第百二十一話「カンストしました」
「ふぅ……」
王都の結界が再起動して敵がいなくなった。少しだけ呼吸を整えながら杖と剣を仕舞う。
城壁の方を見てみればイケ学の生徒達が何やらゾロゾロと正門の中へと入っているのが見えた。どうにもバラバラというか、統率がとれていないというか、何か困惑しているような雰囲気を感じる。でもそんな中でこちらをじっと見ているパーティーが一組……。
この距離でも俺の視力なら見える。こちらを睨むように見ているのは健吾とマックスだ。その後ろにディエゴとロビンもいる。あいつらまだ生き残っていたのか、という程度の感情しか湧かない。
確かにあいつらが俺に攻撃をぶちかましてあの荒野に放置していってくれた実行犯だ。それに対して何も思わないということはない。でもあいつらだってアイリスに操られていたからという可能性はある。本人達も乗り気だったのかどうかは俺にはわからない。
例え操られていたとしてもあいつらがやったことを俺は許せそうにない。でもだからって俺が直接復讐してやるというつもりもないわけで……、俺達はもうお互いに関わらないのが正解だろう。
きっと会って話せば俺はあいつらに恨み言を言う。あいつらだって操られていたからだとか色々と言い分はあるだろう。お互いの言い分はかみ合わず、余計嫌な思いをするだけになるに違いない。それならいっそ会わずに、もう別々の道を行く方が良い。
今回の戦いでアイリスは死んだのか?だったらアイリスに操られていた者達も元に戻ったのか?イケ学はこれからどうなる?
考えるべきことは色々とあるけど……、いつまでもここでぼーっとしているわけにもいかない。城壁にいる兵士達が明らかに俺に対して指を差したりしながら何か言っている。このままここにいたら最悪捕えられるかもしれない。
もちろん歩いて帰る選択肢なんてあるわけもなく……、俺は再び腕に巻いた個人用転移装置を起動させたのだった。
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「ひゃぁ!」
本日二度目の転移をしてウィリアムの執務室にやってくると、舞が変な声を上げていた。そりゃ多少驚くのはわかるけどそんな声を出すほどのことか?
「舞……、驚きすぎじゃないか?」
「もう!伊織ちゃん!普通驚くに決まってるでしょ!」
そうか?そういうもんか?まぁいいか。とりあえずいつここに他の人が来るかもわからないのに、ずっとこの姿でいるわけにもいかない。マントやマスクを外して武器を片付ける必要がある。誰か来る前に手早く装備を外して隠す。丁度俺が全て片付け終わった頃にウィリアムが部屋に戻ってきた。しかしその表情は暗い。
「もう戻っていたのか……。君のお陰で助かった。ありがとう」
「いえ……。それよりも何かあったんですか?」
どう考えてもウィリアムの様子がおかしい。無事に結界を再起動して敵を追い払えたというのに喜んでいるようには見えなかった。
「あぁ……、君に言うことでもないんだが……、あれほどの魔力結晶を使ってタイミング良く結界を再起動させたからね……。これから色々と疑われて取調べを受けることになるだろう」
あ~……、それはそうか。
何故勝手に結界を再起動させたのか。そのための魔力結晶はどこから手に入れてきたのか。そしてどうやってあんなに早く聖女アイリスが失敗したことを知ったのか。
