、何故突然何かを話す気になったのか。
エドワードは暫く目を瞑って考える。
「貴様のような反逆者が陛下と話したいなどと!」
「そうだ!陛下と二人っきりになどしようものならば何をしでかすかわからん!」
「よもや……、父上の命を狙ってるのではないだろうな?」
反対派の筆頭、パトリック王子がギロリとウィックドール公爵を睨む。
「アイリスを殺したのもお前ではないのか!?お前は最初から作戦が失敗するように仕向けていたのだろう!この反逆者が!お前が……、お前達がアイリスを殺したに違いない!アンジェリーヌのためか?はっ!俺が今更アンジェリーヌと結婚してやるとでも思ってるのか?アイリスを殺したお前達を俺は絶対に許さない!」
血走った目でパトリックが叫ぶ。言っていることは滅茶苦茶だがそんなことはどうでもいい。ウィックドール家お取り潰しの音頭を取ってくれるのならば、反対派はパトリックを担ぎ上げて利用していた。
「黙れ!全ては余が決める。宰相だけ残し他は全員下がれ」
「なっ!?父上!」
「陛下……、このような者と少人数になるなど何をされるか……」
さすがに二人っきりというのは通らないと思い、エドワードは宰相とウィックドール公爵の三人でという形にすることにした。それでも反対派は食い下がるだろうがエドワードが命令すれば従うしかない。
「余の言うことが聞けんのか!さっさと出て行け!」
「――ははっ!」
ゾロゾロと貴族達やパトリックやギルバート達が部屋を出て行く。会議室に残ったのはエドワード国王と宰相、それからウィリアムだけだった。
「ふ~……。すまぬなウィリアム」
「いえ……、陛下のお慈悲により我が首はまだ繋がっておるのです。感謝こそすれ謝っていただくようなことは何もありません」
三人だけになり、少しだけお互いに崩れて話す。年齢も近く、立場も近いエドワードや宰相やウィリアムはある意味幼馴染とも言える間柄だった。このような非公式の場では多少崩して話すくらいの間柄ではある。
「ウィリアム、何故事情を説明せん?どうやって聖女が失敗したことを知ったのか話すだけでも庇いようもある。何故それを言わん?」
独自情報でも何でも、聖女が失敗して作戦が失敗したのだといち早く知ることが出来たのなら、それを知ったから結界を再起動させたと言えばいい。後はその情報をどうやって入手出来たのか説明すれば良いだけだ。
「それを申し上げることは出来ません。少なくともあのような大臣や貴族達の前では……」
含みのあるウィリアムの言葉にエドワードは片眉を吊り上げた。
「では余には言えると?」
「国王陛下には是非会っていただきたい者がおります。その者と会えば全てはわかるかと……」
ウィリアムの言葉にエドワードは少しだけ考えた。しかし答えは決まってる。
「よかろう。ならばその者と会ってみよう。いつ会える?」
「すでにここに……」
「「――っ!?」」
ウィリアムがそう言うと同時にウィリアムのやや後ろの景色がぐにゃりと歪み、人の形をした者が現れた。しかし全身をマントとフードで覆い、顔には面をしているために本当に人なのかどうかはわからない。
「そっ、その者は?」
多少の警戒と興味を持ちながらもエドワードは現れた人型について尋ねる。
「私が何者であるのかは語る必要はない。私の話はただ一つ、聖女アイリスが失敗した作戦の続きを行ないたい」
「「…………」」
エドワードは宰相と顔を見合わせる。普段であればこんな怪しい者の言うことなど聞き入れることはない。衛兵でも呼んで捕えるだけだろう。しかしウィリアムの不可解な行動と、アイリスのことや作戦について知っていることから興味を惹かれた。
どちらにしろこのままではウィリアムが提供した魔力結晶が切れた時点で王都は滅ぶことになる。それならばその魔力結晶を持ってきたウィリアムや、この謎の人物の話を聞くだけ聞いてみても良いかと思える。
「作戦というのは?」
宰相がウィリアムと人型の方を見ながら問いかける。ウィリアムが向こうについているのなら、会議で話し合われた程度の内容は人型も知っているだろう。その程度の話しか言えないようでは聞く価値もないかもしれない。まずは相手を見極めようとどの程度知っているか問いかけたのだ。
「アイリスの聖女の祈りによる浄化。その効果を最大限にするために王都の結界を解き、出来るだけインベーダー達を集めたのだろう?また同じ作戦を実行したいと言うだけだ。ただし今度は先に王都の住民達も避難させておく。確かに王都を囮にはするが、戦場に立つ者以外の犠牲は極力抑える」
「「…………」」
国王と宰相の顔になった二人はまた顔を見合わせた。そのことを知っている者は極僅かなはずだ。ウィリアムですら知らない。
ただ打って出るだけならば王都の結界を解除する必要はない。結界を張ったまま攻撃部隊だけ出て行けば良い話だ。それなのに何故わざわざ結界を解除するのか。
前回の作戦では結界を維持する魔力結晶の残量に不安があった。だからこちらで開始時間を制御出来るようにあえて時間を決めて結界を切った。それは何も嘘ではない。表向きの理由としては貴族も軍部もそう聞かされている。しかし裏にはもう一つの理由があった。それが今この人型が話した内容だ。
インベーダー達は人間を見つけると最優先で襲ってくる。当然王都の周りにも常にたむろしており隙あらば王都を攻め滅ぼそうと虎視眈々と狙っている。そんな状況で邪魔な王都の結界が消えればどうなるか?考えるまでもない。インベーダー達は仲間を集めて王都に攻め寄せてくるだろう。
聖女の祈りは付近を浄化する能力だ。それは王家など一部の家だけに密かに伝わっている。ならば……、効果を最大限にするには、出来るだけ多くの汚染魔力を集めて使わせる方がより効果的だ。
汚染の密度が低い所で十秒間効果を発揮して死ぬのと、汚染密度が高い所で同じだけ付近を浄化して死ぬのでは、より周囲の汚染が酷い所で使う方が効果が高い。
聖女の祈りが単純に持続時間の決まった魔法なのか、浄化する汚染魔力の総量によって決まっているのかはわからない。もし総量で決まっているのなら汚染密度は無関係ということになるが、持続時間が決まっていたり、効果範囲が決まっているのなら、より高密度の汚染場所の方が無駄なく効果的だ。
だから……、王都の結界を解き、人類の天敵であるインベーダー達をおびき寄せ、それらをまとめて浄化させようと考えた。そのために王都の住民達は避難させず、インベーダー達をおびき寄せる囮にさせたのだ。
非情だと罵るのなら罵れば良い。非人道的だと言うのならそうだろう。しかし、それでも王や宰相という立場では、より効果的に、より多くの者を救う方法を考えなければならない。一度の浄化で少しでも効果的に、より長く人類が生き延びられるように、最善の手を打たなければならないのだ。
「王都の住民達は先に避難させ、城壁を盾にして兵士やイケシェリア学園の生徒達を防衛に立たせる。そしてインベーダー達をある程度おびき寄せ、最後に私が聖女の祈りを使って浄化してやろう」
「「――っ!?」」
「お前が聖女の祈りを使えると?」
この人型は聞き捨てならないことを言った。間違いなく聖女であったアイリスがあの程度の浄化しか出来ずに失敗したというのに、このわけのわからない人型の者がより効果の高い聖女の祈りを使えるというのか。
もちろんそれでこの人型が命を捨てて出来るだけ多くの敵や汚染を浄化してくれるのならそれほど助かることはない。だがはいそうですかとその案に乗れるはずもないだろう。また兵士達に城壁を守って死んで来いと言わなければならない。すでに大量の兵力を失っているというのに、これ以上犠牲になってこいと言わなければならないのだ。
「もはや王都に十分な兵力はない。次に失敗すれば取り返しがつかないどころではないのだぞ?それでもその策を進言するというのか?」
エドワード国王は品定めするようにその人型を見た。どちらにしろ今の魔力結晶を使い切り結界が切れれば王都は滅ぶ。しかしその前に先に余計なことをして、より死期を早めようというのはそう簡単には賛同出来ない。
「私が失敗したり、聖女の祈りの効果が不十分であったならば……、これを使って結界を再起動させろ。それならば王都やお前達は失う物より得る物の方が多いだろう」
そう言って人型は何やら袋をマントの下から取り出して差し出してきた。すぐに王に渡して危険物であったならばとんでもないことだ。先に宰相が人型に近づきそれを受け取ると袋の中身を確認した。
「なっ!?こっ、これはっ!?」
袋の中身に驚いた宰相は慌てて王の下へと戻りそれを差し出した。王も袋を受け取り中身を確認する。
「――っ!?……そういうことか。ウィリアムにあの魔力結晶を与えたのはお前ということだな」
その袋の中には、信じられないほどの純度の大きな粒の魔力結晶がゴロゴロと入っていた。ウィリアムが結界の再起動に使った石よりもさらに大きな物がゴロゴロしている。これだけの石があれば数年は結界を維持出来そうだ。
確かにこれだけの魔力結晶が貰えるのならば、作戦が失敗しようが何だろうが関係ない。もし失敗したと思えばこの魔力結晶を利用してまた結界の中に篭れば良い。その間に戦力を整えたり、次の戦いに備える時間も稼げるだろう。
この者が本当に聖女の祈りを使えるかどうかはわからない。しかし使えたなら使えたで浄化が進めば王都にとって良いことであり、失敗しても再度結界を張り、何年か結界の中に篭って次の戦いに備えれば良い。王侯貴族や王都にとっては何の損もなく、失敗しても元々死ぬはずだった兵士がいくらか死ぬだけで済む。
「一つ聞きたい。これほどの魔力結晶を譲ってまでお前の望みは何なのだ?」
エドワード国王はそれが疑問だった。危険を冒してまでこんなことを申し出なくとも、この魔力結晶を献上でもすれば相当な富や権利や名声を得られただろう。それなのに本当に出来るかはともかく、何故自分の命を聖女の祈りで捨ててまでこんな策を申し出てきたのか。
「大切な者を守るために……」
「「「…………」」」
その言葉を聞いて、エドワードも、ウィリアムも、宰相も、己の不明を恥じたのだった。