普通に考えるだけでもこれくらいは疑問が出てくる。貴族達なら他にも言いがかりレベルのことを言ってくる可能性も高いだろう。アイリスが失敗したら結界を再起動させなければ王都が滅ぶ。そのことばかり考えて備えていたけど、再起動がうまくいったとしてその後のことまでは考えていなかったと言わざるを得ない。
「魔力結晶についてはウィックドール家に残されていた家宝とでも言うしかありませんね」
「ああ、そうだな。そうしよう。それについてはそれで押し通すよ」
ウィリアムは力なく笑った。他にも色々と追及されるだろうからな。それをうまく誤魔化す方法はない。
「…………俺がここにいたり、武器や魔力結晶を持っているのがバレたらまずいですね……」
「そうだな……。今の私では庇い切れないだろう」
やっぱり……。反逆の杖や終末を招くモノを見られるだけでもかなりやばい。しかも個人転移装置とか巨大魔力結晶とか、それ以外にも俺にとっては小粒だけど王都連中にとってはかなり貴重な魔力結晶多数とか、取調べを受けて見られたらヤバイものがたくさんある。
「少し……、俺は雲隠れした方がよさそうですね」
「行くあてはあるのかね?」
そんなものあるわけがない。ついこの前少しだけ前の記憶を思い出したけど、その記憶の中のどこにも身内や実家や隠れ家になりそうなものはなかった。かといってここどころか、ウィックドール家の屋敷ですら隠れるには向いてないのは明らかだ。ウィックドール家が取調べを受けたら家捜しもされるだろう。
「私にあてがあるよ!伊織ちゃんとアンジーと三人で隠れましょう!」
「舞?」
急に俺達の話に舞が割って入ってきた。その言葉に驚く。
「脱出するのならば今の混乱しているうちに出ましょう」
アンジーもそんなことを言い出す。でもいいのか?俺は身を隠した方がいいけど二人までそんなことをする必要はない。
「娘を頼む……」
でもウィリアムもそんなことを言う。ならば俺達は三人で脱出した方が良いんだろう。だったら俺は二人を守っていくだけだ。
「アンジーのことは任せてください。それで最後に一つ……、結界はどれほどもちそうですか?」
「そうだな……。普通に結界を張っているだけなら数週間……、一ヶ月か二ヶ月はもつかもしれない」
「そうですか……。わかりました」
ふり幅が広いのは今までの魔力結晶と同じように計算しにくいからだろうか?小粒なら一個で一日とか計算方法があったんだろうけど、粒の大きさや純度が違うからわかりにくいのかもしれない。とにかく短く想定しても数週間はもつというのなら十分だ。
「それじゃ……、行こう」
「うん!」
「はい」
ウィリアムとビクトリアに頭を下げて執務室を出る。いくら混乱に便乗するとはいえそのままでは目立ちすぎる。不自然にならない程度にマントを羽織ったり、フードを被って姿や顔を隠しつつ、人が走り回り大混乱している王城を出た。
「ここからどうしたらいいんだ?」
「まずはこっち」
舞の案内に従って人気のない方へと進む。
「伊織ちゃん、ここであの消える魔法をかけて」
「わかった」
恐らく追跡者もいるだろう。人目にもついていただろう。だからあえて執務室から出る時はハイドを使わずに出て来た。確実に誰にも見られないように物陰で三人にハイドをかける。これで俺達は急にどこかへ消えたように思われるだろう。
「はぐれないように手をしっかり握っててね」
俺達自身もお互いに姿が見えない。舞の手をしっかり握ってはぐれないように進む。舞が向かったのは俺達が子供の頃にいたスラムとは別の方向だった。むしろまったく逆の方向とすら言える。
「二人ともついてきてるよね?あそこだよ」
「あれ?」
何か普通の民家のようなものしか見えない。まさかここ?
「下手に隠れようとするよりこういう普通の家を借りて住んでる方が見つからないと思ったんだ。それに少し時間が稼げれば良いんでしょ?」
「……そうだな」
舞の言葉に同意して裏口からこっそり民家に入った。どうやらここは前から舞が隠れ家にしようと思って別人の名義で借りていたものらしい。名前も別名義だし、ずっと前から借りて定期的に管理していたようなので追っ手に見つかり難い。
何故舞が前もってこんなものを用意していたのかはわからないけど……。いや、こうなるとある程度わかっていたのかもしれない。俺は戦いに関しては色々と準備していた自負はあるけど、こういう生活や物資に関する備えは抜けていた。舞はそういう方面で役に立とうと頑張ってくれていたんだろう。
「ハイドの効果が切れたな」
「大丈夫でしょうか?」
アンジーが不安そうな顔をしている。気持ちはわからなくはないけど今は王都全体が混乱の真っ只中だ。いくら王族や貴族がすぐに動こうとしても兵士達もそれどころじゃないだろう。
「食料も保存食だけどいくらか備蓄してあるからしばらくはじっとしていられるよ」
舞……、準備が良すぎる……。いや、いいけどね?いいんだけど……、なんだかなぁ……。
「とりあえずしばらくはここに潜伏して休もうか」
「うん」
外は次第に騒がしくなってきている。恐らく避難所に行っていた人達が次第に表に出てき始めたんだろう。俺達はこの隠れ家に篭りながら色々と準備を整える。アンジーにとっては屋敷よりも不便な生活は大変かもしれないけど、ここで屋敷と同じように暮らすことは不可能だ。
室内を片付けたり、食事をしたり、休んだり、暫く時間を潰してから俺は気になっていたものを確かめる。戦闘が終わってからずっとあのブレスレットが何か反応していた。ゆっくりする時間もなくて確認していなかったけど、ようやく落ち着いたからブレスレットを確かめる。
「…………これは!」
ブレスレットを開くと……、『最終・聖女の祈りLv99』というものが点滅してその存在をこれでもかとアピールしていた。今までスキルや魔法を覚える時は取得条件をクリアすると勝手に項目が増えてはいたけど、こんな風にその存在をアピールしてくることはなかった。それなのにこの聖女の祈りだけはやたらとアピールが激しい。
「レベル99……、俺……、カンストしたのか?」
大体体感的に俺はもうレベル90台後半に入っていたのは間違いない。ゲーム時はまだ未実装だったスキルや魔法も覚えている。全てこのブレスレットが教えてくれた。そして……、この文言を信じるのならば……、俺はレベル99まで、カンストまで上がったということになる。
先の戦いで俺は結構な数の敵を倒した。その経験値でレベルマックス、カンストしてしまったのか。そして最後に覚えられるのがこの『最終・聖女の祈りLv99』というわけだ……。
「伊織ちゃん……、それ……」
舞が困ったような、悲しいような、そんな顔をしていた。舞にもこれがどういうことかわかっているのかもしれない。
「へぇ。これを読めばこの聖女の祈りというのを覚えられるんですの?」
「アンジー……」
横からひょっこりとブレスレットの内容を覗いてきたアンジーが軽い調子でそんなことを言う。確かに俺がこれを読めば覚えられるけど二人は覚えられないだろう。……あれ?そうなのか?このブレスレットの内容を引き出すためには条件をクリアしていかなければならなかった。でもそれを覚えることは本人にしか出来ないとは限らない。
今までずっと俺が一人で条件をクリアして一人で内容を読んでいた。でも例えば俺が開放したスキルや魔法を健吾達に見せていたら、もしかして彼らもスキルや魔法を覚えられたんだろうか?
普通に考えたらそれを覚えるための条件を満たしたからこそ表示されるようになっているのであって、それを満たしていない者が開示された内容を読んだって覚えられないと考えるのが普通だ。でもその根拠は何もない。ただの予想にすぎない。
「伊織ちゃん……、三人で……、読もう?」
「舞……」
舞が読んだからといって覚えられるものじゃない……、と思う。表示を見る限りではこれを覚える条件は聖女がLv99になった場合だけなんじゃないだろうか?俺はあれだけ苦労してカンストしたけど、舞のレベルがマックスになっているとは思えない。
「さぁ伊織様、こちらで座って一緒に読みましょう」
「アンジー……」
アンジーはこれが何なのかわかっているんだろうか?仮にも高位貴族のご令嬢なのだから、貴族に伝わっている程度には聖女の祈りについて知っているのかもしれない。その効果も……、聖女の最後も……。
ウィックドール家の屋敷のソファに比べるとちょっと、いや、かなりボロいソファに座ってアンジーが隣をポンポンと叩く。その真ん中に俺が座り、逆の隣に舞が座った。結局俺は断れずに三人でその中身を確かめることにした。
「ちょっとページを捲るペースが早いですわ!」
「そうだよ!伊織ちゃんは賢いからわかるかもしれないけど私にはちょっと難しいよ!」
「ごめんごめん」
賢いとか馬鹿とかは関係ないだろうけど、魔法の基礎が出来てない二人には難しいかもしれない。それでも俺達三人はゆっくりと、何日も時間をかけて、その最後のスキル?魔法?をじっくりと読み込んだのだった。